空に墜ちる -if-

空に墜ちる -if-

last updateLast Updated : 2026-06-16
By:  琉斗六Updated just now
Language: Japanese
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◎あらすじ◎ 航空自衛隊の訓練生・真壁百合緒は、自身の体格が同期と比べて貧弱であることを悩んでいた。 訓練教官である若桐守に相談を持ち込む。 しかし真壁は、己の背中がとんでもない色気を放つことを、全く知らなかった。 ◎作品説明◎ こちらは〝空に墜ちる〟のパラレルです。 本編で殉職している若桐さんが、存命のまま付き合いが続いたら? という設定です。 若桐さんと真壁の日常きりとり短編を、本編を読んでなくても楽しめるカタチになってます。 基本コメディ、時々おセンチ。 ◎その他◎ こちらの作品は、複数のサイトに投稿されています。 物語の内容はすべてフィクションです。 実在の人物・団体・事件・場所とは一切関係ありません。 表紙:Len様

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Chapter 1

序章・浜松:1.馴れ初め

 教官室のノックの音は、少し控えめだった。

「あいてるぞー」

 室内に残っていた若桐守(わかぎりまもる)は、帰り支度の手を止めて答えた。

「失礼します」

「なんだ、真壁か。どうした?」

 扉を開けて入ってきたのは、訓練生の真壁百合緒(まかべゆりお)だった。

 スラリと背の高い頭頂部が、ドアの鴨居をかすめる。

 バランスの取れた体は、もったりと見えがちな深緑のフライトスーツですら、どこかのモデルのように見えた。

 姿勢良く立つと、きっちりと襟元まで上がっているジッパーも含めて布地に張りを与え、息苦しさを感じさせない。

 だが、その視線はわずかに下がって床に落とされていて、かえって落ち着かない気配を漂わせた。

「お時間よろしいでしょうか?」

「いいぞ。なんだ? 座学か? 実技か?」

「いえ……あの……」

 生真面目な性格ゆえに、平素なら真っ直ぐにこちらを見る視線が、相変わらず床をさまよっている。

 常に〝気をつけ〟を保つ真面目さが、今は失われ、右手が左手の袖口をつまんでは引っ張っていた。

「……体格のことで」

「体格が?」

「……あの……」

 一瞬、若桐を見た視線が、再び自信なさげに落とされて──

 その態度から、若桐は真壁が本気で悩み、どうしようもなくなって相談に来たのだと察した。

「どっか、痛めたのか?」

「いえ……。実は……、自分は筋肉がつきにくい体質のようで……。同期と比べると、どうしても見劣りすると言うか……」

「響野を比較対象にしてるなら、やめとけ。ありゃ、化け物だ」

 笑い飛ばす若桐の声に、真壁はかすかに眉を寄せた。

「ですが……、背中が貧弱と指摘されまして……」

 どうせ成績優秀な真壁に対する、やっかみかなにかだろう……と思ったが。

 これは言葉でなだめたところで、聞く耳は持たないな……と、若桐は心の内で嘆息する。

「そこまで言うなら見せてみろ。上だけでいい。気になってんのは背中だろ?」

「あ、はい」

 若桐が肩のバッグを机に下ろす間に、ジッパーが下がる音がした。

 上衣を腰まで脱ぎ、下に着ていたTシャツをためらいなく頭上へ抜き取る。

 その動きは、訓練中と同じく無駄のない所作で、全く惜しみなく肌を露わに晒してきた。

「なんだ立派な……」

 そこそこに褒め、筋肉ばかりつけたところで、飛ぶのにあまり関係がない……と言ってやればいいだろう──などと思っていた若桐だったが。

 目の前に現れた背中を前に、言葉を失う。

 首筋からまっすぐに伸びる背筋。

 しなやかで均整の取れた筋肉が、呼吸に合わせて静かに動く。

 その上をかすめる光が、わずかな汗を煌めかせる。

 肩甲骨の滑らかな起伏。引き締まった腰の曲線。

 すべての無駄をぎ落とした、精緻な彫刻のような背中だった。

 こぼれるような色香が、そこにたゆたっている。

 思わず近付いて触れたい衝動にすら、駆られた。

(いや、いや、いや! しっかりしろ、俺っ!)

