Mag-log in◇ 髙野辺からの電話を終えた後、もみじは無言で立ち上がり、着替えを済ませた。 台所に向かうと、祖母のルリが忙しなく動いている。 「──おばあちゃん、おはよう」 「あら、もみじちゃん!おはよう、もうすぐ朝ご飯できるからね」 「うん、準備任せちゃってごめんね……」 「いいのよぉ!もみじちゃんが来てくれるだけで嬉しいんだから」 ルリはにこにことしながら作った食事を広間に持って行き、テーブルに並べて行く。 「今日もみじちゃんは1日お仕事よね?私はおじいさんの所に行ってくるから、帰りは遅くなると思うけど──」 「おばあちゃん、おじいちゃんのお見舞い私も一緒に行くよ」 「え?だけど……仕事に集中したいって言ってたけど、大丈夫なの……?私はもみじちゃんがいたらそりゃあ嬉しいけど……」 昨夜、ルリと話した時。 ルリは祖父の病院にお見舞いに行くと行っていた。 もみじはルリを送った後は家に帰ってくる予定だった。 デザインに集中したい、と言う理由だったが、髙野辺が戻ってくるからそれに合わせて家に居て、出迎えようと思っていたのだ。 そして、髙野辺と話し合いをした後、祖父母の交通事故についてまた近所に聞き込みに行こうとしていた。 だけど──。 今朝、髙野辺からかかってきた電話を思い出したもみじはむすっと表情を顰めた。 「大丈夫。おじいちゃんは個室でしょう?おじいちゃんが休んでいる時に仕事は出来るし……私もおじいちゃんが心配だから」 にこり、と笑うもみじに、ルリはそれ以上言う事はなく「分かったわ」と頷いた。 朝ご飯を終えたもみじとルリは必要な物を車に詰め込み、車に乗り込んだ。 祖父母の家から病院は、車で30分ほど。 病院に到着すると、先にルリを下ろしてもみじは駐車場に車を停めた。 トランクから荷物を取り出し、先に病室に向かったルリを追うように歩き出す。 鞄の中に入っているスマホに、着信が入ったのが分かったが、今は両手が荷物で塞がっている。 祖父の病室に着いてから折り返しを掛ければ良いか、と考えたもみじはそのまま病院内に足を進めた。 「──おばあちゃん、もみじです。開けてもらってもいい?」 祖父の病室前に着いたもみじは、外から声をかける。 すると慌てて扉に近付く気配がして、すぐに扉が開いた。 「もみじちゃん、荷物ごめんね、ありがとう」
「もうっ!来てるなら言ってよ!連絡を貰って驚いたんだから!朝早く支度して駆けつけたのよ?」 「──ちょっ、亜希(あき)……っ!」 バサバサ、ドタドタ、とスマホ越しに騒がしい音が聞こえる。 もみじはスマホから聞こえてきた髙野辺の女性の名前を呼ぶ声と、騒がしい音にそっとスマホを耳から離した。 「外に出て行ってくれ!電話をしているんだから……!」 「──電話?お仕事の?やだ、お仕事の邪魔をしてごめんなさい。ねえ、聖さん。もうすぐ私誕生日なの、覚えてる?招待状を送るから、絶対来てね?」 「──〜分かった、分かったから出て行ってくれ……!」 甘ったるい声で髙野辺にそう告げた亜希は、髙野辺から部屋を出て行け、と冷たく言われてしまい、それ以上はごねず、部屋の扉に向かった。 だが、途中で「あっ、忘れてた!」と楽しそうな声を出すと、くるりと振り返る。 「聖さん、ぎゅっとしてくれるの忘れてる!私と会ったら抱きしめてくれる約束でしょ?」 「──っ、亜希っ!」 再びガタガタ、とスマホの向こうから物音がして。 もみじはそれ以上聞いていたくなくて通話終了のボタンを押した。 ぷつり、と通話が切れて無機質なツーツー、という音が流れる。 もみじは知らず知らずスマホを強く握りしめていた。 ◇ 「本当にやめてくれ……!その約束は小さい頃にした約束だろう!」 「ええ〜っ、減るものじゃないんだし、いいじゃない!」 「──好きな女性がいるんだ!その女性とお付き合いをしている!例え幼なじみで、妹みたいな亜希だとしても、俺は大切な女性を裏切るような行為はしたくない!」 「──は……?お付き合い……?好きな、女性……?」 髙野辺の言葉に、亜希は唖然と呟く。 静かになった亜希に、髙野辺は今しかない、と亜希の背中を押して部屋から追い出した。 亜希を部屋の外に追い出し、部屋の扉を閉めて鍵まで閉める。 「──まるで嵐のようだったな……」 疲れたように呟いた髙野辺は、そこでハッとする。 そうだ、もみじと電話をしていたのだ。 髙野辺は慌ててスマホの傍まで駆け寄り、話す。 「すみません、もみじさん……!今の女性の声は、ただの幼なじみなんです……!昨夜実家に戻って来ていて、それを知った幼なじみがやって来たようで……!」 そこまで話した髙野辺は、スマホからうんともすんとも聞
