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第3話

作者: 風羽
京介は軽くうなずいた。

九郎は薄く笑みを浮かべ、この同じ床に寝ながらも心は別の夫婦に場を譲って去っていった。

九郎が去ったあと、京介は舞の服装に視線を向け、少し眉をひそめた。「……どうしてそんな格好をしているんだ。戻って着替えて、後で一緒に実家で食事をしよう」

舞には、その「食事」の意味がよくわかっていた。夫婦円満を演出するためだ。

目的は、周防家の祖父が保有する株式。

時々、舞は京介がとても分裂していると感じる、表向きは清廉潔白だが、骨の髄まで利益を重んじ、名利の世界に適した人間だ。

だが舞もまた、割り切っていた。財産を分けるその日までは、利害のために協力を惜しまないつもりだった。

彼女はオフィスに戻ってスーツに着替え、京介と専用エレベーターで階下へ向かった。

エレベーターの中には彼ら夫婦だけがいた。

京介は腕時計に目を落とし、何気ない口調で言った。「九郎と話したあとなら、もう離婚は思いとどまっただろう。今日はまだお前の受胎日だ。帰宅したら準備をしておけ。お前が嫌なら、なるべく早く済ませる」

舞は皮肉な笑みを浮かべた。子どもを作る話ですら、この人は冷たい顔のまま。

こんな結婚生活を、彼女は4年も耐えていた。

彼女の声は、京介よりもさらに冷ややかだった。「……あの話に変わりはない。私は財産の半分をもらって、あなたを自由にする」

京介の顔に、不快の色が浮かぶ。ちょうど言い返そうとしたそのとき、エレベーターが、突然止まった。

エレベーターのドアがゆっくりと開いた。

外には若い女の子が立っていた、白いワンピースを着て、清純な様子だった。

愛果だった。

彼女は軽やかにステップを踏みながらエレベーターへ入ってきて、舞の方を向いて、遠慮がちに言った。「従業員用のエレベーターが故障してしまって……副社長、このエレベーター、少しだけ使わせてもらってもいいですか?」

三人だったが、二人の修羅場だった。

舞は何も言わず、エレベーターの開閉ボタンを押し続けた。一言も発しなかったが、その意思は十分に伝わる。

愛果は、いたたまれなさに顔を赤く染めた。美しい顔が羞恥に紅潮し、唇をそっと噛みしめる。視線をそっと京介に向け、無言で助けを求めた。

だが、京介は穏やかに言った。「副社長の判断に従うよ」

愛果は明らかに納得できない表情を浮かべながらも、黙って後ろへと下がった。

この小さなやり取りは舞にとっては、まったくもって不快な出来事だった。

その後、二人は駐車場まで向かい、車に乗り込むまで、舞は一言も口を開かなかった。先に口を開いたのは京介だった。シートベルトを締めながら、何気ない調子で言う。「彼女とは何もないよ。変に考えるな」

舞はゆっくりと顔を横に向け、静かに京介を見つめた。

「気になるの?

京介、あなた……病院で検査を受けたほうがいいわよ」

京介は誤解していた。舞が子どもを持つ話をしているのだと思い込み、ごく自然な口調で言った。「俺の生殖能力には問題ない」

だが、舞は冷たく笑った。「……私が言ってるのは、男性科で身体が清潔かどうか、性病にかかってないか検査しろってことよ!」

京介の表情が一変した。

彼はシートベルトを外し、舞の体を引き寄せて膝の上に抱き上げた。幸いベントレーの運転席は広く、男は自由に動けた。

舞の身体はハンドルに押しつけられ、鈍い痛みが走った。

彼女は必死に彼を押しのけた。「京介、やめて!狂ってるわ!」

高嶺の花のような夫は、その顔を彼女の体に埋め、次々と節度のない行為に及んだ。舞は歯を食いしばりながら、彼の黒髪を思いきり引き掴んだ。その力は、彼の頭を丸坊主にしかねないほどだった。

ついに、京介は止まった。

彼は上を向いて彼女を見つめた。

彼の顔は地下駐車場の光に照らされ、長いまつ毛が痩せた凛々しい顔に落ち、この瞬間には優しさと憐れみの表情があった。

舞は、その表情にほんのわずか、戸惑いの色を浮かべた。

次の瞬間、京介は彼女の首筋を掴み、彼女の赤い唇をくわえて激しくキスをした。彼はキスするだけでなく、舞の舌先を乱暴に噛み破った。

——血が混ざり合った!

舞は呆然としたまま、目前の美しい顔を見つめた。信じられないという表情を隠しきれず、瞳の奥にははっきりとした嫌悪が浮かんでいた。京介は彼女の赤く染まった唇に顔を寄せ、わずかに息を乱しながらも、かろうじて抑制の効いた声で言った。「……俺は清潔だろう、周防夫人」

舞は彼を押しのけた。

彼女は助手席に戻り、震える手でスーツを整えたが、胸は京介の激しさで激しく上下していた。この未知の感情の波に彼女は怯え、舞は冷静を装った。「安心して、秘書に健康診断を手配させるわ」

京介もまた、さきほどまで情熱に駆られていたが、舞の冷めた顔を見て、その熱もすっと引いていった。

彼はシートベルトを締め、アクセルを踏んだ。

道中、京介の携帯には十数件の着信があった。舞はそれをちらりと見て、愛果からのものだろうと察した。もう離婚を決めた今、わざわざ聞く必要もないと思い、黙って目を逸らした。

