LOGIN花音は入浴を終えてパジャマに着替え、階下へ降りてきた。 物音に気づいた晴臣が振り返ると、台所の入口に小柄で愛らしい少女が立っていた。 少女の肌は真っ白で、まるで陶器の人形のよう。 身にまとったミルクパープルのパジャマが、あどけなさと可愛らしさを引き立てている。 晴臣はすぐに声をかけた。 「ダイニングで座って待ってろ、すぐできるから」 花音が歩み寄って問いかける。 「お手伝いしましょうか?」 「いい、熱いものに触って、怪我させてしまったら、君の叔父さんに説明できないから」 「私、そんなにヤワじゃありません。お皿を運ぶぐらいなら全然大丈夫です」 花音が皿を取ろうとした瞬間、目に飛び込んできたのは丁寧に盛り付けられたフルーツプレートと、彼女の大好物である洋食の数々。 岩塩焼きのサーモン、白トリュフのきのこリゾット、松茸入りのクリームスープ、そしてトマトミートソースのパスタまで。 花音は一瞬にして呆然とした。 その大きな星のような瞳に、キラキラとした光が浮かぶ。 「晴臣おじさん、私はずっとあなたの料理の腕がブロンズ級だと思っていました。でもまさか王者クラスだったなんて……もう惚れちゃいました」 晴臣は唇の端を少し持ち上げた。 「初めて俺の家に来たんだ、ちゃんともてなさないと、君の叔父さんの前で俺のことを悪く言うだろう?」 「私そんな人じゃないですよ。ただチクるくらいです」 「よし、冷蔵庫見てきて。飲みたいもの、自分で取って」 「お酒、飲んでもいいですか?」 「ダメだ。子供が酒なんか飲むんじゃねぇ」 「もう大人です。子供扱いしないでください。お酒だって恋愛だってできます」 晴臣は鼻で笑った。 「恋愛してみろよ。君の叔父さんが足折りに来るぞ」 花音は不満そうに口を尖らせ、小声でつぶやく。 「どうせ叔父さんには見えませんよ。遠く離れてるんだから、誰にも文句は言われないよ」 晴臣は横目でにらみつけた。 「俺を死人だと思ってんのか?俺の目をすり抜けられたらの話だな」 そこまで言われて、花音は言葉を飲み込み、うつむいて黙々と料理を食べ始めた。 晴臣は元国際警察だ。どんなことも彼の目から逃れることはできない。その彼に監護されている以上、花音が好き勝手に振る舞うのは難しい
聖人はさらに涙を流しながら言った。 「俺はただ佳奈に悲しい思いをさせたくなかったんだ。彼女の生活にもう入り込みたくないし、過去のことを思い出してほしくないんだ」 「過去はもう過去のことですよ。佳奈だって細かいことを気にする人じゃないんです。あなたはしっかり養生してください。俺もこちらに数日滞在して、事が片付いたら一緒に帰りましょう。 それに、俺と佳奈の、もう二人の子どもに会いたくはないんですか?」 聖人は何度も首を縦に振った。 「会いたくないわけないだろう。夢でもずっと会いたいと思ってるんだ。みんな元気にしてるのか?」 「元気ですよ。もう六か月目です。一人は男の子で、もう一人は女の子。女の子はきっと佳奈に似て綺麗になると思います。そうしたら、また二人の子が『おじいちゃん』と呼んでくれるんです」 その言葉を聞いた聖人は、ぐっと精神が明るくなった。 闇の中で結翔を探すように声をかけた。 「結翔」 結翔はすぐに歩み寄り、聖人の手を握った。 「父さん、俺はここにいるよ」 「二人の子どもに贈り物を準備してくれ。金の腕輪とお守り……両方とも必要だ。これは母方の家族が用意するものだからな」 「わかった。帰ったらすぐに手配する」 「それから孫娘には金を少し多めに買ってやれ。将来、嫁入りのとき持たせるんだ」 「今は金の値段が高いよ。損するかもしれない」 「損なんてしないさ。もしかしたら二十歳を過ぎる頃には、倍になっているかもしれない」 そうして皆で聖人を連れて帰る話を相談した。智哉と佑くんは聖人と共に夕食をとり、その後ようやく帰路についた。 ――その頃。 晴臣は花音を連れて家へ戻った。 客間に荷物を置いたあと、彼女を見て言った。 「この部屋、気に入ったか?これから週末は気軽に遊びに来て、ここを自分の家だと思えばいい」 花音はピンクと白を基調にした内装を見回し、口元を緩めた。 「晴臣おじさん、私、本当にちょくちょく来てもいいんですか?」 晴臣は眉を上げながら彼女を見た。 「駄目な理由があるか?君の叔父さんと俺の兄貴は親友だ。つまり俺と君の叔父さんも親友同然だ。君を世話するのは当然だ」 「晴臣おじさん、私、初めて会った時から思ってたんです。あなたってすごくいい人だなって」 花音の
