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結婚式で、私は彼の新婦をやめた

結婚式で、私は彼の新婦をやめた

By:  シチリアCompleted
Language: Japanese
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「凛々、本当に花嫁の名前を高木彩羽(たかきいろは)に変えるつもりなの?」 松原凛々(まつはらりんりん)の声は揺るぎなく、はっきりしていた。 「うん、私の言った通りにして」 電話を切ったあと、彼女は一人でしばらく黙って座っていた。 彼女の脳裏には、婚約パーティーの後に見た光景が浮かんだ。 揺れる車の中で、婚約者は他の女を抱きしめ、離れがたい想いを語っていた。 彼女と稲葉辰一(いなば しんいち)がようやく結婚までこぎつけたというのに、どうして彼が浮気などできたのか、凛々には到底理解できなかった。 だが、もう関係がない。彼が愛しているのが別の人なら、彼女は身を引いて応援する。 彼にはその女と結婚させればいい。そして彼女自身も、彼が夢見ていた理想の結婚式をプレゼントするつもりだ。

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Chapter 1

第1話

「凛々、本当にこれでいいの?」

松原凛々(まつはらりんりん)は目の奥にある複雑な感情を押し殺し、静かにうなずいた。

彼女はスマホを開き、すでに用意してあった電子招待状の「松原凛々」の名前を削除し、「高木彩羽(たかきいろは)」に書き換えた。

それを見ると、親友の賀茂青凪(かもあおなぎ)は、心配そうに彼女を見つめた。

凛々は招待状を直し終えると、それを青凪に転送した。

「結婚式の前日に招待状を送って。写真も動画も、全部辰一と高木のものに差し替えて。その日、私は海市を離れるわ」

青凪がその場を後にした後、凛々は窓の外を静かに見つめ、長い間そのまま動かなかった。

たった8時間前、彼女と稲葉辰一(いなばしんいち)は盛大な婚約パーティーを終えたばかりだった。

多くの祝福を受けながら、彼女はすぐに辰一との結婚式を迎えられると信じていた。

しかし3時間前、パーティーの後で、彼女は車に置き忘れたスマホを取りに行ったとき、辰一が会社の女性タレントを車に乗せるところを見てしまったのだ。

「彩羽、お前が金のために俺と別れた時、心底恨んだ。でも俺は約束したんだ、新婚の夜はお前に捧げるって。

今日にしよう、いいか?お前以外の女に、俺の初めてをあげたくないんだ」

辰一の声には、ほろ酔いの気配があった。

だが、その言葉には心からの想いが込められていて、かすかに彼の嗚咽も混じっていた。

車内の熱気が高まっていく中、彩羽は彼を抱きしめ、首筋にキスをした。

「辰一、あの時私が離れたのは、お金のためじゃないよ。あなたにふさわしくないと思ったの。

でも、あなたが松原なんかと結婚するって早く知ってたら、何があっても離れなかったわ」

辰一は一瞬驚き、それから嬉しそうに彩羽を抱きしめた。

「彩羽、たとえ俺があいつと結婚しても、好きなのはお前だけだ」

凛々は車の外に立ち尽くしていた。そして、彼女の耳には荒い息遣いが響き、目の前の車もゆっくりと揺れ始めていた。

彼女はそっと左手の婚約指輪を外し、苦笑した。

その指輪は、彼女が一番好きなデザイナーの作品だ。

辰一は彼女を喜ばせたい一心で、半年以上もかけて海外でそのデザイナーを説得し、世界に一つだけの婚約指輪を作ってもらった。

それなのに、口では愛していると言う人が、どうしてこんなにも早く他の女と情を交わせたのか、彼女にはどうしても理解できなかった。

凛々は最後に一度だけ指輪を見つめ、それをゴミ箱に投げ入れた。

この指輪も辰一も、彼女にはもう要らない。

彼がそれほどまでに彩羽を愛しているのなら、その恋を成就させてあげよう。

一か月後の結婚式は、彼と彩羽のものにしてあげる。

ノックの音が凛々の思考を遮った。使用人が温かい牛乳を持って入ってきた。

「松原さん、稲葉さんが特別に電話で頼んだ牛乳を、温めてお持ちしました。それと、稲葉さんが帰ってきたら、サプライズがあるそうなので、眠らないでいてくださいと言ってました」

