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第69話

Author: 藤原 白乃介
店長は躊躇いを見せたが、高橋夫人が社長の母親だけに、逆らうことはできなかった。

仕方なく佳奈の方へ歩み寄った。

佳奈のドレスに手を伸ばそうとした瞬間、背後から低く落ち着いた声が聞こえた。

「そんなに気に入ったのか?」

智哉は長い脚で佳奈の傍らまで歩み寄った。

温かい手のひらを彼女の露わな腰に添え、軽く撫でながら、意味深な笑みを浮かべた。

佳奈は先ほどの美桜への強気な態度とは打って変わって、自信なさげな様子に。

智哉の目には、美桜が常に自分より上位にいることを知っていたから。

彼女が何を言っても、何を望んでも、智哉は無条件で美桜を信じ、望みを叶えてやるのだから。

佳奈は指先を軽く丸め、まつげを震わせた。

「もし私がそうだと言ったら、それでも社長は美桜さんに譲れと言うんですか?」

澄んだ瞳には、意地っ張りな性格と悔しさが隠しきれずに映っていた。

まっすぐに智哉を見つめて。

傍らの美桜はすかさず笑顔で言った。「智哉兄、周年記念式典で私、ピアノを弾くんです。あなたの好きな『月光』を。このドレス、曲にぴったりなんです。

藤崎秘書さんに譲っていただきたいんです。どうせ主役じゃないんですから、そんな華やかな装いは必要ないでしょう?」

高橋夫人も同調した。「美桜の言う通りよ。藤崎秘書は一社員なのに、私以上に派手な格好をして。メディアに誤解されたらどうするの?

美桜に譲って、藤崎秘書には私が別のを選んであげるわ。費用は私持ちで」

智哉は平然と佳奈を見つめ、感情の読めない声で言った。

「彼女たちの言い分にも一理あると思うが、どう思う?」

佳奈は強く拳を握りしめた。

先ほどドレスを着た時の喜びが、今は痛みに変わっていた。

やはり智哉に期待を寄せすぎてはいけない。

皮肉めいた笑みを浮かべて。「社長がそうお考えなら、私の意見など必要ないでしょう」

そう言って、試着室へ向かった。

鏡の前に立ち、自分の目が徐々に赤くなっていくのを見つめた。

智哉の優しさは、ただの気まぐれに過ぎなかったのだ。

佳奈は素早く感情を整理し、ゆっくりとドレスを脱ぎ始めた。

美桜はこの展開に、これ以上ない満足感を覚えた。

佳奈に勝っただけでなく、欲しかったドレスまで手に入れられる。

智哉の腕を取って笑顔で言った。「智哉兄、ご安心ください。パートナーとして、私きちん
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Comments (1)
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momo
ほんの少しだけ スッキリした!ざまぁ美桜w
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