第12話

スタッフたちがお互い目配せを交わした後、最後はやはり悦子が単刀直入に聞いた。「葉月さん、旦那さんの井上さんがどんな顔をしているのか見せてください」

逸平はメディアに登場することが稀で、ネット上でも逸平の顔がはっきりとわかる写真はほとんど見つからない。

葉月のお箸を持った手がわずかに止まった。葉月の携帯に逸平の写真がないわけがないが、当時慌ただしく撮ったウェディングフォトを除けば、残っているのはまだあどけなさの残る何年も前の逸平だけだ。

それらの写真は葉月が人に見せたくない、大切にしている秘密でもあり、未練のある過去でもある。

葉月は笑って首を横に振り、「夫婦仲が悪くて、逸平の写真が出せないの。本当に申し訳ない」と言った。

葉月の口から「夫婦仲が悪い」という言葉が出るのは、まるで今日のランチがまずかったと言うくらい軽いものだ。

悦子たちはそれ以上聞かなかった。

今日の午前中は、サンプル用に撮影するためのスチールモデルしか来ず、卓也が依頼したタレントたちは誰も来なかった。

葉月はスケジュールを見た。今日の午後に1人、明日には2人のタレントが撮影に来るようだ。

そして今日の午後に来るのは、あの段原亜由美（だんばら あゆみ）——そう、逸平とのスキャンダルで話題になった女優だ。

最近大ヒットした時代劇で、亜由美は脇役を演じながらもピッタリとハマったキャラクター設定が好評で、一気に人気になった。

現在大注目の女優なのだ。

卓也が亜由美をブランドアンバサダーに選んだことに、葉月はちっとも驚かなかった。

ただ、亜由美と逸平がトレンド入りして話題となったことを思い出すと、多少なりとも気分が悪くなった。

しかし、今日はみんな仕事で来ているのだから、葉月はただ仕事を問題なくこなし、お金をもらって帰りたかった。

人気女優だろうが、スキャンダルの相手だろうが、葉月は気にしない。

ランチ後の休憩時間、悦子たちはまたイケメンや美女を見にどこかへ行ってしまった。

葉月は静かな場所で少し休みたかったので、スタッフから隣のメイクアップルームが空いていると聞き、そこへ向かった。

葉月と七海は部屋を見つけたが、入り口付近に着くと中から話し声が聞こえた。

そこで葉月と七海は引き返そうとしたが、思いがけず逸平に関する会話を耳にしてしまう。

「逸平は離婚していないの？」亜由美は尋ねた。

亜由美のマネージャーはスケジュールを確認しながら答えた。「はい、まだ離婚しておりません。井上社長は自ら噂を否定しているらしいです。でももうすぐ離婚するという噂もあります。どちらが本当かわかりませんが」

亜由美は新しくやってもらったネイルを見ながら、不機嫌そうに言った。「早く離婚して、井上夫人の座を空けてもらいたいわ」

マネージャーの声が急に弾んだ。「ご存知ですか？今日モデルのメイクをしていたスタッフの中に井上夫人がいらっしゃいます」

亜由美は信じられないという表情でマネージャーを見た。「まさか、あの立派な井上夫人がたかがスチールモデルのためにメイクをしてるの？」

「そのまさかです。井上夫人はご自身のスタジオを持っており、メイクアップを専門にやっているらしいです」

亜由美は軽蔑するように冷ややかに笑った。「井上夫人がそんなことをしてるなんて、品がないわ。道理で逸平は自分の奥さんに愛情を抱けず、3年間も不仲だって言われるわけね。私が逸平だったら、恥ずかしくてたまらないわ」

亜由美はまた突然マネージャーに尋ねた。「井上夫人の過去って知ってる？」

マネージャーは考えてから首を振った。「存じ上げません」

亜由美は舌打ちした。「それも知らないの？」

マネージャーは答えた。「何かあったのですか？井上夫人は以前に何か人に知られたくないようなことをされたのですか？」

七海は聞けば聞くほど腹が立ち、中に入って説教でもしようとしたが、葉月に引き止められ、静かにするよう手で合図された。

葉月は聞きたかった。亜由美たちがまだ何を言い出すのか。

亜由美は意味深な表情で言った。「井上夫人自身は特に何もしてないけど、結構惨めだったのよ。以前は婚約者に捨てられて、今は逸平に捨てられるなんて」

これは大スクープの匂いしかしないとマネージャーは思い、興味をそそられた。「よろしければ続きを詳しく教えてください」

亜由美は自分の長い髪をなでながら、ゆっくりと話し始めた。「逸平と井上夫人は政略結婚をしたのよ。井上夫人の旧姓は清原だったはず。元々は一の松市で名の知れた名家だったけど、数年前に清原家が問題を起こして、あの時逸平がいなければとっくに潰れてたわ」