──髙野辺は今夜、この家に戻って来ない。 それを知ったもみじの胸に、もやりとした形容しがたい何とも言えない感情が込み上がる。 「何、これ……」 その感情が何だか分からず、もみじは自分の胸を押さえる。 その時、もみじの名前を呼ぶルリの声が聞こえた。 「もみじちゃん、ご飯が出来たわ。夕ご飯にしましょう」 「──っ、わ、分かったおばあちゃん!今行くね……!」 もみじは普段だったらすぐ髙野辺に返信をしている。 だが、ルリに呼ばれた事もあり、動揺しているのもあり、返信をせずに向かった。 ◇ 「──もみじさんから返信がないな」 髙野辺の言葉がぽつり、と落ちる。 いつもだったら連絡をしたらすぐに返信があるのに、と少しばかり引っかかりを覚えた。 だが、夕食の時間帯という事もあり、深く考える事もなくスマホを置いた。 会食は既に済み、髙野辺は今都内のとある場所に向かっていた。 車を運転しているのは、蒔田。 蒔田は普段よりも少し緊張した面持ちでハンドルを握っていた。 目的地に到着したのか、車が停まる。 「──社長、到着しました」 「……分かった。駐車場に停めた後はもう休んでくれて構わない」 「かしこまりました」 ぺこり、と頭を下げる蒔田に笑みを返した後、髙野辺はドアを開けて外に出る。 髙野辺が降りた後、蒔田はそのまま車を駐車場まで走らせる。 1人になった髙野辺は、先程まで浮かべていた笑みを消し、無表情になると目の前に聳え立つ豪邸を見上げた。 「……まさか、こんな事で帰ってくるなんてな」 髙野辺の呟きは誰にも聞かれる事なく、虚しく響いて消える。 そのまま歩き出すと、門にあるインターホンを押した。 表札は「髙守」と書かれている。 髙野辺の実家であり、髙守財閥本家、髙守 正臣(まさおみ)が当主の自宅に久しぶりに戻ってきたのだった。 ◇ 翌日、朝。 髙野辺はカーテンの隙間から漏れる朝日の眩しさに顔を顰め、ゆっくりと目を開けた。 「──朝か」 ベッドに起き上がり、昨夜充電していたスマホをコードから抜き電源をつける。 そこには昨夜、もみじに連絡をした画面が広がっている。 「……返信がないな」 髙野辺が連絡を送って、もみじからの返信がない。 今までこんな事は無かった。 そのため、髙野辺は不安になり、ちらりと時刻を確認する。
誠司はすぐにスマホを構え、女性達の写真を撮る。 そして、すかさず僅かな隙間から部屋の中を連写した。 誠司は撮った写真を全て確認した。 何枚も連写して撮った写真。 その中に──。 「──はっ、はは!!」 誠司が求めていた物がしっかりと撮れていたのを確認した瞬間、笑い声がついつい口から漏れた。 部屋を出て廊下を歩いていた女性達は気味悪そうに誠司を振り返ったが、そのままそそくさとその場を離れて行った。 ◇ 「──あれ?」 もみじのスマホに、一件の通知が入った。 宛先は登録されていない。 「……誰だろう?」 仕事関係の人間だろうか。 そう思ったもみじは、スマホのロックを解除した。 メールが一通来てきて、それには写真が添付されていた。 「……ウイルスじゃない、よね」 もみじは不安になりつつメールを開封する。 メール本文には何の文字もない。 もみじは添付されている写真をタップした。 「──な、なに、これ!?」 写真がスマホに表示された瞬間、もみじは声を上げる。 すると、もみじの声を聞いたからだろうか。 台所から祖母のルリが心配そうに顔を出した。 「どうしたの、もみじちゃん?」 「ご、ごめんなさいおばあちゃん。ちょっとびっくりして大声を上げちゃっただけなの……!気にしないで」 「そう?それならいいけど……」 ルリは首を傾げつつ、台所に戻って行く。 そして、そうだと思い出したようにもみじに話しかけた。 「夕飯は、私ともみじちゃんの分だけでいいのかい?髙野辺さんは今日遅いの?」 「──う、ん。会食があって、夕飯は済ませるって言っていたから……」 もみじの胸の中には、もやもやとした物が溢れてくる。 髙野辺は、確かに会食だと言っていた。 それなのに。 もみじは、自分の手の中にあるスマホをぎゅっと握った。 先程届いたスマホには、複数人の女性が映った写真 が送られていた。 そして、その写真の奥──部屋の扉が開いた隙間から、髙野辺の姿が確認出来た。 髙野辺のいる部屋から、複数の女性が出てきた。 それも、かなり綺麗な女性たちが。 「──……」 そういう事も、あるだろう。 髙野辺は、社長だ。 だから会食の席に女性が居る事だって分かる。 そうだ。 それだけ。 もみじが自分にそう言い聞かせていると、手の中に
