二年前、誠健も毎朝いろいろ工夫して、彼女のために朝ごはんを作っていた。 ただ今の二人は、二年前よりもずっと大人になって、そして二年前よりもずっとお互いを愛していた。 知里はゆっくりと誠健の背後へ歩み寄り、その腰に抱きついた。 寝起きのかすれた声で囁く。 「何を作ってるの、すごくいい匂い」 誠健は手に持っていたものを置き、振り返って知里を抱きしめ、額に軽くキスをした。 「薬膳スープだよ。昨夜、君を満足させるために腎臓を一つ犠牲にしたんだ。しっかり補給しないとな」 知里は顔を上げて見つめ返す。 「いったい誰がしつこくねだってきたのか……」 誠健は低く笑った。 「俺だ、これでいいだろ?さ、支度をしてきて、麺をゆでてやるよ、特上の薬膳スープだから。超うまいぞ」 彼はそのまま知里を抱きかかえ、バスルームに連れていった。 鏡に映るすっぴんの顔は、まるでコラーゲンそのものみたいにぷるぷるで、指で摘むと水が滴りそうだった。 誠健は我慢できず、彼女の顎をつまんで唇に軽く噛みついた。 「さとっち、もう片方の腎臓もいらない。ただ君だけでいい」 そう言って、大きな手を知里のパジャマの中へと滑り込ませた。 驚いた彼女は思わず身を引く。 「誠健、やめてよ、お腹空いたの」 誠健は柔らかな身体を数度つまみ、深い目で見つめた。 「旦那さまって呼んだらやめてやる」 知里は顔をそむける。 「呼ばない」 「なら容赦しないぞ」 そう言って、彼は下を向き、彼女の柔らかいところに食いついた。 強烈な刺激に、知里は思わず悲鳴をあげる。 そしてすぐに小さな声で囁いた。 「旦那さま……」 その一言で、誠健の瞳に抑えきれない笑みが広がった。 ゆっくりと顔を上げ、彼女の唇に軽く口づけして、かすれた声で言う。 「いい子だ。旦那さまは一口だけ……」 のちに知里は理解した。誠健の「一口」とは、唇だけじゃなくて、肌の隅々まで――内も外も余さず、ということだったのだ。 最後には耐えきれず、彼女の方から必死に終わりを願うことになった。 朝っぱらから激しい運動をしたせいで、知里は完全に脱力。 食事のときも箸を持てず、結局は誠健が一口ずつ口に運んでやった。 そうして「食べては寝て、寝ては食べ」を繰り返
知里は彼に深く口づけされ、少し頭がぼんやりしていた。荒い息をつきながら言う。 「誠健、上に行こう。ここだと人に見られちゃう」誠健の瞳には、抑えようのない情欲が滲んでいた。 彼は飢えた狼のように知里の胸元へ噛みつき、そのまま力ずくでドレスを裂いていく。 白く滑らかな鎖骨を辿りながら、更に下へと唇を移した。 知里はあまりの刺激に耐えきれず、喉から低く艶めいた声を漏らす。 だが理性の片隅で、この場所が危険すぎると警鐘が鳴っていた。 ゴシップ記者に撮られかねない。 今夜、誠健は大々的に公開プロポーズをした。すでにトレンドのトップに上がっているかもしれない。 もしここで車中行為まで撮られたら、彼女の評判は一瞬で地に落ちるだろう。 知里は必死に動いて彼を止め、柔らかくなだめるように囁いた。 「誠健、家に帰ろう。私、ここじゃ嫌なの」誠健はようやく唇を胸から離し、灼熱の眼差しを彼女に落とす。 声もすっかりかすれていた。 「さとっち……愛してる」 「わかってるわ。だから上に行こう。人に撮られたくないの」 ようやく誠健は理性を取り戻し、自分のコートを脱いで知里に掛けると、そのまま抱き上げて階段を上がった。 部屋のドアが開かれ、目に入る懐かしい光景。 抱き合う相手もまた懐かしい人。 過去の記憶が一気に押し寄せ、二人の脳裏を満たしていく。 視線が絡み、吐息が混ざる。 誠健は大きな手で知里の頬を撫で、低く囁いた。 「さとっち……会いたかった」 そう言って、彼女の唇を深く奪った。 灯りを点ける間もなく、二人は熱く激しく口づけを交わす。 やがて熱を帯びた空気に衣服が次々と床に落ち、一晩中、部屋には艶めく声と気配が溢れ続けた。 そして空が白み始める頃、ようやく静寂が戻った。 ――翌朝。 知里は電話の着信音に叩き起こされた。 ぼんやりと応答ボタンを押すと、対面から秘書の叫び声が飛び込んできた。 「知里姉!トレンド入りしてますよ!石井さんのプロポーズ動画がネットに流れて、全国のファンが二人のリアルカップルを応援してます! 会社には映画やドラマのオファーが殺到してるんです!」その言葉に、知里は驚かなかった。 すでに予想していたことだから。 今のファンが求めているのは「