佑くんはすぐに椅子に登り、黒く輝く大きな瞳で聖人をじっと見つめた。 その上、小さな手を伸ばして彼の目の前でひらひらと振りながら、柔らかな声で言った。 「おじいちゃん、本当に僕のこと見えないの?」 「おじいちゃん」という呼びかけを聞いた瞬間、聖人の涙はより一層あふれ出した。 闇の中で佑くんの手を探り当て、唇にそっと触れてキスを落とす。 「佑くんに触れることはできる……それだけで十分だ」 佑くんは彼の姿を見て、父親が失明したときの様子と全く同じだと気づき、たまらず目を赤くした。 さっき大人たちの会話も耳に入っていた。角膜を提供する、という意味は理解できなかったけれど、大まかな内容は分かった。 パパの目が良くなったのはおじいちゃんのおかげ。だから今、おじいちゃんが目が見えなくなっているのだ。 佑くんは小さな手で聖人の顔をそっと撫でながら、ふんわりと声をかけた。 「おじいちゃん、大丈夫だよ。これからは佑くんが目になる。おばあちゃんのダンスだって、一緒に見せてあげるよ」 先ほどまで悲しみに沈んでいた聖人だったが、この言葉に思わず笑みをこぼした。 彼は佑くんを抱き締め、言った。 「おじいちゃんの大事な宝物だ。君にさえ会えれば、それで十分だ」 佑くんは無邪気にぱちぱちと瞬きをしてみせる。 「それなら簡単だよ。おじさんにお願いして家に連れて帰ってもらえばいいんだ。僕、毎日遊びに行くから。ママはもうすぐ弟か妹を産むんだよ、だから大きくなったら一緒におじいちゃんに会いに行くの!」 聖人の脳裏に、あたたかく幸せな光景が一気に広がった。 それは何度も夢に見た場面だった。 けれど、それはあくまでも夢。この一生、手に入らないかもしれない幻想だ。 彼は苦く唇を歪めた。 「……君のママは来ないよ。おじいちゃんは昔、彼女を傷つけた。そのことを知られたくないんだ。心に負担をかけたくない」 智哉が身を屈めて彼を見下ろした。 「遠山おじさん、佳奈はずっとドナーを探していました。もしそれがあなたと分かれば……許してくれるかもしれません」 「言わないでほしい。佳奈は心優しい子だから、このことを知れば感謝するだろう。でも同時に、過去の傷も忘れられない。そんな矛盾が彼女を苦しめる……だから言わないでいい。君と佑くんが会いに
晴臣の整った顔立ちは、佑くんを見た瞬間、とけてしまいそうな笑みを浮かべた。 彼は身をかがめて佑くんを抱き上げ、ほっぺに軽く口づけして笑った。 「晴臣おじさんも佑くんに会いたかったよ」 佑くんはすかさず後ろの花音を指さした。 「晴臣おじさん、こっちは花音お姉ちゃんだよ。一人でここで大学に通うんだって。だからちゃんと守ってあげてね」 晴臣は歩いてくる少女に視線を移した。 その子はおしゃれなジーンズに、シンプルな白いTシャツ。髪はポニーテールに結ばれていて、全体から若々しさと活力がにじみ出ていた。 智哉が花音を伴って近寄り、低い声で言った。 「彼女は任せた。明日まず入学手続きを済ませてやってくれ。誠治はしばらく来られないから」 晴臣の口元が自然に緩んだ。 「二年ぶりか……もう大人の顔になってるな。泣き虫も卒業したのか?」 そう言いながら彼は花音の頭に手を置いた。 彼ははっきり覚えている。初めてこの少女と出会ったのは、豪雨の日だった。 まだ高橋家と血縁を認め合う前のことだ。 仕事帰りにハンドルを握りながら、雨の中でひとりしゃがみ込んで泣いている彼女を見つけてしまったのだ。 小さな体でただ泣き続ける姿があまりに不憫で、車を停めずにはいられなかった。 いくら尋ねても言葉は返って来ず、泣き続けるばかり。仕方なく家へ連れて帰った。 のちに誠治の姪だと知った。その日泣いていたのは、両親を奪った誘拐犯を街で見かけてしまい、惨状を思い出したからだという。 彼女の証言を頼りに、長年逃げ続けていた犯人を捕らえることができた。 亡き両親への慰めとなったはずだった。 その記憶を思い出したせいか、晴臣の瞳には自然と年長者が後輩に向ける柔らかな色が浮かんでいた。 花音は顔を上げ、黒く澄んだ瞳をきらめかせて小声で言った。 「晴臣おじさん、よろしくお願いします」 晴臣は笑って頷いた。 「おう、これからは晴臣おじさんがついてるんだ。誰も君をいじめられやしない。さ、まずは一緒に家に帰ろう」 そう言って皆を連れて空港の外へ歩いて行った。 その時、智哉の携帯が鳴った。 画面を見てすぐに応答ボタンを押した。 「結翔、どうした?」 結翔の声は疲れきった後に掠れたものだった。 「智哉、もう着いた
