Masuk若桐は、真壁の体をベッドに押し倒した。
「本当に、どうなっても知らんぞ……」
「若桐さん……」見上げてくる真壁の瞳が、微かに濡れて揺れている。
若桐は、なんとなく意味も無く、真壁に向かって微笑んだ。 そして真壁の服のボタンに手をかける。 一つ一つ外される様を眺め、真壁は見様見真似で手を伸ばし、若桐の服に手を掛けた。 ベッドの上で、黙々と互いの服を脱がせ合う。 その時間が、二人のあいだの空気を熱く膨らませた。「もう……止められないからな……」
シャツを脱ぎ捨て、真壁の肌を晒したところで、若桐は最後の確認をするように言った。
「……はい……」
答えを確認して、若桐は真壁に覆いかぶさりキスをする。
さらけ出された見事な腹筋に指先をすべらせ、体温を確認するように手のひらを当てた。 それからゆっくり皮膚の起伏を辿って、若桐の手が乳首に触れる。 瞬間、真壁の体がビクリと緊張した。「くすぐったいか?」
「わかりません……」伏せたまつげが震えて、頬が紅潮している。
その反応が、たまらなかった。「ただ、くすぐったいだけじゃ、なさそうだな」
「なん……か、……触られるたびにびくついて、恥ずかしいです」 「莫迦。それが可愛いんだろ……」知識を知識でしか知らない体。
反応を確かめるように、何度も指先で転がし、摘み、もてあそぶ。 頬を染めて顔をそらした仕草が、なにに対する羞恥なのか?(こっちが思ってんのとは、違うんだろうなぁ……)
真壁の腰のあたりは、先刻の講習の名残で無防備なままだった。
するっと下着ごと脱がし、自分もまた衣服をベッドの外へと落とす。 じわりと、体温が上がった気がした。 若桐は屈んで、真壁の乳首をそっと吸う。「わ……若桐……さん……」
「どうした?」 「僕……なんか、……変です……」 「なにが?」 「し……下腹が……、またもやもやして……」 「もやもやするようなこと、してんだろ」耳殻に唇を近づけ、低く囁く。
真壁の耳が、ぱあっと赤く染まった。 その反応もまた、可愛らしくて。 首筋に唇を近づけて──(ああ、でも……。キスマークは駄目だな……)
真壁の初々しさや反応から、むくむくと所有欲が湧いてくるが。
それをそのままこの体に刻んでは、状況が悪くなることが容易に想像出来た。真壁の背中の色香に迷った者が、ごまかすために「貧弱」と揶揄したことを考えれば、この体は常に同僚の目に晒されている。
それは職務上、当然と言えた。 更に言えば、この行為の意味もわかっていない〝妖精さん〟のような思想の真壁に、キスマークを隠すように言い含めるのは不可能だろう。だから、首筋に唇を落としながら、反応があった部分を丹念に舐めるだけに留める。
「わ……若桐さ……」
どこを触れても、真壁は甘く蕩けて若桐の名を呼ぶ。
再び腹へと撫でた手を、今度は腿へと滑らせた。「……っ、ん……っ」
「……隣はいない。声出していいぞ」戸惑いと羞恥に、真壁は唇を噛んでいる。
若桐は、腿の付け根に手を入れて、真壁の敏感な部分をやわやわと撫で上げた。「っ……!」
「……我慢するなよ」 「でも……」 「声が、聞きたいんだよ」真壁はふるふるっと、かぶりを振った。
「そういうのも可愛いけどな。……でも、あんまり我慢していると、余計に煽られて意地悪したくなるんだよな」
「えっ……いじ……?」ツンッと尖った乳首を、わざとじっくり舐め上げる。
「ひうっ!」
「そうだ。感じたまんま、声にしろ。俺を、喜ばせたいならな」 「わ……、若桐さんが……喜ぶんですか?」 「ああ。おまえが可愛いと、俺は喜ぶのさ」頬にキスを落とすと、真壁の眉が困ったように下がった。
(つっても、このまま突っ込むわけにゃいかんよな……)
とはいえ、官舎でこんなことをするつもりも、予定もない。
