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第239話

Auteur: 青葉凛
居並ぶ顔ぶれを、鋭い眼差しで順番に見据える。「会社とは組織であり、個人の私物ではない。ここにいる全員、その大前提を勘違いしないことだ。私が今、この席に座り続けているのは、私にそれだけの能力があり、他でもない会長が私を認めたからに他ならない」

しんと静まり返った会議室に、律の冷徹な声だけが響き渡る。「他にも意見がある者は?不満や反発があるなら、腹に抱え込まず今ここで明確に口にしたまえ」

律が経営トップに就任して以来、拝島グループは確実な成長を遂げてきた。今年の利益率も、前年を大きく上回る見通しだ。その実績は、誰の目にも明らかだった。

これほど巨大な組織を、志津が若き律に委ねたのには明確な理由がある。

就任当初こそ「若すぎて経営など無理だ」と高を括っていた役員たちも、やがて思い知らされることになったのだ。この若者の底知れぬ才覚と、古い枠組みに囚われない圧倒的な先見の明を。

律の言葉が途切れると、役員たちは一様にうつむき、誰一人として口を開こうとはしなかった。先ほどまでは強気な言葉を並べ立てていたが、それは裏で正人の扇動があったからに過ぎない。莫大な利益を叩き出す絶対的な経営者を前
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    紫音の言葉は、闘病で苦しむ有加里への心からの同情と配慮から出たものだった。「分かっているわよ」琴音は少し不満げに目を伏せながらも、頷いた。「今が彼女にとって一番辛い時期だっていうことは理解しているつもり。こんな時に頭ごなしに反対したりすれば、私が血も涙もない冷酷な人間みたいじゃない」「もし二人がただの『友人』として割り切っているなら、州がそばで看病するのも好きにしていいわ。あんな大病を患えば誰だって心細いし、なによりあの子はたった一人で、頼れる身内もいないのだからね。州が親身になって世話を焼くのも、人道的には悪いことじゃないと思うわよ」琴音はそこで一度言葉を切り、深く重いため息をついた。「……でもね、州が『伴侶』としてあの子を横に置くのだけは、どうしても受け入れられないの。これは私の中で、絶対に譲れない一線なのよ。母親として、自分の息子がどうしてあんな危うい存在と一緒にいなければならないのか、どうしても納得できない」「州が彼女を『看病』するのは百歩譲って認めるわ。でも、どうか母親の気持ちも少しは分かってちょうだい。あんな重いものを背負った女の子と、自分の息子が一緒になることを心から喜べる親なんて、どこにもいないわよ」琴音の限界の妥協だった。これ以上彼女に理解を求めるのは酷だった。もし州と有加里が強引に結婚へと突き進むなら、琴音は本気で息子との絶縁も辞さないだろう。その絶対的な決意の固さが、重苦しい沈黙となって室内に立ち込めていた。「お母さんの気持ちは分かっているわ。私たち兄妹の将来を大切に思って、一番ふさわしい幸せを見つけてほしいって心から願ってくれていることも」紫音は、母の凝り固まった心を解きほぐすように優しく語りかけた。「でも、お兄ちゃんはお母さんも知っての通り、自分というものをしっかり持っている人よ。ずっと昔から家族のことを考えて、あんなに立派にやってきたじゃない。だから私たちが過剰に心配しなくても大丈夫。お母さんがきちんと気持ちを伝えたのなら、お兄ちゃんもきっとお母さんの思いを無下にはしないはずよ」紫音は少し口調を和らげた。「それに有加里さんの体調だって、今後どこまで回復できるかまだ分からないんでしょう?それなら、今は頭ごなしに先のことを思い悩むより、少し様子を見守るしかないんじゃないかな。時間

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    常に自分たちの欲望と損得だけを最優先し、病弱な母親の精神状態など少しも気にかけていない。志津はこれまでの人生のすべてを家族のために捧げ、身を粉にして拝島家を守り抜いてきた。その結果、自分の身を削って体調を崩すことになっても、彼女は決して愚痴一つこぼさなかった。だが、あの気丈な祖母が胸の奥でどれほどの虚しさを抱えているか、律には痛いほど分かっていた。愛情を注いだはずの二人の息子がここまで堕落し、歯向かってきたことに対する志津の絶望は、決して浅いものではないはずだ。志津のその辛酸を思うと、律も胸が締め付けられるようだった。あれほど気丈に振る舞ってきたのに、最愛の息子たちから良いように利用され、算段の道具として扱われている。それがどれほど惨めで、悲しいことか。宏も正人も、母親の無償の愛にあぐらをかき、「どうせ最後は自分たちを許してくれる」と本気でタカを括っているのだ。できることなら、自分が前に出て正人たちに思い知らせてやりたい。だが、今の律には祖母を堂々と庇うための「絶対的な身分」が欠けていた。自分には拝島の血が流れていない。もし戸籍上の父である宏が律の母と離婚すれば、自分は完全にこの家から切り離されることになる。そうなれば今後、本家へ足を運んで志津に会うことすら困難になるだろう。執念深い宏のことだ。自分が権力を握れば、憎き律を本家へ一歩も出入りさせないようにするはずだ。志津が自ら会いたいと望まない限り、接点は完全に絶たれる。だが志津は、決して自分から周囲に迷惑をかけるような真似はしない。すべてを一人で抱え込み、耐え忍んでしまう人だ。そう考えると、律の心の奥に拭いようのない無力感が広がっていった。「……暗い話ばかりしていても仕方ないわね」重苦しい空気を切り裂くように、琴音があえて明るい声を出した。「志津様にとっては辛い試練になるでしょうけれど、どう対処するかはあの方自身が決めること。私たちはこれ以上、勝手に気をもむのはやめましょう」琴音はふうっと小さく息をつき、少し真面目な顔つきに変わる。「それよりも、今日は紫音と律くんに相談しておきたいことがあるのよ」紫音と律が同時に琴音の方を向くと、彼女はきっぱりと言い放った。「州と有加里さんのことよ。もうすぐ二人そろって戻ってくるでしょう?私は今回、あの子たちに直接