凛々は使用人に牛乳をテーブルに置くように指示し、そのまま退出させた。

湯気の立つ牛乳は、以前と何も変わらない。

辰一は彼女が眠れないと知ってから、毎晩自分で牛乳を温めてくれていた。

彼女がそれを飲むたび、彼の顔には幸せそうな笑みが浮かんでいた。

彼はキャリアの絶頂期に、世間に堂々と二人の交際を公表し、稲葉辰一が松原凛々を愛していると皆に伝えた。

彼は彼女のために、重要なビジネスの契約をいくつも断り、高額な違約金まで支払った。

しかし、凛々が一番心を打たれたのは、料理などしたこともない彼が、何年も欠かさず牛乳を温めてくれたことだった。

彼女の指先がカップに触れた。熱いはずなのに、心の中は氷のように冷たい。

派手な愛情表現が、本物の愛とは限らない。

彼女は決して、裏切りを許さない人間だ。

一か月後の結婚式で、新婦を見たとき、辰一はどんな表情をするのだろうか。

時計の針が真夜中の12時を指したとき、辰一から電話がかかってきた。

彼は興奮して叫んだ。

「凛々、外を見て!」

彼女は思わず窓の外を見上げた。

無数の花火が空に打ち上がり、夜空を鮮やかに彩っていた。

花火は30分もの間続いた。

そのあと、ドアが開くと、辰一は凛々の後ろに駆け寄り、彼女の腰を抱きしめながら、優しい笑みを浮かべた。

「プレゼント、気に入った?」

辰一の彼女への愛情はいつも派手で、誰にでも見せつけたいほどだった。

でも、全部偽りだった。

辰一は凛々を抱き寄せ、親しげに彼女の首筋にすり寄った。

「凛々、夢みたいだな。本当に俺たち、婚約したんだな。やっとこの日が来たよ」

彼の声には、幸せに満ちた愛情があふれていた。

もし、彼の体からあのかすかなジャスミンの香りがしなかったら、あの車内の出来事は、彼女の勘違いだったと思えたかもしれない。

凛々は立ち上がり、そっと彼の腕を振り払った。そして、目を伏せて彼を見下ろしたとき、ちょうど彼の頸にかかっているネックレスが目に入った。

それは、付き合い始めた頃から彼がいつも身につけていたネックレスだ。

ネックレスの内側には、白い羽が彫られていた。

以前、凛々もそれが気になったことがあった。しかし辰一は、「白はお前のラッキーカラーだし、羽の模様はなんとなく選んだだけだ」と説明していた。

今になってようやく彼女は気づいた。あの白い羽は、彩羽の象徴だったのだ。
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第1話
「凛々、本当にこれでいいの?」松原凛々(まつはらりんりん)は目の奥にある複雑な感情を押し殺し、静かにうなずいた。彼女はスマホを開き、すでに用意してあった電子招待状の「松原凛々」の名前を削除し、「高木彩羽(たかきいろは)」に書き換えた。それを見ると、親友の賀茂青凪(かもあおなぎ)は、心配そうに彼女を見つめた。凛々は招待状を直し終えると、それを青凪に転送した。「結婚式の前日に招待状を送って。写真も動画も、全部辰一と高木のものに差し替えて。その日、私は海市を離れるわ」青凪がその場を後にした後、凛々は窓の外を静かに見つめ、長い間そのまま動かなかった。たった8時間前、彼女と稲葉辰一(いなばしんいち)は盛大な婚約パーティーを終えたばかりだった。多くの祝福を受けながら、彼女はすぐに辰一との結婚式を迎えられると信じていた。しかし3時間前、パーティーの後で、彼女は車に置き忘れたスマホを取りに行ったとき、辰一が会社の女性タレントを車に乗せるところを見てしまったのだ。「彩羽、お前が金のために俺と別れた時、心底恨んだ。でも俺は約束したんだ、新婚の夜はお前に捧げるって。今日にしよう、いいか?