「じゃあ、約束守ってよ。嘘ついたら許さないからね」このプロポーズの儀式はとても特別だった。豪華な演出もなければ、高級ホテルなんかもない。 それでも意味は何倍も大きかった。誠健がみんなに声をかけた。 「お前らは自分で帰れよ、俺は一人ひとり送らない。これから大事な用事があるんだ」その言葉を言うとき、彼の視線はずっと知里に注がれていた。誠治がニヤニヤしながら茶化した。 「ほどほどにしとけよ。心臓やっと良くなったのに、今度は腎臓やったら知里がどれだけお前を愛してても障害者とは結婚しないぞ」誠健はカッとなって彼を蹴った。 「お前、少しは俺のこと応援しろよ!腎臓一つでも十分お前より強いからな」「強いとか言ってるけどさ、俺なんて白石と付き合い始めた頃、一箱じゃ全然足りなかったぞ。お前どうなの?いけんの?」「安心しろ、引き出しにまとめ買いしといた。今夜分は余裕だ」男同士の会話って、変に下ネタがないと盛り上がらないらしい。智哉は佑くんを抱きながら佳奈の肩を引き寄せ、笑いながら歩いてきた。 「やっと願いが叶ったな。これで俺の息子にも嫁さんが決まった。急いでくれよ。放っといたらうちの子、もう幼稚園行っちゃうぞ」誠健も笑いながらからかった。 「義理のお父さんって呼んでくれたら、すぐにでも嫁を産んでやるよ」その「義理のお父さん」は場の雰囲気にぴったりで、佑くんは一瞬きょとんとした。ぱちぱち大きな瞳を瞬かせて、ようやく意味を理解した。本当は呼びたくなかった。ママは「結婚してから呼び方変えるのよ」って言ってたから。 でも、未来のお嫁さんのためなら覚悟を決めるしかない。小さな声で甘えるように言った。 「義理のお父さん……お祝い金は?」小さな手を伸ばして、誠健に向かってちょいちょいと指を動かした。 その仕草が可愛すぎて、みんな大笑いになった。誠健はすぐさま財布から札束を取り出し、佑くんの手に押し込んでニヤリ。 「ほら、持ってろ。俺の娘が産まれたら、次は『お父さん』って呼べよ」智哉は笑いながら蹴りを入れた。 「何が『お父さん』だ、バカ!こいつは俺の息子だ」「でもよ、こいつは俺の婿になるんだぞ。『お父さん』って呼ばれて当然だろ」「うるせぇ、老いぼれって呼ばせるからな」そう吐き捨てて、
知里の目は涙の跡でいっぱいのまま、目の前の男を見つめていた。 彼は昔、なんと奔放で、自分勝手に生きていたことか。 知里にとって彼は、ただの風流を気取る遊び人にすぎなかった。 だが、そんな男が二度も彼女の心を揺さぶったのだ。 そして今、彼は彼女の前に跪き、この世で一番甘い言葉を告げている。隠そうにも隠しきれないほど、深い愛情のこもった眼差しで。 誠健のその姿は、知里にとってもはや揺るぎない証であり、自分と彼は生涯愛し合う運命なのだと信じさせるものだった。 知里はゆっくりと手を差し出し、涙がぽたりぽたりと手の甲に落ちる。 誠健はその薬指に指輪を嵌め、そっと唇を寄せ――ひとくち、口づけた。 そして愛しげに彼女を見ながら言う。 「さとっち、キスしてもいい?」 問いかけのはずの言葉は、彼女が答える前に結末を迎える。彼は一気に彼女をガラスに押しつけ、唇を奪った。 次の瞬間、大空に言葉のような大きな光の文字が炸裂し、さっきの花火よりも鮮やかに夜空を彩る。 観覧車の中は、抑えきれない甘美な空気で満ちていた。 二人がどれほど長く口づけを交わしていたのかは分からない。ただ、耳に届いた歓声で我に返った。 「末永くお幸せに、そして早く赤ちゃんを!」 その声を耳にした途端、知里は慌てて誠健を押し返した。 そしてようやく気づいた――観覧車の下には大勢の人が立っていたのだ。 そこにいるのは、彼女の家族や友人、それから誠健の家族や友人。 誰もが手に手にスパークラーを持ち、二人に向かって振っている。 煌めく火花は、まるで無数の祝福を届けるかのようだった。 佑くんはもう待ちきれず、智哉の首にぶら下がってはしゃいでいた。 「パパ、観覧車乗りたい!花火も見たい!」 知里の目頭はまた熱くなる。 彼女は下にいる人たちへと軽く手を振った。 観覧車がゆっくりと降りてくると、笑顔の人々が次々に乗り込んできた。 スタッフが今夜のごちそうを運んでくる。 こうして皆の祝福を受けながら、人々は観覧車に乗り込み、美しい夜景を眺めつつフレンチのディナーを楽しんだ。 佑くんと智哉一家三人は、知里のすぐ隣のキャビンに座っていた。 興奮した佑くんが小さな手を叩きながら叫ぶ。 「すごい!義理のお母さんと石井おじさん、やっ
