Masuk幼馴染の保志紀香(ほし のりか)と一夜を共にするのは、これで何回目になるのだろう。 それでも彼女は、相変わらず情熱的だった。 翌朝。 全身に引っかき傷やキスマークを付けられた倉木駿介(くらき しゅんすけ)は、身動きするたび、昨夜の熱に浮かされたような時間を思い出していた。 部屋にはまだ、夜の名残が漂っている。 紀香は駿介の腕の中に身を預け、細く長い指で引き締まった胸元をなぞりながら、ふと思い出したように口を開いた。 「明日、一緒に実家に来て。ちゃんとした格好で来てよ」 その言葉に、駿介は驚いて顔を上げた。胸の奥に、隠しきれない期待が膨らんでいく。 「……僕たちのこと、やっと家族に話してくれるのか?」 紀香は眉を上げ、きょとんとした顔で駿介を見る。 「何の話?明日、好きな人を家族に紹介するの。駿介には、場を盛り上げてもらおうと思って。相手が気まずくならないようにね」 その一言一言が、駿介の胸に突き刺さった。 頭の中が真っ白になり、心臓まで止まってしまったようだった。 「……好きな人?じゃあ、僕は……何なんだ?」 紀香はベッドを出て、服を身につけながら気怠げに駿介を振り返る。 「駿介が?」 そして、あっさりと言った。 「もちろん、いろんなことを一緒にする友達だよ。一緒にご飯を食べたり、ゲームをしたり。それから……お互いの欲求を満たすための、身体の友達ってやつ?」
Lihat lebih banyak冬の寒さが去り、春の暖かさが戻ってきた頃。倉木家に、国内の弁護士から連絡が届いた。一審判決後、被告側が控訴し、二審を経て――幾度にもわたる手続きを経て、雅也が犯罪を教唆した事実が正式に認定され、法に基づいて刑が確定したという。罪を犯した者が、それ相応の罰を受ける。被害を受けた側にとって、それ以上に納得できる結末はなかった。そして、その日はちょうど健一の誕生日でもあった。静江は朝から腕を振るい、テーブルいっぱいに料理を並べた。3人でグラスを掲げ、笑顔で乾杯する。S国へ移り住んで、もうすぐ半年になる。駿介もすっかりこちらの暮らしに馴染んでいた。もちろん、不便なことがないわけではない。けれど、慣れない土地だからこそ、歩くたびに新しい発見がある。知らなかったものに出会い、思いがけない楽しみを見つける。そんな日々も、今の駿介にとっては悪くなかった。新しい友人もたくさんできた。そして、自分がこれから何をしたいのかも、少しずつ見えてきていた。そんな晴れやかな日に、駿介は家族へ一つの決意を打ち明けた。「お父さん、お母さん。僕、友達と一緒にバンドを組むことにした。僕はギターを担当するんだ。もう1曲目も完成してて、来週には初めてのライブをやる予定。バンドのみんなを代表して――2人をライブに招待するよ。ぜひ、会場まで見に来てね!」音楽一家に生まれ、自らも音楽の道を歩んできた健一は、息子の言葉を聞いた瞬間、目を輝かせた。「そうか、よかったな!ライブには必ず行くよ。駿介、曲作りで何か困ったことがあったら、遠慮なく相談してくれ。知ってることなら何でも教えるし、できる限り力になる。あなたの夢なら、父さんは全力で応援するよ!」静江も嬉しそうに拍手をした。その目には、隠しきれない喜びが浮かんでいる。「お父さんはずっと、いつか駿介も音楽の道を歩んだらって思ってたのよ。でも、あなたはまだ若いし、これからどんな道に進むか分からないでしょう?だから、私たちの考えを押しつけたくなくて、何も言わなかったの。でも今、駿介は自分から音楽をやりたいって決めたんだもの。だったら、思いきりやってみなさい。父さんも母さんも、いつだって駿介の一番の味方だから」家族に信じてもらい、背中を押してもらえる。それだけで、駿介には十分だった。……それからの
3日後、紀香は一人で波浜市へ戻った。倉木邸の前を通りかかると、中には明かりが灯っていた。「こちらのお宅は……?」紀香が不動産業者に尋ねる。「家主さんは、国内の不動産をすべて売却したそうです。2日ほど前に、新しい入居者の方が引っ越してこられました」淡々と告げられたその言葉を聞いて、紀香はようやく実感した。――何もかもが、もう戻れないのだと。その夜、紀香は部屋にこもり、一睡もできなかった。翌朝。倉木邸を眺めていると、新しい住人が庭のブランコを取り外しているのが見えた。淡いピンクと白のカーテンは、深い緑色のものに取り替えられている。玄関先に吊るされていた貝殻の風鈴も取り外され、ゴミ袋へ放り込まれた。倉木家と、駿介にまつわるものが、紀香の世界から消えていく。紀香には、それを止めることなどできなかった。ただ毎日酒を飲み、酔うことでしか、現実から逃げられなくなった。傷だらけだった心は、少しずつ空っぽになっていった。やがて、何も感じられなくなる。愛も憎しみも。痛みも後悔も。喜びと希望さえも。まるで、すべてが自分の中から遠ざかっていくようだった。そんな紀香の部屋には、いつの間にかたくさんのがらくたが積み上がっていた。どれも、彼女が倉木邸から拾ってきたものだ。そんなときだけ、紀香がほんの少し正気に戻れた。倉木邸に引っ越してきた家の10歳になる子どもも、いつしか紀香の後をついて回るようになった。宝探しをするように、紀香と一緒になって庭を探し回る。庭にあった大きな木は切り倒されていた。一面に薔薇が植えられていた場所も、すっかり掘り返されている。子どもの頃に絵を描いた石も、すべて砕かれていた。それらを目にするたび、紀香の脳裏には昔の記憶が蘇った。「ねえ、お姉さん、あれは何?どうして拾っていくの?」子どもに尋ねられるたび、紀香の頭に遠い記憶が蘇る。それを口に出そうとしても、声にはならなかった。そんなある日、庭の隅を掘り返していた子どもが、大きなガラスの瓶を見つけた。紀香は恐る恐る蓋を開ける。中には――ぎっしりと詰め込まれた百通もの手紙が入っていた。封筒に書かれた文字を見た瞬間、紀香の目が大きく見開かれる。間違いなく、駿介の字だ。「駿介……」喉の奥から、かすかな声が漏
