Mag-log inだが、それは自分がここで完全に無力だということを意味するわけではない。少なくとも、会社の全体的な組織構造や、現在どのようなチップの開発が進められているかくらいは、自分の目で確かめておく価値がある。ジェニーは恭しく頷いた。「かしこまりました、社長。ご案内いたします」ジェニーの先導で、楓はカージェイ・テクノロジーの本社ビルをくまなく視察し、どのフロアにどの部門が配置されているかを正確に把握した。社長室に戻ってきた頃には、すでに一時間以上が経過していた。楓が社長室に戻ると、ジェニーはすぐに膨大な資料の整理に取り掛かった。現在楓に与えられているこの社長室は、以前沙弓が使用していたものだ。内装は黒、白、グレーの三色だけで構成されており、息が詰まるような圧迫感があった。楓は部屋を見渡し、後でジェニーに頼んで内装の雰囲気を変えてもらおうと決めた。間もなく、ジェニーがドアをノックして社長室へ入ってきた。「社長。こちらが当社の資料でございます。お読みになってご不明な点がございましたら、いつでも私をお呼びください」楓は資料の山を受け取った。「ええ、ご苦労様」「とんでもございません。他に急ぎのご用命がなければ、私はこれで業務に戻らせていただきます」「ああ、その前に一つ。この社長室の内装の雰囲気を変えたいの」ジェニーは少しも驚くことなく頷いた。「かしこまりました。どのようなテイストをご希望でしょうか?インテリアデザイナーにデザイン案を作成してもらい、ご参考にお持ちいたします」「もう少し、温かみのあるリラックスできる空間にしたいわ」「承知いたしました。後ほどデザイナーに連絡いたします。おそらく明朝にはデザイン案ができるかと思います」「ええ、お願いね」ジェニーが退出した後、楓は資料を開き、一つ一つ目を通し始めた。読み始めて間もなく、デスクに置いた携帯が振動した。画面を見ると、アンドレからの着信だった。楓はすぐに応答した。「もしもし、アンドレ?どうしたの?」「楓さん。今夜はお時間ありますか?もしよろしければ、一緒にディナーでもいかがかと」楓は目を伏せ、静かに答えた。「ええ、時間は空いてるわ。お店の場所をメッセージで送ってちょうだい。仕事が終わったら、そこへ向かうわ」「それでは、今夜」通
「これが悪くないなら、これでいいわ。これ以上着替えるのは面倒よ」沙弓は腕時計に目をやり、短く答えた。「……そう。なら、そのままの格好で会社へ向かうわよ」店員がすかさず沙弓に尋ねた。「マダム、他の数着についてはどうなさいましょうか?」「すべて買い取るわ。それぞれの服に完璧に合う靴やジュエリーのコーディネートも、あなたに一任する。すべて包みなさい」「かしこまりました!」十分後、店員は両手に抱えきれないほどの大量のブランドショッパーを提げ、沙弓たちの後を追ってエントランスまで見送りに来た。すべての荷物を車のトランクに積み終えると、彼女は太陽のように輝く笑顔で沙弓に深々と頭を下げた。「マダム沙弓、本日は誠にありがとうございました!次回お越しの際は、事前にお知らせください。アフタヌーンティーをご用意してお待ちしております」今回の沙弓の爆買いだけで、彼女はたった一日で一ヶ月分のノルマを軽々と達成してしまったのだ。来月の莫大なインセンティブを想像するだけで、今すぐ飛び上がって踊り出したい気分だった。沙弓は無言で頷き、運転手に短く命じた。「カージェイへ」デパートからカージェイ・テクノロジーの本社ビルまではそれほど遠くなく、ほどなく到着した。車を降りた二人は、地下駐車場からVIP専用の直通エレベーターに乗り、最上階の社長室フロアへと上がった。エレベーターの扉が開くと、そこには広大な社長室の前室があり、十数名の秘書たちが慌ただしくキーボードを叩いていた。沙弓の姿を認めるなり、彼らは全員一斉に手を止め、弾かれたように立ち上がった。「社長、お疲れ様です」沙弓は彼らを一瞥し、絶対的な威圧感を放つ声で宣言した。「私が保有していたカージェイの全株式は、すべて私の娘、望月楓に譲渡した。今日から、彼女がこのカージェイの新たな社長よ。彼女は会社を引き継いだばかりで、まだ分からないことも多い。これからは、彼女の経営を補佐することを最優先にしてちょうだい。私は社長の座を退いたとはいえ、定期的に人を派遣して、各業務の進捗を確認するわ。皆、真剣に取り組むように。適当に誤魔化そうなどと考えないことね」沙弓がカージェイの社長に就任したばかりの頃、ある秘書が報告書を数回間違え、沙弓に解雇されたことがあった。残されたスタッフたちは
