LOGIN結婚7年目。夫の谷山恭介(たにやま きょうすけ)は私の両親の骨壺を掘り起こして私の目の前にドンと置き、二つの選択肢を突きつけた。 「君のデザイン原稿を莉奈のコンクール用に渡すか、それとも君の両親の骨を海に撒かれるか。どっちか選べ」 私は描き上げたばかりのデザイン原稿を握りしめ、涙を呑んで従うしかなかった。 翌日、クルーザーの上で嬉しそうに骨を海へ撒く白川莉奈(しらかわ りな)の写真がネットで大バズりした。 恭介はその写真にこうコメントを残していた。 【俺のすべてを捧げて、君を甘やかそう】 写真の隅に写り込んでいる骨壺を見て、私は全身の血が凍りつくのを感じた。 私と亡くなった両親は、恭介が莉奈の機嫌を取るためのただの道具でしかなかったのだ。 こんな男、もういらない。
View More恭介が私に与えた絶望は、「すまなかった」だけで補えるようなものではないのだ。恭介は項垂れ、悔恨の表情を浮かべた。「取り返しのつかない事をしてしまったのは分かってる。君はあんなにも俺を愛してくれていたのに、俺はずっと君を傷つけて……」私は恭介の戯言を聞く気になど一切なれなかった。「そんな事、もう言わないで。無意味だから。これからは赤の他人よ。それぞれの道を歩みましょう、もう関わらないで。あなたもこれで、堂々と白川莉奈と一緒にいられるじゃない!」莉奈の話になると、恭介の目に一瞬、憎しみの色が走った。「あのクソ女!君の足元にも及ばない!親父が俺の相続権を剥奪すると発表した途端、俺を捨てた。そしてすぐさまあの隠し子にすり寄りやがったんだ!恥知らずな女め!」なるほど、莉奈に裏切られたのか。どうりで、プライドの塊のような彼が私に謝ってくるわけだ。私は唇を歪めただけで、何も言わなかった。恭介がここまで落ちぶれたのは、智司が裏で手を引いた結果とはいえ、完全な自業自得だ。智司のベントレーが私の前に停まった。私は未練の欠片も見せず、大股で歩み寄って助手席のドアを開け、車に乗り込んだ。運転席に座る智司は、窓の外に立ち尽くす哀れな恭介を一瞥し、皮肉げに笑った。「あいつ、今頃になって後悔してるんじゃないか?」私は肩をすくめた。「後悔しようがしまいが、私には何の関係もないわ!」智司は満足そうに私の頭を撫でた。「俺の穂乃果はそうじゃなくちゃな。たとえ俺と結ばれていなかったとしても、君を傷つけた人間を簡単に許してはいけない」本当に、智司は恭介とは全く違う。智司は私を、丹精込めて育てる花のように大切に水をやり、守り抜いてくれる。一方の恭介にとっての私は、道端に咲いている綺麗な花に過ぎなかった。持ち帰って数日楽しめば、後はそれが枯れようがどうなろうと知ったことではなかったのだ。良かった。あんなにも苦しい結婚生活を味わったけれど、私のそばにはまだ、私を愛し、守ってくれる人がいる。私を事務所まで送り届けると、智司は名残惜しそうに私の手を引いた。「今夜は早く帰ってくるんだぞ、分かったか?俺たちの結婚式まであと三ヶ月しかないんだから、君も少しは時間を作って、ウェディングドレスの試着や前撮りに行ってくれないと
私の夢。智司はそんなことまで覚えていてくれたのだ。恭介と結婚した後、私も自分の事務所を立ち上げたいと考えたことがあった。しかし、恭介はいつも甘い言葉で私を丸め込んだ。「穂乃果はセレブ妻として大人しくしていればいいんだ。外に出て苦労なんてさせたくない。俺が胸を痛めるからな」あの時は、それが私への愛だと思っていた。数々の苦しみを経てようやく分かった。恭介は私をペットのように家に囲い込んでいただけだ。決して一人の伴侶として見ていたわけではなかった。私がただデザインコンクールに出場したいと願った時でさえ、あらゆる手段で邪魔をした。それなのに、莉奈が出場したいと言い出すと、恭介は私の両親の遺骨を盾にして私を脅し、私のデザイン原稿を彼女に譲らせたのだ。そんな恭介と比べると、こうして無条件に私の夢を応援してくれる智司の想いが痛いほど心に響き、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちた。「どうしてまた泣くんだい?気に入らなかったか?」智司は少し慌てて私の涙を拭ってくれた。私は首を横に振り、智司に力強く抱きついた。「ありがとう、智司さん!」良かった。お父さんとお母さんを失ってしまったけれど、私にはまだ、私を心から愛してくれる人がいたんだ。智司はホッと息をつき、私の頭を優しく撫でた。「馬鹿だな、水臭いこと言うなよ。君のためなら、何だって喜んでやるさ!」手のリハビリも順調に進み、私は事務所の立ち上げに奔走し始めた。毎日のように忙殺され、家に帰る時間すらないほどだった。智司が私に会うためには、わざわざ事務所まで足を運ばなければならないほどだった。私が食事をする間も惜しんで働いているのを見て、彼はすごく心配した。「事務所をプレゼントしたのが、本当に正解だったのか分からなくなってきたよ」このところ智司を放ったらかしにしてしまっていた自覚があったので、私は彼の首に腕を回し、頬に軽くキスをした。「始まったばかりでバタバタしてるだけ。この忙しさが落ち着いたら、しっかり智司さんとの時間を作るから」智司はそのまま私を抱き寄せた。「俺は文句を言ってるんじゃない。ただ君が心配なんだ。無理して倒れでもしたらと思うと」確かに忙しかったが、私はちっとも疲れていなかった。自分の仕事と事務所のことを考えるだけで、両目がきらきら
