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第123話

Author: 藤原 白乃介
暗闇の中で相手の顔は見えなかったが、彼女は確信していた。

それは智哉だと。

智哉が助けに来てくれたのだと。

目に涙が溢れ、喉が詰まりそうになった瞬間、額に銃が突きつけられた。

耳元で男の不気味な声が響いた。

「もう一歩近づいたら、この女の頭を撃ち抜くぞ!」

しかし言い終わるか否か、「バン」という銃声と共に、男の腕に弾丸が貫通した。

激痛に男が震え、手の銃が床に落ちた。

智哉は一気に佳奈を抱き寄せ、華麗な連続キックを男に叩き込んだ。

男は血を吐き出した。

智哉は上着を脱いで佳奈の頭を覆い、耳元で優しく囁いた。

「怖くないよ。助けに来たから」

佳奈を抱きながら犯人と戦う。

佳奈は何も見えず、まるで操り人形のように智哉に守られていた。

時折、男たちの悲鳴が聞こえてきた。

どれくらい経っただろう、やっと戦いが終わった。

佳奈が上着を取ろうとした時、智哉に止められた。

「見ないで。悪夢を見ることになる」

そう言って、彼は佳奈を抱き上げ、冷たい声で言い残した。「連れて帰って、しっかり尋問しろ」

佳奈は上着の中で何も見えなかった。

ただ智哉の激しい心臓の鼓動と、

漂う血の生臭い匂いを感じた。

緊張から声が震えていた。

「智哉、怪我してない?」

智哉は低く笑い、耳元で囁いた。「怪我してたら、心配してくれる?」

「まじめに答えてよ。ふざけないで」

「俺も真面目に聞いてるんだ。逃げないで」

佳奈は上着を引き剥がした。目に飛び込んできたのは、血に染まった智哉の白いシャツ。

手を触れると、まだ温かい血が智哉から流れ出ているのが分かった。

絶え間なく滲む血を見て、佳奈の指先が震えた。

瞳に隠しきれない感情が浮かんだ。

一瞬だったが、智哉は見逃さなかった。

彼は佳奈を車に乗せ、彼女の目を覗き込んで、掠れた声で言った。「佳奈、まだ俺のことを気にかけているだろう?」

佳奈は視線を逸らした。「私を助けて怪我したから。誰だって心配するわ」

智哉は彼女の顎を掴み、満足げな表情を浮かべた。

「じゃあ、藤崎弁護士はどう心配してくれるつもり?」

深い瞳で彼女を見つめ、心の内を見透かすかのようだった。

佳奈は後ずさりし、平然と言った。「服を脱いで」

智哉は眉を上げて彼女を見つめ、投げやりな口調で言った。

「もう身を任せてくれるの?なら
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