「……フォーマルって、どの程度?」沙弓は眉をひそめ、楓の現在のカジュアルな服装を上から下まで一瞥した。「……会社へ向かう途中にデパートがあるわ。そこで、フォーマルな服を2セット買ってあげる」「ええ、分かったわ」昼食後、沙弓は楓を連れてすぐに出発した。ダイニングに残されたデイジーは、向かいに座るブライアンの様子を恐る恐る窺った。てっきり彼が腹を立てるかと思っていたが、ブライアンは驚くほど平静で、食事を続けているではないか。「ねえ、ブライアン。お母様、今日あの女をカージェイに連れて行って、実務を教えるんですって。あなた、あんなにカージェイをあの女に渡すのを嫌がってたじゃない。どうして今日はそんなに落ち着いてるの?」ブライアンは箸を置き、デイジーを冷ややかに一瞥した。「お前みたいな能無しに説明しても無駄だ。お前は毎日、頭の中を空っぽにしてショッピングでも楽しんでいればいい。余計なことに首を突っ込むな」その露骨な侮蔑の言葉に、デイジーは瞬時に激怒した。「何よその言い方!忘れないでよね、お母様は将来ニックファミリーの財産を私にも分けてくれるって約束してるのよ!自分の取り分が減らされないか心配して聞くのは当然じゃない!」ブライアンは鼻で笑った。「お前のその空っぽの頭じゃ、大人しく配当金でも受け取って暮らしていればいい。もしお前なんかが会社の経営に口を出せば、会社は混乱するだけだ」言い捨てるなり、ブライアンは席を立ち、ダイニングを後にした。デイジーは怒りで顔を真っ赤にし、手にしていた箸を力任せにテーブルに叩きつけた。胸の奥では怒りが煮えたぎっていた。……ブライアンのくせに、私を見下すなんて!確かに私は彼ほど賢くないかもしれないけど、少なくとも彼みたいに、あちこちで致命的なトラブルを起こして足手まといになるような真似はしてないわ!一方、デパートに到着した沙弓は、楓を連れて最上階へと直行した。沙弓の姿を認めるなり、店員が満面の笑みを浮かべてすっ飛んできた。「マダム沙弓!お久しゅうございます。最近は大変ご多忙でいらっしゃいましたか?前回お越しいただいてから、もう三ヶ月も経ってしまいましたよ」沙弓は短く頷いた。「ええ、少し立て込んでいてね」「本日は、また新作のバッグをご覧になりますか?」「いいえ。
「そうか。お前と初めて会った時も同じことを言われたが、何年経ってもお前の芯は全くブレないな」雅也はその話題には深入りせず、エドワードの現在の容態について尋ねた。「俺が病院に潜伏させている人間の報告によれば、エドワードの容態は極めて深刻だ。持ってあと一ヶ月といったところだろう。だからこそ、沙弓はこの一ヶ月の間に、自分に反対する勢力を血眼になってすべて粛清しようと動くはずだ」「ああ。彼女が暴走すればするほど、我々が掴める致命的な証拠も増える」「その通りだ。だが、状況は決して楽観視できない。ニックファミリーの内部には、依然として沙弓を強固に支持している勢力が多数存在しているからな」雅也は口角に冷酷な笑みを浮かべた。「だが、あの女には愚かな息子がいる。まずは、ブライアンを救い出すために、沙弓が南部の土地をあんたに売り渡したという事実を、ファミリー内部にリークしてやればいい。彼女を追及する者もかなり出てくるはずだ」沙弓を支持している連中も、ただ無償の忠誠を誓っているわけではない。彼らもまた、莫大な見返りを求めているのだ。もし、沙弓が自分たちに約束した利益をもたらす能力がないと悟れば、彼らは真っ先に彼女を見限るだろう。そうなれば、沙弓は四面楚歌に陥り、ニックファミリーのトップの座も危うくなる。「……分かった」……その日の夕食の席。