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第2話

Penulis: ひつじ沼のオオカミ
翌日、絵里香はまた撮影で苦戦していた。今度は別れのシーンだった。

泣き顔は確かにきれいで、目元も鼻先も赤くなっていた。それでも監督は7回もカットをかけた。

「ただ別れるのが悲しいんじゃない。相手に愛されてないってわかってるのに、離れる勇気が出ないんだよ」

絵里香は台本を放り出した。

「だって、そういう恋愛はしたことないんですもん。どう演じたらいいんですか?」

その場がしんと静まり返った。

絵里香は目を赤くしたまま、怜司に視線を向けた。

「鳴海さん、私ってそんなに下手ですか?」

怜司はモニターの前に座り、火のついていない煙草を指に挟んでいた。

「逢坂を呼べ」

その頃、私は隣のスタジオでシャンプーのCMを撮っていた。

アシスタントが駆け込んできたときも、髪はまだ泡だらけだった。

「鳴海さんが、今すぐ来るようにって」

それを聞いたCMの監督が慌てて声を上げた。

「ちょっと、こっちはまだ撮影が終わってないんだけど!」

アシスタントは困ったように答えた。

「でも、鳴海さんが10分しか待たないって……」

私は急いで泡を洗い流し、髪も乾かさずに駆けつけた。

濡れた髪を見るなり、怜司は眉をひそめ、脱いだ上着を頭にかぶせてきた。

「髪くらい乾かしてから来いよ」

「だって、10分しか待たないって……」

怜司は一瞬言葉に詰まり、上着で髪を拭く手つきが少し乱暴になった。

「急げとは言ったけど、風邪でも引いたらどうするんだ」

すると、撮影現場の中央に座っていた絵里香が、遠慮がちに口を挟んだ。

「鳴海さん、皆さん待ってますよ」

怜司はアシスタントに上着を投げ渡した。

「逢坂を着替えさせろ」

私は思わず聞き返した。

「えっ、何に着替えるの?」

「絵里香の代わりに、一回やってみろ」

衣装係が絵里香の衣装を持ってきた。ウエストがきつく、お腹を引っ込めてようやく着られた。

撮影現場には、照明が1灯だけ残っていた。怜司はカメラの外に座って、私の相手役になった。

このシーンの台詞は何度も練習していた。もともと私が演じるはずだった役なのだから。

怜司が別れを告げたとき、彼の目を見つめているうちに、ふと芝居だということを忘れてしまった。

「あなたが本当にあの人のことを好きなら、私、もう待たない」

けれど怜司は、次の台詞を返してこなかった。

現場に妙な沈黙が流れた。

怜司は影の中に座っていて、表情までは見えなかった。

監督が小声で怜司に声をかけた。

「鳴海さん、次の台詞を」

怜司は視線を落とした。

「もう一回」

2回目も、怜司は台詞を返さなかった。

3回目が始まる直前、怜司はカメラの前に出てきて、いきなり私のうなじをつかんだ。指の腹でぐっと押さえられた。

「そんな目で俺を見るな」

何のことかわからなかった。

「監督に、別れたくない気持ちを出せって言われたから……」

「それが別れたくないって目か?」

怜司は顔を近づけ、私にしか聞こえない声で言った。

「それじゃ、本当に俺と別れるみたいだろ」

胸がどきっとして、思わず目をそらした。

「……私、演技が下手だから」

「……そうだといいけどな」

怜司は手を離し、モニターの前の席に戻った。

4回目は問題なく最後まで演じられた。

監督からオーケーが出ると、絵里香がすぐに前に出てきた。

「あ、そういう感じなんですね!」

絵里香は私の台詞の間の取り方や仕草を真似して、もう一度演じてみせた。

今度は監督もようやくうなずいた。

「そうそう、その感じ!」

絵里香はぱっと笑顔になり、スタッフたちからも拍手が上がった。

私はまだヒロインの衣装を着たまま、カメラの外に立っていた。まるで、間違って現場に入り込んだ代役のようだった。

撮影が終わると、監督はメイキング映像の仮編集版をスタッフのグループチャットに送った。

映っていたのは、絵里香の最後のテイクだけだった。

動画には、こんなコメントが添えられていた。

【天才肌の新人女優、あっという間に役になりきる!】

すると、悦子から戸惑い混じりのメッセージが届いた。

【あのシーン、教えたのは千穂じゃないの?】

返事を打ったものの、送らずに消した。

怜司は、私が自分の手柄を主張するのを嫌っていた。

本当に実力のある役者なら、わざわざそんなことを口にする必要はない。以前、そう言われたことがあった。

私はこう返した。

【絵里香の演技もよかったよ】

そのとき、怜司にスマホを取り上げられた。メッセージのやり取りを読み終えると、冷ややかに聞いてきた。

「自分の名前も載せてほしいのか?」

「違うよ」

「絵里香はまだ駆け出しなんだ。こういう宣伝も必要だろ」

怜司はキャンピングカーに入って腰を下ろすと、私を膝の上に引き寄せた。

外に誰かいるかもしれないと思って身をよじると、怜司は腰に回した腕にぐっと力を込めた。

「じっとしてろ」

怜司は私の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

このところ、怜司はろくに眠っていなかった。目の下は青黒く、声もかすれていた。

私はテーブルにあったのど飴を一つ取り、包みを開けて彼の口元に差し出した。

怜司は飴を口に含むと、私の指先にも軽く歯を立てた。

「機嫌悪いなら、そう言えよ」

「別にそんなことないよ」

「じゃあ、なんで今日は俺の目を見ない?」

私は小さな声で答えた。

「……また、変な目で見てるって言われそうで」

怜司が顔を上げた。

「どういうことだ?」

「さっき、本当に別れるみたいな目をしてるって言ったでしょ」

怜司はしばらく私を見つめたあと、急に抱きしめる腕に力を込めた。

「余計なこと考えるな。絵里香がこの映画を撮り終えたら、もっといい脚本を探してやるから」

怜司はいつも、こうして次の約束をしてくれた。

昔はそんな言葉を聞くのが嬉しかった。これから先も時間はたっぷりあって、何だってまだ間に合うと思っていたから。

そのとき、スマホがまた震えた。

悦子からのメッセージだった。

【事務所が契約解除を了承したわ。明日、書類にサインして】

私はすぐには返事をしなかった。

怜司はまだ私を抱きしめていた。シャツ越しに、彼の鼓動が耳元でどくん、どくんと響いていた。

あと1日だけ、待ってみよう。

もっといい役を用意すると言ってくれたことを、怜司が本当に覚えているなら、私はまだここに残るかもしれない。

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