悠人は勇ましいポーズで部屋に飛び込んできて、佳奈の手を引いて外へ連れ出した。彼にとって、佳奈と智哉こそが本当の家族で、それ以外の叔父さんたちはみんな悪者だった。佳奈はすぐに電話を切り、悠人と一緒に宴会場へ向かった。扉を開けた瞬間、数人の叔父たちがテーブルに突っ伏して、口の中で何かブツブツ言っているのが見えた。いとこたちは智哉の周りに集まり、サイコロゲームで盛り上がっていた。佳奈が入ってくるのを見て、ずっと勝ち続けていた智哉が初めて出目を外し、なんと「一」が出てしまった。それを見ていとこたちは大喜び。大声で酒を飲めと煽り始めた。智哉は何も考えずにグラスを持ち上げ、一気に三杯も飲み干した。そして立ち上がり、ふらふらと佳奈の方へ歩いてきて、そのまま彼女をぎゅっと抱きしめ、しょんぼりとした声で言った。「佳奈……みんなで俺をいじめてるよ……帰りたい……」そう言ってから、彼は佳奈の肩に顔を埋めて、ぴくりとも動かなくなった。結翔が酔っ払った様子で近づいてきて、智哉のふくらはぎを何度か蹴りながら言った。「演技すんなって。たいして飲んでねぇくせに。叔父さんたち全員潰したのお前だろ?それで被害者ヅラってどういう神経してんだよ」智哉が佳奈にしがみついたまま離れず、肩に顔をうずめて動かないのを見て、佳奈は眉をひそめながら尋ねた。「彼、どれくらい飲んだの?」「大したことないよ。ウィスキー一本くらい?赤ワイン2本に、ビール数本ってとこ」佳奈は目を見開いた。「それで大したことないって!?彼、混ぜて飲んだらすぐ酔うの知らないの?あんたたち、全員で一杯ずつでも十分キツいのに……お兄ちゃんでしょ、ちょっとは彼に気を使ってあげなさいよ!」結翔は頭を押さえて、呆れたようにため息をついた。「俺のこと兄貴だなんて、あいつ一度も思ったことねぇよ。佳奈、騙されんなって。さっきまで元気だったのに、お前が来た瞬間急にこれだよ。信じられるかっての」そう言って、また智哉の尻を何度か蹴った。それでも反応なし。さすがの結翔も少し不安になってきた。……もしかして、本当に酔いつぶれてる?佳奈はその様子を見ると、急に心配になって、眉を下げながら言った。「もう蹴らないでよ。彼、酔っちゃってるんだから……まだいじめるの?もうお兄ちゃんな
「智哉、覚悟しろ!明日の晩餐会、ただじゃ済まさないから!」外で待っていた橘家の叔父さんたちと従兄たちが一斉に押しかけてきて、結翔の隣に並び、妙な目つきで智哉を見つめていた。「結翔、安心しろ。我が橘家の姫様を娶るには、まず俺たちを突破してもらわないとな。明日は酒をたっぷり用意しとけよ、未来の婿殿とじっくり飲み交わすつもりだ」二十人以上の男たちからの挑発にも、智哉はまったく臆していなかった。佳奈と一緒に来た時点で、覚悟はできていたのだ。彼はよく分かっていた。橘家の男たちは皆、身内の女の子にはとことん甘い。美智子が亡くなった当時、兄弟たちは心が引き裂かれるほどの悲しみに沈んだ。そして今、その娘を見つけた以上、長年押し殺してきた愛情を、当然のように佳奈に注ぎ込むだろう。歓迎パーティーでは、佳奈は祖父母だけでなく、祖父の六人の兄弟、十人の叔父、十三人の従兄たちとも正式に顔合わせをした。血の繋がりがあるのは湊叔父だけだったが、他の親戚たちも皆、佳奈のために豪華な贈り物を用意してくれていた。ここで彼女は、初めて「大家族」の賑やかさと、団結の強さを肌で感じた。橘家は商売の規模では高橋家に及ばず、資産もそこまで多くはない。だが、家族全員が一丸となっているという背景は、誰も軽んじることができない力だった。この家には、裏切りも、争いもない。兄弟全員が外に向かって力を合わせている。佳奈は、部屋の中に山のように積まれたプレゼントの箱を見て、心の中に込み上げてくる複雑な思いを抑えきれなかった。まるで星の中心にいるような、皆が自分を大事にしてくれる感覚――そんな経験、彼女には今まで一度もなかった。藤崎家にいた頃は、裕子の存在もあって、いつも一番冷遇されていた。でも今は違う。その喜びの中で、ふと彼女は父・清司のことを思い出した。すぐにスマホを取り出して、番号を押す。その頃、清司はひとりでリビングのソファに座り、静かな顔でお茶を飲んでいた。茶器は、佳奈が誕生日に贈ったもので、彼は今まで一度も使えずにいた。お茶は、佳奈が選んでくれた最高級の紅茶だ。芳しい香りは部屋に広がっていたが、それでも娘への恋しさを隠すことはできなかった。彼は時計を見た。今ごろ佳奈は、橘家の皆と団らんの最中だろう。そんなことを思って
