로그인若菜は何も答えなかった。圭太が連行されてから、彼女はようやく自嘲気味に笑った。――圭太の代わりに肇に謝る?自分は肇を見つけられるかどうかさえ分からない。たとえ見つけられたとしても、彼に許してもらえる保証などない。そもそも、自分に圭太の代わりに謝る資格などあるのだろうか。若菜は持てる力も金も、使えるものをすべて使って肇の行方を捜し始めた。やがて、事件の真相は世間に知れ渡り、連日のようにニュースで大きく取り上げられるようになった。かつて業界を牽引していた白石グループの株価は、わずか1週間足らずで暴落した。しかし、若菜にはそんなことを気にかける余裕などなかった。彼女はすべての時間と気力を、肇の捜索に費やしていた。会社の経営にも身が入らず、社内の問題にもほとんど関わらなくなった結果、白石グループは1年後に倒産した。若菜は希望を失いつつあった。肇の消息は一向につかめなかった。彼はもう亡くなってしまったのではないかと絶望しかけていたとき、海外で肇を見かけたという情報が舞い込んだ。それを知った若菜は、手元に残っていた最後の財産まで使い果たし、すぐさま海外へ飛んだ。ろくに眠ることもなく、必死に彼の行方を追った。そして異国の街角で、朝から晩まで狂おしいほどに思い焦がれていた肇の姿を見つけた瞬間、若菜は息を呑み、その場に縫い付けられたように動けなくなった。……若菜が俺を見つけたとき、俺は笑顔で大学の友人に結婚式の招待状を手渡していた。絶望のあまり、病院の窓から飛び降りたあの日、俺は自分の人生がそこで終わるものだと思っていた。だが、間一髪のところで駆けつけた篠原澪(しのはら みお)に命を救われた。澪は俺の数歳年上の先輩だ。俺がかろうじて大学院への推薦をもらっていた頃、彼女はすでに給付型の奨学金を得て、海外の大学の博士課程に進学していた。俺を救ったあと、澪はまず数日間、体を休めさせてくれた。それから俺を海外へ連れ出した。ネット上に広まっていた俺への誹謗中傷について、澪が大学側に事情を説明してくれたおかげで、退学処分は撤回され、取り消されていた博士課程への進学オファーも復活した。澪がいなければ、俺はとうに死んでいた。招待状を見た友人は、目を細めた。「やっぱりな!お前と篠原先輩は絶対に結ばれると
若菜の姿を見た瞬間、周助は一瞬ぽかんとしたが、次の瞬間には目を輝かせた。若菜が自分を助けに来てくれたのだと思い込み、慌てて彼女のもとへ駆け寄る。「若菜、やっと来てくれたんだね!圭太のやつ、俺を陥れようとして……」先ほどまであんなにも冷酷で残忍な本性をむき出しにしていた周助が、今は打って変わって、弱々しい被害者を装っている。そのあまりの変わりように、圭太は強烈な違和感と嫌悪感を覚えた。圭太は激痛に耐え、若菜に目を向ける。歯を食いしばりながら、声を絞り出す。「若菜、お前は騙されてる!俺たちはみんな、こいつに騙され……」「黙れ!」圭太が言い終わる前に、周助が鋭い声で遮った。もしこの場に若菜と警察がいなければ、周助はあらゆる卑劣な手段を使い、自分を怒らせた代償を圭太に思い知らせていたはずだ。だが、今はダメだ。自分の完璧なイメージを保たなければならない。周助は必死に気持ちを落ち着かせようとしながら、若菜の袖をつかむ。「若菜、俺は……」次の瞬間、若菜が周助の手を振りほどいた。周助はなぜ若菜が突然、こんなことをしたのか理解できないまま、その場に立ち尽くす。驚きに目を見開く周助を前に、若菜は冷笑した。「周助、いつまで猫をかぶるつもり?私が何も知らないバカな女だとでも思ってるの?あんたが指示して消させた病院の監視カメラの映像データは、すべて復元されたわ。これでもまだ言い逃れをするつもりなの」監視カメラの映像を自分の目で確かめ、周助が圭太と結託して幸子を死に追いやったことを知ったとき、若菜がどれほどの衝撃を受けたかは、言葉では言い表せない。いつも優しく、穏やかで、せいぜい少しプライドが高いだけだと思っていた周助が、実際にはこんな人間だったとは、想像もしていなかった。とりわけ、映像の中で肇がためらいなく窓から身を投げた瞬間を目にしたとき、若菜は胸が張り裂けそうになった。胸をえぐるような痛みのあとに込み上げてきたのは、抑えきれない怒りだった。若菜は即座に警察に通報し、かつての情など一切顧みず、すべての証拠を提出した。絶対に、周助に相応の報いを受けさせなければならない。そんな若菜の行動が信じられないのか、周助は呆然と彼女を見つめている。「若菜、俺はお前のためにやったんだ!新藤のことがマスコミに
