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終わりを告げる恋歌

終わりを告げる恋歌

Oleh:  静香Tamat
Bahasa: Japanese
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私と旦那の幼馴染が、同じ時期に妊娠した。 旦那は、幼馴染の評判を守るためだと言って、幼馴染のお腹の子が自分の子だと、周りに言いふらした。 そして、私のお腹の子は…… 私が浮気をしてできた、父親のわからない子だと決めつけられてしまった。 泣き崩れて問い詰める私に、彼はただ、冷たく言い放った。 「菖蒲は、育ちのいいお嬢さんだから、世間の噂に押しつぶされてしまうだろう」 その日、七年も愛してきた旦那の顔を、私はじっと見つめた。 そして、もうこの人を愛するのはやめようと、心に決めた。

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Bab 1

第1話

私と旦那の幼馴染が、同じ時期に妊娠した。

旦那は、幼馴染の評判を守るためだと言って、幼馴染のお腹の子が自分の子だと、周りに言いふらした。

そして、私のお腹の子は……

私が浮気をしてできた、父親のわからない子だと決めつけられてしまった。

泣き崩れて問い詰める私に、彼はただ、冷たく言い放った。

「菖蒲は、育ちのいいお嬢さんだから、世間の噂に押しつぶされてしまうだろう」

その日、七年も愛してきた旦那の顔を、私はじっと見つめた。

そして、もうこの人を愛するのはやめようと、心に決めた。

……

松尾竜也(まつお たつや)が三日後、岡田菖蒲(おかだ あやめ)と出産にそなえて海外へ行くと知り、私は義母である松尾和子(まつお かずこ)に電話をかけた。

「お母さん、私、離婚したいんです」

電話の向こうの和子はため息をひとつついて、「ごめんね……竜也が悪かったわ」とだけ言った。

竜也が、私のお腹の子はよその男との子だ、なんて言いふらしたせいで、私たちは、この七年間でいちばんひどい喧嘩をした。

なのに私が子供をおろそうとしてると知ったとたん、彼は私を家に閉じ込めた。

妊婦健診に行くときでさえ、うしろには十人以上のボディガードがぞろぞろとついてくる。

「これは俺たちの子供だ。産まないなんて許さない」と彼は言った。

なんだ。自分の子供だってこと、ちゃんと分かってたんじゃない。

それでも、私と子供の人生を壊すつもりなのね?

本当に父親が誰かも分からないのは、菖蒲のお腹の子のほうなのに……

私のお腹の子が、れっきとした彼の子供だって分かっているくせに……

ふくらみはじめたお腹をそっと撫でながら、これが、最後のチャンスだと、私は覚悟した。

お腹の子をおろすなんて、本当は考えたくもない。

でも、この子が生まれてすぐに、謂われのない噂に苦しむのは耐えられない。

私の手のひらのぬくもりが、伝わったのかもしれない。

お腹が、ぽこっと小さく動いた。

まるで、お腹の子と心が通じたみたい。

私がつらいのを分かって、なぐさめてくれているみたい。

途端に、涙がぶわっとあふれてきた。

お腹から手を離し、私は顔を覆ってわんわん泣いた。

「ごめんね、赤ちゃん……ひどいことを考えるママを、許してね」

ようやく気持ちが落ち着いた、その時、部屋のドアが、外から開けられた。

竜也が私の目の前に立ち、赤く腫れた目元を見て、ぽつりと言った。

「お腹の子のために、あまり泣かないで」

よく言うわね。

もし、自分で自分の気持ちをどうにかできるなら、そもそも、あなたのことなんて好きになってない。

彼の心の中には、ずっと菖蒲のための場所があるって、分かっていた。

私への想いが、本物の恋愛感情じゃないことも、ちゃんと分かっていたのに。

こんなに大好きな人が、私を一番深く傷つける人だったなんて。

「散々ひどいことをして、私をここに閉じ込めて自由を奪っておいて……

私には、泣くことさえ許されないっていうの?」

彼はただ、少し目を赤くして私を見つめるだけ。申し訳なさそうな顔をしてるけど、なにも言えないみたい。

数ヶ月前も、そうだった。私が自分の妊娠に気づいた、あの時も。

病院に検査に行ったら、菖蒲に付き添っている竜也とばったり会ってしまった。

彼はすごく優しくて、彼女がどこかにぶつかったりしないかと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

