LOGIN彼氏の命を救うために、私、清水梨華(しみず りか)は脳震盪を起こし、そのまま入院することになった。 お見舞いに来た彼の顔を見た瞬間、ふといたずら心が湧いてきた。 「あんた、誰?」 佐久間優斗(さくま ゆうと)の表情が一瞬固まる。それを見て、私は思わず噴き出しそうになった。 すると、優斗はそばにいる親友の俊輔を指さしてこう言った。 「俺はお前の婚約者の友達、佐久間優斗で、こっちがお前の婚約者、伊東俊輔(いとう しゅんすけ)だ」 私は思わず顔をこわばらせた。 その時に、俊輔が一歩前に出て言った。 「そうだよ。俺が伊東俊輔、お前の婚約者だ」 私は口元をひきつらせながら言った。 「じゃあ、家に帰ろう」
View Moreひと通り説明を終えると、私は俊輔を抱き締めたまま、ソファに腰を下ろした。「お前は、本気で優斗のことを好きになったんだと思ってた」俊輔は唇を尖らせて、どこか拗ねたような表情を見せる。「お前があいつにあんなに優しくしていたのは、恩返しのためだったんだろ。それを知っていたら、そのことをもっと早く持ち出して、お前に迫ってたのに」そう言って、彼はわざとらしく少しだけ私から距離を取った。「お前があいつに一途に尽くしてるのを見て、俺だけ、ずっと一人でこっそり焼き餅焼いてたんだよ」その言い方があまりにも子どもっぽくて、私は呆れながらも、思わず笑ってしまう。「もう、ほんとに」そう言いながら、私はもう一度彼を引き寄せた。「じゃあ、謝る。これでいい?」少しだけ顔を傾けて、彼を見上げる。「でもさ、俊輔だって前は私にきついことばっかり言ってたでしょ?あれ、普通に傷ついてたんだけど」私はわざと唇を尖らせてみせる。「てっきり、嫌われてるんだと思ってた」俊輔は振り返り、じっと私を睨みつけた。「好きな人が、他のやつに優しくしてるの見て、平気でいられると思う?」低く抑えた声に、わずかな苛立ちが滲んでいる。そう言いながら、彼はソファの反対側へと移動した。それでも気が収まらないのか、振り向きざまに、私の肩を軽くぽんと叩く。子どもみたいなその仕草が可笑しくて、私は思わずくすっと笑ってしまった。胸の奥が、じんわりと甘く満たされていく。「はいはい、ごめんね」少し肩をすくめながら、私はそう言う。「ほんと、見る目なかったよね」私は彼の手をそっと取り、その指先に軽く唇を落とした。「でも、もう大丈夫」顔を上げて、まっすぐに彼を見つめる。「これから先、私の中にいるのは――俊輔、あなただけだよ」視線が絡み合う。空気が、ゆっくりと熱を帯びていく。気づけば、二人の距離は、自然と近づいていた。「じゃあ、本当に記憶は戻ったんだね」キスのあと、俊輔はわずかに息を弾ませながら顔を上げ、私を見つめた。「そうだよ」私は小さく頷いたまま、それ以上は何も言わなかった。――このまま自分だけの秘密にしておけばいい。本当に記憶を失っていたかどうかなんて、もうどうでもいい。大切なのは、ようやく、本当に愛す
「梨華、ごめん。本当は、お前に嘘をついてたんだ。お前の本当の婚約者は俺だ。俊輔じゃない」その言葉が落ちた瞬間、私の手を握っていた俊輔の指先に、ぐっと力がこもる。私は何も言わなかった。ただ静かに顔を上げ、涙を浮かべた優斗を、まっすぐ見つめる。しばらくの沈黙のあと、私は、ほんのわずかに口元を緩めた。「そう?」私はそのまま俊輔の手を握り返し、指をしっかり絡めた。「今の私は記憶がないの。昔のことなんて何も覚えてない。だから、どうしてあなたの言葉を、信じなきゃいけないの」優斗は、まさか私にこんなふうに拒まれるとは思っていなかったのだろう。彼は一瞬、言葉を失い、その場に立ち尽くしたまま、どうすればいいのか分からない様子だった。「俺が言ってることは、全部本当なんだ」どこかぎこちない言葉だった。「もしそれが本当だって言うなら、どうして婚約者である私を、他の人に押しつけたの」私は一歩、また一歩と、彼との距離を詰めていく。「それって、最初から私のこと、好きじゃなかったってこと?それとも、私には、あなたの婚約者でいる資格がないって思ったの」優斗は、それに合わせるように一歩ずつ後ずさり、やがて背中が裏庭のブランコにぶつかった。それでも、何も言えない。唇を開きかけては閉じ、結局、「ごめん」と、一言しか絞り出せなかった。しばらくの沈黙のあと、彼はようやく顔を上げる。「俺、お前を愛してるんだ」彼は私の手をつかみ、すすり泣きながら言った。「ただの一時の気の迷いだったんだ。自分が本当にお前を愛しているのか、確かめたくて、あんなやり方を選んでしまった」言葉は焦りに満ちているのに、その瞳の奥にははっきりと後ろめたさが滲んでいる。「ごめん」私は、懇願するような彼の視線を受けながら、そっと手を引き抜いた。「それでも愛だって言うなら、そんなの、気持ち悪い」呆然と立ち尽くす優斗をその場に残し、私は俊輔の手を取り、そのまま背を向けて歩き出した。だが、予想に反して、俊輔の表情に喜びの色はなかった。私たちはそのまま、彼の家へと戻る。「記憶、もう戻ってるんだろ?」俊輔のその一言に、私は思わず足を止めた。「どうしてそう思うの?」視線が重なった瞬間、先に目を逸らしたのは、私のほうだった。「私に、記
