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第829話

Author: 藤原 白乃介
誠健はビシッとスーツを着こなし、主賓の席に座っていた。

驚いたような知里の小さな顔を見つめながら、口元に軽く不敵な笑みを浮かべる。

隣の席を手で示して「知里さん、どうぞお座りください」と言った。

知里はそのまま席を立とうとしたが、紹介者がすかさず口を開いた。

「おや、知り合いだったんですね。それなら話が早い。石井さんはこの作品に40億円投資する予定です。これでプロジェクトは動かせますね」

その金額を聞いて、知里は冷ややかな表情で誠健を見つめた。

「申し訳ありませんが、私は石井メディアとは協力したくありません」

彼女が当初、誠健の誘いを断って石井メディアに入らなかったのは、石井家との関わりを避けたかったからだ。

結衣は成人してすぐに会社に入社した。それだけでも、彼女の野心の大きさが窺える。

謝罪のために誠健が会社を辞めたとはいえ、結衣は石井家のお嬢様。将来、石井メディアの後継者になる可能性は極めて高い。簡単に会社を離れるわけがない。

いずれ戻ってくる――

そして会社の人間たちも、その流れを理解している。誠健は本来の後継者でありながら、医学の道を選んだ。

だからこそ、後継者という肩書きは自然と結衣の手に渡るはずだ。

それは知里だけでなく、石井家全体、そして会社全体がそう考えているのだろう。

そうでなければ、石井お爺さんがあの年齢の彼女を会社に入れるはずがない。

そんなことを考えれば考えるほど、知里は誠健の援助に対して強い拒否感を覚えた。

そのとき――

誠健が温かい生姜茶を手渡してきた。

優しい眼差しで彼女を見つめながら言う。

「これを飲んでから、改めて話そうか」

「誠健、私は前にも言ったはず。石井メディアとは組まない」

誠健は笑いながら彼女に視線を向けた。

「誰が石井メディアと組めって言った?これは俺の金だよ、知里。まさか、俺が毎月あの医者の給料だけで生きてると思ってるのか?」

知里は少し驚いた顔で彼を見つめた。

「……違うの?」

彼女の中の誠健は、まさに自由奔放な御曹司。

後継の座を放り出してまで、医者になった変わり者。

野性的で、誰にも制御できない男。

金遣いも荒く、使う金はすべて石井家からのもの。

給料なんて、彼の服一着にも足りないだろうとさえ思っていた。

誠健は呆れたように笑い、隣にいた巻き髪の女性に顎
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