声を荒げたのは、圭太だ。目は充血し、髪は乱れ、今にも取り乱しそうなほど追い詰められた様子だ。圭太は声を張り上げる。「約束しただろ!お前と一緒になって肇を陥れて、人生をめちゃくちゃにしたら、あの写真を全部消してくれるって!いったいいつまで俺を脅し続ける気だ!」圭太がここまで周助を恐れていたのは、周助のスマホに、圭太の屈辱的な写真が保存されていたからだ。事の発端は、若菜と周助の関係を圭太が偶然知ってしまったことだ。二人が結託して肇を騙していることに激怒した圭太は、すぐに真実を伝え、肇の目を覚まさせようとした。しかし、何度電話をかけても肇は出なかった。当時の肇は、10時間以上に及ぶアルバイトを終えたばかりで、泥のように眠りこけていたのだ。気の短い圭太は返信を待てず、直接真実を伝えるため、肇のアパートへ向かった。その道中で悲劇が起きた。周助の手下に行く手を阻まれた圭太は、路地裏に引きずり込まれ、写真を撮られた。周助はその写真を利用し、圭太を脅して自分の手駒として働かせるようになった。人生で最も屈辱的な経験をした圭太の心は、次第に歪んでいった。圭太は自分がこんな目に遭ったのは、すべて肇のせいだと思い込むようになった。肇のために動こうとさえしなければ、自分の人生がこんなふうに壊れることもなかったはずだ。なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか。なぜ肇は何事もなかったかのように生きていられるのか。そんな歪んだ感情に突き動かされ、圭太は周助の悪事に加担するようになった。やがて、周助に脅されて肇を傷つけているのか、それとも心の底にある恨みから自ら進んで肇を追い詰めているのか、圭太自身にも分からなくなっていた。そして今、圭太に不意を突かれ、首を絞め上げられた周助の顔が真っ赤に充血している。周助は喉の奥から、かろうじて声を絞り出す。「離せ……今すぐ、消してやる……」その言葉に圭太が半信半疑で手の力を緩めた瞬間、周助はその隙を見逃さず、圭太に肘打ちを食らわせた。圭太が痛みにひるむと、周助はすぐそばにあった椅子をつかみ、容赦なく圭太に叩きつける。今、周助がむき出しにしている凶暴さは、普段の優しい御曹司というイメージとはかけ離れている。もちろん、これこそが周助の本性だ。魑魅魍魎のうごめく
若菜のあとを追って病院に駆けつけた周助が目にしたのは、魂が抜けたようにへたり込む若菜の姿だ。周助は、ストレッチャーに横たわっているのが肇だと思い、ひそかに喜んでいる。だがその顔には心配そうな表情を貼りつけ、優しく声をかける。「若菜、つらいのは分かるけど、早く気持ちを切り替えないと。記者会見で新藤との関係を否定したばかりだろ。ここで泣き崩れているところを撮られたら、広報対策にとんでもない金がかかるぞ」以前の若菜なら、こんな言葉を聞けばすぐに会社の利益を最優先に行動したはずだ。しかし今の彼女は、ただ呆然としている。周助が何を言っても、まるで反応しない。周助は地面に座り込んだ若菜を引き起こそうと手を伸ばす。「いつまでも座っていたら体が冷えるぞ……」その指先が若菜に触れた瞬間、彼女は感電したかのように、周助を突き飛ばす。「触らないで!」不意を突かれた周助は、地面に尻もちをつき、信じられないという顔で若菜を見つめる。若菜は這うようにして遺体のそばに寄り、震える手を伸ばす。だが、どうしても白布をめくる勇気が出ない。その様子を見た医師は、彼女を遺族だと思い、ため息をついた。「ご愁傷さまです。患者さんはご高齢でしたし、もともと持病もいくつかありました。手術を受けたばかりだったこともあって、強いショックに耐えられなかったのでしょう」慰めのつもりでかけられた言葉に、若菜は勢いよく顔を上げる。「今、何と……」恐ろしい考えが頭をよぎり、震える手で白い布をめくる。そこにあったのは、生気を失い、枯れ木のようにやつれた幸子の顔だ。その瞬間、若菜は自分がどんな感情を抱いているのか、まったく分からなくなる。ここに横たわっているのが肇ではないことに安堵する一方で、肇がどこへ行ってしまったのかという不安が押し寄せる。同時に、底知れない恐怖に支配されている。自分と肇の間には、幸子の死という、決して乗り越えられない壁が立ちはだかっている。これから先、どうやってやり直せばいいというのだろう。周助も、そこに横たわっているのが幸子だったとは予想していなかった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。肇を憎むあまり、幸子にまで不幸になってほしいと思っている。周助には、そんな歪んだ感情がある。だが今、何よりも重要なのは、肇が
