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第72話

Author: 藤原 白乃介
彼女が来るのを見て、裕子はさらに外側に身を乗り出し、不気味な笑みを浮かべた。

「残りの金をよこしなさい。さもないと、ここから飛び降りるわ。でもその前に、このことをネットに公表するわ。

智哉が私を自分の愛人に近づかせないために、理由もなく解雇したって暴露するの。

仕事を失って、生きる希望を失ったから飛び降りたって。

佳奈、今日の高橋グループの記念式典で、こんな騒動を起こしたら、智哉にどれだけダメージが出ると思う?

それが嫌なら、おとなしくお金を用意しなさい。さもないと、後悔することになるわよ」

話しながら、既に用意していた文章を見せた。

写真付きで、悲惨な内容が書かれていた。

佳奈はこのことがメディアに知られれば、限りなく大きくなることを知っていた。

しかも今は高橋グループの周年記念式典で、高橋家の傍系が智哉の足元を見ている。

こんな重要な日に少しでも不手際があれば、彼に大きな影響が及ぶ。

絶対にそんなことは起こさせられない。

でも心が痛かった。

母親がここまで人の道を外れるとは思わなかった。

一歩一歩、死の淵まで追い詰めている。

本当には飛び降りないだろうと分かっていた。ただ人々の同情を買おうとしているだけだ。

でも智哉は7年間愛し続けた人。やっと固めた社長の地位を、自分のせいで危うくしたくなかった。

佳奈は必死に冷静さを保とうとしたが、震える声が彼女を裏切った。

「降りてきて。いくら必要なの?全部あげるから、お願い、降りて」

裕子は彼女の懇願を見ても心を動かされず、むしろ興奮していた。

「まさか、あなたがこんな情に厚い女だったとは。あの男をそんなに深く愛しているなんて。それなら簡単よ。お金をくれれば降りてきて、今日のパーティーに影響は出さないわ。でなければ、高橋グループの周年記念式典で死体が転がることになるわよ」

佳奈は怒りに満ちた目で彼女を睨み、崩壊寸前の声で「お願いだから。降りてきて。すぐにお金を工面するから」

裕子は冷笑した「信じられないわ。お金がないなら、首のネックレスをよこしなさい。いい値段で売れるでしょう」

その言葉を聞いて、佳奈は即座にネックレスを手で覆った。

それは智哉が海外出張の際に買ってきてくれた、かなりの高額品だった。

渡すわけにはいかない。

佳奈は頭が割れそうな痛みを感じ、目の前の人影がぼ
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