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記憶を失った日、私は真の愛を間違えた

記憶を失った日、私は真の愛を間違えた

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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彼氏の命を救うために、私、清水梨華(しみず りか)は脳震盪を起こし、そのまま入院することになった。 お見舞いに来た彼の顔を見た瞬間、ふといたずら心が湧いてきた。 「あんた、誰?」 佐久間優斗(さくま ゆうと)の表情が一瞬固まる。それを見て、私は思わず噴き出しそうになった。 すると、優斗はそばにいる親友の俊輔を指さしてこう言った。 「俺はお前の婚約者の友達、佐久間優斗で、こっちがお前の婚約者、伊東俊輔(いとう しゅんすけ)だ」 私は思わず顔をこわばらせた。 その時に、俊輔が一歩前に出て言った。 「そうだよ。俺が伊東俊輔、お前の婚約者だ」 私は口元をひきつらせながら言った。 「じゃあ、家に帰ろう」

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橘ありす
橘ありす
爽やかな読後感と綺麗なハッピーエンドに心が洗われる。無駄に人を傷つけ合ったり罠に陥れたりなんてない良いお話でした。記憶喪失のフリして本当に大切な人に気付けて良かったね。こういうお話たくさん読みたいな。
2026-05-30 07:18:07
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KuKP
KuKP
主人公のちょっとしたイタズラ心から真実が明らかになる話 「目は口ほどに物を言う」を主人公がちゃんと受け取るのが、普通に生きてる人って感じで良かった 自己肯定感破壊されてない真っ当な人たちの人間関係の話だなと思いました
2026-05-05 06:45:16
5
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かとうゆう
かとうゆう
序盤から真の俊輔にときめき、馬鹿げた嘘をついた優斗にざまあしていく展開が非常に良かった。俊輔、人魚姫じゃないか~、切ない思いにキュンとする。最期に報われて良かった!フルハッピーエンド! 優斗のお馬鹿さに感謝だね~
2026-05-04 22:07:11
5
0
ノンスケ
ノンスケ
記憶喪失の芝居、グッジョブ!そのおかげで真実が明らかになった。彼の本心も、浮気も、本当の愛も。
2026-05-05 08:09:47
4
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松坂 美枝
松坂 美枝
もっと優斗にはっきり言わないとしつこそうだがこんな終わりでいいのか 色々ありそうな感じがするが… 記憶喪失のふりは必然だったな やらなかったら取り返しのつかないことになってたかも
2026-05-04 09:56:57
5
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12 Chapters
第1話
彼氏の命を救うために、私、清水梨華(しみず りか)は脳震盪を起こし、そのまま入院することになった。お見舞いに来た彼の顔を見た瞬間、ふといたずら心が湧いてきた。「あんた、誰?」佐久間優斗(さくま ゆうと)の表情が一瞬固まる。それを見て、私は思わず噴き出しそうになった。すると、優斗はそばにいる親友の俊輔を指さしてこう言った。「俺はお前の婚約者の友達、佐久間優斗で、こっちがお前の婚約者、伊東俊輔(いとう しゅんすけ)だ」私は思わず顔をこわばらせた。その時に、俊輔が一歩前に出てこう言った。「そうだよ、俺が伊東俊輔、お前の婚約者だ」私は口元をひきつらせながら言った。「じゃあ、家に帰ろう」俊輔に連れられて、私は彼の家へ向かった。見知らぬ家だった。しかも、そこには私が暮らしていた痕跡がどこにも見当たらなかった。そして、俯きながら黙ってスマホをいじり始めた。「少し休むか」俊輔の声は穏やかで、優しく聞こえる。まるで私ととても仲のいい人のようだ。「うん」私は軽く頷き、記憶を失ったフリをして、彼に部屋まで案内してもらった。私が安心して横になったのを見て、俊輔はほっと息をついた。