INICIAR SESIÓN泥酔の果て。寒真が目を覚ましたのは、翌日の午後を過ぎてからだった。瞼を開くと、視界を刺すような光に襲われた。腕で目を覆いながら、自分がリビングのソファで眠っていたことに気づく。暖房も入れぬままの室内は、骨の髄まで冷え切っていた。唐突に嫌な予感が走り、彼は総毛立つ思いで掃き出し窓へと駆け寄った。外は一面の銀世界だった。だが、階下には人影一つなかった。寒真は額を片手で押さえ、ふらふらとソファへ戻って腰を下ろした。辺りを見渡せば、どこもかしこも夕梨の面影ばかりだ。彼女が生活していた痕跡が、部屋の隅々にまで染み付いている。仲睦まじかった頃、二人はほとんどここで共に暮らしていた。彼女の持ち物はあまりに多く、無慈悲なほど偏在していた。寒真は仰向けになり、目を閉じた。喉仏が、激しく上下に揺れた。その日の午後、彼は二時間かけて彼女の荷物をまとめた。そして市内配送の宅急便を手配し、彼女が住む邸宅へとすべて送り届けた。【岸本夕梨様へ】配送員が荷物を持ち去った瞬間、寒真は痛感した。自分と夕梨の関係は、これで本当に終わりなのだと。これほどまでに冷淡な仕打ちを受けて、耐えられる女性などいない。ましてや、誇り高く、甘やかされて育った彼女ならなおさらだ。分かっていても、胸を抉るような痛みは消えなかった。それから、寒真は浴びるように酒を飲み始めた。仕事の酒席、友人との飲み会、あるいはマンションで一人。彼はいつも、ガランとした静かな部屋で独り、膝を抱えるようにして、ゆっくりとグラスを傾けた。過去の情景を思い出し、胸が締め付けられるたびに、さらに強い酒を煽った。ある日、見かねた晴臣が乗り込んできて、彼の頬を二発、力任せに張り飛ばした。「忘れられないなら連れ戻してこい!毎日毎日、酒に逃げおって、見ていて虫唾が走る!」殴られた衝撃で、寒真の意識がふと現実に引き戻された。彼は焦点の定まらない目で、窓外の闇を見つめていた。やがて、消え入るような声で呟いた。「……ここを出なきゃ」ここにいては、息が詰まって死んでしまう。……寒真は実家へと一時的に戻り、あのマンションは売りに出した。それからしばらくして、彼はベルリン国際映画祭へと飛び立った。一年前に監督した作品が再び世界的な評価を受け、国際的な賞を手にし
朝倉家と岸本家の縁談は破談となった。長男である寒真がその報いのすべてを一身に背負った。祖父である仁政から、激しい折檻を受けたのだ。当然、不甲斐ない失態を演じた弟の寒笙も逃げられるはずがなく、二人並んで正座を命じられ、容赦なく打ち据えられた。その騒動がようやく収まったのは、深夜のことだった。夜も更け、寒真と寒笙の二人は病院の救急外来から出てきた。一歩外へ踏み出すと、冬の夜気はより一層深く、冷たい空気が肌を刺した。不意に、寒真の拳が寒笙の顔面を猛然と殴り飛ばした。凄まじい力に、寒笙は数歩よろめき、ようやく踏みとどまると、口の端に滲んだ血を乱暴に拭って笑った。「兄さん……僕を殴るのは、どうして暴露したのか、どうして口にしたのかと腹を立てているからだろう?でも、言わなきゃ僕が狂いそうだったんだ」寒真の声は、冷淡そのものだった。「……それで、今は満足か?」本当なら、寒笙と徹底的に殴り合いたい気分だった。だが、そんな気力も心の余裕も今の彼には残っていなかった。ただ、すべてに絶望し、燃え尽きたような虚脱感だけが支配していた。寒真は傷だらけの体で、いつも使っているマンションへと車を走らせた。車を止めたが、彼は降りようとしなかった。マンションの階段のたもとに、一人の細い影が座り込んでいたからだ。――夕梨だった。真冬の夜は、凍てつくように冷たい。ダウンジャケットに身を包んだ彼女は、寒空の下で全身を震わせていたが、彼を見つめる瞳は、雨に洗われた後のように清らかで澄み渡っていた。彼が降りてこないのを見て、彼女はゆっくりと立ち上がり、車の方へ歩み寄ってきた。寒真が彼女を注視すると、目尻がじわりと熱くなった。ドアが開き、長い脚が車外へ踏み出す。彼は振り返らずにドアを閉めた。月光の冴えわたる下で。二人は向かい合って立った。婚約は解消され、別れは済んだ。もはや、赤の他人だった。寒真が口を開いた時、その声は淡々として冷ややかだった。「荷物を取りに来たのか?もしそうなら、車の中で三十分待っていろ。三十分でまとめさせて下に持ってくる。ドアの鍵は開けておくよ……」言い捨てて、彼は彼女の横を通り過ぎ、マンションのエントランスへ向かおうとした。「寒真……」夕梨が彼の腕を掴んだ。細く白い指が彼