 心の中でかぶりを振って、踏みとどまる。

 はっきり言って、見てはいけないものを見たような気分になっていた。

 航空教官などをやっていれば、男の体など履いて捨てるほど見る機会がある。

 だが、その背中に情欲を抱いたのはこれが初めてだった。

 自分の視線が、ある種の熱を帯びたまま外せなくなっていることに、ごくりと喉がなる音で気付く。

 ハッとして、若桐は視線を無理やり真壁の背中から逸らした。

「……服着ていいぞ」

「あの……」

「いいから、すぐ着ろ」

 とにかく、早くその〝危険なもの〟を視界から追い出したくて。

 不自然なまでに顔をそむけて、若桐は言った。

 しかし──

「あの……、でも教官、ご覧になってませんよね?」

「なにが?」

「だって今、僕のこと、見てませんよね?」

 真壁がこちらに、一歩近づく気配を感じ、若桐はほとんど無意識のうちに半歩下がって逃げる。

「いや、見たよ。見た、見た。すごく綺麗な筋肉だ。申し分ないぞ」

「でも……」

 更に詰め寄ってくる真壁の気配に、若桐はもう一歩下がろうとした。

「おわっ!」

「教官っ!」

 なにかにつまづきバランスを崩した若桐を、真壁は支えようと手を伸ばし、そのまま二人は一緒に倒れた。

「あたたたた……、真壁、大丈夫か?」

「はい……、すみません……」

 顔を上げると、間近に真壁の顔があった。

 抱きとめる形で、腕の中に半裸の体が収まっている。

 あの背中に、手のひらが触れていた。

(手……離さないと……)

 だが、そう考えた理性は、間近に迫った真壁の無防備な表情に打ち砕かれた。

 その吐息が掛るような距離に、若桐の思考はショートする。

 微かに香る、石鹸の香り。

 汗の匂いも混ざっているはずだが、まさに百合緒の名のごとく、花のような甘い匂いしかしない。

 ドクン……っと、胸の奥で音がした。

「……っっ!」

 気付いた時には、キスをしていた。

 ぐいと引き寄せ、指を差し込んだ後頭部の丸み。

 舌で舐め上げた下唇の柔らかな感触と、うすく開いた口の奥で戸惑っている舌。

 しかし目を見開いたのは一瞬のことで、真壁はすぐにもまぶたを閉じて、若桐のキスに応じてきた。

 絡めた舌が、ぎこちなく動きを真似てくる。

 温かく、甘い。

 呼吸が重なり、真壁の手が若桐の胸の生地を、ぎゅうと掴んでいる。

 ふと、腿になにか異物感を感じて──

 それが真壁の反応だと気づいた瞬間、理性が一気に戻った。

「おわっ!」

「ふえっ?」

 ほとんど突き飛ばすようにして、体を起こして真壁から距離を取る。

 真壁は、ぺたりと床に座ったまま、ぽやんと若桐を見ていた。

「い……今のナシ!」

「教官……?」

「すまん! 本当にすまん! 今のはナシだ!」

「……ナシ?」

 ぼんやりした表情のまま、真壁はこくんと頷いた。

「失礼しました……」

 シャツを身に着け、真壁は頭を下げると、教官室から出ていった。

 ドッと汗をかき、若桐は椅子に座り込む。

「……やっちまった……」

 机に突っ伏し、若桐は頭を抱えた。

 真壁の色気にあてられて、ついキスまでしてしまったが。

(どうすんだ、これ。バレたら懲戒免職だぞ……)