若桐はキョロキョロとベッドサイドを見回し、そこに置いてあるベビーオイルの瓶を手に取った。件のワケアリ客──若桐と真壁は、その後も月に一度ぐらいのペースで、予約を入れてくる。 毎回、離れに。 そして毎回、海浜公園に釣りに行く。 釣果は、あまりかんばしくない。「今回も、よろしくお願いします」 礼儀正しく、部屋の使い方も問題がなく、払いも滞らない。 ならば、それ以上の詮索は不要だ。「あの、女将さん」 その日は、戻ってきた真壁が満面の笑みを浮かべて、真弓に駆け寄ってきた。(あら、珍しい) いつもは、若桐の後ろにいて、滅多に口を開かない。 別に人見知りというわけでもなく、やってきた時に挨拶はする。 だが、余計なことは一切言わない、まるで躾の行き届いた大型犬のような印象だった。「これ、お願いできますか?」 差し出されたバケツの中には、小さなアジが二匹。「こいつの、初めての釣果なんですよ」 後ろで笑っている若桐が、一言添える。「お手間でしょうが、夕食に付けてやってもらえますか?」「はい、大丈夫ですよ。料理方法に、ご希望ありますか?」「特にありません。僕、調理場の人にお願いしてきますね」 バケツの中のアジを見つめる真壁の顔は、まるで小学生のようだ。「女将さん。フライみたいな、ちょっと〝豪勢〟に見えるのにしてやってください」 調理場に駆け去った真壁の背中を見送ってから、若桐が言った。「南蛮漬けがいいかと思ったんですけど、ならフライにしますね」 真壁の釣ってきたアジは、刺身にするには小さすぎる。 小鉢にしたら、せっかくの初釣果にがっかりするかもしれない。「お手数掛けます」「可愛いお連れさんですね」 真弓の一言に、若桐は面食らったような顔をしたが──「ええ……、まぁ……」 と、少し困ったような顔で微笑んだ。─序章・浜松:終わり─
最初は、一本の電話だった。「そちらの旅館、離れってありますか?」 今どきは、もっぱらネット予約が主流のこのご時世に、電話で問い合わせをしてきたことに驚いたけれど。 なにより、最初の問いがそれだったことに、なにかワケアリのお客だということは、容易に想像がついた。 御前崎の小さな旅館〝はまだ〟の女将・濱田真弓(はまだまゆみ)が、宿に離れがあること、ただし離れでは料金が少し高くなることを伝える。 すると電話口の男は、それで構わないと言って、予約を入れてきた。「若桐様、二名様ですね。お待ちしておりました」 現れた人物は、真弓の想像と少し違っていた。 柔和な表情とこなれた態度の、年配で小柄な男と。 入口の鴨居に頭をぶつけないように屈んで入ってきた、若い長身の男。「では、一晩、お願いします」 そう言って、年配の男から〝心付け〟も渡された。「もうしわけありませんねえ」「ご厄介をおかけしますから」 部屋に荷物を置くと、釣りに行くと行って出掛けていったが……。 夕方には、ボウズで戻ってきた。「海浜公園ですか?」「初心者向きってあったんですけど、空いてて良かったです」 夕食も、翌朝の朝食も、気持ちが良いほどにぺろりと平らげ帰っていった。 帰ったあとの部屋は、やたら綺麗にきちんとしている。「でも……、どう考えてもカップルだわよね、あの人達……」 仕事柄、真弓はマイノリティに対して寛容だった。
とろんっと蕩けた顔で若桐を見上げる真壁が、つと、視線を下げた。「守さん……、イッてないんですか?」「いや……、イッたよ?」「でも、まだ、おっきくないですか?」「すまんなぁ……」 若桐は顔を赤らめた。 性欲に関しては、相談した医者にまで「そりゃ無理だ」と言われたことがある。「なんで、謝るんです?」「や〜……、だってほら……、なんか困るだろ?」「なんか困るんですか?」 噛み合わない会話に、若桐は首をひねったが……。「泊まるんですから、もっとしましょうよ」「はっ?」「だって……、守さん終わってないんでしょう?」「いや、俺はそうかもしらんが、おまえは大丈夫なのかよ?」「大丈夫……とは?」「そりゃ、体力とか……?」「耐G訓練のほうが疲れますし……。それに、楽しいです」 ぱあっと嬉しそうに言われて、むしろ若桐のほうが言葉に詰まる。「そう……、楽しいの……」「はいっ!」 考えてみれば、ゴリラの申し子と呼ばれた響野と争い、何度か勝利の唐揚げを手にしている真壁だ。 基礎体力を、一般女性と比較しては、失礼だったかもしれない。「とりあえず、ゴム替えるから、待って」「あ! そういえば守さんはコンドームしてますけど、僕はしなくていいんでしょうか?」「え……、そっから……?」 真顔で問うてくる真壁に、若桐はなんだかおかしくなってしまった。「あ、なんで笑うんですか? 僕だって付け方ぐらい知ってますよ?」「ホントに百合緒は可愛いなぁ
