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第7話

Auteur: ミントソーダ
楓はデスクの角に腰を打ってしまった。鋭い痛みが全身を走り、額に冷や汗を浮かべた。

それでもなんとか体を起こして、説明しようとした。

「そのようなことは……しておりません」

しかし健太は全く耳を貸してくれなかった。楓が何度説明しても信じてくれず、ボディーガード一に楓をリビングまで連れて行くよう命じた。

リビングでは、渚の肌が所々赤くなり、湊の腕の中でぐったりしていた。

「楓、こんなことをするような人間だとは思わなかった」

湊の声は、怒りを押し殺しているようだった。

「湊……」渚が弱々しく口を開いた。「もしかしたら……楓さんは、わざとじゃないのかもしれないわ」

健太は、そんな渚の姿を見て、心配で、目に涙をためていた。

「ママ、もう楓さんをかばわないで!ずっとキッチンにいたんだから、マンゴージュースを入れたのは絶対に楓さんだよ。ママをいじめたいんだ!」

楓は、全てが可笑しく見えた。

渚に何かがあると、この親子はいつでも自分のせいにするのだ。

しかし、彼らは忘れているのだろうか。今の自分は松井家の家政婦に過ぎない。この家の「奥様」である渚を、害する理由なんてないのに。

ぶつけた腰の痛みを感じながら、楓はもう一度繰り返した。「私は、やっておりません」

「うるさい!ママがこんなに苦しんでるのが見えないのか!まだ言い訳する気?」健太は怒りを抑えきれずに、楓に怒鳴りつけた。

「パパ、楓さんがママをいじめたんだ。罰を与えなきゃだめだよ!」

湊は気づけば両手の拳を握りしめ、複雑な表情で楓を見つめていた。腕の中の人がどんどん弱っていくのを感じながら、彼は目を閉じ、声を低くして言った。「そうしよう」

そう言うと、湊は渚を抱きかかえ、車で病院へと向かった。

「楓さん」健太は無表情のまま手、二人のボディーガード一に楓を押さえつけるように指示した。「悪いことをしたら自分に返ってくる。そう教えてくれたのは、楓さんだったよね」

そう言うと、健太は使用人に牛乳を一杯、持ってこさせた。

楓は信じられないものを見る目で健太を見た。

自分にひどい牛乳アレルギーがあることを、健太は知っているはずだった。

楓は必死にもがいたが、ボディーガードの力にはかなわなかった。

牛乳が口に入った瞬間、呼吸が苦しくなり、その場に崩れ落ちた。

かすむ視界の中で、健太が静かに、冷ややかに自分を見下ろしているのが見えた。

あんなに必死に産んだ息子が、他の女のために、私にとって命に関わる牛乳を飲ませるなんて。その事実が、楓の胸に突き刺さる一番鋭い刃となった。

なんて哀れなのだろう。

楓は呼吸をするのも辛くて、目の前が真っ暗になり、意識を失った。

次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

楓が目覚めたのに気づくと、そばにいた湊が、こわばった顔の健太の背中をそっと押した。

「謝りなさい」

健太は小さな声で言った。

「ごめんなさい」

それを見ると、楓は皮肉な笑みを浮かべた。

片方は自分に罰を下すことを許し、もう片方は自らの手で自分をこのようにさせたのだ。

今さら謝ってきて、誰に見せるつもりなのだろう?

「健太が言う罰が、あんなことだとは思わなかったんだ」湊が慌てて説明した。「でも安心してくれ。すぐに病院に運んだし、先生もたいしたことはないと言っていた。健太はただ、渚のことでカッとなって、お前に間違いを認めさせたかっただけなんだ。お前が渚の飲み物にマンゴージュースを入れなければ、こんなことには……」

「申し訳ございません」

楓は、静かに湊の言葉を遮った。

湊はきょとんとした。健太もわけがわからないという顔で楓を見た。

楓はもう一度繰り返した。「私は間違ったことをしてしまいました。本当に、申し訳ございませんでした」

この結婚生活を続けたのは間違いだった。

自分を愛してくれない息子を産んだのは、間違いだったのだ。

二人の表情が少し和らいで、健太が小声でつぶやいた。

「ふん、もっと早く謝れば、こんな目に遭わずに済んだのに」

「それでいい。今の気分は……」湊が言い終わらないうちに、スマホの着信音が鳴り響いた。

電話の向こうで何があったのか、湊は隠しきれない喜びを見せた。

「わかった、今すぐ行く」

電話を切ると、湊は健太の方を見た。

「先生が、ママが目を覚ましたって」

健太は嬉しそうに飛び跳ねて、すぐに湊の手を引いて病室の外へと向かった。

「じゃあ、早くママのところに行こうよ。ママは今すごく弱ってるんだ。僕たちがそばにいないと、きっと寂しがるよ」

楓はベッドに横たわって、慌ただしく去っていく二人の足音を聞きながら、口の端を歪めた。

その時、スマホの通知が鳴った。

【楓さん、迎えの車が着いたぞ】

楓は、この数日間で初めて心からの笑顔を見せた。

彼女は一人で退院手続きを済ませ、階段を降りようとしたところで、踊り場の角に見慣れた二人の姿を見つけた。

湊がしゃがみこみ、真剣な表情で健太を見ていた。

「健太、渚がママでいてくれるのは今日で最後だ。今夜、本当のママにすべての真実を話そう」

健太は指をいじりながら、少し不満そうに頷いた。

「うん。渚さんが一週間も僕のママでいてくれて、すごく嬉しかった」

そう言う健太の顔に不安の色が浮かび、焦ったように湊の手にすがりついて尋ねた。

「でもパパ、僕、今日ママにひどいことをしちゃったんだ。もしママが本当のことを知ったら、僕のこと怒るかな?」

湊は一瞬黙り込み、それから健太をなだめるように言った。

「大丈夫だ。健太はただ、ママにしちゃいけないことをわからせたかっただけだろ。それに、健太はママの大事な子供なんだ。ママが怒るわけがないさ」

湊の言葉を聞いて、健太はようやく安心した。

楓はその親子の様子をしばらく見ていたが、特になにも感じることはなかった。

確かに、健太に怒るつもりはなかった。

なぜなら、今日から自分はもう、健太の母親でも、湊の妻でもなくなるのだから。

これから、もう一切関わらないと決めたのだ。

二人から視線を外し、楓はまっすぐに病院から出て、タクシーで一度家に戻った。

簡単に荷物をまとめると、迎えに来てくれた車に乗り込んだ。

車が走り出し、楓は7年間暮らした家を、最後に一度だけ振り返った。

湊、健太、あなたたちが望んだ妻と母の座は、もう渚に渡してあげる。

これで、もう二度と会うことはない。

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