ブライアンが席に着くなり、楓とデイジーの驚きの視線が彼に突き刺さった。デイジーは驚愕のあまり目を丸くし、声を張り上げた。「ちょっとブライアン、その顔どうしたの!?誰かにボコボコにされたの!?」楓は一瞥しただけで、全く興味がないとばかりにすぐに視線を自分の皿に戻した。彼女にとって、ブライアンもデイジーも空気と同じだ。自分にちょっかいを出してこない限り、完全に存在しないものとして扱うつもりだった。ブライアンの顔色は怒りで青黒く染まった。「お前には関係ないだろ」デイジーは不満げに口を尖らせ、うつむいてそれ以上は何も言わなかった。どうせ殴られたのは自分ではないのだし、余計な首を突っ込む気もなかった。沙弓は終始無表情のままで、二人の会話などまるで耳に入っていないかのように黙々と食事を続けていた。食事が半ばに差し掛かった頃、沙弓の携帯が鳴った。彼女は短く応答すると、足早にダイニ
邸宅へ戻る車中、二人は一言も口を利かなかった。車内は鉛のように重く、息が詰まるような沈黙に支配されていた。車がエントランスに到着するなり、沙弓はブライアンに一瞥もくれず、ドアを押し開けて足早に立ち去った。ブライアンは慌てて彼女を追いかけ、書斎のドアの前までついて行った。そこでようやく沙弓は振り返り、苛立たしげに吐き捨てた。「いつまで私について回るつもり?家庭医を呼んで、傷の手当てをさせなさい」ブライアンは深い自責の念を浮かべた。「お母様、ごめんなさい。これまでは全部俺が悪かった。これからは、絶対にお母様の言う通りにするよ」沙弓は彼を相手にする気すら起きず、ドアを開けて書斎へ入り、ピシャリと扉を閉めた。一方、ロスの邸宅。沙弓とブライアンが去ってから間もなく、一台の黒い高級車が敷地内へ滑り込んできた。車が停車するなり、玄関で待機していたメイドが恭しく後部座席のドアを開けた。雅也が車を降りると、メイドは深く頭を下げた。「雅也様。ロス様が首を長くしてお待ちでございます」メイドの先導で、雅也は広大なエントランスホールと長い廊下を抜け、ロスの書斎の前に到着した。メイドがノックをし、内側からロスの声が聞こえてからドアを開けた。「雅也様、どうぞ中へ」「ああ、ありがとう」雅也が書斎に入ると、メイドは音もなく扉を閉め、二人の密談が終わるまでドアの外で直立不動のまま待機した。ロスはちょうどデスクで筆を走らせているところだった。雅也の姿を認めるなり、彼は顔を上げて快活に笑った。「おお、よく来たな!ちょうどいい、この絵の出来栄えを見てくれないか」雅也はデスクに歩み寄り、広げられた絵に目を落とした。描かれていたのは山水画で、技法も絵に込められた意味合いも平凡だった。お世辞にも上手いとは言えない代物だった。「……凡作だな。市場に出しても、500円だって値はつかないだろう」ロスは腹を抱えて大笑いし、筆を置いた。「ハッハッハ!私にそこまではっきり本音を言うのはお前くらいのものだ。他の連中なら、適当な賛辞を並べ立てて、今すぐ十億円で買い取らせてくれと喚き立てるだろうな」「もしこれに十億円を払う奴がいるとすれば、そいつが買いたいのはこの絵じゃない。ブマード一族との『コネクション』だ」ロスは苦笑して首を横に
アンドレの瞳の奥が微かに暗く沈んだが、すぐに笑みをさらに深めた。「マダム沙弓。ご心配には及びません。私は以前からずっと、デイジーお嬢様のことはただの可愛い妹としてしか見ておりませんから」自分が最も望んでいた模範解答を引き出し、沙弓は満足げに微笑んだ。「ええ、そう言ってもらえると助かるわ……さて、あなたも色々と忙しいでしょう。これ以上引き留めるのは野暮というものね」「はい、マダム。それでは、これで失礼いたします」アンドレが退出した後、沙弓が仕事に戻ろうとしたその時、執事が不意にドアをノックして入ってきた。「奥様!ブライアン様が……昨夜、バーでブマード一族の人間を殴ったとのことです!」その報告を聞いた瞬間、沙弓の顔色は一気に青ざめ、弾かれたように立ち上がった。「どういうこと!?今どこにいるの!」執事の顔はこれまでになく険しかった。「昨夜のうちに、ブマード一族の者に身柄を押さえられました。