お前以外の女に、俺の初めてをあげたくないんだ」辰一の声には、ほろ酔いの気配があった。だが、その言葉には心からの想いが込められていて、かすかに彼の嗚咽も混じっていた。車内の熱気が高まっていく中、彩羽は彼を抱きしめ、首筋にキスをした。「辰一、あの時私が離れたのは、お金のためじゃないよ。あなたにふさわしくないと思ったの。でも、あなたが松原なんかと結婚するって早く知ってたら、何があっても離れなかったわ」辰一は一瞬驚き、それから嬉しそうに彩羽を抱きしめた。「彩羽、たとえ俺があいつと結婚しても、好きなのはお前だけだ」凛々は車の外に立ち尽くしていた。そして、彼女の耳には荒い息遣いが響き、目の前の車もゆっくりと揺れ始めていた。彼女はそっと左手の婚約指輪を外し、苦笑した。その指輪は、彼女が一番好きなデザイナーの作品だ。辰一は彼女を喜ばせたい一心で、半年以上もかけて海外でそのデザイナーを説得し、世界に一つだけの婚約指輪を作ってもらった。それなのに、口では愛していると言う人が、どうしてこんなにも早く他の女と情を交わせたのか、彼女にはどう
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第2話
テーブルの上の冷めた牛乳を見たとき、辰一の目に心配の色が浮かんだ。「まだ飲んでないのか?俺が遅く帰ったせいかな。もう一杯温めてくる」すぐに彼は新しい牛乳を持って戻ってきて、なおも説明を続けていた。「帰るの遅くなったのは、お前に花火を準備してたからなんだ。でも、これから数日忙しくなるかも。俺が遅くても待たなくていいよ」凛々は牛乳を受け取ったが、口をつけなかった。以前の辰一は、夜遅くまで帰ってこないなんてこと、一度もなかった。だが、ある日彼は一晩帰らず、何度電話してもつながらなくて、凛々は夜通し彼を探し回った。翌日、彼が戻り、プロジェクトの打ち合わせが長引いたため、そのままホテルで寝ていたと説明した。その頃の凛々は、彼が本当に仕事をしていたと信じて、ひどく心を痛めた。しかし、二日前に彼女は、あの日が彩羽が辰一の会社に入社した日だと知った。凛々はそれまで、彼に大切な初恋がいたことだけ知っていた。そして、その初恋が金のために彼を捨てたことも聞いていた。その失恋の痛みからずっと抜け出せなかった辰一は、凛々と出会ってからは彼女に夢中になった。凛々にとって、辰一は理想とはほど遠い人だった。しかし、彼女は辰一の熱烈で一途なアプローチに根負けし、研究のキャリアまでも手放してしまった。なのに辰一は、彼女が最も彼を愛していた時に、容赦なく裏切った。優しい笑みを浮かべる男の顔を見ていると、凛々は胸の奥が重苦しく、息が詰まりそうになった。彼女は視線をそらし、窓の外に目を向けてようやく息をつけた。「凛々、大丈夫?どこか具合でも悪い?」辰一は心配そうに手を取った。そこで彼は、彼女の薬指に指輪がないことに気づいた。「お前の指輪は?」凛々が何かを言おうとした時、彼女の視線が彼の手元に移った。そして微笑しながら、逆に問い返した。「あなたのは?」その瞬間、辰一は自分の指にも指輪がないことに気づき、慌てて手を隠そうとしながら、青ざめた顔で答えた。「やばい。たぶんパーティーが混雑してたから、盗まれたかも」「そう?」凛々は、その言い訳があまりにも稚拙で、馬鹿にされている気さえした。愛していた頃は、彼の言葉を信じて疑わず、盲目的に受け入れていた。でも今の彼女は、もうバカのままではいられなくなった。
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第3話