京介はちらりと横目で舞を見やった。

……

30分後、黒いベントレーがゆっくりと一軒の大きな屋敷に到着した。

車が止まると、京介はスマートフォンを確認し、何気ない口調で言った。「……仕事の電話だった」

舞はそれに応じなかった。

京介の表情にわずかな苛立ちが走り、何か言おうとした――

ちょうどそのとき、周防家の使用人が車のドアを開け、満面の笑みで迎えた。「家主の家族会ですよ。ご家族全員、京介様と奥様のご到着をお待ちしています。どうぞ、お早く中へ」

京介は上品にうなずき、彼は妻の手を優しく取り、仲の良い夫婦の芝居を十分に演じた。

だが舞には、それがただの偽善にしか見えなかった。

二人は一緒に食堂に入り、宴席に着いた。

周防家の家主には二人の息子がいる。長男の周防寛(すおう かん)と、次男の周防礼(すおう れい)。京介はその次男、礼の息子である。

円卓にはすでに家族が揃い、席はすべて埋まっていた。家主はどうやら愛果の存在を知っているようで、京介に対してやんわりと釘を刺した。そして舞には「一歩引けば、空は広がる」といった、意味深な言葉をかけた。

その口ぶりには、やはり曾孫の誕生を願う気持ちがにじんでいた。

京介はそんな空気をさらりと受け流しながら、舞に視線を向けて軽く笑った。「じゃあ、今夜は舞と頑張りますよ」

家主はわざと仏頂面をつくり、低く言った。「結婚して四年、お前は無駄に頑張ってるようだがな」

京介は軽く三言ほどで、さらりと話を流した。

その間も舞は黙々と箸を動かし、料理を口に運んでいた。その表情は終始淡々としており、彼女がすでにほとんど子供を産めない身体になっていることを知る者はいなかった。

——京介のために!

その時、京介の携帯が鳴り、彼は一瞥して前庭に出て電話に出た。明らかにプライベートな電話だった。

舞の前に、焼き魚の一切れがそっと盛られた。

家主が、どこか含みをもたせた口調で言った。「男というものは猫のようなもんだ。時にはちょっとした火遊びもあるが……いずれはちゃんと戻ってくる」

舞の声は淡々としていた。「それは……壁に遺影が掛けられる日まで待たないとね」

そばにいた使用人が口を手で覆って笑った。

気分が優れなかった舞は、早めに席を立ち、裏庭へと足を運んだ。少しでも心を落ち着けたかった。

プールサイドでは、月の光が冷たく輝いていた。

そこへ、月光を踏みしめるようにして一人の男が現れる。その姿は京介とよく似ていた――そう、京介の従兄・周防輝(すおう ひかる)だった。

輝は舞を毛嫌いしていた。もし舞がいなければ、自分がここまで惨めな敗北を喫することはなかったと、彼は思っていた。

京介に愛人ができた今、輝にとっては攻撃の好機だった。

彼は何枚かの写真を一束にして、舞の前へと差し出した。そこに写っていたのは、京介と愛果が親しげに寄り添う姿ばかりだった。

輝の口元には、ぞっとするような冷笑が浮かんでいた。

「この女が誰か知ってるか?」

「彼女の父親は白石正明(しらいし まさあき)で、業界では有名な画家だ。名声も地位もある。母親は京介の母親の親友……つまり、お前なんかとは生まれも背景も違う。お前はただの孤児に過ぎない。そんなお前が、何を武器にしてあの女と争うつもりだ?このままじゃ、俺の狼みたいな従弟に骨の髄までしゃぶられて捨てられるぞ……今なら、まだ俺と手を組める。遅くはない」

……

舞は写真を見終わると、さっとゴミ箱に捨てた。

そして顔を上げ、何度も対峙してきたこの冷酷な男、輝をまっすぐに見つめた。落ち着いた口調で、彼女は言い放った。「忠告ありがとう。でも、残念だけど、必要ないわ」

輝は鼻で笑った。「じゃあ、お前が京介に捨てられる日を楽しみに待ってるよ」

舞は微笑んだ。

彼女は少しも気にしていなかった。なぜなら、もはや彼女自身が京介を必要としていなかったからだ。

舞が彼と表面上取り繕っていたのは、ただ交渉がまだ成立していなかったからにすぎない。金と株を手に入れたその瞬間、京介という存在は彼女の中で過去になる。かつての愛も憎しみも、すべては風に流れる雲のようなものに過ぎなかった。

裏庭を後にして、舞は前のホールへ戻ろうとした。

ふと顔を上げたそのとき、彼女の目に京介の姿が映った。

廊下の向こう、彼は静かに佇んでいた。気品と美しさを兼ね備え、灯りに照らされたその横顔は、より一層の端整さを際立たせていた。この上品な容貌こそが、かつて舞を深く魅了し、彼女を夢中にさせたものだった。

今、その彼の目は、夜の闇よりも深く、濃く沈んでいた。

彼は見ていたのだ。舞が輝と話している様子を。そしてまた、あの胸の奥をざわつかせる、得体の知れない不快感が押し寄せてきた。それは、カフェで九郎が舞を見つめていたときに感じたものと、まったく同じだった――

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