Share

無双はどっち?②

Author: 藍沢咲良
last update Petsa ng paglalathala: 2026-10-11 08:04:21

雨が降った。

いつも通りに私達は、瑛の車で出勤した。

香世さんに目撃されたら激昂されるかもしれない。

それでも単独で行動するよりは、ふたり一緒の方が、まだ安全なのかもしれない。

それが昨晩、瑛と私が出した結論だった。

「瑛」

その声に、瑛の肩がわずかに強張った。

エントランスの自動ドアの向こうに、女が立っていた。

香世さんだ。

出回っていた動画と同じ人。

……確かに、綺麗な人。

濡れた傘を畳みもせず、片手に小さな紙袋を提げている。

仕立てのよさそうなワンピース。手入れされた髪。

雨の空気の中にいるのに、どこか場違いなほど整った顔。

香世さんは、瑛だけを見ていた。

「久しぶりね」

瑛は、答えなかった。

「……鷹宮」

私の隣で、瑛が低くその名を呼んだ。

鷹宮香世。

その名前を口にした瞬間、空気が一段冷えた気がした。

「そんな呼び方、寂しいわ」

香世さんは、少しだけ首を傾げた。

笑っている。

けれど、その目は少しも笑っていなかった。

「昔みたいに、香世って呼んでくれないの?」

瑛の手が、私の手首を静かに掴んだ。

離れるな、という合図だった。

香世さんの視線が、そこでようやく私に向いた。

上
Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App
Locked Chapter

Pinakabagong kabanata

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   臨界点②

    そのあとのことは、あまり覚えていない。香世さんが刑事さんに連行された。瑛に長いこと抱きしめられた。事情聴取の間も、瑛は私の手を握りしめていた。警察署から会社に戻る際、刑事の早乙女朔《さく》さんが公用車で瑛と私を送ってくれた。やはり蒼くんの従兄弟だという。「蒼からね、連絡が何度かあったんですよ」やっぱり。刑事さん達が到着するのが随分とスムーズだったのはそのせいか。「職場の上司に付き纏っているストーカーが、ちょっとだいぶまずいと。社内だけでなく、お客さんにも影響が出るかもしれないってね」「ありがとうございます。おかげで助かりました」後部座席で私の手を握りしめたままの瑛は、顔と声だけは冷静に早乙女さんに返した。「僕にとっては仕事ですからね。市民の安全を守る義務がある」かっこよ。ええ、私、不謹慎。左手は瑛に指も絡められてるのに。命を狙われたその日なのに。刃物を向けられたというのに。目の前で運転する早乙女さんの声は程よく響く低音で。顔立ちも綺麗。なのにしっかりとついているであろう筋肉はスーツの上からでもよくわかった。声を発しようとして、諦める。早乙女さんに、私もお礼を言わないといけないのに。今日のあの事件は、私をものすごく消耗させていた。その夜、瑛は私を抱きしめたまま眠った。パジャマは脱がされなかった。朝までパジャマを着られるなんて。それも3日連続で。3日間、夜の私は瑛の抱き枕だった。夜中にふと目が覚めて、瑛の顔を見る。かつてないぐらいに深く眠っている。香世さんが法的に近づけなくなったことが、瑛を安心させたのだろう。香世さんの逮捕後。森田先生と岳先生は香世さんの釈放後の接近禁止を求める訴えを出す準備をしていると聞いた。香世さんの瑛に対する執着が、本当に無くなればいい。それはあくまで私側の都合で。香世さんの都合はそうではなくて。だからやはり私達は、法に守ってもらわないときっとまだ危険。「──りお、もう寝ようか」今日もパジャマを着ている。瑛はパジャマを、ちゃっかり2着ずつ購入していた。洗い替えまで用意してるとは。普段長い時間着られないのに。でも今日もまた、脱がされることは無いのだろう。身体は楽なんだけどね。でもちょっと、寂しい。もうすぐ妻ですから。待ちますよ、ちゃんと。寝室の照明を落