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序章・浜松:1.馴れ初め
 教官室のノックの音は、少し控えめだった。「あいてるぞー」 室内に残っていた若桐守(わかぎりまもる)は、帰り支度の手を止めて答えた。「失礼します」「なんだ、真壁か。どうした?」 扉を開けて入ってきたのは、訓練生の真壁百合緒(まかべゆりお)だった。 スラリと背の高い頭頂部が、ドアの鴨居をかすめる。 バランスの取れた体は、もったりと見えがちな深緑のフライトスーツですら、どこかのモデルのように見えた。 姿勢良く立つと、きっちりと襟元まで上がっているジッパーも含めて布地に張りを与え、息苦しさを感じさせない。 だが、その視線はわずかに下がって床に落とされていて、かえって落ち着かない気配を漂わせた。「お時間よろしいでしょうか?」「いいぞ。なんだ? 座学か? 実技か?」「いえ……あの……」 生真面目な性格ゆえに、平素なら真っ直ぐにこちらを見る視線が、相変わらず床をさまよっている。 常に〝気をつけ〟を保つ真面目さが、今は失われ、右手が左手の袖口をつまんでは引っ張っていた。「……体格のことで」「体格が?」「……あの……」 一瞬、若桐を見た視線が、再び自信なさげに落とされて── その態度から、若桐は真壁が本気で悩み、どうしようもなくなって相談に来たのだと察した。「どっか、痛めたのか?」「いえ……。実は……、自分は筋肉がつきにくい体質のようで……。同期と比べると、どうしても見劣りすると言うか……」「響野を比較対象にしてるなら、やめとけ。ありゃ、化け物だ」 笑い飛ばす若桐の声に、真壁はかすかに眉を寄せた。「ですが……、背中が貧弱と指摘されまして……」 どうせ成績優秀な真壁に対する、やっかみかなにかだろう……と思ったが。 これは言葉でなだめたところで、聞く耳は持たないな……と、若桐は心の内で嘆息する。「そこまで言うなら見せてみろ。上だけでいい。気になってんのは背中だろ?」「あ、はい」 若桐が肩のバッグを机に下ろす間に、ジッパーが下がる音がした。 上衣を腰まで脱ぎ、下に着ていたTシャツをためらいなく頭上へ抜き取る。 その動きは、訓練中と同じく無駄のない所作で、全く惜しみなく肌を露わに晒してきた。「なんだ立派な……」 そこそこに褒め、筋肉ばかりつけたところで、飛ぶのにあまり関係がない……と言ってやればいいだろう──などと思ってい
last updateLast Updated : 2026-06-10
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 滑走路の向こうで、夕陽が金色に機体を染めていた。 祭りの熱気はとうに去り、格納庫の片隅だけが時間から切り離されたように静まり返っている。 背後から聞こえた足音に、若桐は振り返った。「……教官、お久しぶりです」「おお、真壁か……。一年ぶりか……?」 制服の上着越しでも分かる背筋の線は、相変わらず真っ直ぐで、影が長く伸びていた。「休日出勤、御苦労様」「ありがとうございます」 礼の所作すら無駄がなく、本人の持つ生真面目さとは裏腹に、華のある柔らかい印象を纏っている。「帰るのか?」「このあと、お時間よろしいですか?」「なんだよ? 飲みに行くなら、響野たちと行ったほうがいいんじゃないのか?」「いえ、僕は酒が苦手なので。……それに、教官にどうしてもお訊ねしたいことがあるので、できれば静かな場所で話がしたいんです」「俺に? なんだよ?」「……覚えていらっしゃるかどうか分かりませんが。訓練生時代に、体格の相談をした日のことです」 若桐の脳裏に、嫌でもあの光景が甦る。 吸い込まれるような色香をまとった背中。 熱に飲まれ、思わず触れてしまった唇。 服越しでも感じてしまった、体温。「あの時、教官は〝ナシ〟とおっしゃいましたが……」「ああ」「……どうしても分からないことがあるんです。教官以外には訊けないので」「はっきり言え」 若桐は、腹をくくった。 一年前だろうが、十年前だろうが、セクハラで訴えられたら反論の余地は無い。 自分は、真壁に触れたのだ。「……僕、あれがなんだったのか、よく分からないんです」「俺がおまえにキスした……そんだけだろ」「キスはわかります。わからないのは……、教官にキスされたあと、下腹の辺りがもやもやして……。それで、夜具に入ったあとも落ち着かず。トイレにいったら少し収まったんですが……。あれ以来、あんな風になったことなくて……。あれがなんなのか、知りたいんです」 少し顔を赤らめながら、しどろもどろに説明をする真壁を、若桐は宇宙人を見るような目で見ていた。「……え……っ?」「あの……、教えて……いただけませんか……?」「なにを……?」「ですから、あの……もやもやした感じがなんだったのか……です」 真壁は必死に──。 そりゃあもう、切実に切羽詰まった顔で問いかけているが。 訊ねられた若桐は、答えに