知里は最初からわかっていた。彼がそんなに親切なはずがないと。 彼女はすぐに顔を背け、窓の外の夜景を見つめた。 「今の景色だけでも十分きれいよ。もうサプライズなんていらない」 誠健は彼女の耳元で低く、かすれた声を落とした。 「本当に?じゃあ、このあと声出すなよ」 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、知里の視界いっぱいに大輪の光が咲き乱れる。 五彩の花火が夜空に次々と弾け、やがて流星雨のように川面へと降り注いだ。 まるで幻境のような光景に、知里は思わず声をあげてしまう。 「誠健、あなたが打ち上げたの?こんな綺麗な花火、初めて見た……落ちていく瞬間まで美しいなんて」 誠健は笑いながら彼女の頭を撫でた。 「おバカ、あれがドローンだってわからないのか?」 知里は驚いて目を見開く。 「ドローンで花火ができるの?今まで龍の演舞しか見たことなかったけど……花火は初めて。こんなに美しい仕掛けを考えるなんて、誰がそんな天才なの」 「もちろん、君のカッコよくて情熱的で頭もいい男だろ」 誠健は自分の肩書きを惜しみなく付け加え、褒め言葉を全部かき集めて自分に貼りつけているようだった。 知里は吹き出す。 彼女は認めざるを得ない。目の前の男にすっかり心を奪われていた。 格好いい男なら世の中にたくさんいる。 けれど、格好よくて金持ちで頭も良くて、しかも今こうして自分一人に想いを注いでくれる人は滅多にいない。 それが、彼女を幸せにしていた。 かつて彼女は、智哉が佳奈に向けるような愛情なんて、自分の人生には縁がないと思っていた。 だが、今は思う――誠健も悪くない、と。 嵐をくぐり抜けた二人だからこそ、虹に出会えるのだ。 知里は誠健の膝の上に座り、漆黒の瞳で花火を映し込み、その美しさにさらに艶を増す。 彼女は小さく身を寄せ、彼の唇に軽く口づけしてから、笑顔で言った。 「花火、すごく綺麗……嬉しいわ。ありがとう」 その不意のキスに、誠健の胸の奥底に甘い蜜が注ぎ込まれたような感覚が広がる。 内側から溢れる甘美に、彼は笑いながら彼女を見つめた。 「これでもう満足?このあと、もっとすごいのがあるんだ」 知里は何を意味しているのか分からず、首を傾げた。 その瞬間、空に咲いていた花火がふっ
知里は慌てて身を引いた。 「じゃ、やっぱり当てないでおくわ」 彼女と誠健が別れてから、もう二年以上。誠健も二年近く禁欲生活を送っている。長く禁欲した男は獣みたいになるって聞いたことがある。命が惜しい彼女としては、そんなのに関わりたくなかった。 誠健はだらしなく笑った。 「そんなにビビんなよ。俺が前みたいにしつこくやると思ってんのか?もう歳だ、あんなに張り切れねぇよ」 口ではそう言うものの、知里の瞳を映すその目には火が灯ったような光が揺れていた。 大きな手が彼女のお腹の柔らかい部分を軽くつまむ。 知里の頬はみるみる熱くなった。 「ちょ、やめてよ。前に人がいるでしょ」 誠健は彼女の耳に顔を寄せ、火照った耳の先に唇を触れさせる。掠れる声で囁いた。 「二年ぶりに触れたらさ……うちのさとっち、ますます敏感になってるみてぇだな。なぁ、今夜はフルコースで大サービスしてやろうか?」 知里には「大サービス」が何を意味するか、よく分かっていた。 外から内まで、全身を余すところなく……前に受けたときは、二日間ベッドから起きられなかったくらいだ。 彼女はカッと目を吊り上げて睨んだ。 「先生に言われたでしょ。無理しちゃダメだって。体を壊すわよ」 誠健はおかしそうに笑った。 「君が頑張ればいいじゃん」 その一言で、知里はますます恥ずかしさに押し潰されそうになった。 このクソ男、記憶が戻ったあとも相変わらずのスケベっぷりで、全く変わらない。 腹立たしくて、彼女は相手にするのをやめ、顔を外の窓へ向けた。 外の空はだんだん暗くなり、街灯がぽつぽつと灯り出す。 車は遊園地に着いた。二人がかつて乗った観覧車の下で停まった。 園内はしんと静まり返り、他には人影ひとつない。 言うまでもなく、誠健が貸し切ったのだと知里は分かった。 車を降りた彼女は、見上げる観覧車を見つめた。そこは彼女と誠健の縁が始まった場所。 二年前、本当は二人で観覧車に乗る約束をしていた。 だが誠健は、美琴の「患者が危篤」という呼び出しで来られなくなった。 ひとりで観覧車に乗り、そのままやけ酒をあおった彼女。 酒に酔った勢いか、あるいはあまりに孤独に耐えていたのか――その夜、誠健と初めて関係を持った。 家中の隅