로그인
資料の山に囲まれて、
室内には、スチール製の本棚が並び、そこには資料がびっしりと置かれている。
周囲に音はなく、ただ真壁が操るキーボードとマウスの音だけが響いていた。 元は教官の宿直室であったが、現在は〝資料閲覧室〟として使われている場所。 ──だが、ここは真壁の部屋でもあった。部屋に戻ったところで、深夜まで資料をめくり、ノートパソコンの画面を眺め、訓練生の成長や次なるカリキュラムを考える。
ならば、いちいち往復する手間を掛ける必要はない。そう考えた真壁は、現在使われていない教官の宿直室を、資料閲覧室に作り変え、そこで起居していた。
教官である真壁の立場であれば、単身者用の官舎で暮らすのが当然なのだが──。
真壁の非常識な合理性を前に、誰も真っ向から反対はできなかった。その静けさに、控えめなノックの音が響く。
こんな時間に、来訪があることなど、めったにないことだ。 だが──自分以外の教官が、深夜に訓練性からの身の上相談を受けている話を聞いたことがある。「入れ」
発した声音は、平素と同じ愛想も容赦もない硬質なものだ。
だが入ってきた候補生・「夜分に失礼します、教官。報告があります」
真壁は画面から目を離さないまま、静かに告げた。
「報告なら、午後に済ませていたはずだが」
「ええ。でも……これは、〝個人的な〟報告です」カタリと、真壁の指が止まる。
視線を上げた先にいた白鳥は、どこか挑発的な笑みを浮かべていた。「個人的……?」
「教官は、感情を抑えすぎです。まるで、自分自身を罰してるみたいだ」 「何の話だ……」その時、白鳥の瞳に、ふいに熱を帯びた光が灯る。
「見たんですよ。あの日……教官が、一人で共用の風呂場でしてたこと」
言葉が凍り、真壁は返事ができなかった。
しかし、眉をわずかに動かしただけで、それ以上の動揺は表に出さない。 一拍の間に動揺を抑え込み、口を開く。「──見た、だと?」
「はい。教官が……自分で慰めているのを。あの、張り詰めた背中が震えるのを、じっと見てました」胸の奥が、冷たい指でなぞられたようにざわつく。
忘れ去りたかった、己の弱さ。 寂しさに耐えきれずに崩れた、あの夜。「何が目的だ、白鳥」
「知りたいんです。どうしてあんな顔をするのか。……あんな、綺麗な顔で喘ぐのか」白鳥が一歩踏み込む。
真壁は椅子から立ち上がるよりも早く、肩を押さえられ、机の縁に背中を預けさせられる。「やめろ、白鳥……」
抵抗の言葉は出たが、抗う動きは取れなかった。
理由は──真壁にもわからない。 立ち上がれば背は勝っている。 けれど、白鳥の手の重さが、迷いをすべて封じた。 体より先に、心が動けなくなった。「本気で嫌なら、俺を突き飛ばして」
肩に置かれた白鳥の手に、グッと力が込められる。
その手にも、真壁を見つめる瞳にも、奇妙な──一種の祈りにも似た──切実な感情が滲んでいた。 拒絶されることを覚悟していながら、それでも自分の気持を決して諦めないような……熱意。「知ってるだろう……、候補生に暴力を振るったら、処分されるのはこっちだ」
「鬼教官殿が、そんな言い訳しても様になりませんよ」白鳥は顔を寄せ、ジッと真壁の目を見つめたまま、ゆっくりと唇を重ねる。
拒もうとした意思は、熱を持つ舌に溶かされるように、じわりと崩れていった。ノートPCの画面に目を向けていた真壁は、控えめなノックの音に顔を上げた。 深く、ため息をひとつ吐いてから扉を開ける。「……またか」「またです」 いつものように、にこにこと笑う白鳥が立っていた。 促すまでもなく部屋に上がり込み、まっすぐベッドに腰を下ろす。 これで──あの夜以来、三度目の訪問だった。 真壁は、何も言わない。 言葉にすれば、それは〝線引き〟になる気がして。 だから、黙っていた。 それが白鳥には〝黙認〟として伝わっているのだろう。 白鳥は、ぽんぽんと隣を叩いた。「教官職って、そんなに暇そうに見えるか?」「いえ。でも……日中に教官殿の背中を見てると、すごく興奮しちゃって」 呆れ混じりの顔をしながらも、真壁はその隣に座る。 次の瞬間には、白鳥の手が服のジッパーを下ろし始めていた。 襟元が開かれ、上着が滑るように脱がされる。 そのとき、真壁の喉が、かすかに震えた。「教官……今日も、触れていいですか」 その問いかけに、真壁は僅かに迷ってから、同じ返事をする。「……勝手にしろ」 投げやりに聞こえるその言葉を、白鳥は喜びのように受け取った。 その反応にも、真壁はもう驚かない。 少年のように嬉しそうに微笑み。 眩しそうに真壁を見つめながら……。 指先と舌が、憧れに触れるように肌をなぞる。 それはまさに〝宝物に触れる〟ように、丁寧に──。 鎖骨に、乳首に、腰骨に……、体の形をすべて記憶に収めようとしているかのように。 真壁は、すぐにもその熱に飲み込まれていった。「あっ……ぅ……ん……」「教官、やっぱり