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 格納庫を出て、基地内の道をしばらく無言で歩く。 薄く涼しい夜風が、航空祭の名残をさらっていくようだった。 若桐は、官舎の自室に真壁を案内する。 廊下の端、突き当りは非常階段に繋がる角部屋だ。 隣室の同僚は、航空祭の打ち上げに出席するような話をしていたから、今夜は戻らないだろう。「ここ、空佐のお部屋ですか?」「肩書きはいらん。入れ」 キーを差し込み、扉を開く。 真壁が中に進む間、若桐は廊下に他人の気配がないことを確認していた。 そして、扉を閉める時も再度周囲を確認し、閉めたあとに施錠する。「最後にもう一回確認するが、本当におまえは、俺にキスされたいんだな?」「はい。そうです」「じゃあ、これはあくまで検証であり、指導だから」「よろしくお願いします」 真壁の返事に、若桐はヤケクソ気味に開き直った。 ぐいと、真壁の胸ぐらをつかんで引き寄せ、唇を重ね合わせる。 真壁は、若桐の行動が唐突だったことに少し驚いた様子を見せたが── あの晩と同じように、見開いた目をすぐにゆっくりと閉じて、若桐に身を委ねてきた。 触れ合う吐息。 若桐の手が、あの晩と同じように真壁の後頭部に回される。 ゆっくり開いた真壁の唇の隙間に、若桐の舌がぬるりと差し込まれた。「……んっ……っ……」 あの時よりも長く。 若桐は、真壁の唇を、舌を、やんわりと愛撫する。 真壁の手が、若桐の胸の生地を強く掴んでいた。「んあ……っ」 若桐が体を離すと、真壁は微かに……酸素の足りない魚のように喘ぎ、肩で息をしている。「なんか、分かったか?」「はい……、やっぱり、下腹がもやもやします」「もやもやもへったくれも、興奮してるだけだろう」「興奮……?」 ぽやんとした顔で、顔を下に向け、真壁は自分の下腹部を見た。「これ……、僕……勃起してるんですか?」「自分の体のことを、他人に聞くな……」 呆れを含んだ若桐の言葉を、真壁は聞いているのかいないのか。 しばらく自分のそこを見つめたあとに、顔を上げて若桐を見た。「それで、これはどうしたらいいんでしょう?」「……は?」 真壁以上に、若桐は混乱の渦に巻き込まれた気分だった。 だが、こちらを見る真壁の顔は真剣そのものだ。「どう……って、自分で処理すりゃいいだろう」「処理……。……でも保健体育の授業で精通の話は聞
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「いいか……」 抱いた腰回りの細さと、触れる背中の体温。 肩口に顔を寄せれば、真壁の甘い体臭が鼻腔をくすぐる。「緊張するな」「はい」 言葉だけを聞けば、訓練生時代の会話と大差ない。(内容は、かなり違うけどな……) かすかな自嘲を含みながら、若桐は真壁の手を取り、それを下腹部へと導いた。「前開いて……」「はい」 言われるままに、真壁はベルトを外した。 取り出した自身の様子に、真壁は戸惑った顔をする。「うわ……」「ビビるな、握れ。そんで……こすって……。自分で自分の気持ちいいポイントを探すんだ」 真壁の手に手を添えて、若桐は動きを促す。「あ……っ!」 真壁の喉から、堪え切れないような吐息が漏れた。 その小さな声に、若桐のみぞおちの辺りがきゅうと熱くなる。「力加減とか、動きとか、変化つけろ。先を指でこすったりして。……力入れすぎんな。体ももっとリラックスして……」 座高の高さが合わず、真壁の頭は若桐のそれより上にあるが。 逆に、紅潮した真壁の端正な顔が、全部見えた。 腰に回した腕に、真壁の反応が伝わる。「んっ……若桐……さ……あ、っ……」 耳のすぐそばで吐かれた熱い息に、若桐の喉がひくりと鳴った。 手ほどきどころではない。 こぼれる吐息に名を呼ばれ、若桐は真壁を感じさせることに夢中になっていた。 首をわずかに傾けて、真壁は後頭部を若桐の肩に預けてくる。 その仕草が、妙に縋るようで、若桐の理性を最後まで削り取っていった。「……はっ……あ……っ」 次の瞬間、真壁の全身がびくりと大きく震えた。 腹筋が硬く収縮し、膝がわずかに内側へすぼまる。 空いていた片手が若桐のズボンを掴み、深い皺を作っていた。 若桐の手のひらの中には、真壁の熱が解放されている。「……っ……は……はぁ……」 肩を上下させ、真壁は完全に力を抜いて若桐の腕の中に凭れかかっていた。 まだ断続的に小さく震えるその体は、急降下から着陸したばかりの機体のように、余韻を残している。 若桐はしばらく何も言えず、その背を支えたまま固まっていた。(ああ、またしてもやっちまった……) 指先に残る温もりと滑りが、火種のように熱を煽る。 自分よりも一回り大きな体躯が、無防備に腕の中に収まっていて。 微かに上がった体温が、甘い体臭を襟元から立ち上らせていた
