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第357話

Author: 藤原 白乃介
三十分が過ぎ、大火はようやく鎮火された。だが、依然として智哉の消息はなかった。

高橋家の中は混乱に包まれ、誰もが不安を隠せずにいた。

そんな中、高橋お婆さんは痛みをこらえながら佳奈のもとへ歩み寄り、そっとその手を握った。

「佳奈、怖がらないで。智哉がどうなろうと、あなたはうちの大切なお嫁さんだよ」

その言葉に込められた意味を、佳奈が察しないはずもない。

彼女は平静を装いながら答えた。

「おばあさま、智哉は死んだりしません。あの人、赤ちゃんと一緒に育っていくって、私に約束してくれたんです。私は、彼がまだ生きていると信じています」

その姿に、高橋お婆さんもとうとう堪えきれず、静かに涙をこぼした。

佳奈の手をそっと叩きながら、力強く言った。

「そうだね、一緒に待とう。あの子はきっと帰ってくる」

時は過ぎ、夜空にわずかに白みが差し始める。

消防隊員たちは、いまだ別邸の瓦礫の中で必死に捜索を続けていた。

ネット上でも話題は収まることなく、全員が智哉発見の報せを待ち続けていた。

ライブ配信のコメント欄は、祈りの言葉で埋め尽くされていた。

そして、智哉の命がけの救出劇によって、高橋グループのイメージも徐々に回復しつつあった。

その頃、郊外の別荘の一室。

男は車椅子に座り、静かにスマホの画面を見つめていた。

鋭く険しい表情には、薄らと満足げな笑みが浮かんでいる。

秘書が小声で報告する。

「旦那様、別邸は完全に崩壊しました。あれだけの爆発の中、智哉が生きてるなんて到底……もうすぐ高橋グループは混乱に陥るはずです。この機を逃さず動き出しましょう」

男の顔がぴくりと動き、低い声を発する。

「玲子の様子は?」

「軽い火傷だけで、命に別状はありません。今回の件、彼女のおかげで一気に状況を進められました」

男は冷笑を浮かべた。

「彼女が助けてくれた?違うな。あれは自分のためだ。騒がなければ、彼女が別邸から出られる可能性なんてゼロだった」

「それもそうですね……ただ、智哉はあの瞬間、彼女を本気で守ろうとした。あの火の中、身を挺してまで」

男は皮肉めいた鼻を鳴らす。

「俺たちの狙いに気づいてたんだ。だから高橋グループを守るために飛び込んだ。やるじゃないか。頭も度胸もある。ああいう相手が死ぬのは惜しいな。次、同じレベルの敵を見つけるのは難しい」

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