若菜は、記者会見でこんな質問が飛んでくることを、あらかじめ予想していた。所詮、マスコミというものはスキャンダルやゴシップを餌にして生きている連中だ。幼い頃から何度も同じような経験をしてきた彼女は、地位が高くなればなるほど、より多くの人間の標的になることを身をもって知っている。捏造だろうが誹謗中傷だろうが、話題性を生み、世間の注目を集められるのなら、奴らは手段を選ばない。それが、若菜がこれまで肇に自分の身分を隠し続けてきた理由の一つでもあった。20数年の人生で、自分の正体を知ったあとも、以前と変わらず対等に接してくれる人間には、一度も出会ったことがない。誰もが例外なく、媚びへつらい、機嫌を取り、彼女の顔色をうかがうようになる。肇には、そんな人間になってほしくなかった。だからこそ、ずっと隠してきたのだ。今回の記者会見で、若菜は公の場で肇との関係を否定するつもりだった。一連の騒動はすべて、肇が長年にわたって一方的に付きまとってきたストーカー行為だとして片づけるつもりだった。そうすれば、肇のキャリアに傷がつくことにはなるが、少なくとも彼女自身と白石グループの株価は、どうにか持ちこたえられるはずだ。騒ぎが収まったあとで、財力にものを言わせて肇を海外へ送り出し、そこで二人でもう一度やり直せばいい。若菜は、自分の行為が肇を深く傷つけることくらい分かっている。それでも心のどこかでは、肇なら受け入れてくれると思い込んでいた。ネット上で少し叩かれ、理不尽な思いをするだけだ。これからの贅沢な暮らしに比べれば、そんなもの取るに足らないことではないか。自分の考えがどれほど矛盾していて、滑稽なものなのか、若菜はまるで気づいていない。そもそも、肇との関係に金銭を持ち込みたくないと考えたのは、彼女自身だ。それなのに今となっては、肇を傷つけて利益を得ることを、彼への恩恵であるかのように考えている。記者の質問の前半を聞いた時点では、若菜はすでに頭の中で完璧な反論を組み立て、まさに口を開こうとしていた。だが、その後半の言葉を聞いた瞬間、彼女はその場に凍りついた。――飛び降り自殺?どういうこと?若菜は自分が聞き間違えたのだと思った。彼女が呆然としている隙に、記者は畳み掛けて質問する。「白石社長、なぜ答えないので
突然、耳鳴りがする。俺の母・新藤幸子(しんどう さちこ)はもともと体が弱く、これまで何度もICUに入院していた。俺が急いで若菜を母に紹介しようとしていたのは、母を安心させたかったからだ。病院に駆けつけると、圭太が救命室の前で待っている。圭太は俺を思い切り突き飛ばし、怒鳴りつける。「周助と若菜の関係を壊すなって言っただろ!おばさんはお前のせいで、もう少しで死ぬところだったんだぞ!」圭太の両親は酒とギャンブルに溺れ、まともに子育てをしていなかった。だから母はずっと、圭太を実の息子のようにかわいがってきた。俺は涙をこらえて尋ねる。「母さんの容体は?」そのとき、救命室のドアが開き、医師がマスクを外しながら出てきた。「ひとまず容体は安定しましたが、これ以上、患者さんに精神的な負担をかけないようにしてください」スマホに送金通知が届いた。若菜から2000万円が振り込まれていた。【お母さんのこと聞いた。とりあえずこのお金を使って。足りなかったらまた言って】若菜とは別れると決めたはずなのに、今の俺にはこの金を返す勇気がない。何より、母の命が最優先だ。病室のベッドで、母が力なく目を開ける。「肇……本当に……他人の家庭を壊すようなこと、したの?」俺は強く首を横に振った。「違うんだ!そんなことしてない!」母は苦しそうに小さくうなずく。「私は……肇を信じるよ」圭太は母の気を紛らわせようと、病室のテレビをつける。母はほっとしたように、弱々しい笑みを浮かべる。「いい子だね。今も兄弟みたいに仲良くしてくれて、安心したよ。昔、圭太が遠慮して、おかずを取れなかったときも、肇が自分のおかずを分けてあげ……」だが、母の言葉は途中で途切れた。目を大きく見開き、テレビの画面をまじまじと見つめている。俺も慌てて振り返ると、テレビには俺に関するニュースが流れている。「早く消せ!」血相を変えた俺を見て、圭太は鼻で笑った。「おばさん、騙されちゃダメだよ。肇は本当に人の家庭を壊したんだぞ。それだけじゃない。金づるになる相手も探していた。これがその証拠だ。こんな奴と兄弟だなんて、吐き気がするぜ!」「黙れ!」俺は混乱の中、椅子をつかみ、力いっぱいテレビに叩きつける。画面が砕け散り、テレビの映像