先ほど、向こうから電話があり、『引き取りに来い』と……」沙弓の瞳に激しい怒りが燃え上がった。彼女は氷のような声で吐き捨てた。「……あの底抜けの馬鹿が!」ブマード一族は、この何年もの間、ニックファミリーの最大の宿敵だった。ブライアンはその一族の者を見かけたのに、避けて通るどころか、揉め事を起こしたのだ。どこまで救いようのない阿呆なのか!ブマード一族がわざわざ電話をかけてきて「引き取りに来い」と言うのは、親切心などでは断じてない。沙弓の面目を潰すために決まっていた。おまけに、ブライアンが完全に彼らの人質に取られている以上、この絶好の機会に天文学的な代償を要求してくるのは火を見るより明らかだった。ブライアンを無傷で連れ戻すことは、もはや容易なことではない。もし彼が自分の実の息子でなければ、沙弓はそのまま見殺しにしていただろう。「……車を出しなさい」一時間後。沙弓は、ブマード一族のトップ、ロス・ブマードと彼の書斎で向かい合って座っていた。「ロス。ブライアンを解放するための条件を言いなさい」ロスは白髪交じりの初老の男だが、その深く刻まれた皺の奥にある薄青い瞳には、狐のような狡猾さが光っていた。彼は愉快そうに笑い声を上げた。「沙弓。ブライアンが我が一族の者を殴ったのだ。当然、相応の落とし前をつけてもらわな
雅也のどこ吹く風という態度に、麗子はこめかみを押さえた。頭痛が増したようだ。小さく首を振り、それから視線を大輔と楓へ向ける。「結婚して、もう三年になるのよ」穏やかな口調を装ってはいる。けれど言葉の刃は隠せていない。「子どもはいつ?ひ孫の顔を見るのを楽しみにしているのだけれど」その話題が出た瞬間、リビングの空気がぴんと張りつめた。楓は無意識にティーカップを強く握り、指の関節が白くなる。――いちばん触れられたくない話。口にされるたび、胸の奥をえぐられる。そこへ、大輔の叔母・雪乃(ゆきの)が身を乗り出した。「楓。大輔と結婚して三年よ?」薄く笑いながらも、声の端には
吐き気が一気に込み上げ、楓は息を詰めた。首元に手を伸ばしてネックレスを外し、そのまま迷いなく寝室のゴミ箱に投げ捨てる。ダイヤが金属に当たった音がした。楓はその足で客用バスルームに飛び込み、シャワーを全開にした。熱い湯が肌を刺す。でも、そんな痛みはどうでもいい。ボディソープを掴み、首元から身体まで必死に洗い続ける。大輔の痕跡を、触れられた記憶を、全部流し去りたかった。肌が赤くなってヒリつくのに、まだ汚れている気がした。あのネックレスが、別の女の首にかかっていた――それだけで胃がひっくり返りそうになる。想像してしまう。昨夜、大輔のそばで笑っていた女。そして、さっきまで自分に向け
楓は家に戻ると、そのままリビングのソファに沈み込んだ。スマホの画面には、さっきかけた番号がまだ残っている。怒りと悲しみが少し引いたぶん、現実がじわじわ押し寄せてきた。離婚するなら、まずは自立しなきゃいけない。――でも、父の治療費。今、毎月の医療費は全部大輔が出している。月に600万円。とてもひとりで背負える額じゃない。楓は指先を震わせながら連絡先をスクロールした。そして、ある名前で手が止まる。安藤教授。大学院時代の指導教官だった人。迷う時間はなかった。楓は通話ボタンを押した。「もしもし……安藤(あんどう)教授ですか?私です。木村楓(きむら かえで)です」落ち着い
「楓……本当に、離婚届を作ってほしいの?」電話の向こうで、早川明里(はやかわ あかり)の声が少し掠れた。迷いと心配が滲んでいる。「よく考えて。サインしたら……もう大輔とは、戻れないよ?」木村楓(きむら かえで)はグラスの中の琥珀色の液体を見つめた。ウイスキーは喉を焼く。けれど昨夜の光景だけは、脳裏に焼きついたまま離れることはなかった。握り締めたスマホが、手汗で少し滑った。「うん」楓は短く言った。「彼から離れることにしたの」「どうして……?大輔、楓には優しかったじゃない。愛されてるって――」その言葉に、楓は笑いそうになったが、喉の奥で押し殺した。愛だって?なんて面白い冗談だ。通話