「竜也さん、私たちの赤ちゃん、触ってみて。いま、動いたみたい」

竜也の表情が、とろけるように優しくなった。

菖蒲に手を引かれるまま、彼は彼女のお腹にそっと手をあてた。

次の瞬間、顔を上げた彼は、廊下の角に立っている私に気がついた。

なにも言えず、彼はただ呆然とそこに立ち尽くすだけだった。

なんて仲睦まじいご夫婦なんでしょう。

もし私が、竜也の妻でさえなかったなら。

きっと心から「素敵なご夫婦ですね」なんて、羨ましがっていただろう。

でも、私にはそんなこと、とても言えなかった。

そして彼にも、そんな言葉を受けとる立場なんてじゃなかった。

目の前の彼はしばらく黙っていたけど、やっとなにか思い出したように口を開いた。

そして、取りつくろうようにこう言った。

「明日は君の誕生日だから、パーティーを開こう。

そういえば、母さんが君の面倒を見にこっちに戻ってくるそうだ。母さんがいれば、俺も安心だから」
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松坂 美枝
母親すら呆れるクズ男の愚行が主人公を羽ばたかせた話 世界で一番愚かな男だった 主人公は今度こそ幸せになれるだろう
2025-11-22 10:33:11
1
10 Bab
第1話
私と旦那の幼馴染が、同じ時期に妊娠した。旦那は、幼馴染の評判を守るためだと言って、幼馴染のお腹の子が自分の子だと、周りに言いふらした。そして、私のお腹の子は……私が浮気をしてできた、父親のわからない子だと決めつけられてしまった。泣き崩れて問い詰める私に、彼はただ、冷たく言い放った。「菖蒲は、育ちのいいお嬢さんだから、世間の噂に押しつぶされてしまうだろう」その日、七年も愛してきた旦那の顔を、私はじっと見つめた。そして、もうこの人を愛するのはやめようと、心に決めた。……松尾竜也(まつお たつや)が三日後、岡田菖蒲(おかだ あやめ)と出産にそなえて海外へ行くと知り、私は義母である松尾和子(まつお かずこ)に電話をかけた。「お母さん、私、離婚したいんです」電話の向こうの和子はため息をひとつついて、「ごめんね……竜也が悪かったわ」とだけ言った。竜也が、私のお腹の子はよその男との子だ、なんて言いふらしたせいで、私たちは、この七年間でいちばんひどい喧嘩をした。なのに私が子供をおろそうとしてると知ったとたん、彼は私を家に閉じ込めた。妊婦健診に行くときでさえ、うしろには十人以上のボディガードがぞろぞろとついてくる。「これは俺たちの子供だ。産まないなんて許さない」と彼は言った。なんだ。自分の子供だってこと、ちゃんと分かってたんじゃない。それでも、私と子供の人生を壊すつもりなのね?本当に父親が誰かも分からないのは、菖蒲のお腹の子のほうなのに……私のお腹の子が、れっきとした彼の子供だって分かっているくせに……ふくらみはじめたお腹をそっと撫でながら、これが、最後のチャンスだと、私は覚悟した。お腹の子をおろすなんて、本当は考えたくもない。でも、この子が生まれてすぐに、謂われのない噂に苦しむのは耐えられない。私の手のひらのぬくもりが、伝わったのかもしれない。お腹が、ぽこっと小さく動いた。まるで、お腹の子と心が通じたみたい。私がつらいのを分かって、なぐさめてくれているみたい。途端に、涙がぶわっとあふれてきた。お腹から手を離し、私は顔を覆ってわんわん泣いた。「ごめんね、赤ちゃん……ひどいことを考えるママを、許してね」ようやく気持ちが落ち着いた、その時、部屋のドアが、外から開けられた
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第2話
