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第五十話:再び渡瀬川へ

Auteur: 渡瀬藍兵
last update Dernière mise à jour: 2025-12-12 15:28:56

夜の闇は、昼間の猛烈な暑さをじっとりと湿った生温い空気に入れ替えて、神鳴町のすべてを覆い尽くしていた。草いきれの匂いが濃密に立ち込め、どこからか聞こえてくる虫の声が、かえって世界の静寂を際立たせている。

その静寂の中、俺は一人、神鳴山の入り口に立っていた。

背負ったリュックの中には、智哉から受け取った浄めの塩と酒が入っている。

目の前には、月明かりにぼんやりと浮かび上がる古い鳥居。色褪せた朱色は夜の闇に溶け込み、この世とあの世を隔てる境界として、黒々とした口を開けている。

思えばここで俺の人生は大きく変わったんだ。

…一つ、深く息を吸い込む。覚悟を決め、鳥居の下へと足を踏み出そうとした。

その時だった。

「待って、輝流!」

静寂を切り裂いて、切羽詰まった声が背後から響いた。砂利を踏みしめて駆けてくる、必死な足音。

聞き馴染みのあるその声に、俺は弾かれたように振り返った。

「穂乃果…?どうしてここに来たんだ?」

懐中電灯の光の輪の中に、肩で大きく息をする穂乃果の姿が映し出される。額には玉の汗が浮かび、急いで駆けてきたせいで、頬がうっすらと上気していた。

「はぁ…はぁ…。輝流、これ…」

乱れた息を整えながら、彼女が差し出したのは、スーパーのロゴが入った、ごく普通の手提げ袋だった。しかし、その中からは、ほかほかと湯気が立ち上り、炊き立てのご飯の香りがふわりと漂ってくる。

「これは?」

受け取った袋はずしりと重く、確かな温もりが手のひらに伝わってきた。中を覗き込むと、一つ一つ丁寧にラップで包まれた、大量のおにぎりが詰め込まれている。

「姥捨てって事はさ 、 口減らしの為に捨てられてしまった人達でしょ…? きっと、お腹が減ってると思うの」

穂乃果は、まっすぐな瞳で俺を見つめながら、言った。

「幽霊にこういったおにぎりが、食べれるか分からないけど……これで少しは、輝流の話を聞いてくれたらって思って」

──本当に、こいつは……。

胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。

恐怖でも、使命感でもない、ただ純粋な温もりが、張り詰めていた心をそっと解きほぐしていく。

ああ、本当にこいつには敵わない。俺がやろうとしていることの本質を、誰よりも深く理解してくれているのだも、理解させられた。

「……ありがとう、穂乃果。きっと、喜んで食べてくれるよ」

俺がそう言うと、穂乃果は心の底からほっと
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