目を閉じると、鼻先に漂ってくるのは、俊輔の匂いばかりだった。知らないはずなのに、不思議と落ち着く匂いだった。しばらくして、私が聞き慣れた男性の声が聞こえてきた。「俊輔、お前は俺の一番の親友だから、ちょっと彼女の婚約者のフリをしてくれないか」優斗だ。その声が響くと、私は体を起こし、少し開いたままの寝室のドアのほうへ目をやった。「万が一、彼女が記憶を取り戻したらどうする?」俊輔が尋ねる。どうやら私が寝ていると思っているらしい。今、二人は全く遠慮せずにスピーカーフォンで話している。「まあ、記憶が戻ったって、適当に宥めて、抱きしめて、キスでもしてやれば済むよ。彼女はあんなに俺を愛してるんだから、きっと俺から離れられないさ」優斗の声はだるく響くが、鋭い刃のように私の心に深く刺さった。そうか、彼にとって私はどうでもいい存在だったのか。あまりに彼を愛し過ぎたせいで、かえって勝手に捨ててもいいゴミのように思われていたのかもしれない。「なんか、彼女と一緒にいる時間が長すぎて、ちょっと飽きただけなんだよ。
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第2話
「今夜、仲間内の集まりがあるんだけど、一緒に行かない?」仲間って……頭の中に真っ先に浮かんだのは、優斗の顔だった。「いいよ」私は即答した。俊輔に連れられて個室に入ると、さまざまな酒の匂いが混ざり合い、部屋の中はざわついている。優斗はソファーの中央に座っていて、その隣には、私にも見覚えのある女性がいた。彼の初恋で、ずっと想い続けてきた相手、久野佳奈(くの かな)だ。ちょうどその時、二人は周りの歓声の中で、激しくキスしていた。私が入ってきたのを見て、二人は名残惜しそうにゆっくりと離れる。だが、佳奈の目の奥に、はっきりとした挑発の色が浮かんだ。「よく来たね」優斗は佳奈の肩にもたれかかりながら、私に向かってにっこりと笑う。「紹介するよ。久野佳奈、俺の彼女だ」そう言って、彼は佳奈の頬に軽くキスを落とし、甘く照れたように微笑んだ。「はじめまして、久野佳奈です」佳奈は自ら手を差し出し、柔らかく微笑んだ。さっき一瞬見えたあの挑発の色は、ただ気のせいだったのだろうか。「はじめまして」私はいつも通り礼儀正しく応じ、まるで彼女と初対面であるかのような表情を崩さなかった。――目の前にいるこの人は、何度も見たことがあるのに。優斗のスマホの中にも、日記の中にも、そして酔った勢いでこぼした告白の言葉の中にも、そこには、いつも佳奈の存在があった。私は俊輔と並んで、部屋の隅の席に腰を下ろした。周りの人たちは何も言わなかった。ただ、面白がるような視線だけが、私たち四人の間を行き来している。以前、このグループの中で、私はいつもからかわれる側だった。だが、今日、俊輔の隣にいるためか、誰一人として私をからかおうとはしなかった。私は思わず俊輔のほうへ視線を向ける。その瞬間、彼もまた、柔らかな目で私を見つめていた。視線が絡み合っているのを見て、佳奈の胸元に甘えるように寄りかかっていた優斗の表情がふっと曇った。彼は疑うような目で俊輔を見やり、不機嫌そうに口を開いた。「仲いいね。なあ、梨華、ここには友達がこんなにいるのに、全然見えてないんじゃない?お前、目に入ってるのは婚約者だけって感じだな」その言葉には、あからさまな嫉妬が滲んでいた。まるで裏切られたかのような不快感さえ漂っていた。だ
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第3話
私の返事を聞いて、優斗はその場で固まった。やがて顔を上げ、不思議そうに私を見つめる。「今、なんて言った?」「あなたの言う通りよ。あなたには彼女がいるし、私にも婚約者がいるから、こういうゲームを一緒にやるのは、やっぱりよくないよね」私はわざと残念そうにため息をついた。「しょうがないね。チャレンジ達成できないから、代わりにお酒を飲むことにするね」グラスを手に取ったその瞬間、優斗が反射的に手を伸ばし、それを止めた。彼の顔色は、見るからに悪い。「いや、別に。協力くらいなら」歯を食いしばるようにして、無理やり言葉を絞り出す。「もういいよ」今にも噛みついてきそうな視線を受けながら、私は静かに首を横に振った。「そんなことしたら、伊東さんが怒っちゃうもん」そう言って振り返ると、後ろで同じく驚いた表情をしている俊輔を見た。「前は、こうやって呼んでたよね?それとも、俊輔さん?