竜也はこれで安心できる。菖蒲と一緒に、海外で出産までのんびり過ごせるから。何ヶ月も、こっちに戻ってこなくてもいいんだもの。でも、ずっと海外で穏やかに暮らしていたはずの彼の両親が、どうして急に帰ってくるのか、竜也は知らないでしょうね。ましてや、彼が私にした人でなしの仕打ちを、彼の両親がもう全部知っていることなんて、知る由もない。私は冷たく笑うだけで、反対はしなかった。だって、義母に帰国をお願いしたのは、この私なんだから。今の私ひとりじゃ、どうにもならないって。どうあがいても、竜也の手からは逃げられないって、わかっていたから。私が何の反応もしないでいると、彼はそばにしゃがみこんで、優しい表情で私を見つめた。「結衣、愛してるんだ。菖蒲が子供を産んだら、必ず君のところへ戻ってくるから」そんな言葉、もう聞き流すだけだ。たとえ今、本心からそう思っていたとしても、菖蒲の一言で、彼は私との約束なんて、平気で反故にするに違いない。だから、彼の言葉はもう二度と信じない。あと三日。彼は私から完全に解放される。そして、心おきなく菖蒲の子供の父親になれるんだ。夜、竜也は家に帰ってこなかった。菖蒲の体調が悪いと聞くと、竜也はすぐに言い訳を見つけて彼女のもとへ向かった。付き合って四年、結婚して三年。菖蒲が帰ってくるまでは……彼女が、他の男の子供を身ごもって現れるまでは、私はずっと、竜也が私を愛してくれていると信じてた。しかし、突然、なにもかもが変わってしまった。私を愛してくれていたはずの夫は、別の女の世話に夢中になった。私は光の届かない暗い檻の中に閉じ込められ、彼への愛情を少しずつ失っていく。彼への愛情は、少しずつ、少しずつ、削られていった。失望ばかりが積み重なって、愛はとうとう消え失せた。だから、もう潮時なんだ。ここを去るべき時なんだ。翌日の誕生日パーティ。竜也は、「迎えに行く」と言って、何度も電話で急かしてきた。でも、時間になって玄関を出ても、そこにいたのはボディーガードが運転する車だけだった。「結衣、ごめん。こっちで急用ができた。先に行ってて。俺もすぐ行くから」最初から期待なんてしてない。失望するはずもない。真冬の冷たい風が、刃物みたいに頬を切り裂いていく。な
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第3話
「あら、今日の主役はもう来てたのね。ごめんね、妊娠してるから、動きが遅くなっちゃって。竜也さんが、他の車だと私がつらいだろうからって、わざわざ迎えに来てくれたの」菖蒲は勝ち誇ったように自分のお腹を撫でて、それから私のお腹を見た。「あなたも妊娠してるみたいだけど、それがどうした?」とでも言わんばかりに。彼女の言葉に、周りはやし立てるような声が上がった。「竜也さんって、昔から菖蒲のことだけは特別扱いだもんな」「二人の赤ちゃんが生まれたら、いよいよゴールインかな?」「結婚式には絶対呼んでくれよな」おめでとう、という声に包まれて、私が、まだ竜也の妻だということをみんなは忘れてしまったみたい。そもそも、これは誰かの婚約パーティーなんかじゃなくて、竜也が後ろめたさから開いた、私の誕生日会にすぎないのだ。彼らの顔を見ていたら、急に吐き気がこみ上げてきた。席を立とうとしたとき、なぜか竜也に気づかれてしまった。彼は私をみて眉をひそめ、冷たく言った。「君の誕生日パーティーだろ。主役が抜け出してどうするんだ。つわりか?少し我慢すればおさまる」でも、その直後。菖蒲も小さくえづいた。彼はすぐさま彼女を支えて座らせると、ポケットから干し梅をひとつ取り出した。そして、慣れた手つきで袋を開けて、彼女の口に運んであげた。周りからまた、ひやかしたような声が上がる。私は、ぎゅっと目をつぶった。私の誕生日パーティーは、あの二人の仲睦まじい姿を披露する場に成り下がってしまった。二人はまるで、本当の夫婦みたいに、共通の友人たちと笑い合っていた。一方の私は、隅っこで忘れ去られているだけ。誕生日だっていうのに、ケーキすら用意されていなかった。なんてばかげてて、おかしいんだろう。これが、竜也が私のために用意してくれた誕生日パーティー。涙がこぼれそうになるのを必死にこらえて、すべてのつらさを飲み込んだ。本当、おめでとうって言ってあげないとね。竜也。だって、あと二日で、私はあなたの元から完全にいなくなるんだから。この妻の座は、あなたの大切な人に譲ってあげる。その夜、私は個室から出なかったんだ。ただ隅っこに座って、このばかげたパーティーを最後まで見届けた。お開きになる頃、竜也がようやく隅にいる私に気