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   臨界点①

    「み、い、つ、け、たっ!」エレベーターへの角を曲がったはずだった。目の前にいたのは、先日と比べて髪の乱れた香世さんだった。「瑛!また会えた!やっぱり私たちは結ばれる運命なのね!」笑っているのに、目だけが笑っていなかった。香世さんは私の存在に気付くと、みるみるうちに目を見開き、叫んだ。「あんたね!何ブロックしてんのよ!この私がわざわざフォローしてあげるって言ってんのに!」咄嗟に、瑛が前へ出ようとした。「待って」私は瑛を制して、香世さんの方へ向き直る。「りお」低く、制する声がした。それでも私は、彼の前に出た。「鷹野さん。店舗のお客様に迷惑です。会社としても迷惑です」「なっ……!」私は頭を下げた。「会社に迷惑をかけること、お客様に迷惑をかけることは、瑛さんは望んでいません。お引き取りください」顔を上げる。香世さんは、さらに興奮していた。まずい。悪手だったか。「なっ……!私は瑛とあんたに会いに来ただけよ!誰にも迷惑なんかかけてない!」「お客様が怯えている。帰るんだ」瑛の声は低く、硬かった。「怯えるわけないでしょ!客なんか関係ないんだから!」まずい。さらに興奮している。そもそも、瑛と私が揃っているところに香世さんが遭遇してしまった。瑛も私も、冷静さを保っている。それが余計に、香世さんには気に入らないのだろう。視界の端に、防犯カメラがあることに気付いた。そうだ。ここはエレベーターホールだ。そろそろ誰か降りてきて。防犯カメラの映像で、今の私たちに気付いて。お願い。「持ってきて良かった。備えあれば憂いなし、よね、瑛」香世さんが、バッグの中に手を伸ばした。何かが、照明の光を弾く。一瞬、理解が遅れた。次の瞬間、息が止まる。──包丁だ。「瑛? あなたの本当の相手は、わたし。瑛はね、その女に騙されてるだけ」バッグから取り出されたのは、出刃包丁だった。刃先に、赤いものがついている。血。そう理解した瞬間、指先が冷たくなった。じゃあ、警備の人たちは。遠くで悲鳴が上がった。エントランスの方だ。「りお!下がるんだ!」瑛の声が、背後から飛んでくる。でも、下がれない。下がったら、瑛が前に出る。それだけは、絶対に、だめ。「そんな女、守る価値ないってば。わからない? しょうがないなあ。瑛、わたしがあな

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   無双はどっち?③

    そうか、梅干しね。種なしね。……ちょうどいいじゃん。その日、私は晩ごはんに、オクラの梅肉ソース和えの小鉢を出した。瑛の顔が、一瞬だけ固まった。今朝の一件を思い出したんだろう。私も思い出さなかったわけじゃない。あの赤いハート。種を抜かれたであろう、きれいな梅干したち。笑っているみたいに並べられていたのが、どうにも気持ち悪かった。でも、梅肉ソースは私がストックしているもの。こんな便利なもの、香世さんのせいで使えないとか、理不尽すぎる。そう思わないと、香世さんに、冷蔵庫の中まで踏み込まれた気がした。「りお」「ん?」「俺が思ってたより……結構強いよな」「私、そんなに弱っちいと思われてた?」「俺が守りたいって思うくらいにはな」今日のメインは、豚の生姜焼き。炒めるだけ。最高。豆腐とわかめの味噌汁に、白米。梅雨にはなかなか良いメニューだと思う。「今日の今日で梅をメニューに入れるりおって、すごいと思う」「香世さんのせいで、私のレパートリーの幅が狭まるのは理不尽なんです」白米にオクラの梅和えを載せた瑛は、ふっと笑った。「俺の奥さんは頼もしいんだな」「瑛の想定よりはね」そこで私は、生姜焼きに箸を伸ばす瑛を見た。「あのね、瑛」「うん」「招待状のリストの〆切、明後日だって覚えてる?」瑛の箸が止まった。「……すまない」目を逸らした。都合が悪くなると目を逸らすこの人と、あの「氷の氷室」は同一人物なんですよ、皆さん。たぶん、信じてもらえない。「香世さんが会社に来ても、私たちが付き纏われても。式の日程は変わらないからね?」「はい」「ということは、〆切も変わらない」「本日中にまとめます」「家庭内で業務報告しなくていいです」「……頑張ります」「……うわ」寝室。お風呂も終えて、まどろむはずの時間。香世さんの件で疲れ切っていた私達は、早く寝ようという話になった。私の入浴中に瑛は招待客リストを完成させていた。お風呂からリビングに戻った私に、ドヤ顔で報告する瑛を見たときは笑ってしまった。「どうした」「インスタ……香世さんからフォロー申請来てる」瑛の顔が険しくなった。「すぐブロックしろ」「そうだね。……うわ」「今度はどうした」「香世さん、鍵アカじゃなくて全体公開してるみたいで。今うっかり見ちゃったんだけ