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 ふっと顔を上げた真壁は、微かに紅潮したまま、ぽやんとした視線で若桐の顔を見たあとに、それをすっと下に落とした。「あの……」「なんだよ?」「若桐さんのは、しなくていいんですか?」 身動ぎする真壁の体温が── あのこぼれるような色香をまとった背中が、そこにあることを意識させる。(俺がこうなってるのは、おまえが色っぽすぎるからなんだよっ!) だが、ツッコミは言葉にならず、若桐はただ赤面しただけだった。「それに……やっぱり若桐さんはすごいです。……僕、こんなの、知りませんでした」「やめろ! ……それ以上は……、俺の理性が保たんっ!」 思わず叫んだ若桐を、真壁はきょとんとした顔で見ている。「理性……?」「これ以上は、駄目だ!」「駄目……なんですか?」「当たり前だろう! そもそもこんなことは、フツーは恋人とかそーいう関係にならなきゃ、しないんだっ!」 若桐の口調は、説教をする教官ですらなく、ほぼ悲鳴だった。 だがその言葉に、真壁は──心底ショックを受けたような顔になる。(あ、やっぱりセクハラで訴えられるコースか……?) だとしても、今更じゃない。 どうとでもなれ……といった気分で、若桐は真壁の目を見つめ返した。「それって……僕が、若桐さんの恋人になればいいってことですか?」「はあっ?」 とんでも理論に、若桐は思考が一瞬真っ白……否、あらゆるツッコミがいっぺんに吹き出してきて、脳内を真っ黒に塗りつぶした。 だが、そこで言葉の洪水に襲われ、コメントが出なくなった若桐を。 真壁は両肩を掴んで、ガクガク揺すぶっている。「僕……若桐さんに、こうしてまた触れてほしいです! これっきりになったら、嫌です!」 若桐の中で、何かがぷつりと切れた。 胸の奥に残っていた細い糸が、熱に焼かれて弾け飛ぶ音が、耳の奥で聞こえた気がした。「……どうなっても知らんぞ……」 低く、抑えた声。 真壁はきょとんとしたまま、しかしその黒い瞳だけは真剣に若桐を見つめ返している。 次の瞬間、若桐はその襟元をつかみ、強く引き寄せた。 唇がぶつかる音が、部屋に短く響く。 舌を押し込むと、真壁は驚きに息を呑んだが、すぐに受け入れ、喉の奥で甘い吐息を零した。 その声が、若桐の背筋をぞくりと駆け上がる。 もう完全に、止まる理由はなくなった。
last updateLast Updated : 2026-06-10
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 若桐は、真壁の体をベッドに押し倒した。「本当に、どうなっても知らんぞ……」「若桐さん……」 見上げてくる真壁の瞳が、微かに濡れて揺れている。 若桐は、なんとなく意味も無く、真壁に向かって微笑んだ。 そして真壁の服のボタンに手をかける。 一つ一つ外される様を眺め、真壁は見様見真似で手を伸ばし、若桐の服に手を掛けた。 ベッドの上で、黙々と互いの服を脱がせ合う。 その時間が、二人のあいだの空気を熱く膨らませた。「もう……止められないからな……」 シャツを脱ぎ捨て、真壁の肌を晒したところで、若桐は最後の確認をするように言った。「……はい……」 答えを確認して、若桐は真壁に覆いかぶさりキスをする。 さらけ出された見事な腹筋に指先をすべらせ、体温を確認するように手のひらを当てた。 それからゆっくり皮膚の起伏を辿って、若桐の手が乳首に触れる。 瞬間、真壁の体がビクリと緊張した。「くすぐったいか?」「わかりません……」 伏せたまつげが震えて、頬が紅潮している。 その反応が、たまらなかった。「ただ、くすぐったいだけじゃ、なさそうだな」「なん……か、……触られるたびにびくついて、恥ずかしいです」「莫迦。それが可愛いんだろ……」 知識を知識でしか知らない体。 反応を確かめるように、何度も指先で転がし、摘み、もてあそぶ。 頬を染めて顔をそらした仕草が、なにに対する羞恥なのか?