凛々が階下に降りると、彩羽の姿はもうなかった。辰一は眉をひそめ、あたりを見回していたが、彩羽が見当たらず、どこか上の空だった。車に乗った後も、彼は何度もスマホを確認し、ぼんやりと信号を見落として赤信号を突っ切ることさえあった。三度目の信号無視で事故になりかけたとき、辰一はバツが悪そうに凛々の方を見て言った。「お前の傷が心配で、急いで病院に向かってたんだ。怖くなかった?」凛々は視線を外し、前方を見つめたまま、淡々と答えた。「傷は大したことないから、ちゃんと運転して。もう信号は無視しないで」辰一は彼女の冷たい態度に少し違和感を覚え、何か言いかけたとき、突然、スマホが鳴った。彼の目に一瞬、喜びの色が浮かび、メッセージを確認すると、顔に浮かんでいた不安と緊張がようやく消え去った。病院に着くと、辰一は夜食を買ってくると言い訳をして、病室を出て行った。彼が出て行ったあと、医師が凛々の様子を見て、眉をひそめながら訊ねた。「あなた、心臓に持病がありますか?」凛々は黙ってうなずき、胸の奥がさらに苦くなるのを感じた。彼女は幼い頃から心臓に疾患があったが、健康には気をつけていたため、ここ数年は大きな問題がなかった。ただ、最近の数か月は、辰一を待つ日々が続き、夜更かしが増えたことで悪化していた。だから、さっき彩羽の投稿を見て倒れた。「これ以上無理をすると、手術が必要になるかもしれませんよ。ちゃんと休んでください」医師がそう忠告し、傷の処置をして病室を後にした。空っぽの病室には、凛々のかすかな呼吸音だけが残った。天井を見つめながら、彼女はふと思い出した。以前、辰一が病気になった時、彼女はいつもそばにいて看病していた。なのに今、彼は別の女のもとへ行って、彼女を一人病室に置き去りにした。スマホがピコンと鳴り、また彩羽の新しい投稿が表示された。【彼はいつも私の好みを覚えててくれるの。確か、初めて作ってくれた料理は、いも煮だったわ】まさか、辰一が彩羽のために料理までしていたなんて、スマホを握る凛々の手は、思わず小さく震えていた。それから1時間ほどして、辰一がようやく病室に戻ってきた。その頬にはうっすら赤みが残っていた。彼が身をかがめて弁当箱を開けた瞬間、凛々の目に、彼の首元についた新しい赤いキスマ
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第4話
夜が白み始めたころ、凛々は目を覚ました。病室に、辰一の姿はなかった。隣のテーブルには、彼が置いていった朝食があった。【凛々、会社の用事で先に帰る】スマホを見ると、1時間前に彼からそのメッセージが届いていた。彼はそんなに待ちきれずに彩羽に会いに行ったのか?その日、夜になるまで辰一は戻ってこなかった。戻ってきた彼の手にはカメラがあり、目を輝かせながら凛々に話しかけた。「凛々、今日すごく素敵なウェディングフォトの場所を見つけたんだ!一緒に行こうよ。前に撮ったやつ、完璧じゃなかった気がしてさ。今回は絶対、いちばん幸せな姿を残したいんだ」目的地に着いてみると、そこは誰もいない寂れた山だった。「見てよ凛々、この星空、他の場所よりずっと綺麗だろ?」彼は用意していたウェディングドレスを取り出し、着替えようとしたとき、一本の電話が掛かってきた。辰一が電話に出ると、その笑顔は一瞬で曇り、不安な表情に変わった。そして、凛々はぼんやりと彩羽の名前を耳にした。「すぐに向かうから、心配しないで!」彼は慌てて電話を切ると、凛々に何も言わないまま、車を出して行ってしまった。辰一はためらうことなく、車を猛スピードで走らせ、視界から消え去った。彼女のスマホすら持ち去られてしまった。凛々は苦笑し、仕方なさそうにゆっくり山を下り始めた。彼女はもともと体が弱く、山はとても寒かった。しかも、辰一の撮影に合わせるため、彼女は薄いシャツ一枚だけを着ていた。4時間以上歩いて、凛々はようやくタクシーを捕まえたが、帰宅した頃には熱が出ていた。