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第4話
「顔を見るだけでも吐き気がする」そう言って、湊は杏と一緒に大きなスーツケースをいくつか二階に運んでいった。階段を上がっていく二人の後ろ姿を見ながら、私には理解できなかった。どうして、あの二人からあんな恥知らずな娘が育つんだろう。リビングに私ひとりきりになると、菖蒲は、口元に意地悪い笑みを浮かべて、勝ち誇ったように近づいてきた。「あんたが竜也さんと結婚してても、子供ができたからって、それが何だって言うの。結局、私と私の子供には勝てないのよ。そうそう、竜也さんが言ってたわ。この子が生まれたら、この子を長男として戸籍に入れるんだって。それにひきかえ、あんたのお腹に父親のわからない子は、養子として引き取るだけ。あんたの戸籍に入れるんだって」菖蒲のいやらしい笑顔を見て、私はただただ呆れてしまった。こういう彼女のくだらない芝居は、もう見飽きていた。彼女を避けて、私はその場を離れようとした。ところが菖蒲は、突然その場に倒れ込んで泣き叫んだ。「ごめんなさい、結衣さん!ぜんぶ、私が悪いの!」菖蒲の泣き声に、彼女の両親が駆けつけてきた。母親の杏は、鬼のような形相で私に掴みかかってきた。ちょうどそのとき、玄関のドアが開いて、竜也が慌てて駆け込んできた。彼に説明しようとした瞬間、杏に突き飛ばされた。汚い言葉でののしられながら、頬に平手打ちが飛んできた。「おばさん……」竜也は止めに入った。彼の目の奥に、一瞬だけ、私を気遣う色が宿った。彼が口を開きかけたそのとき、菖蒲が泣きじゃくりながら彼の胸に飛び込んだ。「竜也さん、約束してくれたじゃない。この子が生まれたら、うちの両親にこっちに来てもらうって。私のアパートじゃ、子供と両親と……家族みんなで暮らすには狭すぎるもの。だから結衣さんに、私たちも一緒に住んでいいか聞こうとしただけなのに……そしたら、いきなり叩かれたの……」彼女は片手で頬を、もう片方の手でお腹をかばうように押さえた。そして、さらに声を張り上げて泣きじゃくった。そのわざとらしい泣き声に、私は頭が痛くなってきた。叩かれた頬は、じんじんとした痛みで感覚が麻痺していた。きっともう腫れあがっているだろう。一方、菖蒲が手で覆っている頬は、赤くもなっていない綺麗なままだった。竜也の、困っ
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第5話
「私があなたを裏切ったことなんてある?」私は竜也に近づき、そっとささやいた。「嘘ばっかりついてるから、自分の子がどっちのお腹にいるのか、忘れちゃったんじゃない?」竜也は固まった。でも、すぐに菖蒲の一家がいることを思い出し、私を問い詰めようとする。だけど私は手を振って、彼の言葉をさえぎった。「安心して。私は今すぐ出ていくから。あなたたちご家族の団らんを、邪魔するつもりはないわ」竜也が私を追い出すと聞いたとたん、菖蒲のお腹は急に痛くなくなったみたい。病院に行きたいって騒ぐのも、ぴたりとやんだ。それどころか、ご親切にも竜也に、私の荷物をまとめるように急かしていた。私はフンと鼻で笑い、寝室のほうを指さした。「荷物はもうまとめてあるの。それを降ろしてきてくれたら、今すぐ出ていけるわ」竜也は、信じられないという顔で私を見ていた。でも、私はもう上着を羽織って玄関に向かっていた。「ちょうど、お母さんのところに数日泊まろうと思ってたから」彼はほっと息をつくと、大急ぎで二階に駆け上がり、私のスーツケースを運んできた。おまけに、タクシーまで呼んでくれた。だって、わかっていたから。彼の車はとっくに、菖蒲の私物でいっぱいになってるって。私の乗る場所なんて、もうないんだって。タクシーの窓から、私は三年間暮らした家がどんどん遠ざかっていくのを眺めていた。もう、ひとかけらの未練もなかった。静かな車内で目を閉じると、どっと疲れが押し寄せてきた。まるで、とても長い夢を見ていたみたいだ。それは、自分の人生の前半を、もう一度やり直したかのような夢。竜也を愛していた時間は、私の人生の三分の一を占めていた。そして、彼の本性を見抜くのにかかったのは、たったの三ヶ月。正体がわかったら、もう愛せなくなっていた。タクシーは、竜也の母親である和子の家の前で静かに停まった。ドアを開けて車を降りると、少しふくらんだお腹と厚手の上着がじゃまで、動きがぎこちなかった。その時、竜也からメッセージが届いた。【結衣、あと数か月だけ待っていてほしい。必ず君を迎えに行くから】【菖蒲の件が片付いたら、君と、俺たちの子供のことをみんなに認めてもらう】【そうすれば、俺たち家族三人はもう二度と離れなくて済むんだ】彼の、決意に満ちたメッ