佳奈はゆっくりと美智子の遺影の前へ歩み寄り、白く細長い指先で母の頬を優しくなぞった。 その声は少しかすれていた。「お母さん、私……佳奈です。命懸けで守ってくれた娘が、こうして会いに来ました」その一言を聞いた瞬間、橘お婆さまの涙はとうとう溢れ出し、頬を伝ってこぼれ落ちた。「美智子……これはきっと、あなたが空の上から導いてくれたんだね。佳奈を見つけられて、ほんとによかったよ。もう安心して休んでいいんだよ」彼女は佳奈に線香を手渡し、声を詰まらせながら言った。「佳奈、お母さんに線香をあげて、手を合わせなさい。あなたとお腹の赤ちゃんが無事でいられるよう、見守ってもらいましょうね」佳奈は静かに香を受け取り、遺影の前で深く頭を下げ、香炉に香を立てた。 そのまま膝をついて、何度か額を垂れる。立ち上がろうとしたその時、隣に「ドン」と音を立てて智哉が膝をついた。彼は真剣な面持ちで、美智子の遺影を見据えて語りかけた。「美智子叔母さん、私を信じて、生まれる前の佳奈を私に託してくださってありがとうございます。今、私たちは正式に夫婦となり、彼女のお腹には高橋家の子どもがいます。必ず幸せにします。その想い、決して裏切りません。どうか、安心してください」そう言って、智哉は丁寧に数度、頭を下げた。そしてポケットから一つの小さな箱を取り出し、中からルビーのネックレスを取り出すと、佳奈の首にそっとかけた。声を抑えながら言う。「これは、昔君に贈った婚約の証。今ここで、美智子叔母さんの前で、もう一度君に贈る。これで、叔母さんとの約束も果たせたと思う」そして、佳奈の眉間に優しくキスを落とし、真摯な声で囁いた。「一生、大切にする。愛してる」その光景に、橘お婆さまは感極まり、目頭を拭いながら言った。「お母さんも、天からきっと喜んで見ているはずだよ。あの子を智哉に任せてよかったって、きっと思ってる。あとはあなたたちの結婚式が済めば、すべてが丸く収まるね」智哉は佳奈を丁寧に支えながら立ち上がり、頭を下げて言った。「今回伺ったのは、結婚式の日取りについてご相談したくて。父も、佳奈のお父さんも日取りはすべてお婆さまにお任せすると言ってました」橘お婆さまは、その話を聞いた途端に表情を明るくした。「それは一日も早い方がいい。佳奈の
智哉は思わず拳をきゅっと握りしめた。そして一歩前へ出ると、佳奈を自分の腕の中に引き寄せ、笑みを浮かべながら言った。「佳奈は今、妊娠中なんです。あまり多くの人と抱き合うのは良くないですよ。もし皆さんの服に細菌でも付いてたら、大変ですからね」その一言に、橘家の叔父さんたちは全員が揃って拳を振り上げた。「おいおい、このクソガキ、よくも言ってくれたな!籍を入れたからって、調子に乗るなよ?」「そうだぞ!婚姻届を出しただけで、結婚式はまだじゃないか。この結婚、我々が認めなければ成立しないんだからな」「それに、今佳奈の身分を考えてみろ。海外の大統領の御曹司だって狙えるんだぞ?」あちこちから飛び交う厳しい声の中、当の智哉は一切動じる様子もなく、むしろ穏やかな笑みを浮かべたまま佳奈の頭を優しく撫でた。「仕方ないんですよ、俺と佳奈は幼い頃からの許嫁だったんでね。美智子叔母さんも生前、正式に認めてくれてましたし……。彼女のご意志に背くようなこと、誰にもできませんよね?」その一言で、叔父さんたちは黙り込んでしまい、大きな目で湊を睨みつける。すると湊は、豪快に笑いながら言った。「こいつと駆け引きしても無駄だよ、お前ら全員束になっても敵わんって。もういいだろ、婆様が家でずっと待ってる。佳奈、叔父さんと一緒に帰ろう」そう言いながら、智哉の手から佳奈の手を引き取り、兄弟たちを押しのけて車の方へと連れて行った。