廊下で、三人が互いを見つめたまま立ち尽くしていた。長い沈黙の後、夕梨は震える唇で言葉を絞り出した。「寒真、違うの。そんなのじゃない……」「なら、どういうことだ?」寒真がゆっくりと歩み寄ってきた。寒笙の目前まで行くと、彼が掲げていたペンダントをひったくるように奪い取る。そこには泥がついていた。かつて寒笙の「墓」に埋められたもの――過去を葬り、新しい生活を始めるための儀式だったのだろうか。寒真は、どこか現実味のない笑みを浮かべた。「お前の首にかかったこのペンダントを見た時、俺はどれほど嬉しかったか。お前を追いかける自分勝手な理由を、ようやく見つけた気がしたんだ。ああ、彼女はこれほど俺を想い続けてくれていたんだ。こんなにも俺を好きでいてくれたんだ、ってね。舞い上がるほど幸せだったよ。それから、急に自分が惨めに思えた。汚れなきお前を前にして、自分がひどく汚れた人間に感じられたんだ。一万回生まれ変わってもお前には相応しくない……そう思った。だからお前がお見合いをすると聞いた時、夜通し車を飛ばして、嫌がるお爺さんを説得してH市から駆けつけてもらった。やりたくもなかった商売に手を出したのも、すべてはお爺さんとの約束だった……岸本夕梨という女性を妻に迎えたかったから。彼女の想いに応えたかった。たとえ、当時の俺にはもったいない相手だとしても。……付き合いも順調で、お前は俺を受け入れてくれた。そこへ寒笙が翠乃さんと二人の子どもを連れて戻ってきた。お前は彼らの家庭を壊すような真似はしない。だからお前は俺の隣に留まり、俺を身代わりにし続けたんだね。俺がどんなにろくでなしでも、かつてどれほど放蕩の限りを尽くしていたとしても……誰かの身代わりになるほど落ちぶれちゃいない!ましてや、その相手が……寒笙だなんて」そこまで言うと、寒真の顔には決然とした色が浮かんだ。彼の手の中で、ペンダントの鎖がぷつりと引きちぎられた。二つに分かれた細い鎖が、小さなロケットと共に床へと転がり落ちる。彼は夕梨を見つめた。絶望に染まった彼女の瞳から、大粒の涙が次々と溢れ落ちていく。こんな時でさえ、彼は彼女を不憫に思い、抱き寄せて慰めてやりたいという衝動に駆られていた。だが、男としてのプライドがそれを許さない。自分がただの身代わりに過ぎなか
寒笙は離婚を拒み続けていた。一方、あの栞という女は死ぬだの生きるだのと騒ぎ立てている。彼女自身、こうした振る舞いが寒笙の嫌悪を買うことは百も承知だった。自分は「破壊者」であり、彼は一心に家庭に戻ろうとしている。かつて彼女がH市の仁政の元へ乗り込んで不貞を暴露して以来、彼はマンションへ寄り付かなくなり、ただ生活費を送り続けているに過ぎなかった。だが、栞が望んでいるのはそんな平穏ではない。彼女が渇望しているのは「朝倉夫人」の座だ。朝倉家と加賀谷家、合わせて数兆円とも言われる資産。寒笙と結婚すれば、彼を焚きつけ、寒真から資産を奪い取らせることもできるはずだ。誰かの風下に甘んじるなど耐えられない。この降って湧いたような富貴を、逃してなるものか。それなのに、彼はただ大学に留まって教授になりたいなどと言っている。栞にとって、これは千載一遇の好機だった。彼女の目には、寒笙もその妻も、等しく軟弱に見えていた。だからこそ芝居を打ち、自らの命を盾にして、強引にその座を奪い取ろうと画策しているのだ。寒笙が離婚に応じない限り、彼女は退院しないつもりだった。ある日、栞の母親が記者を抱き込み、このスキャンダルを暴露させた。金を受け取った記者は、言葉を濁しながらも生々しい不倫劇を書き連ねた。実名こそ伏せられていたが、社交界の人間が見れば、それが朝倉家の次男坊のことであるのは一目瞭然だった。その日、仁政は立都市に滞在していた。寒真と夕梨の結婚式が目前に迫り、祖父として差配を振るうためにやってきていたのだ。ところが、長男の祝い事も済まぬうちに、次男の足元から火が上がった。仁政は激怒し、寒笙の頬を何度も力任せに張り飛ばした。それでも怒りは収まらず、何時間も罵倒し続けた。それはひとえに、翠乃という孫嫁を繋ぎ止めたい一心からだった。翠乃は終始、淡々としていた。喜ぶことも、悲しむこともない。彼女はただ待っていた。寒笙が改心するのを待っているのではない。彼が家庭を諦めるのを待っていたのだ。たとえ今、仁政や義理の両親がこれほどまでに自分を庇ってくれても、もうこの婚姻を続ける気はなかった。彼なら、栞との泥沼に沈んでいけばいい。自分と愛樹、愛夕は、真っ当な人生を歩むのだから。……寒笙が激しい折檻を受けていたその時、寒真と夕梨が姿