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第6話
竜也は、大急ぎで私がいる病院へ駆けつけた。彼は必死になって探した。なのに、私の姿はどこにも見つからなかった。病院の人に聞いても、「もう帰られました」と言われるばかりだ。あきらめきれず、今度は友人に電話をかける。友人が言うには、私が手術室に入ったのを見たのは、もう2時間も前のことだって。病院で尋ねても手がかりがなく、彼は和子の家へと向かった。リビングでお茶を飲んでいた和子にも構わず、彼はまっすぐ2階へと駆け上がった。しかし、彼は家中の部屋を探し回ったが、私の姿は見当たらなかった。悪い予感が、彼の胸をぐるぐると渦巻いていく。どう見ても、この家から私の痕跡はきれいさっぱり消えていた。「母さん、結衣は?」焦りで、じっとりと冷や汗がにじむ。そんな彼の焦りようとは対照的に、和子は平然とソファに座っていた。「結衣なら、もう子供を堕ろしてこの街を出ていったわよ。これは、あの子からあなたに渡してくれって頼まれたもの」和子はそう言うとテーブルの上に置かれた、私の名前が書かれた離婚届に手を伸ばした。竜也は「離婚届」の文字が目に飛び込んできた瞬間、信じられないというように目を大きく見開いた。まるで、こうなることがわかっていたかのように、昨日の夜、彼は私へ電話をかけたくなったのだ。なのに、何度かけても繋がらなかった。そして悪夢にうなされて飛び起きた時、隣にいるのが私ではないと気づいたのだ。不安な気持ちが、今にも彼を飲み込んでしまいそうだった。彼は初めて、菖蒲が甘えるのを振り切った。空港に彼女を置き去りにして、まっすぐ私の元へ向かったのだ。だが、すでに手遅れだったことを、彼はまだ知らなかった。なぜなら私は、手術を終えるとすぐに荷物を持って駅へ向かっていたからだ。「ありえない!結衣が俺のもとを去るはずがない!俺たちの子供を……堕ろすなんて、絶対にありえない!」彼の言葉は、もはや叫びに近かった。全ての不安と混乱を、吐き出さんとするかのように。彼は離婚届を奪い取るなり、それを握りしめた手が、ガタガタと震え始めた。取り返しのつかない過ちを犯した息子を見て、和子はゆっくりと立ち上がった。「竜也、この数ヶ月、あなたがほんの少しでも結衣が自分の妻だってことを思い出していたら……あの
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第7話
あるいは世界のどこかで、気の向くままに自由な毎日を過ごしたっていい。そうして、数ヶ月が過ぎた。今の私は、よく友達と食事やカラオケに出かけている。地元を離れて、知らない街で新しい生活を始めた。最初の頃は少し慣れなかったけれど、一ヶ月で人見知りを克服し、周りに溶け込むことができた。この一ヶ月で、私にはたくさんの友達ができた。昔の私は、竜也との恋愛にひたすらのめり込んでいた。この七年間、私には友達もいなくて、人付き合いもほとんどなかったんだ。たった竜也に、私のすべてを捧げていた。そのせいで、完全に自分を見失っていた。「結衣、今日なんか雰囲気違うね。もしかして……」同僚の村田凛(むらた りん)が、ニヤニヤしながら言った。そして、私の隣にいる男性に視線を向けた。数ヶ月前、私はとある小さな会社に入社した。隣にいる男性は高橋健太(たかはし けんた)。この会社の社長だ。若くてイケメンな上に、気さくでとっても付き合いやすい人。だから、社長と部下なのに、いつの間にか友達みたいな関係になっていた。そのせいで、凛も遠慮なく私と健太のことをからかってくる。