彼女は休もうとベッドに入ろうとした時、パソコンに映ったのは今夜の芸能ニュースだった。「注目の新人高木彩羽、スキャンダル危機に。稲葉辰一が自ら弁明……」動画を開くと、辰一が彩羽を庇い、堂々と記者たちの前に立っていた。「彼女とはただの上下関係じゃない。でも彩羽は愛人じゃない。俺たちは10年前からの知り合いだ。それに、今回の新しい広告契約も、最初から彩羽に決まっていたものだ」その言葉を聞いて、凛々の胸が凍りついた。彼女の広告契約はなんと、いつの間に彩羽に変わっていた。しかも、それはすでに公式に発表されていたことだ。今になって彼がそんなことを言えば、世間は凛々が横取りしたと思うに
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第5話
夜になって、辰一が別の病院から慌ただしく駆けつけてきた。凛々が目を覚ましているのを見ると、彼は嬉しそうに走り寄り、そのまま彼女を抱きしめた。「本当に、死ぬほど心配したんだ。全部俺が悪い。お前が病気になったのも俺のせいだ。もしお前に何かあったら、一生自分を許せない」凛々は彼を見つめ、そっとその腕を押しのけた。「お祖父さんのこと、ありがとう。お疲れさま」辰一は彼女を睨むように見つめた。「言っただろ。俺にそんなに他人行儀にしないでって。お前のお祖父さんは、俺にとっても家族だ。世話をするのは当然のことだ。手術も無事に終わったし、介護士も何人もつけてあるから安心して」そう言いながら、彼は買ってきたスイーツを取り出し、テーブルに一つずつ並べていった。「病気の時は甘いものを食べた方が元気になるって聞いたんだ。どれも俺のお気に入り。食べてみて?」彼は瞳を輝かせながら、楽しそうに彼女の反応を待っていた。だが凛々は、それを見つめたまま、ひと口も食べようとしなかった。その様子に、辰一の目にかすかな寂しさが浮かんだ。「食べたくないなら仕方ないけど。でも、凛々、この間ずっと冷たいよ。もしかして、俺のこと怒ってる?」その言葉を口にする頃には、彼の目は赤くなり始めていた。「凛々、お前が悲しそうにしてるのを見ると、俺も辛いんだよ」辰一が彼女の手を握るのを見て、凛々は本能的に避けようとした。ちょうどその時、辰一のスマホが鳴り響いた。もともととても面倒くさそうに電話を取った辰一だったが、次の瞬間にはその目に不安の色が一気に広がった。「どうしてそんなことに?今どこにいるんだ?わかった、すぐ行く。ちゃんと守ってやれ!何かあったら絶対に許さないから!」電話を切ると、彼は凛々に一言も告げず、慌ただしく病室を飛び出していった。彼の後ろ姿が消えていくのを見て、凛々は無言でスマホを開いた。案の定、また彩羽が関係していた。ただ、画面の片隅には、自分の名前まで出ていた。彩羽が勝手に、凛々の大切な役を奪っていたのだ。その役は、凛々にとって芸能人生を大きく変えるチャンスだ。うまくいけば、彼女はこの役を足がかりにして、さらにキャリアをステップアップさせることさえできる。だが今、彼女が病気で寝込んでいる間に、彩羽はな
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第6話
辰一が急いで立ち去る姿を見て、凛々は言いかけた言葉を飲み込んだ。二人が婚約した日、彼はいくつかの記者を家に呼び、婚前準備の様子を記録させようとしていた。しかし、辰一はそのことをすっかり忘れているようだった。約束した日時は、今日だった。彼女は記者たちに、今日は撮影は不要だと連絡しようとしていたが、すでに彼らは到着していた。「松原さん、不倫疑惑について説明はありますか?」「あなたが何度もわがままを言って、決まっていた仕事を断り、その後は高木さんが後始末をしているというのは本当ですか?」