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第4話

Author: シチリア
夜が白み始めたころ、凛々は目を覚ました。

病室に、辰一の姿はなかった。

隣のテーブルには、彼が置いていった朝食があった。

【凛々、会社の用事で先に帰る】

スマホを見ると、1時間前に彼からそのメッセージが届いていた。

彼はそんなに待ちきれずに彩羽に会いに行ったのか?

その日、夜になるまで辰一は戻ってこなかった。

戻ってきた彼の手にはカメラがあり、目を輝かせながら凛々に話しかけた。

「凛々、今日すごく素敵なウェディングフォトの場所を見つけたんだ!一緒に行こうよ。前に撮ったやつ、完璧じゃなかった気がしてさ。今回は絶対、いちばん幸せな姿を残したいんだ」

目的地に着いてみると、そこは誰もいない寂れた山だった。

「見てよ凛々、この星空、他の場所よりずっと綺麗だろ?」

彼は用意していたウェディングドレスを取り出し、着替えようとしたとき、一本の電話が掛かってきた。

辰一が電話に出ると、その笑顔は一瞬で曇り、不安な表情に変わった。

そして、凛々はぼんやりと彩羽の名前を耳にした。

「すぐに向かうから、心配しないで!」

彼は慌てて電話を切ると、凛々に何も言わないまま、車を出して行ってしまった。

辰一はためらうことなく、車を猛スピードで走らせ、視界から消え去った。彼女のスマホすら持ち去られてしまった。

凛々は苦笑し、仕方なさそうにゆっくり山を下り始めた。

彼女はもともと体が弱く、山はとても寒かった。しかも、辰一の撮影に合わせるため、彼女は薄いシャツ一枚だけを着ていた。

4時間以上歩いて、凛々はようやくタクシーを捕まえたが、帰宅した頃には熱が出ていた。

彼女は休もうとベッドに入ろうとした時、パソコンに映ったのは今夜の芸能ニュースだった。

「注目の新人高木彩羽、スキャンダル危機に。稲葉辰一が自ら弁明……」

動画を開くと、辰一が彩羽を庇い、堂々と記者たちの前に立っていた。

「彼女とはただの上下関係じゃない。でも彩羽は愛人じゃない。俺たちは10年前からの知り合いだ。

それに、今回の新しい広告契約も、最初から彩羽に決まっていたものだ」

その言葉を聞いて、凛々の胸が凍りついた。

彼女の広告契約はなんと、いつの間に彩羽に変わっていた。

しかも、それはすでに公式に発表されていたことだ。

今になって彼がそんなことを言えば、世間は凛々が横取りしたと思うに決まっている。

案の定、コメント欄は炎上していた。

「ってことは、松原が本当の愛人ってこと?」

「研究辞めて芸能界に入った時点で、真面目な人じゃないって思ったよ」

「まさか高木の広告契約を奪おうとしたなんて、恥知らずね。幸い、稲葉は彼女をひいきしなかった。さもないと、高木のキャリアが台無しになるのよ!」

辰一が戻ってきた時、まだその動画は再生されていた。

彼はそれを見るなり顔を青ざめさせ、慌てて言い訳を始めた。

「ごめん凛々!山に置き去りにするつもりじゃなかったんだ、ただ急いでて。だってこの件、会社にとって本当に大事だったから。

でも、どうせ俺たち結婚するんだし、お前はもうそんな仕事しなくていい。今回は会社と俺のために、ちょっとだけ我慢してくれないか?」

凛々は顔を上げ、静かに彼を見つめた。

「あのときも、あなたのために、私が研究を辞めて芸能界に入ったのよね」

「ごめん、凛々。本当に不公平だってわかってる。でも、これが最後だ。怒らないで。事態が落ち着いたら、またお前がやりたいことをやらせてあげる」

凛々は何も返さなかった。

彼女はもう責める気もなかった。

どうせ、その仕事も、辰一も、もういらないから。

その晩、彼女は高熱を出し、朦朧とした意識の中にいた。

だが、ちょうどその時、外祖父が病気だという知らせが届いた。

海市には外祖父にとって彼女しか親族がいない。だから、彼女はどうしても駆けつけなければならなかった。

凛々はふらつく足取りで起き上がり、何歩か進んだところで床に倒れ込んだ。

次に目を覚ましたときには病院のベッドの上で、昨夜ほどの辛さはもうなかった。

彼女は外祖父のことが心配で、点滴の針を抜いて立ち上がろうとしたが、看護師に止められた。

「松原さん、勝手に動かないようにと、稲葉さんから言われています。お祖父様のことは、稲葉さんがすでに対応しています。昨夜、あなたを病院に運んだあと、すぐにお祖父様のもとへ向かいました」

その言葉を聞いて間もなく、青凪が病室にやってきた。

「稲葉から電話があって、あなたの看病を頼まれたわ。彼、あなたのお祖父様を一番有名な心臓専門病院に連れて行ったって。昨晩も一晩中休まなかったそうよ。それに、あとでここにも来るって言ってたの。

あと、あなたの仕事も全部キャンセルしてくれて、相当な額の違約金も払ったみたい。正直、私も少し彼を見直したわ。もしかして、本当にあなたを愛してるのかもって」

それを聞くと、凛々は苦笑いした。

そうなんだ。彼女にはもう、辰一が自分に抱いている感情がどんなものなのか、まったく分からなくなっていた。

でも、それがどうであれ、彼女の考えは変わらなかった。

裏切りは裏切りだ。

彼女は裏切りを絶対に許せない人間だ。
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