あっ、俊輔か?」わざと、優斗の地雷を踏み抜くように、何度も繰り返した。案の定、次の瞬間、彼は耐えきれなくなったように俊輔の手を掴み、そのまま外へ引っ張っていく。私は心配するふりをして、その後を追った。廊下の突き当たりで、優斗の怒りに満ちた声が響く。「俊輔、お前、梨華に何をしたんだ」「いや、何もしてないけど?」優斗の激昂とは対照的に、俊輔はどこか無邪気なまま、表情も口調も変わらなかった。「前もそうだっただろ。あの子はずっと、そうやってお前と付き合ってきたんじゃないの。何をするにもお前の顔色を窺って、怒らせないようにしてた。今は相手が変わっただけで、やり方は何も変わってないよ」俊輔の言葉は、優斗の胸の奥にある本音を、容赦なく突きつけた。優斗は歯を食いしばり、何度も深く息を吐いた。それでも、ついに何も言い返せなかった。「とにかく、言っとくよ。あいつに近づくな。お前には演技を頼んだだけだ。本気になるなよ」「分かってるよ」俊輔は相変わらず、淡く微笑んでいた。「知ってるだろ?俺、あの子のこと嫌いなんだ」二人の会話を遮ることなく、私は静かに背を向け、そのまま部屋へと戻った。腕を組んで戻ってきた二人は、妙に親しげな様子だった。個室の中は、相変わらず賑やかなままだ。私は、時折こちらに向けられるあの挑発的
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第4話
酔っているのをいいことに、私は顔を上げ、彼の柔らかな唇にそっと口づけた。唇が重なった瞬間、俊輔は目を大きく見開いた。が、次の瞬間、彼はすぐに主導権を奪い返し、私の首に腕を回した。曖昧で甘い空気が一気に満ちていく。しばらくして、二人はようやくゆっくりと唇を離した。「梨華」彼の瞳は微かに揺れ、その奥には星のような光が宿っている。「今日、すごく楽しかった」その言葉には、どこか含みがあった。私は体の横に置いていた手を、思わずぎゅっと握りしめる。俊輔の言葉と実際の行動はどこか噛み合っていない。口では私を嫌いだと言いながら、彼は一度も、私と親しく接するのを拒もうとはしなかった。それどころか、今こうして、私と……私には、よく分からない。昔、優斗と一緒にいた頃、俊輔はいつもあからさまに嫌そうな顔をしていた。どれだけ気を遣っても、どれだけ機嫌を取ろうとしても、彼は決して態度を和らげることはなく、いつも冷たいままだった。私と優斗の関係についても、皮肉を交えて否定し、「どうせ長くは続かない」と言い切っていた。だから、あの頃の私は、できるだけ彼を避けていた。なのに、記憶を失って、優斗に私を押しつけられて以降、彼はまるで別人のように変わってしまった。これは、本当にただ優斗との約束を守るためだと言えるのだろうか。それにしても、その代償はあまりにも大きすぎる。思考は、もつれた糸のように頭の中で絡まり合い、収拾がつかなくなっていく。私はそれ以上は考えないことにした。ひとまずは、あの二人に合わせて芝居を続けるだけだ。俊輔は、まったく隙を見せなかった。毎日きちんと栄養を取るようにと念を押し、夜は私を抱き寄せて穏やかな眠りへと誘い、朝になれば優しく声をかけてくる。私がまだ完全には回復していないという理由で、彼は会社にも連絡を入れ、ひと月の休みまで取ってくれた。その間、私は俊輔の家で、彼と一緒に映画を観たり、花を育てたり、散歩をしたりして過ごしていた。ありふれた日々のはずなのに、不思議と穏やかで、満たされた時間だった。だが、その静けさは、一本の電話であっけなく壊された。私は再び、優斗と顔を合わせることになった。彼は体にぴったりとしたTシャツにカジュアルなジャケットを羽織り、ジーンズ姿でバ
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第5話
