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29話. 法廷のアルゴリズム

作者: 6jay
last update publish date: 2026-10-06 00:05:15

数か月後、東京地方裁判所の刑事法廷。

証拠調べが続くその日、修司と玲奈が刑務官に付き添われ、被告人席へ入ってきた。

勾留中の修司は青い服を着て、右肩に白い包帯を巻いていた。うつむき、ゆっくり歩いている。隣の玲奈も、顔に残った痛々しい火傷の痕を隠すためマスクをつけていたが、焦点の定まらない目は、刑罰のような恐怖と不安に揺れていた。

修司は傍聴席を見回し、私を見つけると、すぐに目をそらした。玲奈は最後まで、修司のほうを見なかった。

傍聴席には、記者や一般の傍聴人が座っていた。

「被告人、桐谷修司の弁護人。ご意見を述べてください」

裁判長の言葉に、修司側の弁護士が立ち上がった。

「被告人は、被害者との長年にわたる夫婦間の葛藤によって、重いうつ状態とストレスに苦しんでいたにすぎません。殺意も、明確な実行の着手もありませんでした。ポルシェの事故と山中湖の別荘で起きた火災も、偶発的な過失にすぎず、法の許す限り、最大限寛大な判決を……」

私の陳述の番になり、席を立った。手にした資料の端が、強く握ったせいでつぶれていた。修司のほうを見ず、裁判官へ向き直った。

「偶然、夫の検索履歴を見たときから、実際
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    数週間後、判決公判が開かれた。東京地方裁判所の法廷は、静まり返っていた。裁判長が判決文を開き、被告人たちを見た。紙をめくる小さな音がした。法廷中の息遣いとざわめきが、一斉にぴたりと止まった。「主文。被告人桐谷修司を懲役十五年に処する。被告人白石玲奈を懲役八年に処する」裁判長の声が、はっきりと響いた。「被告人らは、桐谷修司の配偶者である被害者の命を、巨額の死亡保険金を詐取するための手段とし、複数の殺害方法を話し合い、実際の犯行に及んだ。収集されたデジタルフォレンジックの証拠には確かな信用性が認められる。犯行の残虐性、反省の姿勢がまったく見られないことを考慮すれば、重い刑は避けられない」判決が言い渡された瞬間、修司は脚から力が抜け、被告人席の冷たい床へ崩れ落ちた。「十五年なんて……裁判長、お願いです、一度だけ慈悲を! 紗月、許してくれ! 頼む、俺を出してくれよ、紗月!」傍聴席の私へ向かって立ち上がろうとした修司を、刑務官が制止した。彼は何度か名前を呼んだが、私は顔を向けなかった。玲奈は唇を噛んだまま、修司から体をそむけた。二人が護送用の通路へ消えると、法廷はまた静かになった。私はゆっくりと服を整え、席を立った。久世弁護士が近づき、丁寧に握手を求めてきた。長い手続きを終えた安堵が、その顔に浮かんでいた。「一ノ瀬さん、この刑事事件はいったんここまでです。離婚と財産の問題は別の手続きで整理されましたし、保険契約も効力のないものとして処理されています」「ありがとうございます。私が提出した資料も、最後まで確認してください」久世は短くうなずいた。私の行動の一部についても、別件で確認の手続きが残っていた。最初から彼に警告されていた部分だった。修司と玲奈に刑が言い渡されたからといって、私の選択がすべて正当になるわけではない。もう、『返しただけ』という言葉で覆い隠さないと決めた。捜査で尋ねられた順に答え、求められた元データも、そのまま出した。裁判所の大きなガラスの正面扉へ向かう足取りは、三年間の鎖を断ち切ったように軽く、確かだった。後ろで誰かに名前を呼ばれた気がして、一度足を止めた。振り返りはしなかった。指に残った指輪の跡を、親指でなぞった。ドアを押して外へ出ると、法廷の音は、それ以上ついてこなかった。澄んだ初秋の日差しが、肩へまぶしく降り注いだ。