からかわれるきっかけは、数日前の土砂降りの雨だった。傘を持っていなかった上に、タクシーも捕まらなくて。会社で雨がやむのを待つしかないと思ってたら、健太がオフィスから出てきたんだ。「傘持ってないの?タクシーもなかなか捕まらないみたいだし、よかったら、送ってこうか?」私が返事をする暇もなく、健太は立て続けに質問してきた。「はい」私はただ、最初の質問に答えただけだったのに。でも彼は、そんなことお構いなしに私のカバンをひょいと手に取った。「ほら、行くよ」その日、私を送ってくれたせいで、道がまるまる一時間も渋滞してしまった。ついには、彼のお腹がぐーっと鳴る音が聞こえてきて、彼は気まずそうに頭をかきながら、「お昼、あんまり食べられなかったんだ」と言った。お詫びと感謝の気持ちを込めて、彼を家の近くの店に食事に誘った。本当に、ただのお礼のつもりだったのに、それを、凛に見られてしまったのだ。それ以来、彼女は毎日、私と健太が怪しいとにらんでくるようになった。竜也と別れてからまだ数ヶ月しか経っていない。それに、竜也に渡した離婚届も、
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第8話
だって、そこは竜也と私が三年も一緒に暮らした家だったのだから。もう私の荷物はなにも残ってないけど、楽しかった二人の思い出だけは、今もそこに息づいているはずだから。「お母さん、もうすぐ竜也さんを説得して、この家を私の名義にさせるから。自分の妻子を捨ててまで、私と他の男の子供の面倒を見てくれるなんてね。こんな都合のいいカモ、ほかにはいないもん。取れるだけ取っておかないと損でしょ」家の中に入る直前、彼は菖蒲と、その両親の会話を聞いてしまった。そういうことか。菖蒲のお腹の子が、自分の子じゃないってことを、彼女の両親は、はじめから全部知っていたんだ、と竜也は心の中で呟いた。彼らは家族ぐるみで手の込んだ嘘をつき、自分を騙すための芝居を打っていたのだ。すべては、自分の財産を目当てにした茶番だった。「忘れないでよ。あなたの弟にも、家を一軒買ってあげるのよ。さもないと、この家を彼の新居にしちゃうんだから」竜也が昔から菖蒲を特別扱いしてきたのは、彼女の家が男の子ばかりを大事にしていると知っていたからだ。しつけが厳しいなんて言っていたけど、本当は、親に愛されていなかっただけ。だから竜也は、菖蒲に優しくし続けた。知り合ってからの十数年という、長い付き合いがあったから。親から与えてもらえなかった愛情を、自分が代わりに何倍も注いであげたい、とそう思っていた。人は、長く特別扱いされると、もっと多くを求めるようになるものだ。家族に根付いた歪んだ価値観。そして、竜也の菖蒲に対する、盲目的とさえいえる優しさが、彼女と家族ぐるみの詐欺を招き、彼の財産を奪う結果となった。「安心して、お母さん。あの邪魔な女はもう出ていったわ。竜也さんを繋ぎとめる子供もいないしね。お腹の子が竜也さんの子じゃなくたって関係ないわ。彼の妻の座は私のものなんだから。これからは、彼のお金も全部私のものよ」竜也は、血走った目でドアを思い切り蹴り開けた。彼が菖蒲と喧嘩したのは、これが初めてのことだった。そして、この女の顔を見るのは、これが最後だと心に誓った。あの親子を叩き出した後、竜也はとっくにめちゃくちゃになっていた家を見つめた。家具の配置も、何もかも昔のまま。何も変わっていないはずなのに。もう、かつての私の痕跡はどこにも見つけられなか
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第9話
