斗夜の言葉を聞いて、私は深くうなずいた。 私が今日戸羽さんとデートしているのはマスターも知っているし、心配してくれていた。 まさかその日に斗夜と付き合うことになったとは予想していないだろうけど。「それに、咲羅をあきらめるように言わなきゃ」 「マスターは全然そんな気持ちはないよ」 「今日の医者は咲羅がちゃんと断ったんだろ? じゃあ、あとは重森か。まさか他にも伏兵が?」 人をモテキャラに仕立て上げないで、とあきれた顔をすると、斗夜が綺麗な顔で笑う。 今のはヤキモチだろうかと考えたら、それもうれしく思えた。 雨の上がった歩道を、ふたりで手を繋いで駅まで歩く。 気持ちが通じ合ったあとの“恋人繋ぎ”は、たったそれだけの触れ合いでも胸がキュンとした。 バーに着いてマスターにきちんと報告しようとしたら、ニヤリと意味ありげな笑みを先に投げかけられた。 私たちが“恋人繋ぎ”のまま入って来たのを見て、すぐに状況がを理解したらしい。 お店にいるあいだ、ずっと冷やかされていた気がするけれど、マスターは私たちのことを喜んでくれて、それがすごくうれしかった。 お酒を飲んで喋って、ふわふわとした幸せな時間を過ごし、斗夜とふたりでバーを出た。 再び歩きながら、“恋人繋ぎ”で幸せをかみ締める。 なのに、いつかの日のように、突然斗夜が繋いだ手を引いて狭い道へと入った。人のいない、真っ暗で狭い路地だ。 深いブラウンの髪から覗く色気のある瞳に射貫かれて、「どうしたの?」とは聞けなくなってしまった。 大きな手が私の背中に回り、ふわりと抱き寄せられる。 私の瞳はまだ、斗夜に囚われたまま。 ゆっくりと斗夜の顔が近づいてきて、私がわずかに瞳を伏せると、斗夜の温かな唇が私の唇を優しく覆った。 愛情が伝わってくるような、しっとりとしたやさしいキスで、決して荒々しさのないそれは、繰り返されることなくそのまま離れた。「キスは……するんだね。……ハグも」 「それはしたいって言っただろ。だけど部屋だと理性が飛んで歯止めがきかなくなるから。ここなら、この先はできないし」 今どうしてもキスしたくなったんだ、なんてそんな顔で言われたら、幸せで胸がギューっと苦しくなる。「俺、咲羅のこと本気だから」 「うん」 「浮気はしないよ」 本当にしない? とは、聞かな
堂々と私を好きだと言っておきながら、斗夜は今さら表情に不安の色をにじませる。「そんなの決まってるじゃない。お互い同じ気持ちだったことがうれしいからよ」 お互いに惹かれ合い、心と心が繋がる感動を、私は長年ずっと置き去りにしてきてしまっていた。 相手ときちんと向き合って、真正面からぶつからなければこの気持ちは得られないのに、私は怖がって逃げてばかりだったのだ。「そうか」と優しいまなざしで微笑んだあと、私の頭を撫でていた彼の手が頬に触れ、伝っていた涙を拭った。 私は胸がキュンとして、急激に愛しい気持ちがこみ上げてきてしまい、斗夜の首に腕を絡めて自分から抱きついた。「おいおい咲羅、今ここでそれは反則だろ」 「どうして?」 「……俺は必死で我慢してるんだぞ? さっきから必要以上に触れないようにしてるのに、俺がその気になったらどうするんだよ」 せっかく良い雰囲気なのに、と私は小さく口を尖らせたけれど、斗夜は柔らかく笑って私の身体をそっと離した。「別にいいんじゃないかな? 私たちはちゃんと両思いになれたんだから」 「いや、ダメだ。付き合った初日にそうなったら、それこそ彰になにを言われるか。 野獣だの節操なしだのと、言いたい放題だろ」 マスターの発言をそこまで気にする必要があるのかと思ったら笑えてきた。 別にそう言われても開き直ればいいのに。「じゃあ、マスターには内緒にする?」 私たちに男女の関係があるかどうかは、自ら言わなければわからないだろう。 だけど斗夜は私の提案に首を振った。「アイツを見くびりすぎ。そういうの、見ただけでわかるみたいだ」 「すごい特殊能力ね。というより、斗夜がわかりやすく態度に出してるんじゃないの?」 「……そうなのか」 マスターは、いつもと雰囲気の違う斗夜を見てピンと来ているだけだと思う。友達だからわかるのだ。「とにかく、しばらく我慢する」 「……いつまで?」 「そうだな……一ヶ月は我慢しようか」 真剣に悩んで期間を設定した斗夜がおかしくて、吹き出しそうになってしまう。 私はそれをぐっとこらえ、質問を続けた。「キスもしないの? ハグも?」 「いや……それは……」 私がわざと誘うように言うと、斗夜はうなって腕組みをし、さらに悩みだした。「キスは……したいな」 「あはは」 「だけど今は
