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第548話

Author: 藤原 白乃介
奈津子はM国に戻った後、父親の世話をするために山中の別荘に移り住んだ。

食事や衣類、生活必需品はすべて浩之が届けてくれていた。

最初のうちは、奈津子も特に気にしていなかった。

だが、次第に違和感を覚えるようになった。

どこへ行ってもボディガードが付き添い、常に見張られているようだった。

さらに、彼女のスマホは国内のサイトへのアクセスが制限されていた。

国内の情報は一切届かず、誰とも連絡が取れない。

晴臣からの電話も、めったにかかってこなくなっていた。

そのとき、奈津子はようやくすべてを理解した。

征爾の疑いは正しかったのだ。

兄の浩之には、やはり裏があった。

奈津子には、国内で何が起きているのかまったくわからなかった。

ただ、智哉の会社がどうなったのか、佳奈が無事に出産したのか、それが気になって仕方なかった。

なぜ佳奈は一度も連絡をくれないのか。

昼になり、奈津子はこっそりボディガードの食事に少量の睡眠薬を混ぜた。

ボディガードが眠りについた隙を見て、彼のスマホを手に取り、ネットにアクセスした。

そこで目にしたニュースに、奈津子は涙を止められなかった。

佳奈の子どもは亡くなり、智哉は会社から追い出され、晴臣がグループの社長に就任していた。

そこまで読んで、奈津子はようやく事件の全貌を把握した。

智哉と晴臣が手を組んで、一芝居打ったのだ。

二人が本気で仲違いするはずがない。

そう確信したとき、奈津子の胸は張り裂けそうになった。

智哉のことも、佳奈のことも、心が痛んで仕方なかった。

彼らがどんな思いでこの日々を過ごしていたのか、想像するだけで涙があふれた。

あんなにも愛し合っていた二人が、別れるなんて。

すべての元凶が浩之だと思うと、奈津子の中にある憎しみはどんどん膨れ上がっていった。

今、すべての問題は彼女の出生にかかっている。

もし記憶を取り戻せば、すべての真実が明らかになる。

奈津子は涙をぬぐい、スマホをボディガードの元に戻し、静かに2階へと上がった。

記憶を取り戻すための唯一の手段は、過去を再現すること。

それがどれほど危険な方法かはわかっていたが、もはや躊躇している余裕はなかった。

子どもたちがこれほどの代償を払っているのに、自分だけが何もしないわけにはいかない。

数日後、浩之が会議中に山中の別荘
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