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    「……ええ、分かっています。琴音さんの言う通り、この件には口を出さないでおきます。これはあくまで、向こうの『家族』の問題ですから」律は静かに頷いた。「祖母がどんな決断を下そうと、私はそれに従うだけです。あの人には確固たる信念がある。どれだけ周りが騒ぎ立てようと、熟考の末に出した決断を他人が左右することなんて絶対にできませんから」律はすでに、あらゆる事態を覚悟していた。もし仮に、志津の口から「会社をすべて颯馬に譲れ」と告げられたとしても、彼にはそれを黙って受け入れるつもりがあった。拝島グループは、志津が人生のすべてを懸けて守り抜いてきた血と汗の結晶だ。自分はただ、その想いに報い、会社をより大きく盤石なものにするために力を尽くしてきたに過ぎないという思いが強かった。「私も、律に賛成するわ」紫音も横から口を挟み、律の考えを後押しした。「志津様は自分の意志でどうすべきか判断できる人だもの。それにね、颯馬くんがこうして私にまで相談してくるくらいだから、きっと志津様本人にもすでに事情を伝えているはずよ。事前にある程度の覚悟ができていれば、ショックで倒れるような最悪の事態は防げるかもしれないわ」紫音は、颯馬の行動の意図を正確に読み取っていた。彼が事細かに連絡してきたのは、母親である志保を本気で志津に認めてもらいたい、一族として受け入れてほしいという切実な願いの表れでもある。だからこそ、事が大きくなる前に自分で布石を打ち、彼なりに最大限の努力をしているのだろう。「そうだな……そうであってほしい」律は眉根を寄せ、重い息を吐き出した。志津の容態は現在ようやく安定しているとはいえ、決して無理がきく状態ではない。もし宏たちが土足で踏み込んで手酷い精神的ショックを与えれば、致命的なダメージになりかねないと、律は深く危惧していた。だが、宏たちが「志保を妻として認めさせる」と決意し行動を起こした以上、そう簡単に引き下がるはずがない。これから本家で訪れるであろう避けられない嵐の気配に、律の心はしんと冷え込んでいった。「やっぱり、この件に私たちが首を突っ込むのはやめましょう。志津様がどんな決断を下そうと、私たちはただ見守るべきよ」紫音の口調は落ち着いており、迷いがなかった。「もし志津様から何か頼まれたら、その時は全力で力になるわ

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    確かに長年海外で好き勝手に生きてきたが、自分だって正真正銘、志津の息子だ。拝島グループの財産を受け取る正当な権利があるはずだ。ならば、自分の手でその権利を勝ち取って何が悪いというのか。一度腹を括った以上、もはや躊躇うつもりはない。どんな手を使ってでも、母さんに会社を息子へと――すなわち自分たち直系の家族へと――継がせねばならない。長年母親を放置してきた罪悪感が全くないわけではない。だが、母さんが颯馬をこれ以上なく可愛がっているのは紛れもない事実だった。ならば、その情を最大限に利用して、拝島家の全財産を自分たち一家のものにするべきなのだ。正人の兄貴に牛耳られるくらいなら、すべて自分たちが独占してやる――それが宏の行き着いた結論だった。「…………」颯馬はふと目を伏せると、無言で通話ボタンをタップした。ツー、ツーという無機質な電子音が、父親との断絶を告げていた。颯馬はスマートフォンをポケットにねじ込んだ。これ以上、欲にまみれた父親の戯言など一秒たりとも聞いていられなかった。同時に、欲深い親の身勝手な振る舞いで祖母を傷つけてしまうことが、心底申し訳なかった。自分なりに必死に父親を止めようとしたが、まるで通じなかった。もはや颯馬に打てる手は何もない。狂気に満ちた父親と、静かに覚悟を決めた祖母。その間に挟まれた颯馬は、壁に寄りかかって深く息を吐き出し、やり場のない無力感に苛まれていた。これからどう立ち回ればいいのか、全く分からない。――本来なら、一つの「家族」のはずなのに。どうしてみんな、こんな風に憎しみ合い、互いを食い物にしようとするのだろうか。颯馬には、その歪んだ欲望の連鎖がどうしても理解できなかった。同じ頃、京極家が滞在するマンションの一室。志津の身に降りかかる事態を颯馬から聞かされていた紫音は、胸騒ぎを抑えきれず、すぐに律へと連絡を入れた。宏が志保を連れて本家へ乗り込めば、激しい修羅場になることは火を見るより明らかだ。何より、病み上がりの志津の体が心配でたまらなかった。紫音から事の顛末を聞かされた律も、わずかに驚きの表情を見せた。いくら宏が長年海外で好き勝手にしてきたとはいえ、まさか外で作った愛人を堂々と本家に連れ込み、絶対的権力者である志津に「正式な妻として認めろ」と無理強いするほど常軌を逸していると

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