「リハビリ……もう辞めないか?」 しばしの沈黙が流れたあと、斗夜から飛び出した言葉はそれだった 。 マスターから、斗夜がリハビリはもう必要ないと言いだしていると聞いていたが、それは本当だったのだ。 実際に本人の口から聞くと、ダメージが大きい。 後ろからなにかで殴られたみたいな衝撃が走った。「マスターから聞いたよ」 私が溜め息を吐きながら言えば、「あのおしゃべりめ」と斗夜のつぶやく声が聞こえた。 胸の内側に、どんどん悲しみが広がっていく。 今、斗夜の顔は見られない。見たら……泣いてしまうから。「リハビリはもうなしね。わかった」 そう返事をするしかなかった。 私と斗夜はリハビリ仲間という関係を解消し、ただの同僚に戻る。 それだけの話なのに、お前は新しい男とデートでもしてろ、と言われたような気持ちになった。 そしてもうひとつ、悲しい感情を思い出した。 好きな人に振られる“失恋”は、こんなに辛いものだったのだ。「私とリハビリでデートしていても仕方ないもんね」 「……え?」 「好きな子にきちんと気持ちを伝えなきゃ。私と練習ばかりしていても前に進めないよ」 うまく笑えている自信はないけれど、うつむくことなく私は精一杯笑顔を作った。 だけど斗夜は隣に座る私の肩を掴み、自分のほうへ向かせて視線を合わせる。「……なんの話だ?」 それはまぎれもなく、たくさん傷つけて後悔しているという斗夜と元カノの話だ。 すべて言わなくてもわかっているはずなのにと、私は小さく溜め息を吐く。「元カノに……気持ちを伝えてきなよ」 「え? 元カノには、俺じゃなくてもっとふさわしい男がきっといる。たしかに俺のせいで彼女とはうまくいかなかったけど、やり直したいとは思ってないよ。俺がリハビリを辞めたいのは、そうじゃなくて……」 斗夜の大きな手の平が、私の頭をゆっくりと優しく撫でた。「咲羅とは、もうリハビリなんか要らないと思ったから」 「………」 「俺は咲羅が好きだって、きちんと自覚がある。リハビリとか理由をつけずに、これからは普通にデートがしたいし、一緒にいたい」 私の感情がジェットコースターみたいに激しく上下して、処理が追いつかない。 斗夜が元カノと復縁したいだなんて、私の勘違いだったのだ。「“リハビリしよう”なんて、咲羅と一緒
「簡単に入れていいのか?」 「だって……この雨だし」 「俺、襲うかもしれないぞ?」 斗夜の言葉で微妙な空気になり、沈黙が流れた。 たった今、恋をしていると気づいたのだから、好きな男に抱かれるのならばかまわない、と少なからず思った私はバカなのだろう。 今までのリハビリがまったく活かされていないではないか、と反省の念にかられる。「ウソだよ。実は話があるんだ」 こんな状況で余裕の笑みを浮かべる斗夜は、私よりも何枚もうわてだ。「……どうぞ」 玄関扉の鍵を開け、部屋の中に彼をいざなう。 私はこの状況のドキドキして、スリッパを差し出すだけで精一杯だ。 部屋の中をキョロキョロと見回す斗夜を、そんなにじろじろ見ないでとソファーに座らせる。 私はキッチン冷たいお茶を用意し、斗夜の前のテーブルに置いた。 すると斗夜が私の腕を咄嗟に掴んだので、何事だろうと驚いた。「……なに?」 「デート、どうだったんだ?」 斗夜は気になっていることを直球で聞いてきた。「誘われただろ? ホテル」 「……うん」 斗夜の推測は当たっているけれど、たとえ私が誘いに乗っていたとしても、戸羽さんは私を本当に抱いたのだろうか。 試されただけかもしれないと考える私は甘いのかな。 私が口ごもるように返事をしたのが気に入らないのか、斗夜の眉間には不満だとばかりにシワが寄っている。