「かっこいいね」ちゃんと彼が望んでいる通りの答えを返したはずだったが、彼の表情はみるみるうちに曇っていく。「でも、やっぱり俊輔のほうがもっとかっこいいけどね」わざと、そう言った。彼は私を他人に譲れるくせに、私が他の男を褒めるのは許せない。そんな理屈、どこにあるのだろうと思ったからだ。その一言で、優斗の苛立ちははっきりと表に出た。「実はさ、今日のレース、佳奈が好きだって言ったから、俺が用意したんだ」彼はもう一度口を開く。私は変わらず、軽く頷いた。「そうなんだ。いいと思うよ」その返事に、優斗は何か言いかけて、結局口を閉ざした。やがて数歩で佳奈のもとへ歩み寄ると、周囲の囃し立てる声の中、彼女の手を引き寄せ、そのまま強く抱き寄せて、激しくキスを交わした。それでも、彼は一瞬たりとも視線を外さず、ずっと私のほうを見ている。私が本当に何の反応も示さないと分かった瞬間、彼はふいに佳奈を突き放した。キスがあまりにも激しかったせいか、口紅が唇の端まで滲んでいた。だが、彼はそれに気づいていないらしい。彼は近くにいた人間から拡声器をひったくると、そのまま口元へと当てた。「みんなに発表がある」そう言いながら、彼は私へと視線を向ける。そして佳奈の手を引き寄せ、自分の腰へと回させた。「俺、佳奈と婚約することになった」その言葉が落ちた瞬間、周囲は一気に静まり返った。無理もない。私と優斗は、すでに正式な婚約式まで済ませているのだから。それに対して、佳奈はあとから割り込んできた女にすぎない。この世界では、どれだけ派手に遊んでいようと、一度公にした関係を、勝手に覆すことは許されないという暗黙のルールがあった。その瞬間、誰もが驚いた表情で優斗を見つめていた。けれど、彼の態度は微塵も揺らいでいない。「そうだ。俺は気づいたんだ。本当に愛してるのは、佳奈なんだって」優斗ははっきりと言い切ると、その視線をまっすぐ私に向けてきた。その場の沈黙を、最初に破ったのは私だった。私はゆっくりと手を打ち、拍手を送る。「おめでとう」にこやかに笑いながら、胸の奥に溢れ出してくる激しい痛みを、わざと押し殺した。そうか。彼にとって、私はどうでもいい存在で、気まぐれに捨てられる、ただの不要品み
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第6話
レースが始まった。佳奈は優斗の後ろに座り、彼の腰にしっかりと腕を回している。私と俊輔は運転ができないから、観客席に座って見ていた。一緒に来ていた人たちは気を利かせて、私たち二人のために中央の席を空けてくれた。けれど、その視線はさりげなく私へと向けられ、まるでこの茶番を楽しみにしているかのようだった。私はそれに気づかないふりをする。ただ静かに、目の前でスタートを切った二人を見つめていた。バイクが加速するにつれて、優斗の髪は激しく風になびく。数台のバイクが抜きつ抜かれつ、激しく競り合う。そして、最終的に勝利を手にしたのは、優斗たちだった。「気持ちよかった!」バイクが止まるや否や、優斗は大声で叫んだ。「こんなふうに、何にも縛られず、自由に過ごせるなんて、最高だよ」そう言うと、彼は私のほうへ視線を向け、軽く鼻で笑う。「ただ、こんな日が、あとどれくらい続くか分かんないけどな」その言葉に含まれた意味は、その場にいた誰もが理解していた。ただ一人、私だけが何も知らないかのような顔をしていた。「こんな日って、長く続けられないの?」無邪気に問いかけると、優斗は思わず笑った。「そうなんだよ。婚約者がうるさいからさ」そう言って、彼はわざとらしく眉を上げてみせる。一方で私は、ゆっくりと目を見開いたまま、彼へと歩み寄っていった。「……何するつもりだよ」私の動きに合わせて、優斗が低く呟いた。その目の奥には、どこか滑稽なほどの期待すら浮かんでいる。――何を期待しているんだろう。私が彼にキスでもすると思っているのだろうか。私は口元にわずかな笑みを浮かべたまま、彼の顔のすぐ前、ほんの十センチほどの距離で動きを止めた。「もしかして、佐久間さん、浮気してるの」その一言に、場にいた全員の空気が凍りつき、一斉に私へと視線が集まる。優斗の笑みが一瞬で固まり、目の奥にかすかな恐怖が走った。「お前、知ってたのか」唇を強く結び、焦りと動揺を隠しきれない様子だ。私は軽く頷いた。その一歩に押されるように、優斗はよろめき、後ずさった。「俺は、わざとじゃない。ただ、お前は……」「まあまあ、いいじゃない?」私は軽く彼の肩を叩いた。「よくある話じゃない。男なら誰でも一度はやらかす
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第7話