結局、私は優斗を追って外へ出た。もちろん、俊輔も、佳奈も後からついてくる。真相を今すぐ私に打ち明けたくてたまらない優斗だけが、そのことに気づいていなかった。私たちは前後して、さっき私と佳奈が立っていた裏庭へと戻った。「言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」かつては見るだけで胸が高鳴った顔を、今はただ淡々と見つめながら、私は静かに口を開いた。私は、彼を愛していた。だが、あまりにも多くの失望を重ねた今、かつて彼のために激しく鼓動していたこの心は、まるで嘘のように静まり返っている。この数日のあいだ、彼が佳奈にどれほど優しく、どれほど気を配っているのか、すべてこの目で見てきた。そして、俊輔が私にどれほど優しく、どれほど想ってくれているのかも、ちゃんと心に刻んでいる。むしろ、優斗には感謝すべきなのかもしれない。おかげで、ようやく全部が見えたのだから。そうか、本当に誰かを愛しているなら、その人を傷つけるようなことは、決してしないはずだ。「じゃあ、まず約束して。怒らないって」優斗は唇をきゅっと引き結び、不安げな様子を見せながらも、どこか強がるような口調で言った。「もし、約束しなかったら?」優斗ははっとしたように顔を上げ、信じられないという目で私を見つめてくる。これまで、彼にどこまでも従順で、優しくて寛大だった私がどうしてこんな態度に変わったのか。もしかすると、記憶喪失のせいだと思っているのかもしれない。彼には、きっと理解できないのだろう。優斗が一歩踏み出し、私の手を取ろうとするが、私はそれを軽くかわした。「佐久間さん、さっきも言ったでしょ。言いたいことがあるなら、早く言って。ベタベタしないで」横目で、後ろに立つ俊輔がわずかに口元を緩めているのが見えた。それを見て、私はふっと笑みをこぼす。その瞬間、優斗は唇を歪め、悔しさを滲ませながら涙をぽろぽろとこぼした。「梨華……どうして、そんなことができるんだ?」その声は、悲しみとやり場のない不満に満ちていた。優斗は私の服の裾をぎゅっと掴み、顔を上げてこちらを見た。その表情は、あまりにも弱々しくて、哀れだった。もし、昔の私だったら、こんな彼の姿を見た瞬間、どれだけ腹が立っていようと、どんな状況であろうと、迷わず彼を抱きしめていた
「好きにしろ」そう言い残して、二人は不機嫌なまま別れた。気のせいかもしれないが、あの会話のあと、俊輔の視線は以前よりもずっとまっすぐで、どこか名残惜しそうに見えた。もしかして、私がまた優斗のところへ戻るのを、怖がっているの?「ねえ、梨華」俊輔は、しばらく言葉を選ぶように沈黙したあと、ようやく口を開いた。こんなにも慎重な表情を見せるのは、初めてだった。「しばらく一緒に過ごしてきたけど、俺のこと、どう思ってる」私はあえて分からないふりをして、ワイングラスを軽く揺らし、そのまま唇へと運んで、ひと口だけ含む。「どういう意味」私は目を瞬かせ、視線をそっと、力を入れすぎて少し白くなった彼の指先に落とした。「だって、私たち、婚約者同士なんだから、うまくいってるに決まってるじゃない」私はそう言って、柔らかく微笑んだ。けれど、俊輔は安心するどころか、むしろさらに緊張したように見えた。「もし、もしの話だけど」彼は唇を尖らせて、うつむいて私の視線を真正面から受ける勇気すらなくなった。「もし、ある日突然、お前の記憶が戻って、俺が、お前の記憶の中の婚約者じゃないって気づいたら、どうする」「どうするって」私はそっと手を伸ばし、彼の頬を軽くつまんだ。指先越しに伝わってくるのは、隠しきれない不安。「俊輔が私の婚約者なんだから」その瞬間、彼の瞳に満ちた想いと、真正面からぶつかった。思わず、私の瞳も揺れる。こんなにも熱い視線を向けられて、私はもう耐えられるはずがなかった。「もし婚約者が、自分の恋人を他の誰かに押し付けるようなら、それは、本当に愛しているとは言えないよね」私は俊輔の手をそっと取り、そのまま優しく撫でた。「でもね、ちゃんと分かってる。俊輔が、私を愛してくれてるって」「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだが、今の私たちはまさにそれだった。視線を交わすだけで、言葉にする必要なんてどこにもなかった。祝勝会の最中、優斗は何度もさりげなくこちらへ視線を向けてきた。私はそれに気づかないふりをする。ただいつも通りに、俊輔のために料理を取り分けたり、親しげに言葉を交わしたりしながら、彼の隣に寄り添っていた。案の定、パーティーがまだ終わらないうちに、優斗はしびれを切らしたように私