「草食系には見えないって、彰の言った通りだったな」 私は以前は戸羽さんに対して草食系だという印象だったけれど、マスターは最初からそうは見えないと言っていたから、その見立ては当たっている。「行ったのか?」 「行くわけないでしょ」 「よく逃げてこられたな」 不機嫌そうにしている斗夜に、「そんな人じゃないから」と私も少しムっとしながら反論した。 戸羽さんを本城みたいな男と同じ扱いをされた気がしたから、腹が立ったのだ。 戸羽さんは無理やりホテルに連れ込んだりしない。穏やかでやさしい紳士なのは間違いないもの。「その男と付き合うのか?」 「え?」 「……好きなのかと聞いてるんだ」 斗夜の声のトーンは静かだけれど、熱のこもった真剣な瞳が私を射貫いた。「付き合わないよ」 斗夜はなぜ聞くのだろう。 もしかしたら……などと、嫌でも期待してしまう。 もし斗夜が私を好
戸羽さんと別れてホームで電車を待つ間、私はバッグからスマホを取り出して、先ほど斗夜から来たメッセージを眺めた。 まだ返事をしていないことに気づき、既読無視はまずいと、あわてて文章を打ち込む。『今から電車に乗って帰ります』 車両に乗り込む前に、送信ボタンを押した。 文章が短くて不愛想だっただろうか。 車両の中は、けっこう混みあっていて蒸し暑く、嫌な空気だった。 最寄駅に着いてホームに降り立つと、ザーっと大粒の雨が空から落ちてきていてガックリと肩を落とした。 戸羽さんと別れたときも、今にも降りそうな感じで真っ暗だったから、心配した通りになってしまった。 濡れて帰るには勇気が要るくらいの強い雨だ。 仕方がないので、駅に隣接するコンビニに立ち寄り、ビニール傘を購入した。 こうしていつの間にか家に傘が増えていく、などとぼんやりと考えながら自宅まで歩みを進める。 雨は止むどころか、さらに勢いを増しているのだと、アスファルトに強く打ち付ける雨粒を見て思った。 傘をさしていても、足元が次第に濡れていった。 パンプスの中が気持ち悪いので早く帰りたい。 自分のマンションに辿り着いたけれど、私は瞬間的に歩みを止めた。 マンションの軒先に人影が見える。 雨が当たらないようになのか、大きな身体をすぼめいるのは、斗夜だった。 傘も持たず、腕組みをしながらそこに彼は立っていた。「斗夜……いつから居たの?」 思わず駆け寄ってそう尋ねたのは、斗夜はまったく濡れておらず、雨が降る前からここに居たのだとすぐにわかったから。「少し前だよ。電話したんだけど繋がらなかった」 「ごめん。電車に乗る時に音を消しててそのままにしてた」 マナーモードに設定していて、バッグの中で着信しても気がつかなかった。 斗夜から電話が来るとは思いもしなかった。 ここへ来たのが少し前なんてウソだろう。 私が電車に乗っている間に雨が降ってきたのだから、かなり待っていたはず。「ここ、よく覚えてたね」 「ああ」 以前、初めてデートをした日に送ってもらったことがあるが、斗夜は一度来ただけのこの場所を覚えていた。『実際にトウヤ君に会えばすぐにわかるよ』 戸羽さんに言われた言葉が頭をかすめる。 正直、すぐに理解できなかったけれど、今わかった気がし
「本当にごめんなさい」 「謝らないでよ。こんなにすぐに誘う男は相手にしなくて正解。……トウヤ君が好き?」 「……」 率直に問われたけれど、私は頷くことも首を横に振ることもできずに押し黙ってしまう。 黒縁眼鏡の奥の優しい瞳が私を不思議そうに捉えていた。「私、本当に長い間、恋をしていないんです」 「……え?」 私の返事が意外だったのか、戸羽さんは驚いた拍子に小さな声を発した。「合コンに行くこともあっけど、そこで恋人関係になれるような出会いはなくて……」 「うん」「私、ある意味病気なんですよ。病名は“本気の恋の始め方を忘れた病”」 私がおどけるように笑うと、戸羽さんも「長い病名だね」と言って笑みを浮かべた。「実は彼も同じ病気だから、ふたりでリハビリしようって決めたんです」 「……そっか。医者の俺でも治せない病気だね」 「はい。彼は私に重要なことをたくさん教えてくれたように思います。