(こっちが思ってんのとは、違うんだろうなぁ……) 真壁の腰のあたりは、先刻の講習の名残で無防備なままだった。 するっと下着ごと脱がし、自分もまた衣服をベッドの外へと落とす。 じわりと、体温が上がった気がした。 若桐は屈んで、真壁の乳首をそっと吸う。「わ……若桐……さん……」「どうした?」「僕……なんか、……変です……」「なにが?」「し……下腹が……、またもやもやして……」「もやもやするようなこと、してんだろ」 耳殻に唇を近づけ、低く囁く。 真壁の耳が、ぱあっと赤く染まった。 その反応もまた、可愛らしくて。 首筋に唇を近づけて──(ああ、でも……。キスマークは駄目だな……) 真壁の初々しさや反応から、むくむくと所有欲が湧いてくるが。 それをそのままこの体に刻んでは、状況が悪くなることが容易に想像出来た。 真壁の背中の色香に迷った者
last updateLast Updated : 2026-06-10
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 仄かな香りに、真壁が気付いたように視線を寄越す。「なん……ですか?」「おまえに、痛い思いはさせたくないからな」 足を開かせ、たっぷりとオイルを馴染ませた指先を、窄まった場所に当てた。「ひゃっ!」「冷たかったか?」「ち……違います……。でも……そんなところ、は……恥ずかしいです……」「どうなっても知らんと、言っただろうが」 クルクルと円を描くように指先で撫で、時々先をつぷつぷと抜き差しする。「わか……若桐さ……」「いやか?」「……その聞き方は、……ずるいです」「痛みは?」「……ないです」「辛かったら、言え」「だい……じょうぶ……です」 真壁が落ち着くのを待って、若桐は指先を進めた。「あ……っ」「……痛いか?」 問いかけに、かぶりが左右に揺れる。 強がっているのか、単に混乱しているのか。 指を受け入れようとしている真壁の様子が愛しくて、若桐はキスをした。 そのキスに、まるでなにかにすがりつくように、真壁が応える。 舌を差し入れ、まだ息の整わない口内を舐め回す。「……ん……っ……」 指先が、更に奥に進む。 真壁はシーツをきつく掴んだ。「無理はしなくていい」「……して……ません……」 わずかな抵抗の先にある、柔らかな襞を押し開き、深い場所へ。「ああっ!」 真壁の背中が、しなやかに仰け反る。「ここが、いいのか?」 そこに、オイルを塗り込めるように指を動かすと、つま先を丸めた足がびくりびくりと戦慄いた。「それ……なん……ですかっ?」「おまえの〝いいところ〟さ」「……っ……や……」 喉を鳴らし、声を飲み込もうとする。 小さく首を振る仕草が、むしろ欲望を訴えているようだった。「やめてもいいんだぞ」「だ……め……、もっと……」「素直でよろしい」 ふふっと笑って、若桐は真壁の肌にキスを落とした。 真壁の熱が再びたちあがり、全身に快感が行き渡った頃合いを見計らって、若桐は指を抜く。「……っ!」「莫迦、名残惜しそうな顔すんな……」 頬にキスをして、それから若桐は真壁の腰をしっかりと抱き上げた。「力抜け……」 若桐の熱が、真壁に押し当てられる。「ふあ……っ!」「大丈夫だ……」 質量の違いに、真壁の腰が引く。 しかし若桐はそれを許さず、がっちりと抱いた腕に力を込めた。「ああっ……あっ…
last updateLast Updated : 2026-06-10
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 熱が引いていく感覚に、若桐はゆっくりと真壁から体を離した。(ああ、全く……) 甘い余韻よりも先に来たのは、「やらかした」という後悔の念。 訓練生ではないが、教え子に手を出すことになるとは……。「若桐さん……」 若桐が起き上がり、体温が離れて気付いたように、真壁がこちらに意識を向ける。 その様子に、己の後悔より真壁への労りが先んじた。「待ってろ。今、ユニットバスに湯張ってやるから」 ベッドから離れようとした若桐を、引き止めるように真壁が手を取る。「おい……」「やっぱり、……若桐さんじゃないと駄目です」 真壁は、へにゃりと笑った。 端正な顔が、突然、少年のように見えた。 生真面目だが、感情を見せないわけでもなく。 友人たちとはしゃいでいる姿も、見ていたように思うのに。 真壁がこんな顔で笑うことを、若桐は初めて知ったような気がした。「ああ、もう……」 若桐は、真壁の手を解くと、ぽんぽんとあやすように頭を撫でる。「おまえ、それを狙ってやってないって、マジかよ……」「なにが……ですか?」 きょとんとした顔の真壁に、若桐は溜息を吐いた。 自分が、全くもうどうしようもないほど、真壁に嵌まり込んでいることを自覚した、諦めの溜息だった。─終わり─
