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第944話

Auteur: 風羽
寒真は長居するつもりはなかった。

エレベーターを降り、車に乗り込むと、代行を呼ぼうとした瞬間――ドアが外から引き開けられた。

高級な香水の香りが車内にふわりと広がる。

その香りには覚えがあった。

かつて彼は何度となくその香りの主を腕の中に抱いていたのだから。

まだ無名だった頃、二人は出会い、複雑で苛烈な芸能界を互いに支え合いながら生き抜いてきた。

あれは忘れがたい、骨身に刻まれるような年月だった。

やがて二人は成功し、彼は国際的な監督に、彼女は世界的な女優となった。

だが、立つ場所が変わるにつれ、考え方も選ぶ道もズレていく。

そして避けられぬ衝突が起き、二人は別々の道を歩むことになった。

――別れて、もう八年になるだろうか。

その後、寒真は数え切れないほどの人と出会い、トップ女優とも幾人か関係を重ねた。

けれど、玲丹という存在だけはどうしても心から消えなかった。

振り向かずとも、隣に誰が座ったのかは分かっている。

寒真は本革シートにもたれ、コンソールボックスから煙草を取り出し、火をつけた。

一息吸ってから、低く言う。

「玲丹。わざわざ、ここまでする必要が
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