でも……私は彼を好きなのかわからない。これははたして恋なのか、自信がありません」 斗夜とのデートは時間があっという間で、話していて楽しかったし飽きることなく過ごせた。 だけど斗夜が時枝さんと毎日蜜月だった今週は、ずっとモヤモヤとした感情に支配され続け、その正体がわからずに、苦しみ続けた。「もっとシンプルに考えればいいのに」 戸羽さんが空を見上げてしばし考え、私にアドバイスをくれる。「例えば、俺がほかの女の子とデートしても咲羅ちゃんはまったく平気だろうけど。トウヤ君がほかの子とデートしたら嫌だろ?」 「……どうかな」 「じゃあ、ホテルに行ったら?」 「それは嫌です」 斗夜がほかの子を抱くなんて、想像しただけで気持ちが悪くて吐きそうだ。「今、想像しただけで胸が締めつけられたよね? それは立派な嫉妬だよ。好きな証拠だと思うけど?」 そうか、思い出せなかったモヤモヤとした感情の名は…… 嫉妬だ。 急に自分の中で、ストンと腑に落ちた。「やっぱりまだリハビリが必要だね」 「……え?」 「大丈夫。実際にトウヤ君に会えばすぐにわかるよ」 この病は普通の医者では治せないはずなのに、戸羽さんはなんでも治せてしまう神様みたいな人なのかもしれない。「……帰ろうか」 「はい」 駅の改札を抜けたところで挨拶を交わす。互いに乗る電車は反対方向のため、こ
傘はコンビニで買えば済むけれど、そろそろ夕刻なので、帰るにはいいきっかけだと思った。 カフェでお茶をしている間に、雨が土砂降りになったら大変だ。 私の言葉に納得するように、戸羽さんが静かに歩き出す。 だけど自然と私の右手を繋いできて、今までになかった彼の行動にドキっと心臓が跳ねた。 戸羽さんが手を繋ぐのは、意外に思えたから正直驚いた。「あの……」 「カフェじゃなくて、あそこにしようか?」 「……え」 帰るんですよね? と私が声をかけようとしたら、先に戸羽さんが言葉を発した。「あそこなら、外で大雨が降ろうと関係ないよ」 繋いだ手をギュっと強く握られたけれど、私はただ呆然としてしまう。 何かの間違いだ、信じられない、と思う自分がいた。 戸羽さんが示した場所は、―――― ホテルだった。 私は頭の上に雷が落ちたみたいな衝撃を受けた。 温厚そうで知的な戸羽さんに、まさかホテルに誘われてしまうなんて。 時間もまだ十七時にもなっていない夕方だし、酔った勢いでもないのに。「今日は……昼間のランチデートのはずですよね?」 「ああ、うん。でも、誘わないと言ってないよ」 昼間だろうとなんだろうと関係ないだなんて、草食系の戸羽さんには似つかわしくないセリフだ。 だけど、繋いだ手を強引に引っ張って行かないあたりが、戸羽さんらしいと思った。 そこにきちんとした節度があり、理性がある。「あの………ごめんなさい」 私は戸羽さんとはホテルに行けない。 うつむきながらボソリと謝りの言葉を述べる私の手を、戸羽さんは力が抜けたようにゆっくりと離した。 気まずい空気が流れ始めるタイミングで、バッグの中のスマホからメッセージを受信した着信音が鳴る。 無言のままバッグに手を突っ込んで確認すると、送り主は斗夜だった。『今どこにいる?』 斗夜は今日私がデートなのは知っているのに、どうして急にひと言だけ送ってきたのかわからない。 そう思っていたら、またすぐにメッセージが届いた。『大丈夫か? 襲われてないか?』 無機質なスマホに並べられた言葉の羅列が、途端に私の胸を熱くした。 ただ文字を見ているだけなのに、鼻の奥がツンとして、じわりと目に涙が溜まってくる。「ごめんね。俺、ちょっと焦ったみたい」 ふと我に返り、隣で佇む戸羽さん