鳴り響く、アラート音。 機体内部に警告灯が点滅し、計器が不規則に瞬く。 高度計の針が、狂ったように降下を示していた。 機体が傾く。 何かが焼ける匂いが、鼻を突く。──教官! 叫んだはずの声は、喉に張り付いて出てこない。 次の瞬間、風防が吹き飛ぶ轟音が耳を裂いた。 マスク越しにも感じる、息苦しさ。 座席が射出される重たい衝撃。 風に舞う木の葉のように錐揉みしながら、自身の体が空へ放り出される。 回転する視界のなかで、機体が遠ざかっていく。 その後を追うように、尾を引く細い煙。 青空のその向こうへ、あっという間に飛び去って。──教官! 若桐さん! 声を張り上げようとするのに、空気が肺に入らない。 伸ばした手の指先が震え──。 何も掴めないまま、落ちていく感覚だけが残る。「──守さんっ!」 夢の中でようやく名を呼んだ瞬間、現実が戻ってきた。 飛び起きるようにして、真壁はベッドの上で身を起こす。 心臓が、やけに大きな音を立てていた。 息は荒く、背中には寝汗が滲んでいる。「ああ……また……あの夢か……」 額に手を当て、浅く息を吐く。 視線はぼんやりと、自分の両手の上を彷徨った。 この夢を見るのは、初めてじゃない。 そして、きっと──また見ることになる。 部屋の隅に置かれた小さな箱に、目が止まる。 いつも見ないふりをしている、それでもいつも視界に入ってしまう、箱。 ゆっくりとベッドを降りて、箱を手に取る。 中には、古い写真と、銀のチェーンに通されたゆがんだリングが一つ。 灯りのない部屋で、それだけが鈍く光っていた。「……守さん……」 真壁はそっと、リ
日中の訓練は、いつもどおりの緊張感に包まれていた。 真壁の態度は、相変わらずだ。 無駄のない指導と、的確な指示。 声にも、視線にも、一貫して感情は乗せず。 そして──厳しさにいささかの緩みもなかった。「白鳥! 確認が甘い! 後で反復三セット!」「はい、教官殿!」 そんな言葉であっても、真壁に声を掛けられた──というその事実が、嬉しいような気がしている。 しかし、そんな白鳥の顔を、真壁は一度も正面から見なかった。 昨夜のことなど、なかったように。 否──。 あれは、なかったことに〝しようとしている〟だけにも思える。 白鳥の視線を、感情を、態度を……。 真壁は確かに、見ている。 だが、意識的に〝見ないようにしている〟と、感じた。 それは、むしろ意図的に距離を取っている……ということだ。 昼食時、真壁の姿を見つけた。 食堂で隅で一人──、黙々と食事を取っている姿に、声を掛けようかと思ったが──。 それを、白鳥はぎりぎりで踏みとどまった。 昨夜のことは、嘘でも幻でもなく。 真壁の態度は、白鳥を嫌ったり蔑んだりはしていない。 部屋を訪れることは「勝手にしろ」とも言われた。 しかしそれは「来い」と同義語ではない。 自分たちは恋人では、ない。 それ以前に……。 恋人同士であろうがなかろうが、あれを誰かに知られたら──。 真壁は間違いなく処分──まかり間違えば〝懲戒〟もあり得るのだ。 それくらい、教官という立場は厳しく、常に責任を背負っている。 白鳥は、それをきちんと理解していた。 真壁を追い詰めたいわけではない。 特別扱いをされたいわけでもない。 ただ──。 真壁の隣に立つ許可が欲しい。 今の真壁は、昨日までよりも〝遠い〟存在に思えた。
真壁の部屋を出て、宿舎に向かう途中──白鳥は、ふと立ち止まった。 夜の空気は冷たく、だが少し湿っていて──。 シャワーを浴びてはいても、自分の体に真壁の匂いが残っているような気すらする。 気持ちは、まだふわふわしていた。──夢……、じゃないよな? 手のひらには、真壁の熱がまだ残っている。 肩を伝った汗、指先が滑った背中の起伏、荒く揺れた吐息──。 どれもが、生々しく記憶に焼きついていた。 あの美しい背中を──。 鋼のように冷静で、合理性と理論で武装した、誰にも心を開かない……と噂される、あの真壁教官と。 触れ合って、抱き合って、身体を重ねた。 