後ろにいた兄弟たちは悔しそうに叫ぶ。「おいおい!俺たちには触らせないくせに、自分はちゃっかり手ぇ繋いでんじゃねーかよ!湊、お前ってやつは!」佳奈が乗り込んだのは、一番先頭の、そして一番豪華な車両だった。空港前にずらりと並ぶ黒塗りの高級ロールス・ロイスたち。通行人たちがその光景に、驚きと羨望の視線を送ってくる。「うわあ、すごい……あれだけの車、どんなVIPが来たんだ?」「あれ、先頭の車って橘家の家主・湊のじゃない?橘家、何かお祝い事でもあるのか?」「知らないの?もう発表されてるよ。橘家が外孫娘を見つけたんだって。明日、その歓迎パーティーが開かれるらしいよ」「ええっ!?その娘、運良すぎじゃない?あんなに叔父さんがいて、しかも全員イケメンで溺愛とか……まさにリアルプリンセスじゃん!」車が橘家本邸に到着したとき、佳
綾乃は、彼の体から漂ってくる懐かしい香りにふわりと包まれ、思わず目を閉じた。悠人を身ごもり、ひどい悪阻に苦しんでいた頃―― 出産の痛みに耐えていたあの時―― 何度、彼に電話をかけようと思ったことか。けれど、そのたびに思い出すのは別れ際の、彼の冷たい言葉。それが彼女を止め続けた。綾乃がようやく彼を突き放そうとした時、車載のスマホが鳴り出した。スピーカーから聞こえてきたのは、悠人の幼い声だった。「パパ、ちゃんとママを追いかけた?ドリアンパイあげたら、ママきっと許してくれるよ!」雅浩は綾乃を見つめ、くすりと笑った。「パパは今、ママの隣にいるよ。もうすぐ帰るから、待っててな?」「わーい!パパ、ちゃんとママにチューしてよ!ママはね、僕がチューしたら何でも許してくれるんだよ。パパもできる?」「よし、じゃあ試してみようか」そう言うと、雅浩は綾乃の額にそっとキスを落とした。そのまま微笑を浮かべながら、彼女の目を見て囁く。「悠人が待ってる。二人の弟か妹のこと、早く教えてあげないとね」話題をさらっと切り替えられた綾乃は、何も言えず、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。そのまま車は智哉の別荘へと向かった。数日後。橘お婆さんが退院するや否や、佳奈の歓迎パーティーの準備を始めた。橘家の本拠地・C市で開かれることとなり、佳奈と智哉は前日にプライベートジェットで到着した。空港を出た瞬間、佳奈はすぐに叔父・湊の姿を見つけた。……が、その背後には、やたらと顔立ちの整った男たちがズラリ。彼女は驚いたように智哉の顔を見た。「叔父さんだけって聞いてたのに、なんであんなにいっぱい?しかも誰が誰だか分かんない……」智哉はそんな佳奈の戸惑う姿が可愛くて、思わず彼女の鼻先を軽くつついた。「おバカ。橘家ってのはね、子沢山で有名なんだよ。叔父さんの世代には兄弟が十一人もいて、女は君のママひとり。そりゃ、姫様の娘が見つかったと聞いたら、全員すっ飛んでくるさ」佳奈は目をまんまるく見開いた。「お母さんって、昔は一族の姫様だったんだ……なんでそんなお母さんが聖人なんかと……ほんと、女の人生って結婚で変わるって言うけど、お母さんの場合、完全に大失敗だよね……」智哉は笑いながら彼女の眉間にキスを落とした。「そ
綾乃は無表情のまま彼を見つめながら言った。「……私の母は?」「お義母さんは用事があって先に帰った。佳奈が俺に迎えに行けって頼んできたんだ。悠人は結翔と一緒に先に行ったよ」雅浩は綾乃をそっと車に乗せ、半ば強引に助手席へと座らせる。そして後部座席から小さな箱を取り出し、彼女に差し出した。「君が好きだったあの店のドリアンパイだ。味、確かめてみて」綾乃は手にしたドリアンパイを見つめながら、ふっと笑った。「悠人が教えたの?」その一言が、雅浩の心の奥をぐさりと突いた。まさにその通りだった。悠人が言っていた。ママの好きなお菓子はドリアンパイで、一番好きな料理は蒸し魚だと。その言葉を聞いたとき、彼はひどく後悔した。海外にいた頃、綾乃が一度ドリアンパイを買ってきたことがある。試しに食べてみてと勧めてきたのに、彼は即座に拒否した。