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第120話 式神の術

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-07-12 20:51:15

僕が咄嗟に展開した桜色の結界に守られながら、美琴が静かに、だが力強い声で詠唱を紡ぎ始めた。

「燦星の輝きを我が手に集めよ……我が祈りにて穢れを砕く珠を放て!!」

詠唱を終えた瞬間、彼女の華奢な身体から、眩いほどの紫色の霊気が迸った。それは、迦夜が纏う禍々しい瘴気と、どこか似ているようでいて、全く違う、澄んだ輝きを放っている。

「星燦ノ礫…っ!!」

美琴の指先から、鋭い紫色の光弾が、閃光となって弾け飛ぶ。

それは、風を切り裂いて、真っ直ぐに迦夜へと飛んでいった。それを見た迦夜は、さっきまでの般若のような怒りの形相から一転、なぜか、楽しそうににやりと口角を吊り上げた。

(本当に、何を考えてるか分からないけど…僕にも、出来る事がひとつある……!)

迦夜が、紫色の光弾をひらりとかわそうと、横に飛んだ。

その動きを、僕は見逃さない。

「幽護ノ帳!!」

迦夜が回避しようとする、その先回りをするように、僕は壁のように結界を展開する。

僕の役目は、攻撃じゃない。援護だ!

『……!!!』

行く手を阻まれた迦夜が、驚いたように、一瞬だけ動きを止める。

その、ほんの一瞬の硬直が、命運を分けた。

初めて試した、攻撃的な結界の使い方。

だけど、上手くいった。確かな手応えが、僕の指先に伝わってきた。

僕が展開した結界に阻まれ、動きを止めた迦夜。

その一瞬の隙を、美琴の紫色の光弾は見逃さなかった。

閃光が、寸分の狂いもなく、迦夜の身体の中心を貫く。

「やった!?」

僕は、思わず叫んでいた。

『オオオオォ……』

光に貫かれた迦夜が、低い呻き声を上げる。

だが、その表情からは、何故か、あの不気味な笑みは消えていなかった。

そして、次の瞬間。

その体は、まるで燃え尽きた紙人形のように、サラサラと黒い灰になって崩れ落ちていった。

「これは……!」

なのに、隣にいる美琴の声は、歓喜とは程遠い、訝しむような色を帯びていた。

「えっ?」

倒したのに? なんでそんな顔を?

僕が彼女の反応に戸惑っていると、美琴は、迦夜が崩れ落ちた場所へと、ゆっくりと歩いていく。

「やっぱり……!」

彼女は、そこに残った黒い灰を少量だけ指先でつまむと、確信したように呟いた。

「ど、どうしたの?」
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