「俳優としてのプロ意識はありますか?松原さん、最近の騒動について、一般の方々に説明してもらえますか?」記者たちの攻撃的な質問を聞いて、彼女は心が一気に沈んだ。彼らは最近のことを知っているとしても、辰一が温かい日常を撮るために呼んだのだから、こんなにストレートな質問はしないはずだ。今日の質問は、誰かが裏で仕組んでいるに違いない。記者やカメラマンがどんどん増えていき、凛々は一時的に家に隠れるしかなかったが、彼らはまったく帰らず、外に張り付いていた。だんだん暗くなり、外の人は増える一方だったが、辰一はまだ戻っていなかった。凛々は何度も彼に電話をかけたが、一回も出なかった。彼女は外の騒音に一晩中悩まされ、朝になる頃には明らかに心臓の調子が悪くなっていた。だが、外の人はまだ散らばっていなかった。凛々は一度でも顔を出せば、また囲まれてしまうことを知っている。記者もカメラマンも彼女の言い分を聞くつもりはなかった。だんだん悪化する心臓の痛みを感じて、凛々は震える手で再び電話をかけた。今回は、ようやく電話がつながった。しかし出たのは彩羽だった。「松原さん、辰一を探してるの?彼は一晩中忙しくて、さっきやっと寝たところよ。特に用がなければ、後でかけ直してね」一晩中忙しい?彼は何をしていたんだ?「これから病院に父を見舞いに行くの。松原さん、先に切るね」どうやら彼らは昨夜、病院にはいなかったらしい。凛々は苦笑いをして電話を切った。外を見れば人でごった返している。手を胸に当てた彼女は、ソファで丸くなり、痛みに冷や汗をかいている。昼まで待って、ようやく辰一が戻り、外の記者たちを追い払った後、急いで部屋に入ってきた。
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第7話
ちょうどその時、彩羽から電話がかかってきた。辰一は凛々を支え、一目見ただけで電話を切った。「凛々、なぜもっと早く言わなかったんだ?今すぐ病院に連れて行く!」彼がそう言い終わると、また電話が鳴り始め、二人の心に急迫した着信音が響き渡った。辰一はもう一度電話を切った。「大丈夫、病院に行かなくていい、少し休めば治る……」凛々がそう言い終わらないうちに、辰一のスマホがまた光った。彼女は彼の手を押しのけた。「出て。会社からの緊急連絡かもしれない」「凛々、まずは座って少し休んでて」辰一は凛々をソファに座らせると、ようやくそばを離れて電話を取った。だが、今回はいつもの優しい声ではなく、どこか冷たい声だった。「どうした?なぜ何度も電話をかけてくるんだ?お父さんの方は最高の医者と介護士を手配してある。そんなに心配しなくていい」またもや彩羽だった。凛々はソファに寄りかかり、疲れて目を閉じた。辰一はすぐに電話を切り、そばに戻って彼女の世話をした。その後数日間、辰一は会社に行かず、ずっと家にいて結婚式の準備をしていた。特注のタキシードを着た彼が目の前に現れ、楽しそうに服をいじる姿を見ると、凛々の眼差しはどこか曇り、何を考えているのか分からなかった。「凛々、明日ついにお前と結婚できるんだ。とても嬉しいよ」辰一の笑顔を見ても、凛々の視線はずっとそのドレスに留まっていた。なぜなら、三時間前に凛々は一つの動画を受け取っていたからだ。動画の中で、彩羽はそのドレスを着て、辰一と離れがたく絡み合っていた。「凛々、今夜は早く休んでくれ」凛々は眠ったふりをして、辰一がこっそり家を出るのを感じ取った。辰一が新婚の前夜を彩羽に捧げるつもりだと、彼女は知っていた。彼女は静かに起き上がり、少ないながらも大切なものをまとめた。辰一がこれまでに贈ってくれたプレゼントは、一つも持って行かなかった。すべて終えると、彼女は朝まで静かに待ち、結婚式会場へ向かった。ゲストはほぼ揃っていた。凛々は入口で自分と辰一のウェルカム写真を、彩羽と辰一の写真に差し替えた。その時、辰一が急いで車から降りてきた。「凛々、道が渋滞してて遅れた。早く中に入って着替えよう」その後ろには、新婦と変わらない服装をした彩羽がいた。