空気は、一気に凍りついた。そのタイミングを見計らったかのように、俊輔がそっと私の腕に自分の腕を絡めてくる。「何の話してたの」「別に、何でもないよ」優斗が今にも歯ぎしりしそうな表情を浮かべる中、私はそのまま俊輔の腰に手を回した。ここ数日、一緒に過ごすうちに、私はある確信に至っていた。――俊輔が私を嫌っているというのは、すべて彼の演技だということに。「佐久間さん、特に用がなければ、私たち先に失礼するわね」優斗の殺気立った視線を真正面から受け止めながら、私と俊輔はその場を後にした。そのとき、佳奈に呼び止められる。「今夜、優勝祝いのパーティーがあるんだけど、来ない?」彼女はそう言って、私たちを誘った。私は振り返り、俊輔を見る。彼が軽く頷いたのを確認して、私も頷いた。仲睦まじい私たちの様子を見て、佳奈は口元に薄い笑みを浮かべ、どこか皮肉めいた声で言った。「へえ、意外だね。梨華さんって、そんなに婚約者の顔色うかがうタイプだったんだ」「もちろん」私はそう答えながら、俊輔の手を握った手に、ほんの少し力を込めた。少し離れた場所から、優斗がこちらへ歩いてきた。私がまだ俊輔と手を握り合っているのを見て、彼は眉をひそめる。その瞳の奥には、さまざまな感情が渦巻いているようだったが、やがて無理やり押し殺したような静けさへと変わっていった。「俊輔」優斗が口を開く。その声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。「ちょっと、話がある」そう言って、彼は俊輔に手招きをする。俊輔は何も言わず、ただわずかに眉を上げた。そして私に安心させるような視線を一度だけ向けると、そのまま前へと歩き出した。二人がその場を離れると、佳奈は私に向かって、挑発的な笑みを浮かべた。「ちょうどいいわ。私も、あなたに話したいことがあるの」私は佳奈の後を追い、ホテルの裏庭へと向かう。あえて口は開かず、ただ静かに、落ち着いた様子で彼女が話し出すのを待った。彼女が私を呼び出した理由は、だいたい想像がついている。――どうせ、優斗のことだろう。
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第8話
私があまりにも平然としているのを見て、佳奈はわずかに眉をひそめ、じっと私を見つめてきた。「優斗の婚約者が誰か、知ってる?」その言葉が口にされた瞬間、空気がふっと静まり返る。「知るわけないでしょ。だって私、彼とそんなに親しくないし」私は軽く笑いながら、そう答えた。本気で、そう思っている。あれほど長い時間を共に過ごしてきたから、二人はきっと愛し合っていて、離れられない存在なんだと思っていた。それなのに、彼は、ただのくだらない「新鮮さ」のために、あっさりと私を手放したのだから。私の答えを聞いて、佳奈は無意識のうちに、ほっと息をついた。「その人、実はあなたも知ってるのよ」佳奈のその一言に、私の胸が大きく跳ねた。どういう意味?まさか、私が記憶喪失を装っていることに気づいたの?「でも、私、何も覚えてないんだよ」動揺を押し隠しながら、あくまで「記憶がない」ことを理由にする。佳奈は何も言わず、ただじっと私を見据えていた。その視線に耐えきれず、私はそっと目を逸らし、庭のほうへと視線を逃がす。「その人って、あなたのことよ」「どういう意味」胸の鼓動が速くなる。それでも、私は必死に平静を装った。普通に考えれば、私と彼女が会うのはこれが初めてだ。彼女が、そこまで私のことを知っているはずがない。「優斗はね、あなたが記憶を失っているのをいいことに、ずっと騙してたのよ。本当は、あなたこそが、彼の婚約者なの。あなたに飽きたから、そんな口実で切り捨てたのよ」「それで?」思わず、くすりと笑みがこぼれた。わざわざこんな話をしに来た狙いは、何なのだろう。「あなたが本当に記憶喪失なのか、それとも嘘なのかなんて、どうでもいいわ。でも、もう真実を知った以上、今日からは優斗に近づかないでほしいの」なるほど。私はゆっくりと視線を外し、少し離れた場所で話している優斗と俊輔のほうへと目を向ける。そして、口元の笑みを、静かに深めていった。「まさか、優斗が今あなたと一緒にいるのが、本気で好きだからだなんて思ってないよね?」私は皮肉げに笑った。優斗と長い時間を過ごしてきて、ようやく今になって、彼の本質がはっきりと見えてきた。彼のそばにいる人間は、誰もが彼に一途で、深い想いを抱いてい
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第9話