「俺、ドリアンの匂い苦手なんだよね」彼のその言葉に、綾乃は静かにそのパイをゴミ箱に捨てた。それ以来、あの味は二度と家に現れなかった。彼女が彼のために蒸し魚を作ってくれた日、熱い蒸気で手の甲を火傷した。彼は薬を塗りながらも、こう言った。「無理して作らなくていいよ。俺、魚はあんまり好きじゃないから」……その時、彼は知らなかった。自分の嫌いなものが、彼女の一番好きなものだったなんて。その記憶を思い出した雅浩は、心の中で「最低だ」と自分を罵った。彼は大きな手で綾乃の頭をそっと撫で、低く掠れた声で言った。「これからは君の好きなもの、俺も全部好きになるよ」そう言いながら、箱の中からドリアンパイを一つ取り出し、彼女の唇の前に差し出す。「ほら、食べて。まだ温かいよ。冷めたら美味しくないからさ」綾乃は少し戸惑いながらも、仕方なくドリアンパイを受け取り、一口かじった。その瞬間、濃厚な香りと甘さが口の中いっぱいに広がる。外はサクサク、中はとろけるような食感。その味に、冷たかった彼女の顔が少しだけ和らぎ、ほのかな笑みが浮かんだ。そんな綾乃の表情に、雅浩の鼓動が一瞬だけ止まる。気づいた時には、彼は思わず身を乗り出し、綾乃の手元にあるパイを、彼女と一緒にかじった。その時、舌先がそっと彼女の指先をなぞった。そして満足げに頷きながら、にっこり笑った。「うん、やっぱり
結翔はしみじみと誠健の肩を叩き、それから智哉の方へと歩いていった。口元に笑みを浮かべながら言う。「俺だけが独り身でいるなんて嫌だからさ。やっぱり道連れが必要だろ?」智哉は笑いながら返す。「そのうちあいつ、真相に気づいたらぶっ飛ばしてくるぞ」「ぶっ飛ばされるならお前だろ。最初に罠にはめたの、お前じゃん。俺はちょっと手伝っただけだし」そんな会話を交わしながら、一同は笑い合いながら館の中へと入っていった。ただ一人、雅浩だけがその場に立ち尽くしていた。それに気づいた智哉が振り返り、低い声で聞いた。「綾乃を待ってるのか?」雅浩は小さく頷いた。「腕の調子がまだ悪いから……悠人の世話が心配で」智哉はくすっと笑った。「今日、綾乃は病院でエコー検査して、それから母子手帳の手続きだよ。聞いてなかったのか?」雅浩は首を横に振る。「聞いてない。彼女、何も言ってくれなかった」それを聞いた智哉は、意味深に彼を見つめた。「嫁を追いたいなら、プライドなんて捨てることだ。綾乃が会うなって言ったからって、本当に会いに行かないなんて、お前それでいいのか?このままだと、そのうちお前の息子が他の男を『パパ』って呼ぶようになるぞ?」そう言い捨てて、智哉はそのまま歩き去った。風の中に取り残された雅浩は、しばらく動けずにいた。この数日、彼は何度か綾乃に会おうとしたが、彼女は様々な理由をつけて断ってきた。冷たい態度に、どうしたらいいか分からなかった。贈り物をしても受け取ってはくれる。悠人を橘家に連れて行っても、拒まれることはない。けれど、二人きりの時間を持とうとすると、きっぱりと拒まれる。生まれてこの方、ここまで無力感に苛まれたことはなかった。どこに力を入れていいのか分からない感覚――まさに、空回り。彼は走り出して智哉を追いかける。「その、プライド捨てるって、具体的にどうやるんだよ?」智哉は振り返って、ニヤリと悪戯っぽく笑った。「色仕掛けって知ってるか?お前には効果あるかもな」その言葉を聞いた雅浩は、思わず「変態かよ」と悪態をついた。……が、よく考えてみれば、智哉は佳奈に対してもっとひどいことをしていたのに、今ではしっかり夫婦になっている。もしかしたら……この方法、意外とアリかも?そう