「明日、ちょうど会社に出社しなければならない日なので、この件は俺の方で対応しておきます」 「いいんですか、髙野辺さん」 「ええ。もみじさんのおじい様とおばあ様です。俺にとっても大事なお二方ですから。力になれる事なら、何でもやりたいんです」 そう伝えてくれる髙野辺に、もみじは自分の胸が熱くなるのを感じた。 たまらずに髙野辺にぎゅっと抱きつくと、驚きつつも髙野辺はもみじを優しく抱き返してくれた。 「本当にありがとうございます、髙野辺さん」 「──ふふ、どういたしまして」 髙野辺はもみじの頭に軽く口付けると、そのままもみじを抱き上げて寝室に移動した。 もみじを布団に運び、就寝の挨拶をすると部屋の襖を閉めて寝室から出て行く。 明日、髙野辺は久しぶりに会社に出社する。 リモートで出来る仕事はこの家でやっていたが、取引先との会食や顔を合わせての打ち合わせ。それらはさすがに顔を出さない訳にはいかない。 広間に戻ってきた髙野辺は、パソコンをつけてもうしばらく仕事をしたのだった──。 ◇ 翌日、夕方。 都内某所にある高級料亭。 「──髙野辺社長、お久しぶりです。忙しい中、今日はわざわざ御足労いただきありがとうございます」 「鍋元社長、お久しぶりです。こちらこそ貴重な機会、ありがとうございます」 髙野辺よりふた周り以上年上の男が、ぺこぺこと頭を下げて握手を求める。 いつも通りの作り笑いを浮かべ、髙野辺は男の握手に応じた。 「どうぞ、部屋はこちらです」 男に案内された部屋に向かうと、部屋の中には男が用意した綺麗な女性達が待っていた。 「美女との食事ほど楽しいものはないですからな!髙野辺社長も一緒に楽しみましょう!」 はははっ、と豪快に笑う鍋元に髙野辺は薄っすらと笑みを浮かべたままだが、その目の奥にある光は冷え込んでいる。 髙野辺の腕を取り、席に促そうとする女性からさり気なく避けつつ、髙野辺は先程まで浮かべていた笑みを消し、無表情で鍋元に視線を向けた。 「……これは一体どう言う事ですか?今日の会食は、取引成立の祝いの席だったと思うのですが」 髙野辺の冷たい視線と口調に、鍋元はたじろぐ。 TK株式会社の髙野辺社長には、色仕掛けが通用しない──。 それは、業界の中でもっぱらの噂だった。 だが、噂は所詮噂。 髙野辺とて男だ。 美しい
胡桃の言葉を聞いた瞬間──誠司の顔色が、一気に真っ青になっていく。 血の気を引いて行く様を目の当たりにした胡桃はにんまり、と口を笑みの形に変えた。 「……やっぱり」 ふふ、と小さく笑いながら呟く胡桃。 誠司はシラを切る事にした。 「──な、何のこと、だ?俺が人を轢くなんて……」 有り得ない。 そう答えようとした誠司の前で、胡桃は自分のスマホを取り出してある動画の再生ボタンを押した。 すると、静かなデザイン室に誠司と引き取り業者の会話が流れてきた。 【出来るだけ早急に処分してくれ】 【……うちは、金さえもらえばやりますが……この車、犯罪に関わっていたりしませんか?犯罪に関わっているなら、内容を把握しておく必要があります】 【──……】 【口裏を合わせる必要があるでしょう?】 【……人と、接触した】 誠司の声が聞こえた次の瞬間、引き取り業者が息を呑んだ気配がした。 お互い、暫く無言で時間は流れ、引き取り業者が車を引き取る事を告げ、そこで音声は途切れた。 音声は荒いが、誠司の声だと言う事がはっきりと分かる。 それに、誠司が「人と接触した」と発した言葉もまた、はっきりと聞こえた。 「──お前っ」 誠司は焦り、胡桃の手からスマホを取り上げ床に叩き付けた。 床に叩き付けた胡桃のスマホを、誠司は物凄い形相で何度も何度も踏み付ける。 スマホの画面にひびが入り、粉々になっていく。 必死にスマホを踏み付ける誠司の形相は恐ろしく、その姿は鬼気迫るものがあった。 誠司の行動を腕を組んで眺めていた胡桃は、なんて事ないように口を開く。 「本データはクラウドに保存しているわよ。このスマホを壊したからと言って、データが無くなる訳じゃないわ」 「──っ」 ぜいぜい、と肩で息をしていた誠司が胡桃を振り返る。 胡桃はにっこりと笑みを浮かべながら、誠司に近付いた。 「ね、誠司。もうお父さんにお願いしているわ。……この子のお父さんだもの。私も、この子の父親を犯罪者にしたくないから。……だけど、私を怒らせたり……お姉ちゃんみたいに適当に扱ったら……私悲しくて喋っちゃうかも♡」 「──っ、お前……っ、胡桃……」 唖然と自分を見つめる誠司に、胡桃は愛らしく微笑んだのだった──。 ◇ 「あの近辺にある引き取り業者……修理工場や、廃車を扱う業者はこれ