  • 私を殺す方法を検索した夫に、同じ恐怖を返します   29話. 法廷のアルゴリズム

    数か月後、東京地方裁判所の刑事法廷。証拠調べが続くその日、修司と玲奈が刑務官に付き添われ、被告人席へ入ってきた。勾留中の修司は青い服を着て、右肩に白い包帯を巻いていた。うつむき、ゆっくり歩いている。隣の玲奈も、顔に残った痛々しい火傷の痕を隠すためマスクをつけていたが、焦点の定まらない目は、刑罰のような恐怖と不安に揺れていた。修司は傍聴席を見回し、私を見つけると、すぐに目をそらした。玲奈は最後まで、修司のほうを見なかった。傍聴席には、記者や一般の傍聴人が座っていた。「被告人、桐谷修司の弁護人。ご意見を述べてください」裁判長の言葉に、修司側の弁護士が立ち上がった。「被告人は、被害者との長年にわたる夫婦間の葛藤によって、重いうつ状態とストレスに苦しんでいたにすぎません。殺意も、明確な実行の着手もありませんでした。ポルシェの事故と山中湖の別荘で起きた火災も、偶発的な過失にすぎず、法の許す限り、最大限寛大な判決を……」私の陳述の番になり、席を立った。手にした資料の端が、強く握ったせいでつぶれていた。修司のほうを見ず、裁判官へ向き直った。「偶然、夫の検索履歴を見たときから、実際に私の車が傷つけられるまで、私は記録を残しました。自分がしたことも隠さず、捜査の際に提出しています」陳述が終わると、検察官が提出資料を画面へ映した。久世が保管履歴をまとめ、引き渡した資料だった。私は席へ戻り、画面を見た。ザッ。法廷中央のスクリーンに、資料の一覧が順に表示された。裁判官たちは、画面と書面を交互に確認した。「被告人が使用していたノートパソコンの閲覧履歴と、当時の画面を撮影した資料です」検察官は、入手の経緯と、その後の保管状況を説明した。久世が整理した日付が、画面に映った。「最初の撮影資料には、発見前の十日間の閲覧時刻と検索語が残っています。薬品の配送資料、駐車場の映像も併せてご覧ください」画面が切り替わり、修司が取引先を通して受け取った高濃度アンプルの送り状データと、山中湖の別荘の地下室で200V系統につないだ銅線の写真が、4Kの鮮明な画像で映し出された。続いて、地下二階の駐車場で、装具をつけた修司が私のセダンの下へ潜り、ブレーキホースをダイヤモンド錐で傷つける赤外線映像が、そのまま再生された。映像の修司は、車から離れながらつぶやいた。「紗月……これで

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  • 私を殺す方法を検索した夫に、同じ恐怖を返します   26話. 浴槽の悪魔たち