逸平と葉月の政略結婚はもはや秘密でも何でもない。あの時あんなに騒がれたのだから、誰もが知っていることだ。

「井上夫人には以前婚約者がいたんだけど、清原家が潰れそうなのを見て、婚約を破棄して逃げたのよ。国外に逃げたらしいけど、今どうしてるかは知らないわ」

マネージャーは舌打ちして言った。「でも、井上社長はどうしてわざわざ清原家と縁組をしたのでしょうか。あの散らかった後始末までしなきゃならないなんて、自ら苦労を買って出たようなものじゃないですか」

亜由美もよくわからない様子で、「多分、そうやって井上夫人を迎えた方が逸平も扱いやすいからじゃない？」と答えた。

もし実力が同等の他のお嬢様を娶っていたら、逸平は何をするにしても相手のことを気にしなければならない。

でも今は、清原家は永遠に井上家に頭を上げられない運命にあるから、葉月は逸平にされるがままに言うことを聞くしかない。

マネージャーも首を振って笑う。「それはなんとも言えないですね。とにかく今のところ、井上社長は亜由美さんに少なからず興味があると思います」

そう言いながら、マネージャーは少し得意げな表情を浮かべた。「今回のブランドオーナーである澤口社長は井上社長とは幼馴染みで、兄弟のような仲です。今回亜由美さんが招待されたのは、おそらく井上社長のご意向だと思います」

亜由美は照れくさそうに、「でも、最近の逸平はどうしたのかしら。前一緒にご飯を食べて以来、全然連絡してこないの」と言った。

マネージャーは言った。「井上社長はきっとお忙しいのです。それに、今はまだ奥様がいらっしゃるので、亜由美さんもほどほどにしてくださいね。マスコミに嗅ぎつけられたら、亜由美さんが痛い目に会いますから」

亜由美は鼻で笑った。「どうでもいいわ。最終的に井上夫人になれるなら、そんなことなんて怖くもないわ」

「つまり段原さんって、相手に奥さんがいるのを知ってて、それでも奪うつもりなんですか？」葉月がドアを押し開けて入ってくると、亜由美と彼女のマネージャーはびっくりした。

亜由美と彼女のマネージャーの心の中では、先ほどの会話が不謹慎で、他人に聞かれたらまずいとわかっている。

マネージャーは慌てて亜由美の前に立って言った。「ここはタレントの控室なので、恐れ入りますが出て行っていただけますか」

葉月はそれを聞こえないふりをして、マネージャーの背後にいる亜由美を見た。「段原さん、どうしたんです？私と面と向かって話す勇気もないんですか？」

亜由美はそれに応じるかのように立ち上がり、葉月を見やった。「あなたは誰ですか？私たちと何の関係があるんですか？」

葉月は亜由美に歩み寄り、亜由美とは腕一本分ほどの距離まで近づいた。

「初めまして、私は井上葉月と申します」

「井上葉月？」亜由美はその名前を心の中で反芻するように繰り返し、葉月を見たときの目には、どこか後ろめたさが滲んでいる。

葉月は微笑んだ。「段原さん、私が誰かお分かりになりましたか？」

亜由美は葉月を頭の先からつま先までなめるように眺め、その視線は悪意に満ち、まるで品物を見定めているかのようだ。

その時になってようやく、亜由美のマネージャーも目の前の女性が誰なのか察しがついた。

マネージャーは内心不安になった。もしさっきの会話を全部聞かれていたら、大変なことになるに違いない。

それに比べ、亜由美は全く気にしていない様子で、鼻で笑いながら嘲りを込めた笑みを浮かべながら言った。「どんな人かと思ったけど、井上夫人ってこの程度なのね」

葉月は細い眉をひそめ、亜由美の言葉に同意するかのように言った。「ええ、確かに私は普通ですよ。でも、少なくとも既婚男性と不適切な関係を持つようなことはしません」

葉月は亜由美を見つめ、わかりやすく軽蔑の色を目に浮かべた。「人間として、少しは羞恥心を持つべきです」

葉月の言葉は十分にわかりやすかったが、残念ながら亜由美は過ちを改めるような人間ではない。

「井上さん、いや、井上夫人。あなただって逸平が気まぐれで助けたおもちゃに過ぎないんでしょ、自分で一番よくわかっているくせに」

「パン！」と鋭い音が響いた。亜由美はまともに葉月から平手打ちを食らったのだ。

七海も驚いてしまった。葉月さんがいきなり手を出したとは、なんて荒々しいんだ。