これらのバラは、密閉された空間でなくても、私の咳や吐き気を誘発し、止まらないくしゃみを引き起こす。私が嫌そうに口と鼻をおさえると、彼はやっとまずいと気づいたみたい。慌ててご機嫌をとるように花束を抱えて、小走りでカフェの外に持っていった。「離婚の話は、あなたのお母さんからもう聞いてるんでしょう?あなたから会いに来てくれたんだから、この件について話しましょう」これこそ、私が彼と直接会うことにした一番の理由だった。家を出てから、もう半年が経つ。これ以上長引かせたくない。さっさとケリをつけたかった。私の言葉を聞いた瞬間、彼の瞳から光が消えうせた。だって私にしてみれば、離婚以外のことで、この人と話すことなんて、もう何もないのだから。「離婚はしない。君に一緒に帰ってきてほしくて、今日は来たんだ」一緒に帰る?笑わせないで。私がどれだけ都合のいい女に見えてるのかしら。呼べば来て、いらないと手を振られたら去っていくような?やっと牢獄から抜け出したばかりなのに、どうしてまた、自分から足を踏み入れられるだろうか。それに、私がいないほうが彼と菖蒲は堂々と付き合える。名ばかりの妻である私のことなんて、もう気にしなくて済むんだから。菖蒲の子供を、正々堂々と彼の長男にできるしね。「もし、わざわざそんなくだらない冗談を言いに来たんだったら。ごめんなさい。時間の無駄だから付き合ってられないわ。あとは、裁判所で決着をつけましょう」私は息を深く吸い込んで、席を立とうとした。でも、次の瞬間、彼に腕をつかまれてしまった。ひやりと冷たい彼の手のひらに、思わず身をすくめてしまう。「結衣、君を大切にするって約束しただろ。俺はもう戻ってきたんだ。だから、そばにいてくれないか?」これが、彼が守ってくれた、たぶん唯一の約束なんだ。でも、その約束が果たされるのは、あまりにも遅すぎた。時間は、立ち止まったままの人を待ってはくれない。チャンスだって、それを大事にしない人のために残ってはいない。私がバカにされて、ひどい言葉をたくさん言われた時、私が一番つらくて、どうしようもなかった時、彼は別の女性と寄り添って、その人の子供の世話をしていた。その時、彼は私の気持ちを少しでも考えてくれたことがあっただ
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第10話
「なるほど。だから会社で俺たちの噂が流れたとき、君、必死に否定してたんだな。心配しないで。俺の弁護士、離婚裁判はすごく得意だから。そう遠くないうちに、君がわざわざ誤解を解いて回る必要もなくなるよ」私はため息をついて、彼に「ありがとう」って言おうとした。でも、何かがおかしいって思った。「誤解を解いて回る必要もなくなる」って、どういう意味なんだろう。探るように彼のことを見ると、健太の耳が真っ赤になっていた。あんなにわかりやすい態度を見せられたら、言われなくたって、その意味はわかってしまう。「俺は待ってる。君が離婚する、その日を……それまでは、俺の気持ちを何度でも確かめてくれていいから。約束する。君を好きなこの気持ちは、絶対に変わらないって」愛されるっていうのがどんな感覚なのか、私はこのとき初めて知った。健太に告白されてから、彼は私への特別な気持ちを隠そうとしなくなった。みんなの前でも、すごく堂々としていた。竜也との離婚訴訟の間、彼は何度もうるさいくらいに私のところへ来た。だけど、そのたびに健太が邪魔者を追い払うように彼を追い返してくれた。私がしつこくされないようにって、家の隣の部屋まで借りてくれた。私の部屋から少しでも物音がすると、彼はすぐに飛んできてドアを叩いた。家に監視カメラでも付けてるんじゃないかって、疑ったくらいね。でも彼が言うには、本当に誰かを大切に想っていると、いつの間にか、その人のことばっかり目で追っちゃうものなんだって。そんなこと、私にだってよくわかる。七年前に、私が竜也を追いかけていたときも、今の健太みたいに、夢中だったから。あの切なさも甘さも、ああやって夢中で誰かを好きになった人にしかわからない。そのうち、竜也が私に会いに来ることはなくなった。彼もわかったのかもしれない。もうどんなに頑張ったって、私の心を取り戻すことはできないんだって。それに、私の隣には、もう彼よりずっとふさわしい人がいるのだから。愛は、ときに独占欲になり、ときに手放す優しさにもなる。だって、恋愛は一方通行じゃ成り立たないもの。心が離れたら、その人を引き留めてはおけない。二ヶ月後、竜也から一通の封筒が届いた。中には、彼のサイン済みの離婚届が入っていた。裁判になる
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