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第8話
「何て言ったんだ?」辰一は信じられない表情で凛々を見つめ、手を伸ばして彼女の手を掴もうとしたが、空を掴んだ。凛々が一歩一歩後ずさりするのを見ると、彼はよろめきながら追いかけ、絶望的な眼差しを向けた。「凛々、ずっと愛してくれると言ったじゃないか。俺たちは終わってない。絶対に終わらせない!」カメラが次々と彼を映しているが、辰一はまったく気にしていなかった。その瞬間、彼の目も心も凛々だけでいっぱいだった。「凛々、これらの写真や動画は俺が変えたものじゃない。誰かがわざと俺たちを引き離そうとしているんだ。それと、お前も分かってるだろ。動画と音声だって、編集できるんだ!」辰一の言葉を聞いて、凛々は軽く笑った。「全部私が変えたのよ。その音声も私が自分で録音したもの」凛々はもう辰一と無駄な話はしないつもりで、言いたいことを言い終えると振り返って去って行った。辰一は追いかけようとしたが、気づいた記者たちに囲まれて動けなくなった。記者たちに阻まれて、彼は凛々が視界から消えるのをただ見送るしかなかった。「凛々!」彼は苦しげに彼女の名前を叫んだ。「辰一、大丈夫?起きて!」着替えを終えて戻ってきた彩羽が人混みをかき分け、地面にしゃがみ泣いている辰一を支えた。涙でほとんど気を失いそうな辰一は、無意識に彼女の手を掴んだ。「凛々、戻ってきたのか?いや、お前は凛々じゃない。凛々が欲しいんだ!」彼は突然彩羽を押しのけ、立ち上がって追いかけようとした。しかし外に飛び出しても、もう凛々の姿は見えなかった。追いかけようと車に向かうと、彩羽がすぐに彼の腕を掴んだ。「辰一、あなたは私を愛してるって言ったでしょ?今彼女がいなくなって、いいことじゃない?もう私たちの間には何の障害もないよ。そもそも、先に知り合ったのは私たちなの」辰一の感情が少し落ち着いたのを見ると、彩羽は用意していた指輪を取り出し、彼の手を優しく握った。「辰一、私ね、この何年もずっとあなたのこと想ってたの。結婚してくれる?」皆に囲まれながら、辰一は彩羽を見上げた。この数日の出来事を思い出した彼は、突然手を上げて、彩羽の顔をひっぱたいた。「仕事の契約も役も奪い取ったのは全部お前の計画だろ?それに、婚約パーティーの日に凛々をわざと呼び寄せ
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第9話
彩羽は呆然と立ち尽くし、目には怒りの色が走った。「松原があなたに何か言ったから、私にこんなことをするのよね?」そう言うと、彩羽は隣のガラスケースに走り寄り、中の物を一つずつ取り出した。「これらは全部、昔私があなたにあげたプレゼントよ。何年も大事にしているなら、それで私への気持ちを表しているってことじゃないの?」それらを見て、辰一は呆然とした。ガラスケースいっぱいに彩羽が昔贈った品々が並んでいた。しかし、凛々からのプレゼントはどこにしまわれているのか。すべて物置にしまわれており、彼は一度も取り出して見たことがないようだった。彼は床にこぼれた熱いスープと割れた陶器を気にせず、物置に駆け込んで凛々の贈り物を必死に探した。しかし、どこにも見つからなかった。彼は疲れ果てて床に座り込み、笑い出した。笑いながら感情が溢れ出し、耐えきれずに崩れ落ちた。その時、彩羽も追いついて彼の手を握った。「まだわからないの?彼女はあなたを愛してないのよ。