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二十九話:霊眼術

Auteur: 渡瀬藍兵
last update Date de publication: 2025-05-25 19:04:58

「巫女の巫術…だって?」

悠斗の声が震えた。予想もしなかった言葉が、胸の奥で静かに波紋を広げていく。

「ま、待って。美琴が何かを僕にしたんじゃないの?」

美琴はゆっくりと首を横に振った。否定の仕草でありながら、どこか悠斗を気遣うような柔らかさがあった。

「いいえ、残念ですが私は先輩に何もしてません。私は先輩へ霊気を流しただけですから。まだ私は彼女の過去すら見れてないのです」

「恐らく、私の霊気に触発されて、元々持っていた能力が目覚めたのでしょう。あるいは、突然変異したか……」

静かだが、確かな響き。悠斗の胸に、新たな疑問が浮かぶ。

「じ、じゃあ、彼女の過去を見たのは……」

「……はい。先輩だけです」

迷いのない声だった。悠斗は息を呑む。自分だけが、あの光景を見た。自分だけが、あの女性の記憶に触れた。

「霊眼術……」

口にした言葉は、自分自身に言い聞かせるような響きを帯びていた。

「先ほど申し上げた通り、これはあくまで推測の域を出ません。断定することはできないのです。なぜ先輩が霊眼術を発動することができたのか、その理由については……」

美琴の声は慎重だった。言葉を選び、断言を避けている。彼女もまた、この事態の全容を掴みかねているのだ。

「それは今後、二人で調べましょう」

穏やかでありながら、揺るがない決意を秘めた声。悠斗は美琴の顔を見つめ、小さく頷いた。不安も疑問も消えてはいない。けれど、一人ではないという事実が、胸の奥にひとつ灯をともす。

「うん」

美琴は静かに微笑み、辺りを見渡した。

「……ひとまず、もうすっかり日が暮れて辺りも暗くなってきてしまいましたし、そろそろ帰りましょうか」

。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸 。❀ 𓂃𓈒𓏸

二人は再びバス停へと向かい、揺られながら地元へと戻った。車窓に映る街の灯りが、少しずつ数を増していく。

エンジンの低い振動だけが、沈黙の中を満たしている。不意に、美琴が口を開いた。

「先輩、明日はきっと大変だと思います」

「えっ……? そ、それはどうして?」

悠斗は思わず身を乗り出した。美琴の表情は真剣で、どこか申し訳なさが滲んでいる。

「霊眼術を先輩は発動しました。明日は、全身が鉛のように重くなり、頭痛が来るはずです」

「……」

美琴の言葉が、静かに沈んでいく。

「つまり…その…、副作用みたいなものです」

「そっか…覚悟しておくよ……」

悠斗の声は低く、どこか諦めに似た色を帯びていた。美琴は小さく頷き、言葉を続ける。

「霊眼術を初めて発動した副作用なので、きっと数日は続くと思いますけど、徐々に良くなるので、安心してくださいね」

「私は私で、明日から霊眼術に関して調べ直しておきますから。それと——」

一瞬、言葉を切り、悠斗の目を見つめた。

「近々、霊眼術の力の使い方をお教えしますね」

「……ってことは、やっぱり美琴も?」

美琴は柔らかく微笑んだ。

「ふふ、ええ。私も霊眼術が扱えるんですよ」

悠斗は小さく息を吐いた。納得と疑問が、胸の中で入り混じる。

(そっか。美琴は巫女なんだから、巫女の巫術である霊眼術を使えて当然だよね)

けれど、すぐに別の思いが頭をもたげた。

(でも……巫女ではないはずの僕が、どうしてその力を使えたんだ。何の訓練も受けていない僕が、巫女の巫術を発動できた理由は——一体どこにあるんだろう)

美琴の口ぶりから考えて、浮かび上がる答えはひとつしかない。ある可能性が、静かに胸の底へ降りてきた。

——自分が、巫女の子孫なのではないか。

しかし、その仮説はすぐに揺らいだ。

(でも、そんな話は一度も聞いたことがない。もし本当にそうなら、母さんが黙っているはずがない。それに……)

悠斗は窓の外へ目を向けた。流れていく街灯の光が、ぼんやりと視界を過ぎる。

(巫女とは言っても、美琴が言う巫女と、僕が思い描いている巫女には……言いしれない隔たりがあるような気がする)

「先輩、心配しなくて大丈夫ですよ。私が支えますから」

美琴の声が、考え込む悠斗の思考をそっと遮った。窓から視線を戻すと、穏やかな横顔がそこにある。胸の奥の不安が、少しだけ和らいだ。

「……なんでもお見通しなんだね。美琴は、僕が何を考えているのか、いつも分かっているみたいだ」

苦笑が、自然と口をついた。

「先輩は本当に分かりやすいですから。表情にも、仕草にも、考えていることが全部出ているんです」

美琴は小さく微笑む。その柔らかな笑みに、悠斗は言葉を失った。

「えっ……」

『次は、桜織駅』

車内アナウンスが流れた。美琴はすっと立ち上がり、停車ボタンを押す。まるで会話の余韻ごと、そっと閉じるような動作だった。

 『次停車します。降りの際は足元にご注意ください』

言葉の続きを探す悠斗の思考を断ち切るように、無機質なアナウンスが車内に響いた。

「分かりやすいって、そういう……?」

問いかけようとした悠斗に、美琴は振り返って穏やかに言った。

「ほら先輩、もう到着しましたよ」

その声には、どこか悠斗をからかうような響きが滲んでいた。

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