私が泣きそうになっているのを見て、彼は慌てて言った。「泣かないで。俺の心が痛むから」私が入院している間、智司は文字通り片時も私のそばから離れなかった。恭介は二度と姿を見せなかったが、代わりに恭介の父が手土産を持って見舞いに訪れた。私の傷ついた手を見るなり、わざとらしいほどの気遣いを見せた。「穂乃果、あの馬鹿息子がこれほどの愚行を働いていたとは、私たちも本当に知らなかったんだ!もっと早く私たちに言ってくれれば、あいつをこっぴどく叱りつけてやったものを!今になってこんな誤解が生じて、四宮家の御曹司までが谷山家と縁を切ると言い出す始末だ」私と恭介のことは、たとえ谷山家の人が百歩譲って知らなかったとしても、莉奈と恭介の不倫関係を知らないはずがない。彼の両親が止めなかったし、見て見ぬふりをしていた。所詮、後ろ盾も家柄もない孤児の私など、名家である白川家の令嬢に敵うはずがないのだから。智司は恭介の父が病室に入ってきてから、一度も腰を浮かすことすらなかった。「谷山社長、手土産はお持ち帰りください。うちの穂乃果は、そんなものには困っていませんので」恭介の父の顔色が悪くなった。確かに今の四宮家の勢いは谷山家を凌いでいるとはいえ、彼だって智司から見れば目上の人間だ。「智司くん、本当にたかが女一人のために、谷山家と対立するつもりかね?」智司はソファに深く背を預け、傲慢な表情で言い放った。「ええ!谷山家と縁を切るだけじゃ済まさない。俺は谷山家を敵に回してでも、彼女を守る!」結局、恭介の父は苦虫を噛み潰したような顔で病院を後にした。智司は私の手を取り、優しい声で言った。「海外から医者を呼んできた。必ず君の手を元通りにしてやるよ。それから、退院したら、君のためにデザイン事務所を立ち上げてやる。これからは誰の顔色も気にする必要はないんだ」この至れり尽くせりな優しさに、私は少し戸惑ってしまった。「智司さん、そんなに優しくしないで……」今の私には、彼に恩返しをする力なんて全くないのだから。智司は揺るぎない眼差しで言った。「穂乃果、もし君が本当に俺を嫌いじゃないなら、俺にチャンスをくれ。君のそばで支えさせてくれないか?」私の手は彼にしっかりと握りしめられ、その温もりが私の心臓を高鳴らせた。かつて心に秘め
恭介は智司の胸ぐらを掴んで凄んだ。「7年前も俺には勝てなかった。7年後の今も、お前に勝ち目はない!」私は布団を跳ね除けてベッドから降り、恭介の前に歩み寄ると、健康な左手で、思い切り彼の頬を張り飛ばした。恭介が私を見たその瞳には、信じられないという色が浮かんでいた。「穂乃果、君はあいつの味方をするのか?」私は冷ややかに恭介を見つめ、冷たい声で言い放った。「智司さんの味方をしなくて、私の手をこんなにしたクズ男の味方をしろとでも言うの?すべてを投げ打ってあなたに嫁いだ結果がこんな報いだと知っていたら、死んでもあなたとなんか結婚しなかったわ!」「報い、だと?」恭介は先ほどの勢いを失い、智司を掴んでいた手すらも離してしまった。「俺に嫁いだことは、君にとって苦痛でしかなかったと言うのか?」甘い思い出は、確かにあるにはあった。けれど、その甘さだけでは、彼が私に与えた深い傷を誤魔化すことなど到底できなかった。私は病室のドアを指差した。「そうよ!今すぐ、その愛人を連れて私の病室から出て行って!」『愛人』という言葉に、傍らにいた莉奈が逆上した。「ちょっと、何様のつもり!?私を愛人呼ばわりするなんて!私を……」莉奈は凄まじい剣幕で手を振り上げたが、智司の陰鬱で冷酷な眼差しを見て、慌てて手を引っ込めた。智司もこれ以上、恭介と関わり合うつもりはなかった。「恭介を谷山家の屋敷へお送りしろ。そして谷山家の当主に伝えろ。四宮グループと谷山商事は今後、決して共存できないと!」その言葉が落ちるや否や、黒服のボディガードたちが病室に足を踏み入れ、恭介と莉奈を力ずくで外へ引きずり出した。私は智司の口元の血の跡を見て、少し申し訳ない気持ちになった。「ごめんなさい、私のせいで、智司さんまで怪我をさせてしまって」智司の目には、私への切ない愛情が溢れていた。「謝るべきなのは俺の方だ。もしあの時、俺が逃げるように海外へ行かなければ、君が彼にこんなに傷つけられることはなかったのに」智司の様子を見れば、先ほどの彼の言葉を疑う余地など微塵もなかった。私を愛しているという言葉は、たぶん本物だ。だけど、私は今までそれに全く気がつかなかった。私はどうしても気になって尋ねた。「智司さん……どうして今まで、私のことが