もし愛していたら、結婚式であんなことはしないの。彼女はあなたの人生を完全に壊そうとしているのよ!」彼は胸が苦しくて、息ができない。辰一はこんなにも凛々を失うことが辛いとは思ってもみなかった。「彩羽、もう行け。二度と俺の前に現れるな」辰一は顔を上げ、目の前の女性を冷ややかな目で見つめた。かつての優しさや甘さはもうそこにはなかった。彩羽の存在は、凛々がどれだけ傷つき苦しんで、この決断をしたかを彼に思い出させるだけだった。凛々は彼を深く愛していて、彼の一言で大好きなことを諦め、嫌いな世界に飛び込んでまで彼に寄り添った。裏切らなければずっと離れないと、彼女はそう言った。だが、彼はそれを心に留めず、彩羽が現れてから多くの裏切りをした。彩羽が何か言おうとしたが、辰一は彼女の贈ったネックレスを掴み、一気に引きちぎった後、平手打ちをした。「消えろ!」彼の怒りの姿を見て、心では納得できずとも彩羽は仕方なく立ち去った。彼女が去った後、辰一はうつろな表情で家の書斎に戻った。凛々は読書が好きだから、ここは彼女のために特別に用意された場所だ。最初はいつも彼女と一緒に過ごしていた。書斎は二人だけの世界だった。彼女は本を読み、彼は彼女を見つめる。全てが美しかった。し
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第10話
しかし青凪は彼に全く同情しなかった。彼女は凛々のことをよく知っていたからだ。婚約パーティーの日の出来事は凛々の心を深く傷つけたが、彼女は心の底では辰一に完全に見切りをつけてはいなかった。一度の裏切りも許せない彼女が、辰一のためにここまでしたのだから、本当に愛していたのだろう。だが、結局彼女が受けたのは、何度も繰り返される傷だけだった。「彼女はもう二度と戻らないと言った。だからどこに行ったのかも知らない」青凪は去ろうとしたが、辰一がまた追いかけてきた。「お願いだ、助けてくれ。彼女に会いたいだけなんだ。彼女にはもう何も残っていない。俺は本当に彼女が一人で何か愚かなことをしないか心配なんだ」「安心しなさい。あなたが彼女の前に現れなければ、彼女はもっと良い人生を送れるわ」青凪はそう言い終えると、そのまま車に乗り込んで去っていった。辰一は一人、呆然と立ち尽くし、青凪の最後の言葉が頭の中で繰り返されていた。しかし、彼は本当に凛々から離れられなかった。「凛々、どうしたらお前に会えるんだ?本当に会いたい」辰一は地面に崩れ落ち、周りの奇異な視線を全く気にしなかった。彼はよろめきながら家に戻り、瓶を次々と空けては酒を飲み続けた。まるでそうすることでしか自分の神経を麻痺させ、苦痛を和らげられないかのようだ。しかし吐き気がするほど飲んでも、彼の心はまだ凛々の姿でいっぱいだった。「凛々、どこにいる?帰ってきてくれよ」……その頃、凛々は別の都市で新しい生活を始めていた。彼女は元の場所に戻り、すべてを元通りにしようと決めていた。ただ、かつて熱心に彼女に離れないよう説得してくれた東山教授にどう向き合えばいいのか、まだ分からなかった。ちょうど教授の家の前で迷っていると、突然一人の若者が駆け寄り、驚いたように彼女の名前を呼んだ。「凛々!おじいさんに会いに来たか?なんで上がらない?」それは東山教授の孫である東山悠里(ひがしやまゆうり)で、彼女の幼馴染だ。だが東山教授の息子が海外に移住して以来、彼とは会っていなかった。まさか今回戻ってきて再会するとは、彼女は思わなかった。悠里は昔のまま、格好良かった。「悠里、久しぶりね。いつ帰ってきたの?」凛々は気軽に挨拶した。悠里も何気なく彼女に声をかけた
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