二年前、誠健も毎朝いろいろ工夫して、彼女のために朝ごはんを作っていた。 ただ今の二人は、二年前よりもずっと大人になって、そして二年前よりもずっとお互いを愛していた。 知里はゆっくりと誠健の背後へ歩み寄り、その腰に抱きついた。 寝起きのかすれた声で囁く。 「何を作ってるの、すごくいい匂い」 誠健は手に持っていたものを置き、振り返って知里を抱きしめ、額に軽くキスをした。 「薬膳スープだよ。昨夜、君を満足させるために腎臓を一つ犠牲にしたんだ。しっかり補給しないとな」 知里は顔を上げて見つめ返す。 「いったい誰がしつこくねだってきたのか……」 誠健は低く笑った。 「俺だ、これでいいだろ?さ、支度をしてきて、麺をゆでてやるよ、特上の薬膳スープだから。超うまいぞ」 彼はそのまま知里を抱きかかえ、バスルームに連れていった。 鏡に映るすっぴんの顔は、まるでコラーゲンそのものみたいにぷるぷるで、指で摘むと水が滴りそうだった。 誠健は我慢できず、彼女の顎をつまんで唇に軽く噛みついた。 「さとっち、もう片方の腎臓もいらない。ただ君だけでいい」 そう言って、大きな手を知里のパジャマの中へと滑り込ませた。 驚いた彼女は思わず身を引く。 「誠健、やめてよ、お腹空いたの」 誠健は柔らかな身体を数度つまみ、深い目で見つめた。 「旦那さまって呼んだらやめてやる」 知里は顔をそむける。 「呼ばない」 「なら容赦しないぞ」 そう言って、彼は下を向き、彼女の柔らかいところに食いついた。 強烈な刺激に、知里は思わず悲鳴をあげる。 そしてすぐに小さな声で囁いた。 「旦那さま……」 その一言で、誠健の瞳に抑えきれない笑みが広がった。 ゆっくりと顔を上げ、彼女の唇に軽く口づけして、かすれた声で言う。 「いい子だ。旦那さまは一口だけ……」 のちに知里は理解した。誠健の「一口」とは、唇だけじゃなくて、肌の隅々まで――内も外も余さず、ということだったのだ。 最後には耐えきれず、彼女の方から必死に終わりを願うことになった。 朝っぱらから激しい運動をしたせいで、知里は完全に脱力。 食事のときも箸を持てず、結局は誠健が一口ずつ口に運んでやった。 そうして「食べては寝て、寝ては食べ」を繰り返
知里は彼に深く口づけされ、少し頭がぼんやりしていた。荒い息をつきながら言う。 「誠健、上に行こう。ここだと人に見られちゃう」誠健の瞳には、抑えようのない情欲が滲んでいた。 彼は飢えた狼のように知里の胸元へ噛みつき、そのまま力ずくでドレスを裂いていく。 白く滑らかな鎖骨を辿りながら、更に下へと唇を移した。 知里はあまりの刺激に耐えきれず、喉から低く艶めいた声を漏らす。 だが理性の片隅で、この場所が危険すぎると警鐘が鳴っていた。 ゴシップ記者に撮られかねない。 今夜、誠健は大々的に公開プロポーズをした。すでにトレンドのトップに上がっているかもしれない。 もしここで車中行為まで撮られたら、彼女の評判は一瞬で地に落ちるだろう。 知里は必死に動いて彼を止め、柔らかくなだめるように囁いた。 「誠健、家に帰ろう。私、ここじゃ嫌なの」誠健はようやく唇を胸から離し、灼熱の眼差しを彼女に落とす。 声もすっかりかすれていた。 「さとっち……愛してる」 「わかってるわ。だから上に行こう。人に撮られたくないの」 ようやく誠健は理性を取り戻し、自分のコートを脱いで知里に掛けると、そのまま抱き上げて階段を上がった。 部屋のドアが開かれ、目に入る懐かしい光景。 抱き合う相手もまた懐かしい人。 過去の記憶が一気に押し寄せ、二人の脳裏を満たしていく。 視線が絡み、吐息が混ざる。 誠健は大きな手で知里の頬を撫で、低く囁いた。 「さとっち……会いたかった」 そう言って、彼女の唇を深く奪った。 灯りを点ける間もなく、二人は熱く激しく口づけを交わす。 やがて熱を帯びた空気に衣服が次々と床に落ち、一晩中、部屋には艶めく声と気配が溢れ続けた。 そして空が白み始める頃、ようやく静寂が戻った。 ――翌朝。 知里は電話の着信音に叩き起こされた。 ぼんやりと応答ボタンを押すと、対面から秘書の叫び声が飛び込んできた。 「知里姉!トレンド入りしてますよ!石井さんのプロポーズ動画がネットに流れて、全国のファンが二人のリアルカップルを応援してます! 会社には映画やドラマのオファーが殺到してるんです!」その言葉に、知里は驚かなかった。 すでに予想していたことだから。 今のファンが求めているのは「







