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第230話

Author: 藤原 白乃介
彼は佳奈の頭をぐっと押さえ、言葉にできないほどの思慕を含んだ声で言った。

「佳奈、まだ足りない」

そう言って、彼は彼女の唇にキスをした。

そのキスは優しく絡み合い、同時に慎重さも備えていた。

長い指の大きな手がゆっくりと彼女の腰に沿って優しく撫で、熱い指先が彼女の背中を上へと這い上がっていった。

佳奈はキスで全身が柔らかくなったが、智哉の次の動きが何を意図しているかも感じていた。

彼女は息を切らして呼んだ。「智哉」

彼女が黙っていれば良かったのに、この一声の呼びかけは甘い吐息を含み、智哉にとっては火に油を注ぐようなものだった。

その深い瞳には、もはや隠しきれない情欲が宿っていた。

彼は一度また一度と佳奈の唇にキスをし、その声には抗えない魅力が込められていた。

「佳奈、キスだけでいいから」

彼の言葉が終わる前に、熱い唇はすでに佳奈の首筋に沿ってゆっくりと下がっていった。

柔らかな場所にキスをした。

久しくこのような刺激を受けていなかった佳奈は思わず声を出してしまった。

あの懐かしい感覚が瞬時に彼女の体中の神経を駆け巡った。

彼女は智哉のこのような誘惑に抵抗できないことを認めた。

数回の動きの後、彼女は彼と一緒に沈み込んでいった。

どれくらい時間が経ったのか、佳奈は弱々しい息で智哉の隣に横たわっていた。

目尻にはまだ人を魅了するピンク色が残っていた。

智哉の透き通るような指が彼女の顔をなぞり、その動きは甘美で誘惑的だった。

「佳奈、気持ち良かった?」

彼の声は低く、少し不真面目さを含んでおり、佳奈の小さな顔は一瞬で真っ赤になった。

「黙って!」

智哉は低く笑い、彼女の耳元で囁いた。「佳奈、俺は欲しくてたまらない」

その言葉を聞いて、佳奈の小さな顔は血が滴るほど赤くなった。

彼女は怒って智哉の顎を噛み、怒りながらも甘えた声で言った。「智哉、もうそんな戯言を言うなら、もう世話しないわよ」

智哉は大きな手で彼女をぎゅっと抱きしめた。

顔の隅々まで甘さに満ちていた。

「わかった、もう言わない。言うだけで何もしないから、うちの可愛い子が怒っちゃったね」

佳奈は彼にひどく腹を立てた。この男に少し顔を立てると、彼はすぐに調子に乗ると思った。

彼女は彼を無視することにした。

そこで、彼女は智哉の腕の中で黙ったままだった。

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