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   無双はどっち?②

    雨が降った。いつも通りに私達は、瑛の車で出勤した。香世さんに目撃されたら激昂されるかもしれない。それでも単独で行動するよりは、ふたり一緒の方が、まだ安全なのかもしれない。それが昨晩、瑛と私が出した結論だった。「瑛」その声に、瑛の肩がわずかに強張った。エントランスの自動ドアの向こうに、女が立っていた。香世さんだ。出回っていた動画と同じ人。……確かに、綺麗な人。濡れた傘を畳みもせず、片手に小さな紙袋を提げている。仕立てのよさそうなワンピース。手入れされた髪。雨の空気の中にいるのに、どこか場違いなほど整った顔。香世さんは、瑛だけを見ていた。「久しぶりね」瑛は、答えなかった。「……鷹宮」私の隣で、瑛が低くその名を呼んだ。鷹宮香世。その名前を口にした瞬間、空気が一段冷えた気がした。「そんな呼び方、寂しいわ」香世さんは、少しだけ首を傾げた。笑っている。けれど、その目は少しも笑っていなかった。「昔みたいに、香世って呼んでくれないの?」瑛の手が、私の手首を静かに掴んだ。離れるな、という合図だった。香世さんの視線が、そこでようやく私に向いた。上から下まで、値踏みするように。ゆっくりと。丁寧に。「……あなたが、あの子?」あの子。その言い方だけで、胸の奥が小さくざらついた。「何の用だ」瑛の声は、聞いたことがないほど硬かった。香世さんは紙袋を少し持ち上げた。「お弁当を作ってきたの」「いらない」即答だった。けれど香世さんは、まるで聞こえなかったみたいに微笑んだ。「ほら、瑛。あなた、この梅干し好きだったでしょう?」紙袋の中から、丁寧に包まれた弁当箱が取り出される。淡い色の布をほどく指先は、妙に優雅だった。ぱちん、と留め具が外れる。蓋が開いた瞬間、私は息を止めた。白いご飯の上に、赤い梅干しが敷き詰められていた。ぎっしりと。隙間なく。その赤は、歪なハートの形を作っていた。可愛い、とは思えなかった。食べ物のはずなのに、そこに詰められているのは愛情ではなく、もっと別のものに見えた。「たくさん詰めてあげたの」香世さんは、うっとりと弁当箱を見下ろした。「私たちの愛の大きさには、到底足りないのだけれど」指先が、瑛の手に力を込める。私が握ったのではない。瑛の指が、私を守るように強く握り返したのだ

