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第6話

Author: 匿名
綾菜は朦朧としながらも、なんとか力を振り絞って前に這い進む。

1ミリ動くだけで、骨をナイフで削られるような激痛が走った。

後ろから、泣きじゃくる由理恵を連れた雄太が追いかけてきた。

地面を必死に這う綾菜を見下ろし、雄太は目に、一瞬哀れみの色を浮かべる。

しかし、口を開くとその声には非難の色が混じっていた。「綾菜、ちょっと怖がらせたかっただけなんだ……なのに飛び降りるなんて。

お前は、俺のことをそんなに信じてないのか?」

雄太はしゃがみこみ、綾菜の手を掴む。

「早く一緒に戻ろう。由理恵も、もうお前を責めたりしないって言ってたからさ」

しかし綾菜は雄太の手を振り解き、血の気のない唇を噛みしめ、道路の中央へと這い続ける。

もう二人の顔なんて、一目たりとも見たくなかった。

もがきながら道路の中央にたどり着いたその時、まぶしいヘッドライトが突然、夜空を照らした。

綾菜は強い光に目がくらみ、鋭いブレーキ音をが耳を擘く。

ドンッ。

体が宙に飛ばされ、地面に強く叩きつけられると、綾菜すぐに意識を失った。

次に目を開けたとき、綾菜は自分が由理恵と背中合わせに、古びた工場の柱に縛りつけられていることに気づいた。

体には冷たい爆弾が巻きつけられ、タイマーが冷酷に時を刻んでいる。

ナイフを持って二人の前を行ったり来たりしているのは、多分犯人だろう。

時折、ナイフの先端を由理恵と綾菜の顔の前でちらつかせた。

「お前たち二人、どっちが黒崎社長の本当の恋人なんだ?あいつのせいでうちの会社は大損害をくらい、株価も大暴落……今日はあいつにも苦痛を味わわせてやる。早く言え、どっちが社長に大切にされているんだ?」

隣の由理恵はとっくに恐怖で顔面蒼白になっていて、支離滅裂に泣き叫んでいる。

「綾菜さんよ!私は雄太とは何の関係もない……綾菜さんが彼の彼女なんだから!殺すなら彼女を殺して、お願いだから私は助けて……」

その言葉を聞いた瞬間、綾菜は信じられない思いで顔を向けた。

隣で泣いているその顔を見て、心の底から軽蔑が湧き上がってくる。

これが雄太が長い間愛してきた女?

もし由理恵がこんなにも自己中心的な人間だと知っても、雄太は迷わずに彼女を庇うのだろうか?

その時、工場の錆びついた鉄の扉が、勢いよく蹴り開けられた。

額に汗を滲ませた雄太が大きな金の袋を手に飛び込んできた。

袋を犯人の前に放り投げ、張り詰めた声で叫ぶ。

「金は持ってきた。早く二人を解放しろ!」

犯人はちらりと一瞥すると、鼻で笑った。

「これっぽっちか?うちの会社の損失を埋めるには、端金にもなりゃしねえ」

犯人は一瞬言葉を切ると、不気味な笑みを浮かべた。

「だが……まあ、黒崎社長も今日は誠意を見せたってことだもんな」

そう言うと、犯人は突然手元のリモコンのボタンを押した。

由理恵と綾菜の体に巻きつけられた爆弾のタイマーが、同時にものすごい勢いでカウントダウンを始める。

「一人だけ助けるチャンスをやるよ!」

犯人が狂ったように笑い始めた。「選べよ、黒崎社長。どっちを連れて帰るんだ?」

犯人はリモコンを叩きつけて粉々にし、さらに2度3度踏みつけると、金の袋を持って去っていった。

次の瞬間、雄太が連れてきた爆弾処理の専門家が、焦ったように声を潜める。

「黒崎さん、爆弾の構造が複雑で、時間的に1人しか救えません!今すぐ選んでください、さもないと2人とも助かりませんよ!」

雄太の顔は真っ青になり、歯を食いしばる音が聞こえるほどだった。

彼の視線は綾菜と由理恵の間を激しく行き来し、拳は指の関節が白くなるほど強く握りしめられていた。

「だめだ、2人とも助けるんだ!」

「無理です、黒崎さん!もう時間がありません、1人しか!」

「ああっ!」

ついに雄太は、追い詰められた獣のように、魂を絞り出すような叫び声を上げた。

「由理恵だ!由理恵を助けろ!!」

やはり、雄太の心の中で私はとっくにどうでもいい存在になっていたのだ。

一筋の熱い涙が、綾菜の目尻からこぼれ落ちる。

爆弾のカウントダウンが止まると、雄太はなりふり構わず駆け寄ってきた。

由理恵の体のロープを引きちぎり、その体を強く抱きしめる。

しかし綾菜のほうには目もくれず、ただ慌ただしく一言だけ言い捨てたのだった。

「綾菜、もう少しの辛抱だ……専門家はすごいんだから。きっとお前を助けてくれると信じてる」

そして雄太は由理恵を横抱きにすると、振り返ることなく工場を飛び出していった。

ガラガラという音を立てて鉄の扉が閉まり、最後の光さえも遮断された。

工場の中には、綾菜と険しい顔つきの爆弾処理の専門家だけが残された。

タイマーが最後の30秒に突入する。

専門家は額に冷や汗を浮かべながら、数秒間なにかを試していた。

しかし、すぐに数歩後ずさると、綾菜の方を深く見つめた。

その目には、申し訳なさとどうしようもなさ、そして無力さからくる恐怖が浮かんでいた。

すると、次の瞬間にはなんと踵を返し、裏口に向かって一目散に走り出し、暗闇の中に消えていったのだ。

……

冷たい柱に縛りつけられたまま一人残された綾菜。

タイマーの数字が時を刻む。10、9、8……

時間が急にゆっくりに感じられた。

たくさんの思い出が目の前を駆け巡っていく。初めて会った時の雄太の笑顔。不器用に誕生日を祝ってくれた時のこと。

雨の中で自分のために傘を差してくれたこともあったのに。

でも、最後に浮かんだのは由理恵を背中に庇いながら、自分に向けたあの冷たい眼差し。

思い出全てが粉々に砕け散っていく。

「ふっ……」

綾菜はどこまでも自嘲的で冷たい笑い声を漏らした。

そして、ゆっくりと目を閉じる。心にはもう、何の感情もなかった。

「もしやり直せるなら……雄太、あなたになんて出会わなければよかったよ」

ドカーン――

耳をつんざく爆発音が、全てを飲み込んだ。

炎が天を焦がし、廃工場全体が轟音と共に激しく揺れる。

そして一瞬のうちに、灼熱のがれきの山と化したのだった。
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