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32.偉央の泣き言と結葉の内緒ごと②

Auteur: 鷹槻れん
last update Date de publication: 2026-10-02 03:43:24

「想そうちゃん。私、今日はちょっとだけ街へお買い物に出てみようかなって思ってるの」

 朝。

 いつものように想そうにお弁当を手渡しながら結葉ゆいはが言った。

 想そうは思わず「……平気なのかっ?」と差し出された弁当の包みごと結葉ゆいはの手を握ってしまっていた。

 そのことにハッと気づいて慌てて想そうが手を離したら、結葉ゆいはも驚いたように手を引いた。

 ――ゴトッ!

 鈍い音を立てて二人のちょうどド真ん中に、支えを失った弁当が垂直落下した。

「お弁当っ」

「俺のっ」

 二人同じように言って、慌てて手を伸ばしてかがみ込んだら、額同士をゴチンッとぶつけてしまう。

 結果、今度こそ二人同時に「痛つぅっ!」「痛イタっ!」と声が出た想そうと結葉ゆいはだ。

 結局弁当は想そうが拾い上げて、結葉ゆいはは髪の毛の下、ほんのり赤くなった額をさすり

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     自分たち家族と暮らす中で、結葉が少しずつかも知れないけれど、本来の彼女らしさを取り戻していたんだと実感できた想だ。 想の知っている三つ年下の小林(御庄)結葉という女の子は、強く出られると流されやすい優柔不断なところも持っていたけれど、〝ここ〟という譲れない部分では絶対に引かない芯の強さを兼ね備えた女性だった。 嫌なことは嫌だとちゃんと言える、そんな娘だったから。*** 結葉が明確に自分に逆らう態度を示したことに、偉央はショックを隠せなかった。 いま、彼女は確かに我が家に帰って来ているはずなのに、一体どこへ帰りたいと言うんだろう? そう思って虚ろな目で結葉を見下ろしたら、玄関扉がバン!と開く音がして、「結葉っ!」と言う声が家中に響き渡った。 あの忌々しい声の主は、姿を見なくても分かる。 結葉の幼馴染みの山波想だ。 結葉の名を呼び捨てにしていい男は夫である自分だけだと思うのに、どうしてあの男はたかだか幼馴染みの分際で、偉央の愛しい妻の名を馴れ馴れしく呼び捨てにするのだろうか。 そう思うのに――。 それを一緒になって咎めるべきはずの結葉自身が、その声を聞くなりパッと目を輝かせるとか。 有り得ないではないか。 目の前にいるはずの自分からいとも容易く視線をそらして声の主を探そうとする結葉のことが、偉央は心の底から憎らしく思えてしまう。 憎らしいのに愛しくて、心の底から大好きだと思えば思うほど、腹立たしいくらいに忌まわしく呪わしい。 余りにそちらに気を取られすぎて、どうしてオートロックのはずの玄関が開けられたのかとか、そんな基礎的なことにさえ、偉央は頭が回らなかった。

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     それと同時、いきなり強く手を引かれて、結葉は偉央の腕の中に抱きしめられていた。 食事の間中、偉央が纏う穏やかな空気感に完全に油断していた結葉は、突然のことに何が起こったのか理解出来なくて。 悲鳴すら上げられないまま偉央に捕まえられてしまう。「――あ、あのっ、偉央、さっ」 偉央の腕の中に閉じ込められた事で、嫌と言うほど嗅ぎ慣れた偉央の香りが鼻腔に流れ込んできた。 〝偉央の香り〟と言っても、偉央は仕事柄香水などをつけるタイプではない。 だから偉央から漂ってくるのは、いつも彼が身に纏っている服に使われた洗剤や、ボディソープの香りに、彼自身の体臭がほんの少し混ざった感じの仄かなものだ。 同じ石鹸を使って身体を洗っていた時ですら、自分とは違って感じられた偉央のにおいだったけれど、こんな風に弱っている時でさえも、彼は汗臭かったりしなかった。 思えば、偉央は仕事から帰ると真っ先にシャワーで身体を清める男だった。 家の中に病院からのアレコレを持ち込みたくないからだよと説明されたことがあるけれど、そのせいで必然的というべきか。 家で偉央を待つ結葉には、夫=風呂上がりの香りが定着してしまっていて。 不意打ちのように偉央に抱きしめられた結葉は、その香りとの相乗効果で、偉央にされた数々のことを思い出して恐怖心がブワリと再燃する。 ギュッと身体を固くして、震える声で「偉央さ、お願っ……離して……」と懇願してみたけれど、聞こえているのかいないのか。 偉央は一向に腕を緩めてくれないのだ。 しかも、何度呼びかけても偉央が何も言ってくれないから、怖くて堪らない結葉だ。「……偉、央、さん……

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