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   染み④/無双はどっち?①

    「補足してもいいですか」いつの間に来ていたのか、入り口近くに立っていた蒼くんが、静かに手を挙げた。神崎管理本部長が視線を向ける。「速水くん、どうぞ」「昨日、朝比奈主任が様子を見に行こうとした時点で止めました。理由は、相手が氷室所長を目的に来ている可能性が高かったからです。所長の現在の近しい相手を見せるのは、リスクになると思いました」会議室が、少しだけ静かになった。蒼くんは、いつもの柔らかい顔をしていなかった。「今後も、朝比奈主任を一人で表に出す場面は減らした方がいいと思います。少なくとも、鷹野さんの顔と名前を受付、店舗、営業、総務で共有するまでは」森田先生が、低く笑った。「速水くん、君は弁護士向きだね」「いえ。以前、似たようなことがありまして」それ以上、蒼くんは言わなかった。──何があったの蒼くん。恐らくその場の蒼くん以外の全員が思ったのだろうけど、誰も口にしなかった。その後、鷹野さんの情報共有と来訪時の対応手順だけが、淡々と決められていった。営業所の自席に戻ると、今度は莉子さんが瑛に耳打ちをした。両眉を上げた瑛は莉子さんとまたどこかに消えた。何か情報があったのかもしれない。目の前には、仕事。家に帰ると、結婚準備。プランナーさんの出す宿題の量がえぐい。──やりますよ。宿題ぐらい。無事に結婚式の日を、迎えられるならね?その日、香世さんは来なかったと聞いた。いつも通りに仕事を終えて、今日は私の家に瑛も帰ってきた。今日は、じゃない。今日も、だ。香世さんは、今の瑛の住所を知らないはずだ。けれど、念には念を入れるに越したことはない。会社のエントランスで、あれだけ騒ぐ人だ。瑛の家を探そうと思えば、探せてしまうのかもしれない。「──江崎から、聞いたか?」遅い夕食を、向かい合ってとっていた。仕事の疲れも当然ある。けれど今の瑛は、香世さんの件でさらに疲労が深い。最近の瑛は、魚を好む。お刺身はなかなか買いに行けないから、今日も煮魚にした。煮魚は、慣れれば案外簡単だ。「香世さんのこと?」「そう」「昔、婚約してたって」「じゃなくて。最近の話」「最近?」最近の香世さん。瑛に執着して、会社のエントランスで騒いだ。私が知っている情報は、それくらいしかない。「エントランスの件しか……」「そうか」瑛は箸を置い

  • 私の男運、この人に全振りしてたらしいよ。〜クズばっかり寄る原因、ここにあり!〜   染み③

    自席に戻ると、今度は私が会議室に呼ばれた。瑛は、まだ戻っていない。なら、さっきの呼び出しは終わっていないのだ。ということは、この呼び出しの目的は、瑛と私に関わることだ。つまり、昨日の一件について、私たちは会社から何か確認される。本社ビルの一階にある営業所兼店舗。私たちの職場は、そこにある。けれど、呼ばれた会議室は店舗奥ではなく、上階の本社フロアだった。会議室のドアをノックする。返事を待ってから、「失礼します」と中へ入ると、神崎管理本部長を中心に、瑛と森田先生、八神先生が着席していた。神崎管理本部長が出てきた、ということは。この件は、単なる私事ではなく、危機管理・人事総務案件として扱われている。「朝比奈主任。氷室所長から、昨日の件について説明は受けていますか」神崎管理本部長は、穏やかに、けれど逃さない目で私に尋ねた。瑛が、わずかに目を伏せる。ああ。瑛、今朝よりさらに消耗している。「氷室所長は、昨日の件でかなりお疲れのようでした。直接、氷室所長からは聞いておりません。ただ、先ほど江崎副所長から、鷹野香世さんの件について教えていただきました」「どのように説明されましたか」「学生の頃からのお付き合いで、かつて婚約されていたと伺いました」神崎管理本部長は、瑛に視線を移した。「氷室所長。合っていますか」憔悴しきっていても、瑛は姿勢を崩さなかった。「はい。間違いありません。朝比奈主任には、私から説明するべきでした」「おふたりは現在婚約されている、という認識でよろしいですね」一拍、会議室の空気が止まった。瑛は、私を見なかった。けれど、逃げもしなかった。「はい。まだ公表していませんが、朝比奈主任と婚約しています」「朝比奈主任。鷹野香世さんと直接会ったことはありますか」「ありません」「昨日の騒ぎのときに、あなたは顔を出さなかった。ということでよろしいですか?」「はい。様子を見に行こうとしたのですが、うちの課の速水くんに止められました」瑛が、深いため息をついた。香世さんに私の顔を見られることを、瑛はきっと恐れていた。「発言してもよろしいですか?」「はい、八神先生」「森田法律事務所の八神です。朝比奈さんは鷹野さんに顔を見られていないとのこと。だからこそ今、情報を共有しておく必要があります」「情報というと?八神くん

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status