夜の帳が静かに下りていた。尖った月が、低く木の梢に掛かっている。一台の黒いベントレーが、先ほど来た道を引き返していた。通常なら三十分はかかる道のりを、わずか二十分で駆け抜ける。マンションのドアには内側から鍵が掛かっていたが、寒笙が強引に体当たりをして打ち破った。室内は静まり返っているわけではなかった。古い蓄音機がレコードを回しており、寒笙が愛してやまない西洋のバラードが流れていた。かつて、栞が彼と寄り添い、親密に踊り明かした曲だ。だが今は、その旋律がまるで運命の鎮魂歌のように聞こえた。栞は自ら命を絶とうとしていた。彼女は、精巧なまでの死に様を選んだ。――それは、彼女が追い求めた虚栄心の象徴でもあった。豪華なマンションで、最高級のナイトウェアを纏い、愛するダイヤモンドのジュエリーを身につけて静かに果てる。愛する人が自分を見つけた時、その姿が美しくあるように。浴槽の中には、栞の美しい顔が浮かんでいた。白く細い手首が力なく垂れ下がり、そこには一条の切り傷があった。流れる鮮血が、浴室を赤く染め上げている。物音に気づいた彼女は、辛うじて瞼を持ち上げ、青ざめた美しい顔を寒笙に向けた。そして、絶望的なまでに美しい微笑を絞り出す。「……寒笙、やっと会いに来てくれたのね」寒笙は奥歯を噛み締め、頬の肉が削げ落ちたかのように険しい表情を浮かべた。彼は一言も発せず、浴槽から彼女を掬い上げると、横抱きにして外へと歩き出した。翠乃がその後にぴたりと従う。病院へ向かう際、ハンドルを握ったのは翠乃だった。寒笙は、翠乃が運転免許を持っていたことをその時初めて知った。栞を抱きかかえたまま、寒笙は複雑な心中で妻を見つめ、ようやく問いかけた。「……いつ、持ってきたんだ?」翠乃は前を見据えたまま答えた。「あなたが木元さんとロマンチックに過ごしていた間よ」寒笙は言葉を失った。……幸い発見が早かったため、栞は処置を受け、一命を取り留めた。あるいは、彼女は本当に死ぬ気などなかったのかもしれない。ただ、寒笙に「選択」を迫りたかっただけなのだろう。深夜二時、すべてが落ち着いた。翠乃は一人、入院棟の廊下にあるベンチに身を預けていた。夫が、その愛しい女性をなだめ、安らぎを与えるのを待っている。翠乃が
翠乃の手が力なく車窓を伝って滑り落ちた。彼女はゆっくりと首を巡らせ、静かに夫を見つめた。消え入りそうなほど微かな声で問いかける。「どこへ連れて行くつもりなの?ねえ、あなた、愛樹と愛夕が家で待っているのよ。私が帰ってくるのを待っているの」寒笙は前方の路面に視線を固定したまま答えた。「家にはお手伝いさんがついている」翠乃はがっくりと座席に身を沈めた。それでも彼女は夫を見つめ続けていた。糊のきいた真っ白なシャツ、鋭い横顔のライン、そして高い鼻梁。彼の全身から漂うのは、手の届かないような高貴な気品ばかりで、そこにかつての面影は微塵もなかった。これは、私の夫じゃない……!翠乃の胸の鼓動は激しく波打ち、次第に荒くなっていく。フロントガラスに雨粒が落ち、花が咲くように弾けた。それは瞬く間に激しさを増し、冬の夕暮れを遮るような、激しい土砂降りへと変わった。滝のような豪雨が視界のすべてを奪い、車内を外界から切り離された密室へと変える。まるでこの天地に、二人以外の存在が消えてしまったかのように。残されたのは寒笙と、翠乃だけ。けれど、翠乃の心に満ちたのは、ただ深い悲しみだった。その時、コンソールボックスの中で寒笙のスマートフォンが鳴った。画面には、木元栞という名が表示されている。「……出たら?」と翠乃が言った。寒笙は彼女を一瞥すると、迷わず通話を切り、マナーモードに設定して投げ戻した。暗い車内で何度も画面が明るく光り、着信を知らせる。だが、男は二度と視線を向けなかった。窓の外の世界は、激しい雨に霞んで幻想的な色彩を放っている。やがて車が停まったのは、人気のない湖のほとりだった。周囲に人影はなく、ただ車体の屋根を叩く雨音だけが、不気味なほどに響き渡っていた。コンッ、コンッ、と。ドアのロックは解除されない。それどころか、寒笙は静かに衣類を脱ぎ始めた。上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンに手をかけ、ベルトを外す。彼の声には押し殺したような、危うい抑制が混じっていた。「……翠乃、ここで夫婦の務めを果たそう」翠乃は絶句した。ここは車の中だ。それも屋外。いつ誰が通りかかるかも分からない。車体が揺れれば、隠し通せるはずもない。豊海村で育ち、二人の子の母となった今でも、彼女は保守的な貞操観念