    玲奈は私の言葉を聞くなり、体をひねった。「修司さん……あなたなの?! 私を殺そうとして……!」悲鳴が闇を裂いた。暗闇の中、目の前を塞ぐ男へ向けて、血のついた爪を鉤のように立て、激しく飛びかかった。「この人殺し! 私を感電させて殺して、二億五千万を独り占めするために、浴室へ押したんでしょう!」「ぐあっ! やめろ! 玲奈、俺まで殺す気か!」修司は痛みに叫び、怪我した腕で相手を乱暴に打ち払った。だが、完全な闇の中で極度のパニックに陥った玲奈には、どんな弁解も届かなかった。手術した鎖骨のあたりを殴られ、修司は息をのんだ。声で玲奈だとはわかったが、手を離せなかった。離した途端にまた殴られそうで、彼女の腕を押さえつけた。「玲奈、俺だ! 落ち着け!」「あなたの言うことなんて、もう一つも信じない!」「俺じゃないって言ってるだろ! まず手を離せよ!」二人は狭い浴室で、互いの腕や襟をつかみ、もつれ合った。玲奈は修司の頬を爪でえぐり、装具の下の傷を押しつぶした。修司は玲奈の首を乱暴に締めつけ、上半身を大きなジェットバスへ、力任せに押し込んだ。「死ねよ! お前さえ死ねば、この地獄も終わるんだ!」「先にくたばれ、この化け物!」先に相手を押しのけなければ、自分が立っていられない。それだけだった。血まみれになりながら髪をつかみ、互いの肉に噛みつき、よろめいた二人は、ついに深い浴槽の縁を越え、底へ激しく転がり落ちた。ガタガタッ、ドン! ゴキッ!***二人が絡み合ったまま浴槽へ落ちた、その瞬間。私は廊下の壁に設けられた、デジタル水栓の制御パネルへ触れた。ウィーン。浴槽の水栓から、冷たい水が勢いよく流れはじめた。修司は音のするほうへ手を伸ばしたが、玲奈の腕に遮られた。水が二人の服と顔を濡らしていった。ザーッ! 水は止まらなかった。排水口へ流れる水の上で、二人の手足がもつれ合っていた。底にたまった水が動くたび、膝や脇腹へ冷たく触れた。修司は濡れた浴槽の縁をつかんだが、手が滑った。「うっ……冷たい! 何で水が出てくるんだよ!」「修司さん……っ、げほっ! 水、止めて! 息ができない!」冷たい水を浴びて、ようやく二人は互いの首から手を離した。それでも、すぐには起き上がれなかった。狭い浴槽の中で脚と服が絡まり、身じろぎするほど、また相手を押すことになった。

  • 私を殺す方法を検索した夫に、同じ恐怖を返します   25話. 漆黒の逆転

    別荘の二階の廊下には、水の抜ける音だけがかすかに聞こえていた。浴室のドアの前で、修司が壁のスイッチへ手を置いた。手術した右肩の骨がうずく痛みを、奥歯を食いしばってこらえた。レバーに乗せた人差し指は、冷や汗で濡れ、滑り落ちそうなほど震えていた。力を入れては緩める。それを繰り返していた。一階のソファであえいでいた玲奈も、手すりにつかまり、よろめきながら木の階段を上がってきた。二階で手すりを握り、息を整える。顔の包帯の隙間からのぞく目が、修司の手と浴室のドアを交互に見た。「修司さん……入ったの? あの女、ちゃんと湯船に浸かってるんでしょうね。一秒だって、無駄にできないのよ」「静かにしろ。水の音がするだろ。入ったのを確かめるだけだ。スイッチは俺が上げるから、お前はじっとしてろ」声を落とそうとしても、修司の息は何度も途切れた。紗月が浴槽へ入りさえすればいい。繰り返し自分へ言い聞かせた。そうすれば、すべてを事故で片づけられる気がした。少し前まで、リビングで助けてくれと泣いていた男だった。それがドア一枚を挟んだ途端、また優しい夫の声で妻を呼んでいる。玲奈は、その姿を見ても止めなかった。二億五千万円という数字より、今はこの夜から逃げ出したい。その思いが、二人をいっそう急き立てていた。しかし、一分たち、二分たっても、ドアの向こうからは、水をかく音も人の気配も聞こえなかった。異様な沈黙だけが漂っていた。「紗月? どうしたんだ、まだ入ってないのか? お湯が熱すぎた?」焦りに耐えられなくなった修司が、乱暴にドアノブを回した。ガチャリ。浴室のドアが大きく開いた。だが、中は修司が期待した光景ではなかった。白い大理石のジェットバスには、ほとんど湯が残っていなかった。開いた排水口へ、最後の水が流れ込んでいる。少し前まで立っていた湯気の跡だけが、鏡に残っていた。そしてタイルの中央には、外出用のスーツを着た紗月が、スマートフォンを握って立っていた。私は修司の顔より先に、その手を見た。まだスイッチから、完全には離れていない手だった。「紗月……何で、服を着たまま……どうして湯船に入らないんだ……」修司が空の浴槽と紗月を見比べ、後ずさろうとした、その瞬間。***私はスマートフォンの中央に表示した、赤い【主電源強制遮断】のボタンを、ためらわずに押した。ブツッ、ジッ。別荘

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