Se connecter「あ、あのっ。
真っ赤になって、
「お願いだから……僕以外の男を見ないで?」
ギュッと
途端、胸の奥がギューッと切ないぐらいに痛くなって、
きっと自分が不用意にも
そう思った
「今日はちょっとおかず、多めに作りすぎちゃって。もしよかったら芹ちゃんも使って?」 卵焼きなんかはわざと多めに作って、芹のお弁当にも入れられるよう、切るサイズまで調整した結葉だ。 結葉の言葉に、たくさん並べられた惣菜の山を見て、芹が目をキラキラと輝かせる。「わぁ〜。すごい! 今日ってもしかしたらこれ入れさせてもらって、ご飯詰めたらお弁当完成じゃない?」 ヤッター!と諸手を挙げて喜ぶ芹を見て、「そんな風に言ってもらえるの、すっごく嬉しい」って微笑み返したら、横からヒョイッと手が伸びてきてつくねの照り焼きを一個、さらって行ってしまった。「あっ」 芹が抗議の声を上げる目の前で、純子が口をモグモグさせながら「ん〜、美味しっ♡」と微笑んだ。「お母さんっ!」 ムムッとする芹に、「まだ、たくさんあるから大丈夫だよ?」 結葉が苦笑しながらなだめてみたけれど、芹は自分の弁当箱のフタを閉めて包むまで、そんな母親を警戒し続けていた。 きっと芹にとってはハプニングとしか呼べない母子のやり取りも、結葉にはとっても微笑ましく見えた。 自然と口の端に笑みが浮かんでしまう。「おはよー。……って結葉、お前朝っぱらからなに楽しげに笑ってんの? 何か面白ぇーことあった?」 想が起きてきて、結葉の表情に気が付いてそんな言葉を投げかけてきた。 結葉がふるふると首を振っていたら、入り口付近で立ち止まった息子を押すようにして「こら、想、でっかいのが通路を塞ぐな」と公宣がキッチンに入ってくる。「みんな、おはよう」 一家の大黒柱の起床に、みんなが一斉に「おはよう」と返した。 皆が話している間も、一人黙々と朝食の準備をしていた純子が、「
散々酷い目に遭わされたくせに、その相手にこんなことをしたいと思っている自分の気持ちを、想に理解してもらうのはすごく難しい気がした。 何より、離婚したい相手に対して、未だにこんな気持ちを抱いていることを想には知られたくないと思ってしまったのだ。(想ちゃんは、私のためにすごくよくしてくれているから……イヤな思いをさせたくない) 正直、結葉は昔みたいに想に惹かれ始めていて……想と家族みたいに暮らせている今の生活を、とてもとても大切に思っている。 それを壊しかねないこの愚行は、秘密裏に処理しないといけないと考えた。(すっごく怖いけど……きっと大丈夫……だよ、ね?) 行く前に匿名で『みしょう動物病院』に電話して……受付に偉央さんが勤務中かどうかを確認する。 「いる」って言われたら「分かりました」って答えて電話を切ってから、マンションにこっそり入って冷蔵庫の中に料理だけ仕舞って……コンシェルジュのお二方にその旨をお伝えする、というのはどうだろう。 あの日、逃げるようにあの場を後にしてしまったから、散々お世話になったコンシェルジュのふたり――斉藤と白木――に、ちゃんと礼を言えていなかったのもずっと引っかかっていた結葉だ。 あの時借りた制服も、結局想に返しに行ってもらってしまった。(行ったら、それも含めてお礼を言おう。おかげさまで、元気に暮らしていますって伝えよう) そんな風に思った。 結葉は、想に内緒で偉央の部屋に侵入するという恐怖を、コンシェルジュの二人に礼を言うという大義名分でコーティングした。*** 翌日の早朝。 前の日から仕込んでおいたおかずと、今朝作ったおかずとをずらりキッチンに並べた|結葉《ゆいは
今朝想に宣言した通り、結葉は街に出ていた。 多くのショップが開店する十時過ぎを目掛けて外出してみたのだけれど、考えてみればここ数年、一人でこんな風に街に出てフラフラとショッピングを楽しんだことはなかったな、と思い出した結葉だ。(どうしよう。私、いま、すっごく楽しいっ) もちろん、休日などは偉央と一緒に大型モールに買い物に出たりはしていた。 だけど、あれはずっと偉央に監視されている感じがして気詰まりがして、心からウィンドウショッピングを楽しめていなかった。 そう言えば想に助けてもらってすぐの日、彼と一緒に出かけた市外のモールは、偉央とのショッピングと違って大分開放的な気分でアレコレ見て回ることが出来た。 でも、あの時はまだ気持ちに今ほどゆとりがなかった。(一人で自由に動き回れるのって……こんな感じだったっけ) 独身の頃は普通に出来ていたことだし、何なら一人でうろうろするのは寂しいから、誰かお友達と来ればよかったなぁとか思っていたと言うのに。 今は誰にも気兼ねせずマイペースにウロウロ出来ることが、ひたすらに幸せだと思ってしまった。 ただ、独身の頃と違うことがあるとすれば、いまは自由に使えるお金がないと言うこと。 一応カバンの中に、〝家事の対価〟という名目で純子から渡された三万円が入っているのだけれど、それは、単純に純子からの厚意に過ぎない。 だから、甘えてはいけないと思っている結葉だ。 ちゃんとお勤めを始めて、山波家に家賃なり何なりを収めることが出来るようになれたなら……今日これからひとまずお借りせねばならない封筒の中のお金に関しても、キッチリ満額揃えて純子にお返ししようと心に決めている。 だから浮き足立ってアレコレ不必要なものを買わないようにセーブしなくちゃ、と結葉は心を引き締め直した。 なるべく支出額が抑えられるようにと、結葉が一番
