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第8話

Author: ゴマたれ
浅子は時男と情事に耽った後、名残惜しそうに身だしなみを整えた。

その時、ポケットのスマホが振動した。

取り出して見ると、晴子からのメッセージだ。

浅子はドキッとして、慌てて時男をその場から離させようと言った。「お兄ちゃん、ちょっとお手洗いに行ってくるわ。披露宴会場はお客様でいっぱいだから、早く対応に行ってて!」

「ああ、分かった。先に行くね」時男はスーツを直すと、足早に去って行った。

時男が去った後、浅子は人目を盗んで化粧室へ向かった。

晴子が一体何を企んでいるのか、確かめずにはいられなかったのだ。

化粧室に着くと、そこには誰もおらず、一着の白いウェディングドレスがポツンと置かれていて、閉鎖された空間でひどく寒々としていた。

浅子は胸をドキドキさせながら、憧れのウェディングドレスを見つめた。時男と結婚したいという思いが、ますます募っていった。

晴子が自ら身を引くというのなら、私が代わりに花嫁になればいいじゃない!

浅子は高揚感を抑えきれず、ウェディングドレスに身を包み、床に落ちていたベールを拾い上げて頭にそっと被せた。

その頃、時男は来賓の着席を見届け、いよいよ結婚式が始まった。

司会者が祝辞を述べ、新婦の入場を促した。

舞台一面に敷き詰められた花々、そして眩い光の中、新婦は白いベールを被り、司会者にエスコートされながらゆっくりと階段を上っていく。

時男は、目の前をドレスを翻しながら歩む美しい新婦の姿に胸を高鳴らせ、抑えきれない感動が込み上げてきた。

「新郎賀川時男様、あなたは新婦白野晴子様を妻とし、愛し、慈しみ、富める時も貧しき時も、若き時も老いる時も、終生変わることなく、共に白髪の生えるまで添い遂げることをお誓いになりますか?」

時男は高鳴る胸を抑え、ゆっくりと口を開いた。「誓います」

司会は新婦に問いかけた。「新婦白野晴子様、あなたは新郎賀川時男様を夫とし、愛し、慈しみ、富める時も貧しき時も、若き時も老いる時も、終生変わることなく、共に白髪の生えるまで添い遂げることをお誓いになりますか?」

薄いベール越しに、甘く優しい声が響いた。「誓います」

時男は胸を強く締め付けられた。

この声は……

「素晴らしいです!」司会は満面の笑みだ。「さあ、新郎様、新婦様のベールを上げてください!」

参列者は歓声を上げ、皆が喜んで立ちあが
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