駿介の一言一言が、紀香の胸を冷たく切り裂いていった。彼が遠ざかっていくのを、ただ見送ることしかできない。やがて、紀香の手が力なく垂れ下がった。瞳が次第に赤く染まり、堪えていた涙が滲んでくる。どうすればいいのか分からない。何を言っても、もう駿介には届かない。そんな深い無力感と絶望が胸いっぱいに広がり、呼吸さえ苦しくなっていった。紀香はその場を離れることもできず、隅の椅子に一人で座り込んだ。どれほど時間が経っただろう。やがて外が暗くなり、ホテルのスタッフがそっと声をかけてきた。その声で、紀香はようやく我に返った。手元には、先ほど駿介に受け取ってもらえなかった袋がある。紀香はしばらくそれを見つめたあと、駿介に渡すようスタッフに頼んだ。一方、駿介のほうは、膝を冷やしても痛みがなかなか引かなかった。そのうえ、紀香とのことで時間を取られ、夕食もまだ食べていない。心配した健一と静江が、部屋までステーキを届けてくれた。2人が膝の腫れを見て心配していると、ちょうどホテルのスタッフが新しいタオルを届けに来た。健一がふと思い出したように尋ねる。「ホテルには薬を買えるところはないのか?」「薬でしたら、こちらでご用意できます」それを聞くなり、健一は迷わず注文した。ほどなくして、スタッフが薬を届けてきた。まだ開封されていない箱を見て、駿介は少しだけ首を傾げた。今日の午後、部屋の掃除に来たスタッフに薬のことを尋ねたときには、ホテルでは薬を販売していないと言われたはずだ。それなのに、数時間後には別のスタッフが薬を持ってきた。同じホテルのスタッフなのに、対応がここまで変わるものなのだろうか。疑問に思い、もう一度確認しようとしたが、健一がすでに薬を手に取り、駿介の膝の手当てを始める。「駿介。もう代金も払ったんだ。薬がどこから来たかなんて、今は気にしなくていい。まずはちゃんと治すことを考えろ」「そうよ。こんなに腫れてるんだから、明日は歩けるかどうかも分からないでしょう?無理しないで、数日くらい休んでからA国へ行く?」両親にそう言われると、駿介の中に残っていた小さな疑念も、いつの間にか薄れていった。……その夜は早めに休んだ。翌朝になると、膝にはまだ青黒い痣が残っていたものの、痛みはすっかり引いていた
翌日、駿介と両親は荷物をまとめ、スキー場へ向かうことにした。玄関を出て、紀香の姿が見当たらず、駿介はほっと胸を撫で下ろした。そのままスーツケースを押して車の後ろへ回り、荷物を積み込む。ところが、ちょうど荷物を収め終えたところで、健一が「あれ?」と声を上げた。「駿介、友達からもらった誕生日プレゼントを玄関に置き忘れたのか?」振り返ると、そこには見覚えのある箱があった。駿介はわずかに眉を寄せる。箱を受け取ると、すぐ使用人に手渡した。それから保志家の住所をメッセージで送信し、箱を送り返すように頼んだ。それを見た両親は、かえって気になったらしい。車に乗ってからも、いったい誰からの贈り物なのかと何度も尋ねてくる。さすがに誤魔化しきれなくなり、駿介は仕方なく事情を話した。昨夜、紀香が誕生日プレゼントを持って家まで来たこと。そして、武と佳苗からのメッセージが届いたことも。しばらく車内が静まり返った。やがて健一が頷く。「そうか……実はな、父さんと母さんも、ずっと考えていたんだ。これから保志家と、どう付き合っていくべきなのかって」一度言葉を切り、駿介を見る。「駿介を傷つけたのは、あくまで紀香だ。保志さんたちが何かしたわけじゃない。だから、2人にまで責任を負わせる必要はないと思ってる。でもな、駿介。あなたは私たちの息子だ。親としては、何があってもまず、あなたの気持ちを大切にしたい。もしあなたが、これから保志家とも距離を置きたいと思っているなら、私たちはそれを尊重する。今はこうして遠く離れて暮らしているんだ。無理に付き合いを続ける必要もない」隣で静江も、静かに頷いた。「でもね、もし紀香とはもう関わりたくないけれど、保志さんたちとは今まで通り付き合っていきたいと思うなら、それでもいいのよ。あの2人は、何も悪くないもの。紀香のことで傷ついたからって、関係のない2人まで遠ざける必要はないと思うわ。今まで築いてきた付き合いを大切にするのも、駿介が決めていいことだから」両家の関係について、家族でこうして話すのは、紀香とのことが明らかになってから初めてだった。自分の気持ちを否定することなく、それでも相手の両親まで責める必要はないと考えてくれている。何より、最後は自分で決めていいのだと、両親は伝えてくれていた。そのこと
Ulasan-ulasan