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一二四話:年の瀬の禊

مؤلف: 渡瀬藍兵
last update تاريخ النشر: 2025-07-19 21:09:11

 琴乃はそのあとも、クリームの山を少しずつ崩しながら、何でもない顔で飲み進めていた。

 対して悠斗の舌は、かなり早い段階で悲鳴を上げかけている。甘い――そんな一言では追いつかない。行き過ぎた甘さはもはや別の刺激で、濃いクリームが喉を落ちるたび、舌の奥がじんと痺れ、胃のあたりが小さく抗議した。

 正直、もう厳しい。

 そう思って、悠斗はちらりと美琴を見る。すると期待をそのまま形にしたような目が、まっすぐこちらを向いていた。

 無理だった。この顔を前にして、率直すぎる感想など口にできるはずがない。

 悠斗は覚悟を決め、残っていた分を一気に流し込んだ。

「ご、ごちそうさまっ!!」

 勢いのまま言い切ると、美琴がぱちりと目を丸くする。

「もう飲んだんですか!? 早いですね……。おかわりはいりますか?」

 その一言に、悠斗の背筋が危うく凍りつきそうになった。

「も、もうお腹いっぱいかな」

 どうにかそう返すと、美琴は少しだけ残念そうにしながらも、やがて素直にうなずく。

「そうですか」

 その笑顔を見て、悠斗はこっそり息をついた。

 飲み干した甲斐はあった。たぶん。おそらく。少なくとも、この場を穏便に切り抜けられたのは間違いない。

「ところでアナタたち、今晩はどうするの?」

 琴乃がカップを傾けながら、何気ない調子で尋ねた。

「あっ、今晩は温泉郷の宿に泊まろうと思ってます」

 そう答えた瞬間、美琴がはっとしたように振り向く。

「えっ?? 悠斗くんもここに泊まればいいと思いますけど……」

 わずかに眉が寄っていた。口調こそ控えめでも、不服さは十分に伝わってくる。

 けれど、悠斗には悠斗なりの考えがあった。琴乃と美琴は、数年ぶりの再会のはずだ。血の繋がりはなくても、二人のあいだにある信頼は、本物の姉妹と呼んで差し支えないように見える。なら、積もる話もいくらでもあるだろう。久しぶりに顔を合わせた夜くらい、水入らずで過ごしたいはずだった。

 それに――。

 美琴と同じ家の下で一晩過ごすなど、今の悠斗には心臓がもたない。

「いいんだ。着替えも持ってきてなかったしさ。温泉郷も近いし、せっかくだから旅行のつもりで泊まるよ」

「えぇ……」

 美琴の声が、目に見えてしぼむ。

 その様子を見た琴乃が、そっと口元に手を添えた。

「ふふふ。美琴、数年見ない間にずいぶん変わったわね」

「えっ?? そ、そうかな??」

「ええ。とても明るくなったと思うわ」

 その言葉を受けた途端、美琴のまばたきが一度だけ深くなる。

「そっか……。私……いつの間にか……」

 誰に聞かせるでもない、小さな呟きだった。自分の内側へそっと落としていくような声が、悠斗の耳にもかろうじて届く。

 その余韻をやわらかく包むように、琴乃が続けた。

「悠斗君。温泉郷に宿泊するのはわかったわ。でも、ふたりとも。今日が何日か覚えているかしら?」

「今日は十二月三十一日……あ」

 口にしてから、悠斗はようやく気づいた。

 今日で今年が終わる。そんな当たり前のことが、きれいに頭から抜け落ちていた。

「そうよ。もし宿が取れなかったら、アタシの家に泊まるといいわ。それから、温泉郷には花守神社があるの。毎年お正月には初詣もやっているから、今日のうちに行ってみるのもいいんじゃないかしら」

 初詣。

 その言葉に、悠斗の胸が小さく弾んだ。

 地元を離れた場所で年を越すこと自体、これまで一度もない。けれど不思議と嫌な感じはせず、むしろ花守の冬の夜を美琴と並んで歩く光景が頭に浮かんだ瞬間、それだけで心が少し先へ進んでいた。

「悠斗くん、どうしますか?」

 美琴の声には、隠しきれない期待が混じっている。

 悠斗は迷わなかった。

「行こう」

「それじゃあ美琴に悠斗君。準備しときなさい」

 琴乃に送り出されるように立ち上がると、美琴が小さく手招きをした。廊下を進み、案内されたのは風呂場の前だった。

「準備って何するの?」

「まだ少し時間があるので、流れだけ教えておきますね」

 美琴の声が、わずかに改まる。

「今夜、私たちは夜の初詣として参拝をします。ですが、その前に一般の方とは少し違う形で身を清めます」

「違う参拝??」

「ええ。悠斗くん、こちらを」

 差し出されたのは、掌に収まるほどの小さな壺だった。受け取って軽く振ると、中で液体が静かに揺れる感触がある。

「それは、塩を含ませた神聖なお水です」

「ああ、なるほど。これで身体を清めていくってことか」

「お口と手足だけでもいいんですけど、私は全身を清めてから参拝するつもりです」

「それが巫女の参拝方法なんだね?」

「ええ。私たちは神様に仕える身でしたから、村でもそういう決まりがあったんです」

 壺を包む指先に、ほのかな冷たさが伝わってくる。千年前から続く作法が、この小さな器の中に今も残っている気がした。

「そっか。それなら僕も、美琴と同じように全身を清めて行こうかな」

「ふふ、わかりました」

 美琴が微笑む。廊下の窓から差し込む午後の光が、ポニーテールの輪郭をやわらかく縁取っていた。

「夜が、楽しみですね」

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