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結婚式で、私は彼の新婦をやめた
結婚式で、私は彼の新婦をやめた
Author: シチリア

第1話

Author: シチリア
「凛々、本当にこれでいいの?」

松原凛々(まつはらりんりん)は目の奥にある複雑な感情を押し殺し、静かにうなずいた。

彼女はスマホを開き、すでに用意してあった電子招待状の「松原凛々」の名前を削除し、「高木彩羽(たかきいろは)」に書き換えた。

それを見ると、親友の賀茂青凪(かもあおなぎ)は、心配そうに彼女を見つめた。

凛々は招待状を直し終えると、それを青凪に転送した。

「結婚式の前日に招待状を送って。写真も動画も、全部辰一と高木のものに差し替えて。その日、私は海市を離れるわ」

青凪がその場を後にした後、凛々は窓の外を静かに見つめ、長い間そのまま動かなかった。

たった8時間前、彼女と稲葉辰一(いなばしんいち)は盛大な婚約パーティーを終えたばかりだった。

多くの祝福を受けながら、彼女はすぐに辰一との結婚式を迎えられると信じていた。

しかし3時間前、パーティーの後で、彼女は車に置き忘れたスマホを取りに行ったとき、辰一が会社の女性タレントを車に乗せるところを見てしまったのだ。

「彩羽、お前が金のために俺と別れた時、心底恨んだ。でも俺は約束したんだ、新婚の夜はお前に捧げるって。

今日にしよう、いいか?お前以外の女に、俺の初めてをあげたくないんだ」

辰一の声には、ほろ酔いの気配があった。

だが、その言葉には心からの想いが込められていて、かすかに彼の嗚咽も混じっていた。

車内の熱気が高まっていく中、彩羽は彼を抱きしめ、首筋にキスをした。

「辰一、あの時私が離れたのは、お金のためじゃないよ。あなたにふさわしくないと思ったの。

でも、あなたが松原なんかと結婚するって早く知ってたら、何があっても離れなかったわ」

辰一は一瞬驚き、それから嬉しそうに彩羽を抱きしめた。

「彩羽、たとえ俺があいつと結婚しても、好きなのはお前だけだ」

凛々は車の外に立ち尽くしていた。そして、彼女の耳には荒い息遣いが響き、目の前の車もゆっくりと揺れ始めていた。

彼女はそっと左手の婚約指輪を外し、苦笑した。

その指輪は、彼女が一番好きなデザイナーの作品だ。

辰一は彼女を喜ばせたい一心で、半年以上もかけて海外でそのデザイナーを説得し、世界に一つだけの婚約指輪を作ってもらった。

それなのに、口では愛していると言う人が、どうしてこんなにも早く他の女と情を交わせたのか、彼女にはどうしても理解できなかった。

凛々は最後に一度だけ指輪を見つめ、それをゴミ箱に投げ入れた。

この指輪も辰一も、彼女にはもう要らない。

彼がそれほどまでに彩羽を愛しているのなら、その恋を成就させてあげよう。

一か月後の結婚式は、彼と彩羽のものにしてあげる。

ノックの音が凛々の思考を遮った。使用人が温かい牛乳を持って入ってきた。

「松原さん、稲葉さんが特別に電話で頼んだ牛乳を、温めてお持ちしました。それと、稲葉さんが帰ってきたら、サプライズがあるそうなので、眠らないでいてくださいと言ってました」

凛々は使用人に牛乳をテーブルに置くように指示し、そのまま退出させた。

湯気の立つ牛乳は、以前と何も変わらない。

辰一は彼女が眠れないと知ってから、毎晩自分で牛乳を温めてくれていた。

彼女がそれを飲むたび、彼の顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。

彼はキャリアの絶頂期に、世間に堂々と二人の交際を公表し、稲葉辰一が松原凛々を愛していると皆に伝えた。

彼は彼女のために、重要なビジネスの契約をいくつも断り、高額な違約金まで支払った。

しかし、凛々が一番心を打たれたのは、料理などしたこともない彼が、何年も欠かさず牛乳を温めてくれたことだった。

彼女の指先がカップに触れた。熱いはずなのに、心の中は氷のように冷たい。

派手な愛情表現が、本物の愛とは限らない。

彼女は決して、裏切りを許さない人間だ。

一か月後の結婚式で、新婦を見たとき、辰一はどんな表情をするのだろうか。

時計の針が真夜中の12時を指したとき、辰一から電話がかかってきた。

彼は興奮して叫んだ。

「凛々、外を見て!」

彼女は思わず窓の外を見上げた。

無数の花火が空に打ち上がり、夜空を鮮やかに彩っていた。

花火は30分もの間続いた。

そのあと、ドアが開くと、辰一は凛々の後ろに駆け寄り、彼女の腰を抱きしめながら、優しい笑みを浮かべた。

「プレゼント、気に入った?」

辰一の彼女への愛情はいつも派手で、誰にでも見せつけたいほどだった。

でも、全部偽りだった。

辰一は凛々を抱き寄せ、親しげに彼女の首筋にすり寄った。

「凛々、夢みたいだな。本当に俺たち、婚約したんだな。やっとこの日が来たよ」

彼の声には、幸せに満ちた愛情があふれていた。

もし、彼の体からあのかすかなジャスミンの香りがしなかったら、あの車内の出来事は、彼女の勘違いだったと思えたかもしれない。

凛々は立ち上がり、そっと彼の腕を振り払った。そして、目を伏せて彼を見下ろしたとき、ちょうど彼の頸にかかっているネックレスが目に入った。

それは、付き合い始めた頃から彼がいつも身につけていたネックレスだ。

ネックレスの内側には、白い羽が彫られていた。

以前、凛々もそれが気になったことがあった。しかし辰一は、「白はお前のラッキーカラーだし、羽の模様はなんとなく選んだだけだ」と説明していた。

今になってようやく彼女は気づいた。あの白い羽は、彩羽の象徴だったのだ。
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