肌が、心が、確かに交わった。 それだけで、胸の奥がずっと熱かった。 息をするたび、内側から湧き上がる歓喜があふれてしまいそうで。 白鳥は、思わず頬に手を当てた。──顔、緩みすぎてないか俺……? にやけるのを止められない。 体が勝手に浮かんでいるような感覚で、まともに歩けない。 シャツの中に残る真壁の体温までが、愛おしかった。 でも──。 白鳥は少しだけ足を止めて、夜空を仰いだ。──教官は、なぜ許してくれたのだろう? ふと、そんな疑問が掠めていく。 彼の瞳は、最中も決して甘くはなく──。 快感に震えていても、どこかに一線を引くような、そんな様子が垣間見えた。 それが、少しだけ胸に引っかかる。──あの人にも、一人じゃどうしようもない夜……が、あるのかな……? 真壁が風呂場で、己を慰めている姿を見たのは、偶然だった。 訓練生と教官では、使用できる時間が明確に区別されている。 白鳥は、忘れ物を取りに、こっそり引き返したのだ。 憧れた美しい背中が、快感に震えているのに。
シャワーを出たところで、白鳥が「泊まりたい」などとごねるかと思ったが──。 意外にも服を身に着け、大人しく引き上げる様子を見せた。 だが──。「教官、明日も来ていいですか?」 扉の手前で立ち止まり、振り返ってそんなことを言う。「駄目に決まってるだろう」「ええー」 いかにも残念と言った様子の声を上げ、それから白鳥は戻って真壁の体を抱いた。 肩に顔を埋め、鼻を首筋にこすりつけてくる。「もしかして、これっきりでおしまいって話ですか?」 白鳥の態度は懐いた大型犬のようだと思う。 甘えながらも、その腕に強い力はこもっていない。 背中をさする手は、ただ名残惜しんでいるだけだ。 真壁は顔を上げて、しばらく天井を眺めていたが──。 自分が白鳥を振り切れないことを、ただ痛感しただけだった。「──勝手にしろ」 ようやく絞り出した言葉は、その一言。「いやった!」 抱いている腕に力がこもり、白鳥が嬉しそうに小さく呟くのが聞こえる。 その声が、パッとこちらを見た笑顔が、どうしようもなく眩しくて。 距離を詰められることを、許してしまった。 触れられることを、拒めなかった。 思い出の影が、まだ色濃く心に残っていても──。 今夜の熱を、確かに体に刻みつけてしまった。「では、失礼します!」 わざとらしく気をつけからの敬礼をして、白鳥は部屋から出ていった。 遠ざかる、足音。 その音が完全に聞こえなくなるまで、真壁は部屋に立ったままだった。 静寂が訪れ、完全に一人になったと感じた時。 真壁は、ようやく自分の首筋をその手で撫でた。 そこに、まだ白鳥の熱が残っているような気がした──。
交わりの熱がまだ残る身体を冷ますように、真壁は静かにベッドを降りた。 足元が少しふらついたのは、疲労からか、それとも余韻が残っているからか──自分でも判別がつかない。 シャワールームへ向かう背中に、白鳥の視線が吸い寄せられているのを、真壁は知っていた。 だが振り返らないまま、扉を開ける。 教官の宿直室だったこの部屋には、シャワーユニットがついていた。 ただ湯船のない、本当に簡素な、湯を浴びることが出来るだけである。 共同の風呂場のほうが、広く湯船もあり、利便性も高い。 故に、いつもはそちらを利用しているが──。 今は、時間外であることも含めて、こちらを使ったほうが都合が良かった。「──教官、背中、流しましょうか?」 不意に声がかかり、振り向く間もなく、白鳥がユニットへ滑り込んできた。「狭い。後で貸してやるから、待ってろ」「大丈夫ですよ。教官、細身ですし。てか、言うほど狭くないじゃないですか」 そう言って、白鳥は自然に真壁の背後に回り込んだ。 そして、ぴたりと背中に自分の体を重ねる。 うなじにそっと顔を埋められ、くすぐったさと火照りが同時に走る。「教官殿、……いい匂いがしますね」 その言葉に既視感を覚え、真壁の胸にちくりと痛みが走った。「……ふざけるな。体を洗うんだろう」 白鳥の体温が、触れるたびに感覚が呼び覚まされる。 それを振り払うように、真壁は少し熱めの湯をひねった。「あっつ! え、教官、こんな温度で浴びてるんですか……!?」「汗を流すなら、それくらいのほうがさっぱりする。……慣れている」 石鹸を手に取ろうとした瞬間、それが白鳥の手にすっと奪われる。 そして、すぐに柔らかな泡が背中に当てられた。「……やっぱり、教官の背中、すごく綺麗です」 その声には、