「好きにしろ」そう言い残して、二人は不機嫌なまま別れた。気のせいかもしれないが、あの会話のあと、俊輔の視線は以前よりもずっとまっすぐで、どこか名残惜しそうに見えた。もしかして、私がまた優斗のところへ戻るのを、怖がっているの?「ねえ、梨華」俊輔は、しばらく言葉を選ぶように沈黙したあと、ようやく口を開いた。こんなにも慎重な表情を見せるのは、初めてだった。「しばらく一緒に過ごしてきたけど、俺のこと、どう思ってる」私はあえて分からないふりをして、ワイングラスを軽く揺らし、そのまま唇へと運んで、ひと口だけ含む。「どういう意味」私は目を瞬かせ、視線をそっと、力を入れすぎて少し白くなった彼の指先に落とした。「だって、私たち、婚約者同士なんだから、うまくいってるに決まってるじゃない」私はそう言って、柔らかく微笑んだ。けれど、俊輔は安心するどころか、むしろさらに緊張したように見えた。「もし、もしの話だけど」彼は唇を尖らせて、うつむいて私の視線を真正面から受ける勇気すらなくなった。「もし、ある日突然、お前の記憶が戻って、俺が、お前の記憶の中の婚約者じゃないって気づいたら、どうする」「どうするって」私はそっと手を伸ばし、彼の頬を軽くつまんだ。指先越しに伝わってくるのは、隠しきれない不安。「俊輔が私の婚約者なんだから」その瞬間、彼の瞳に満ちた想いと、真正面からぶつかった。思わず、私の瞳も揺れる。こんなにも熱い視線を向けられて、私はもう耐えられるはずがなかった。「もし婚約者が、自分の恋人を他の誰かに押し付けるようなら、それは、本当に愛しているとは言えないよね」私は俊輔の手をそっと取り、そのまま優しく撫でた。「でもね、ちゃんと分かってる。俊輔が、私を愛してくれてるって」「目は口ほどに物を言う」とはよく言ったものだが、今の私たちはまさにそれだった。視線を交わすだけで、言葉にする必要なんてどこにもなかった。祝勝会の最中、優斗は何度もさりげなくこちらへ視線を向けてきた。私はそれに気づかないふりをする。ただいつも通りに、俊輔のために料理を取り分けたり、親しげに言葉を交わしたりしながら、彼の隣に寄り添っていた。案の定、パーティーがまだ終わらないうちに、優斗はしびれを切らしたように私
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第10話
結局、私は優斗を追って外へ出た。もちろん、俊輔も、佳奈も後からついてくる。真相を今すぐ私に打ち明けたくてたまらない優斗だけが、そのことに気づいていなかった。私たちは前後して、さっき私と佳奈が立っていた裏庭へと戻った。「言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」かつては見るだけで胸が高鳴った顔を、今はただ淡々と見つめながら、私は静かに口を開いた。私は、彼を愛していた。だが、あまりにも多くの失望を重ねた今、かつて彼のために激しく鼓動していたこの心は、まるで嘘のように静まり返っている。この数日のあいだ、彼が佳奈にどれほど優しく、どれほど気を配っているのか、すべてこの目で見てきた。そして、俊輔が私にどれほど優しく、どれほど想ってくれているのかも、ちゃんと心に刻んでいる。むしろ、優斗には感謝すべきなのかもしれない。おかげで、ようやく全部が見えたのだから。そうか、本当に誰かを愛しているなら、その人を傷つけるようなことは、決してしないはずだ。「じゃあ、まず約束して。怒らないって」優斗は唇をきゅっと引き結び、不安げな様子を見せながらも、どこか強がるような口調で言った。「もし、約束しなかったら?」優斗ははっとしたように顔を上げ、信じられないという目で私を見つめてくる。これまで、彼にどこまでも従順で、優しくて寛大だった私がどうしてこんな態度に変わったのか。もしかすると、記憶喪失のせいだと思っているのかもしれない。彼には、きっと理解できないのだろう。優斗が一歩踏み出し、私の手を取ろうとするが、私はそれを軽くかわした。「佐久間さん、さっきも言ったでしょ。言いたいことがあるなら、早く言って。ベタベタしないで」横目で、後ろに立つ俊輔がわずかに口元を緩めているのが見えた。それを見て、私はふっと笑みをこぼす。その瞬間、優斗は唇を歪め、悔しさを滲ませながら涙をぽろぽろとこぼした。「梨華……どうして、そんなことができるんだ?」その声は、悲しみとやり場のない不満に満ちていた。優斗は私の服の裾をぎゅっと掴み、顔を上げてこちらを見た。その表情は、あまりにも弱々しくて、哀れだった。もし、昔の私だったら、こんな彼の姿を見た瞬間、どれだけ腹が立っていようと、どんな状況であろうと、迷わず彼を抱きしめていた
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