シャワールームに入ると、真壁はものすごく真剣に頭を洗っている。「なにしてんだ?」「えっ、シャワーです」 大真面目に返されて、若桐は吹き出した。「えっ? なんで笑うんですか?」「いや、おまえは本当に可愛いな」 お湯が降り注ぐ中、若桐は真壁のうなじに手を掛けると、引き寄せて唇を重ね合わせた。 ほぼ〝お約束〟のように真壁は目を見開き、それから素直にまぶたを閉じる。(あ……、こりゃさっさとベッドに行かんとまずい……) 若桐と真壁は、かなりの身長差がある。 シャワールームでキスを続けるのは、姿勢でどちらかに無理を強いなければならない。 若桐は、うっとりしている真壁から唇を離した。 まぶたを開いた真壁は何も言わなかったが、顔に「続きは?」と書いてある。「頭洗ってる場合じゃないって、わかったか?」「わかりました……」 真壁は、蕩けた時に見せるあのへにゃりとした笑みを浮かべた。§ ホテルの備品であるバスローブは、真壁にはつんつるてんだった。「夜着を、持ってくるべきでしたでしょうか?」 袖口を気にして引っ張っている真壁を、部屋の明かりを落としている若桐が笑う。「服着て寝られると思うなよ」「はい?」 真壁の手を取ると、若桐はそのままベッドに促した。「なんか、守さんすごく余裕っていうか。慣れてる気がします」「亀の甲より年の功ってやつだろ」 ぽすんっと真壁をベッドに仰向けで倒し、腰紐を解くと、そもそもぱつぱつだったバスローブはすぐにも肌蹴て、神々しい体が顕になった。「百合緒は、本当に綺麗だなぁ」「なんか急に、恥ずかしくなってきました」「莫迦、おせェよ」 再び唇を重ね、若桐は真壁の反論を塞ぐ。 若桐のキスに、真壁がぎこちなく応えてくるのが愛しい
デートプランを考えていた時には、あれほど〝真壁の情操教育のために、一般的なデートプランを〟と考えていたのに。 自分たちの事情を鑑みたところで、それが不可能だと気付いた。(そもそも掛川って、なんだかんだ同僚がいそうな土地だよな) 真壁のメッセージに、宿泊先のホテル名を送り、時間の指定は特にしなかった。 仕事の都合や交通事情で、到着時間が大幅に狂うことはままある。 若桐がホテルのフロントで名を告げた時、受け付けは「お連れ様は既にご到着です」と告げた。 部屋の扉をノックすると、扉が開く。「若桐さん!」 部屋に入った途端に、真壁がミサイルみたいに飛びついてきた。 体格差の大きな真壁が、容赦なく抱擁してくる。「痛い、痛い、痛い! 絞めるな!」「あ、すみません……」 怒られた大きな犬のような顔をしながら、すんすんと鼻を寄せてくる仕草がたまらない。「久しぶりだな、百合緒」「待ち遠しかったです」「飯は?」「まだです」「食いに出るのと、部屋で済ますの、どっちがいい?」「若桐さんと一緒なら、どっちでも」 未だすりすりすんすんしている真壁に、若桐は思わず口元を緩めていた。「じゃあ、部屋で済ませちまおうか」 離れがたい様子の真壁を見て、若桐はルームサービスの手続きをする。「あの……、実はちょっと、お願いがあって……」「なんだよ?」「その……、……僕も、名前で呼んでいいですか?」 じっとこちらの顔を見つめ、真っ赤になっている真壁に、若桐は思わず笑ってしまう。「もちろん、構わないぞ」「あ……、ありがとうございます……、……守さん……」 言ってから照れまく
掛川に向かう車中で、若桐はデートに行く浮足立った気分よりも、今後のことで頭が一杯だった。 なぜなら、泊まりで休暇申請を出した時に、上司から「掛川なんかに、なにしに行くんだ?」と問われ、咄嗟に「限定品を買いに」という、意味不明な返事をしてしまったからだ。(真壁と会うのに、作れる時間は月に一度が精一杯だが……) 恋人同士として会うことを考えると、頻度が低すぎてどうなんだというレベルだが。 泊まりで出掛ける時には常に申請書を提出しなければならない職業を考えると、毎月同じ場所に行くには理由が必要だと気付いてしまったのだ。(休前日の仕事終わりに、車ぶっ飛ばして恋人に会いに行くのに。……なんでこんな色気のないこと考えてんのかね……?) とはいえ、未だ若桐の中では〝恋人〟という感覚は薄い。 真壁のことは可愛いと思っているし、手放すことなど考えられないが。 一方で、自分が真壁と付き合うことが正解だと、ちっとも思えないのだ。(止めたほうがいい理由しか、ないんだよなぁ……) 懇切丁寧に真壁に説明をした時、半ば自分への説得だったような気もしていた。 立場も、性別も、職業も。 全部が全部、付き合いが明るみに出た時に、悪い作用しか生まない。 だが──(着ていく服に悩んだ時点で、終わってんだよなぁ……) 溜息とともに、若桐はアクセルを踏み込んだ。