last updateLast Updated : 2026-06-10
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2.初めてのデート
 教官室に戻り、鍵の掛かる引き出しからスマホを取り出す。(業務連絡みたいなメールが、びっしり来てるな……) メッセージの着信画面には、休憩毎に真壁が送ってきた履歴が並んでいた。  流石に任務や訓練の内容はないが、水を何リットル飲んだかまで書かれている。  アドレス交換をした時に、都度の返信は出来ないし、こちらが送ったものにもする必要はないと言っておいたが……。(あのカタブツでも、恋愛に浮かれることがあるんだなぁ……) 謎の真壁理論で押し切られた……というよりは、自分は既にあの背中の色香に狂っているのだろう。  航空祭の夜に肌を重ね、若桐は真壁と恋人同士になってしまった。「おまえはそんな簡単に、俺じゃなきゃ駄目だとか言うけどなぁ。俺らが付き合うとなったら、色々面倒だぞ?」 若桐的には〝することしちゃったあとに、何を言ってるんだ自分は?〟という気分だったが。  別れ間際に、それでも、教官として最後の最後に、そう言ったのだ。  だが、真壁はきょとんとした顔のまま、こう返してきた。「なにがそんなに、問題なんでしょう?」 「俺がおまえの〝元・教官〟で、訓練生時代にキスしちゃったことがものすごく問題だな」 「そうなんですか?」 「当たり前だろう。そもそも俺は、おまえがセクハラとかパワハラとかで、俺を訴えに来たのかと思ったんだぞ」 「そんな気は、全くありませんでした」 「んなことはわかってる。……だが、第三者から見た場合、教官と訓練生って立場は微妙だし。おまえが女だったとしても炎上案件なのに、男同士ときた。バレたら無傷じゃいられんぞ」 問題点を一つ一つ、懇切丁寧に説明したところで、真壁は真面目な顔で頷いた。「わかりました。……僕は、若桐さんを守るために、絶対に絶対に秘密にします」 「いや……、守らなきゃならんのは、俺のじゃなくて、おまえの経歴だからな?」 そう返したところで、やっぱり真壁はきょとんとしている。「いいよ。付き合いが絶対秘密ってことだけ理解出来てりゃ」 「わかりました。絶
last updateLast Updated : 2026-06-11
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2-2
 現状、若桐は静浜に勤務し、真壁は浜松に勤務している。 距離から言えば、さほどではないが、休みが必ず被るわけでもない。 同僚の目を避けねばならないため、勤務時間が終わったところでちょっとデートへ……なんて、難易度が高すぎて無理過ぎる。 結局、逢瀬はせいぜい月に一度というのが、若桐の出した結論だった。 スケジュールのすり合わせが出来たところで、適当にどちらの職場からも離れた場所で会う。(掛川か……、御前崎か……?) 地図を睨んで、若桐は考え込む。(同僚と顔を合わせる可能性が低くて、合わせたとしても適当な言い訳が通用するとなると……、やっぱ掛川が無難……か?) 同僚と、それも同性と付き合うことを考えたこともない。(てか、あいつ。フツーにデートとかして喜ぶんか?) 訓練生時代の真壁は、響野と体を鍛える話をしていた印象しかない。(いや、待て。それなりに友達はいたよな? けど……) 班には他に、もう二人いたはずだが。 一年前に若桐が受け持っていたのは、抜きん出た筋肉莫迦の響野と、それに負けじ劣らずの体力莫迦が揃い、他のクラスの教官をして〝バケモノ揃い〟と言わしめた、伝説のクラスだ。(真壁と響野……と、……堂島と狩谷……だったっけ?) 四人一組の班で構成された顔ぶれを思い出すと、暑苦しさと無意味な圧を感じる面々が脳裏をよぎる。 訓練中も常に〝なにか〟を競っていて、食事時になるとおかず交換をしていたのを覚えている。(高校生かよって思ったのは覚えてるけど……。そーいやあいつら、筋肉の話しかしてなかったな……) そこでなまじな下ネタ好きが混ざって、真壁のような純粋培養におかしい知識を付けられても困るが。 
last updateLast Updated : 2026-06-12
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