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第2話

Author: ちょうどいい
彼は再び私の隣に横になった。温もりが伝わってきたのに、私はやはりひどく寒く感じた。

深く息を吸い、私は口を開いた。

「海斗、忘れられない人っているの?」

海斗の体が一瞬こわばり、すぐに私を抱き寄せた。

「何言ってるんだ?夢でも見たのか?」

私は両手で彼の胸を押し、距離を取った。

「ずっと眠れなくて、急に気になったの。答えてくれる?」

一瞬の迷いもなく、海斗は低い声で言った。「一番手放せないのは君だ。これから子どもができたら、手放せないのは君と子ども、二人になる」

模範解答そのものだ。でも、私が聞きたかった答えじゃない。

暗闇の中、ぼんやりと彼の顎の輪郭だけが見える。

「最近、残業がやけに多くない?」

彼の胸がわずかに上下し、私を抱く腕に少し力がこもった。

「最近新しいプロジェクトを進めててさ。この時期を乗り越えれば落ち着く」

私はさらに問いかけた。「それって、いつまで?」

彼はため息をつき、声に少し疲れが混じっている。「夜中に、なんでそんなこと考え込んでるんだよ」

私は真剣に言った。「本当の理由が知りたいだけ。ちゃんと分からないままじゃ、子どものことなんて考えられないでしょ?」

「子どもと何の関係があるんだ?」と、彼は私を抱く手をほどき、仰向けになり、口調が硬くなった。「答えなんて分かりきってるだろ。俺には君しかいない。残業で帰りが遅い理由だって、仕事して金を稼ぐためだ」

彼は苛立ちを隠さず、さらに言った。「それに、一日働いたあとで、家に帰ってまで妻に尋問されるのは御免だ」

私は口を開いたまま、ただ呆然とした。

結婚して六年、私たちは一度も言い争いをしたことがなかった。

こんな口調で話されたのは、これが初めてだ。

そして、ここまで頑なに正面から答えを避けられたのも初めてだ。

話し合う気のない相手とは、何を言ってもすれ違うだけだ。

長い沈黙のあと、彼は寝返りを打ち、私と距離を取った。

「もう寝る。疲れた」

私は瞬きをし、目尻から温かいものがこぼれ落ちるのを感じた。

海斗は約束していた。どんなときも、私にわだかまりを残したまま眠らせないと。彼が初めて、その約束を破ったのだ。

翌朝、彼はとても早く起きた。まるで意地を張っているかのように、家を出るときも一言も発しなかった。

私は淡々と受け止めた。出勤までまだ時間があるので、彼の書斎に入った。

昔からの知り合いなら、何かしら痕跡は残っているはずだ。

彼の昔の物は、すべて本棚の一番上にある二つの段ボール箱に収められている。

一つ目の箱を下ろすと、ひときわ目立つのは、分厚くラミネートされた高校の同級生名簿だ。

どうやら海斗はそれをとても大切にしているらしい。

こんなに大事にしているのに、彼はそれについて一度も私に話したことがなかった。

私は黄ばんだページを一枚一枚、丁寧にめくっていった。

めくっているうちに、あるページの端が不自然にめくれ上がっているのに気づいた。明らかに最近、誰かがそこを開いた形跡だ。

そのページに載っているは、江崎恵津(えざき えつ)という人だ。そこに書かれた電話番号は、あの見知らぬ番号とよく似ている。

彼女は海斗にメッセージを残している。整った美しい字で、文章もとても洗練されている。

どうやら、彼女は三年間ずっと海斗の隣に座っていたらしい。
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