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第265話

Author: 春うらら
時子が去った後、結衣も寝室に戻った。

パソコンを開いて仕事を始めようとした時、スマホが突然鳴った。

知らない番号だったので、結衣は意外に思いながらも電話に出た。

「もしもし、どちら様ですか?」

「結衣、俺だ。涼介だ」

結衣は眉をひそめた。

「何か用?」

彼女の不機嫌な声を聞き、涼介の心に苦いものがこみ上げた。

「結衣、玲奈の謝罪ビデオは撮り終わった。明日、広告代理店に連絡して、市内のスクリーンで流させる」

「そんなこと、わざわざ私に報告する必要はないわ」

「分かってる」

涼介は苦笑した。

「ただ……君の声が聞きたかったんだ」

結衣の目に冷たい光が宿った。

「涼介、私と付き合っている時に篠原と浮気して、今度は篠原と結婚するっていうのに、まだ私に付きまとうのね。

あなたはいつも、身近な人を大切にしない。私を愛してもいないし、篠原を愛してもいない。あなたが愛しているのは、あなた自身だけよ。

それに、あなたのその言葉、聞いているだけでうんざりする。もう二度と電話してこないで」

そう言うと、結衣は一方的に電話を切った。

依頼人からの電話かもしれないと思わなければ、知らない番号に出ることはなかった。

結衣はスマホを置き、深呼吸してファイルを開き、仕事に取り掛かった。

夜十一時過ぎまで仕事をし、ようやくパソコンを閉じてシャワーを浴び、ベッドに入った。

翌朝、結衣が法律事務所に着くと、拓海がドアをノックして執務室に入ってきた。

「結衣先生、今朝出勤する時、篠原玲奈が先生に謝罪するビデオを見ましたよ。あれじゃ、これから外を歩くたびに好奇の目を晒されるでしょうね」

玲奈のような悪辣な女には、謝罪ビデオ一本で済ませるなんて、甘すぎるくらいだ。

結衣は頷いた。

「ええ、私も見たわ。そうだ、昨日会った依頼人の案件資料、送ってくれる?」

「はい。そうだ、藤井さんが午後に先生と会う予約を入れています。新しい証拠があるそうです」

「分かったわ」

午後になり、佳奈は一人でやって来た。

彼女の赤くなった目を見て、結衣は水を一杯注いであげた。

「アシスタントから聞いたわ。新しい証拠があるんですって?」

「はい。先日、彼のところへ行った時に、こっそり録音したんです。録音の中で、彼ははっきりと、あの六百万円は絶対に返さないと言いました。これって、
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