戸羽さんの金銭感覚はいったいどうなっているのだろうと、心配になってくる。「すみません、今日彼女は機嫌悪いみたいで。またプロポーズするときに、あらためて来ますから」 戸羽さんが穏やかににっこりと笑うと、女性店員の頬がみるみるうちに赤く染まり、「うわぁ」と小さく歓声まであがった。 ……誰が機嫌悪いのだ。いや、それよりも「おめでとうございます」という視線を送られている私は、いったいどうすればいいのか。「もう! 戸羽さん!」 「あはは。面白かったね」 店の外に出た途端に早速抗議してみるものの、戸羽さんは可笑しそうに笑い出だした。 それを見て、あれはわざと芝居したのだと私はようやく気づいた。「最初から買う気はなかったんですね?」 「咲羅ちゃんの好みは知りたいけどね。でも、店員さんの前で堂々と買わない!なんてハッキリ言うわけにもいかないから」 「だからって、プロポーズがどうのって……。今度行ったとき、ご結婚されるんですよね? って聞かれますよ? エンゲージリングとマリッジリングを売りつけられちゃうじゃないですか。そうなっても 私は知りませんからね」 他人事のように私がおどけて言うと、戸羽さんは再び吹き出すように笑う。「その時は……彼女がプロポーズをなかなか受けてくれないことにしようか」 「私が悪者ですか?」 「あははは」 戸羽さんの茶目っ気のある一面を初めて見た。 出会ったときから穏やかでやさしそうだとは感じていたけれど、こんなに冗談を言って笑う人だとは思わなかった。 素直に心の内を言うと、今日のデートは楽しい。 このあと、私は豪華じゃなくてもいいと言ったのだけれど、高そうなランチをご馳走になった。 有名なシェフがいるフレンチレストランで、味もおいしかったし、ラグジュアリーな空間が素敵で優雅な気持ちになれた。 そして、ふらりと大型書店に寄って、並べてある本を見ながらふたりで話した。 こうして少しずつ、相手を知っていくことが大切なのだ。 どんなものに興味があって、普段どんなことをするのか。 そうするうちにだんだんと、人となりがわかっていく。 その結果、必ずしも恋愛感情が生まれるとは限らないけれど、私はずいぶん前からこの過程を飛ばしていた。 相手の中身を見ようとしていなかったのだから、恋愛なんてできるはずがな
ショーケースには煌びやかなリングやネックレスを中心に、ブランドものがずらりと並んでいる。 桁がひとつ違うくらい価格帯に幅はあるものの、どれもこれも高額だ。 そんなふうに、庶民は価格ばかり気にしてしまう。「どれか、お気に召したものはございましたか?」 少し見ていただけだったのに、女性の店員がすかさず声をかけてきた。 その姿は頭のてっぺんからつま先まで隙がなく、私には何時間かけても真似できないと思うほど、全身綺麗に手入れされている。 長いまつげでまばたきをする彼女の完璧な営業スマイルを前に、私も愛想笑いを浮かべた。「お客様は指がとても綺麗でいらっしゃるので、どのリングでもお似合いだと思いますよ」 どう見ても、彼女のネイルのほうが断然綺麗だ。 お好みは? などと問われても困ってしまう。どう転んでも私には買えないから。「あ、大丈夫です。綺麗だから見ていただけで……」 今は目の保養にするしかできないけれど、いつの日か思い切って買えたらいいなと夢を思い描く。 具体的に欲しいものが出来たら、もっと貯金する気持ちも芽生えるだろう。「どうしたの?」 気がつけば戸羽さんが私の真後ろに立っていて、突然声をかけられて驚いた私は心臓が飛び出るかと思った。「な、なんでもないです! 用事が終わったのなら出ましょう」 あわてて戸羽さんの腕をグイっと引っ張ってみるが、彼は足を動かしてくれない。「指輪かぁ。女の子はこういうの好きだよね」 戸羽さんがおもむろにショーケースに近づいて行ってしまい、私たちは再び女性店員の綺麗な笑顔に捕まってしまう。「お客様は指が綺麗でいらっしゃるので……とお話していたのですが、こちらなど私はお似合いかと思います」 「そうですか。人気なのはどの辺り?」 戸羽さんが話に食いついていくのを見て、私は顔が引きつって来た。「今は別のこちらのシリーズになりますね」 「へぇ」 「ピンクサファイアが可愛いと評判なんですよ?」 ついに、女性店員がショーケースの鍵を開けて実物を出してきてしまった。「咲羅ちゃん、嵌めてみたら?」 私は戸羽さんの袖口をそっと引っ張って、待ったをかける。 この流れでは買うはめになってしまうから。「戸羽さん……まさか買う気じゃないでしょうね?」 「ははは」 目の前に店員がいることも忘れ、大