娘の声を聞いた誠治は、それまで真剣に殴り合っていたのが嘘のように、ぴたりと動きを止めた。そして驚いたように紗綾を見つめた。「智哉、今の聞いたか?うちの娘が『パパ』って言ったぞ?生後六ヶ月でパパ呼びとか、すごくね?羨ましいだろ?」智哉の襟元をぱっと放すと、誠治は笑顔全開で紗綾のもとへ駆け寄っていく。「お姫様、今なんて言ったの?もう一回、言ってくれない?」紗綾はすぐに誠治の胸に飛び込み、泣き顔と鼻水を彼の高級シャツにべったりと擦りつけた。見事なまでに汚れたシャツに、誠治は気にする様子もなく、黒く輝く瞳で彼を見上げながら紗綾が何度も叫ぶ。「パパ、パパ……」再び娘に「パパ」と呼ばれた誠治は、感極まって紗綾を頭上高く持ち上げた。そして、みんなに自慢げに叫ぶ。「見ろよこれ、どこの家の娘がこんなに可愛くて、生後半年でパパ呼びだよ?当然、俺誠治の娘だよ。お前ら、嫉妬で泣いてんだろ?」そのあまりのはしゃぎっぷりに、白石がうんざりした表情でにらむ。「やめろって、見苦しい。初めて娘見たんかお前は」「見苦しいのは俺じゃなくて、こいつらだろ。だってよ?俺たち子どもの頃からずっと一緒だけど、最初に結婚したのも、子どもできたのも俺だぜ?智哉なんて、何やっても俺らより上だったけど、子どもだけは俺の方が先!ははは、ついに勝ったぞ!」「俺の娘はもう『パパ』って呼ぶんだぜ?あいつの息子はまだ腹の中。これが現実の差ってもんよ!」「それに、そこにいる二人の独身貴族な。もうすぐ三十歳なのに、未だに嫁もいないとか。俺なんて、嫁と娘とこたつ生活、もう何年も前からエンジョイ中だぞ。最高だよな!」娘を抱えながら芝生を走り回る誠治。その腕の中で、紗綾が楽しそうにキャッキャと笑い声をあげる。独身貴族代表の石井誠健は、そんな様子を見ながら頭を振った。「アイツ、完全に舞い上がってんな。嫁がいるからって、そんなに偉いのかよ。まるで俺が嫁もらえないみたいに言いやがって。俺だって破談にしてなかったら、今ごろ子ども抱いてるっつーの。俺は自由恋愛がしたいの!」それを聞いていた結翔が意味深に見つめてくる。「へぇ?後悔してんのか?破談したこと」「あるわけねーだろ!あの女、四六時中ぺちゃくちゃうるせーんだよ。あんなの家に入れたら、耳が休まる暇ねぇわ」「で
その掛け声とともに、風船が青空へと舞い上がっていく。ある高さに達した瞬間、風船が破裂し、真紅のバラの花びらが空から舞い落ちてきた。佳奈は顔を上げ、空を舞う花びらを見つめながら、自然と唇の端が上がっていくのを感じた。この場所に戻ってくるのは、心のどこかに引っかかるものがあった。でも、この温かな雰囲気に包まれた瞬間、そんな陰りは一瞬で消え去った。そこへ知里が駆け寄ってきて、佳奈の首に腕を回しながら笑顔で言った。「高橋夫人、高橋社長がね、私たちにオーストラリア産の伊勢海老、アラスカのタラバガニ、南アフリカのアワビをごちそうするって。全部絶対に食べさせてもらうからね」佳奈は笑いながら、彼女の額をぴんとはじいた。「それで足りなかったら、私も一緒に蒸して出すわよ?」「やだよ、それはやめて。まだ蒸されてないのに、私が高橋社長にサメのエサにされるってば。それに、何回言ったらわかるの、頭叩くの禁止!バカになったらお嫁に行けなくなるでしょ、あんたが私をもらうの?」佳奈が返す前に、後ろから誠健のチャラい声が飛んできた。「バカな方がいいじゃん。そしたら俺と喧嘩しなくなるし」知里は彼に盛大な白目を送る。「誠健、あんた黙ってられないの?今日一日私に話しかけたら後悔させるからね」誠健は楽しそうに笑って見せた。「大袈裟だな、ただ酔っ払って一緒に寝ただけだろ?何もしてねぇし」「何よ、手を出す気だったの?あんたが触ったら即・去勢よ!」「はいはい、参りました~」あの怖いもの知らずの石井坊ちゃんが、ここまで素直に引き下がる姿はなかなか見られない。そのやりとりを、結翔や誠治たちが遠巻きに眺めながら話している。「なあ、あの二人って、やっぱりデキてるよな?」「そりゃそうだろ。もう一緒に寝てるんだぞ」「誠健もな、せっかく一緒に寝たのに、何もせず終わったとか……それで友達名乗るのは恥ずかしいわ」みんなが好き勝手に誠健をからかうが、当の本人はまったく怒る様子もなく、さらにチャラけた笑顔を浮かべていた。そんな中、智哉がふと口を開く。「こいつ、ビビリなだけじゃなくて、バカでもあるんだよな。自分の政略結婚相手すら知らなくて、一方的に破談にしておいて、今さら必死に追いかけてんだぜ?マジで滑稽」その言葉に、みんなの目が見開か