「想ちゃん。私、今日はちょっとだけ街へお買い物に出てみようかなって思ってるの」 朝。 いつものように想にお弁当を手渡しながら結葉が言った。 想は思わず「……平気なのかっ?」と差し出された弁当の包みごと結葉の手を握ってしまっていた。 そのことにハッと気づいて慌てて想が手を離したら、結葉も驚いたように手を引いた。 ――ゴトッ! 鈍い音を立てて二人のちょうどド真ん中に、支えを失った弁当が垂直落下した。「お弁当っ」「俺のっ」 二人同じように言って、慌てて手を伸ばしてかがみ込んだら、額同士をゴチンッとぶつけてしまう。 結果、今度こそ二人同時に「痛っ!」「痛っ!」と声が出た想と結葉だ。 結局弁当は想が拾い上げて、結葉は髪の毛の下、ほんのり赤くなった額をさすりながら「想ちゃん、ごめんね」と眉根を寄せた。「バーカ、お互い様だろ」 前髪が短めだからだろうか。 想の額がほんのり赤くなっているのが見えて、結葉は自分も見えないだけで同じだろうなぁと思った。「うん、頭もなんだけど……お弁当も」 想の手にした包みを指差したら「ああ、中身の心配?」とククッと笑われた。「多分大丈夫だろ」 想がそう太鼓判を押すのには、ちゃんと根拠がある。 結葉が作る想のお弁当は、想にたくさん食べさせたいという思いが一緒に入れてあるみたいに、中身が結構みっちり詰まっているからだ。 恐らく垂直落下したぐらいでは寄り弁になんてなっていないだろう。 それでもやっぱり作り手としては、中の様子が気になるらしい。「でも……一応どうだったか教えてね」 言い募るように
最初は離婚届と小切手だけを入れて山波想宛に送るつもりだった偉央だ。 だけど結局、未練がましく結葉宛の手紙まで添えてしまった。「結葉……」 結葉がマンションを出て行ってからずっと、偉央は家で眠れなくなってしまった。 あれから何度か自宅に着替えを取りに行ったりしたけれど、本当にそれだけ。 マンションの玄関扉を開けた時、「お帰りなさい、偉央さん」 そう言って、ぎこちなく微笑んでくれる結葉が家にいないことが、こんなにも堪えるとは思わなかった偉央だ。 足枷で無理矢理家に繋いでいた時でさえ、結葉は偉央が戻れば今にも消えてしまいそうなギリギリの淡い笑顔を一生懸命作って……それでも震える声で「お帰りなさい、偉央さん。お仕事お疲れ様でした」と労ってくれた。 玄関を開けた時に香る暖かな夕餉のにおいと、華奢な体躯を抱き寄せた時、結葉自身から仄かに薫る甘やかな芳香。 それは彼女が使っていたボディソープやシャンプー由来のものだったのかもしれないけれど、偉央は結葉から立ち昇る、女性らしいその香りが大好きだった。 本来ならば、偉央自身、家事をするのは嫌いではなかったはずだ。 なのにどうだろう。 ――家に結葉がいない。 ただそれだけのことで、こんなにも何もする気になれなくなるなんて、思いもしなかった。 結葉が望んだように、子供でももうけておけば、良かったのだろうか。 〝子は鎹〟とよく言うけれど、もしかしたら子供を作っていれば、足枷なんかより強力な枷になって、偉央の元へ結葉を繋ぎとめてくれたんじゃないかと、今更のように思ってしまう。 愛する女性との二人きりの生活を乱されるのが嫌で、結葉からの〝子供が欲しい〟という願いを、再三に渡って無下にし続けてきた偉央だった。 けれど、こんな風に結葉を失って一人きりにされてしまうくらいなら、子供に乱されながらも彼女がそばに居てくれる生活の
結葉が偉央と本当に離婚するつもりならば、想との同棲は、結葉にとって不利にしかならないだろう。 いくら幼馴染みで、小さい頃からお互いの家を行き来している仲とは言っても、若い男女が一つ屋根の下にいて、世間一般の人が何も思わないわけがないのだから。『……たっ、確かに想ちゃんのお世話にはなってるけど……住んでるのは想ちゃんのアパートじゃない……』 結葉の言葉はまるで要領を得なくて。 美鳥は娘をそばで見守れない焦燥感に「じゃあどういう……」 つい次々に畳み掛けるように自分の思いを話してしまいそうになる。 さっきから結葉が何かを言おうとするたびに、それを遮って質問を投げかけてしまっている自分に気が付いた美鳥は、グッと堪えて言葉を飲み込んだ。 ダメだ、マシンガンみたいに一方的に話してしまって、娘の言葉を聞いてあげられていない。 これが、日本にいる頃にも結葉の異変に気づけなかった理由かもしれない。 今更だけど、そんな風に思った美鳥だった。***「美鳥さんに、思ってることちゃんと話せたか?」 結葉をすぐそばで見ていて、彼女が通話口に向かって「でもっ」とか「違うの」とか、そんな言葉ばかりを言っているように思えた想だ。 結葉は決して無口な方ではないけれど、熟考して話すところがある。 相手から余りにも矢継ぎ早に畳み掛けられると、上手く話せないところがあるのを知っているから、ちょっと気になってしまった。「うん。最初はなかなか聞いてもらえなかったんだけど……途中から私のペースに合わせてくれて。――ちゃんと話せた……と…&helli