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第7話

Author: キカイ
キャンドルディナーは豪華なクルーズの宴会場で開かれた。

瑛司が用意した高級ジュエリーが小山みたいにかれんの前に積まれ、きらめきが強すぎて目を開けていられない。

彼はホールの中央に立ち、燃えるような目でかれんを見つめ、言葉の一つひとつに想いを込めて告白する。周りでは称賛の声が次々と上がった。

「かれんさんは世界でいちばん幸せな女の人だよ」

「そうだよ。藤原さんにここまで愛されるなんて、羨ましい」

かれんは人混みの中で、どれだけ歓声が飛んできても、ずっと俯いたまま黙っていた。

瑛司は胸のあたりが妙に重くなり、ついに堪えきれず、彼女を強く抱き寄せた。

「かれん、どうしてそんな目をするんだ?まだ怒ってるのか?

誓うよ。あの日は本当に人違いだった。ねえ、俺を許してくれないか?

なあ、許してくれるなら、何でもする」

かれんはようやく顔を上げ、二歩下がって、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ、命で払って。

真美さんを消して。そうしたら許してあげる」

軽い冗談みたいな口ぶりなのに、瑛司の目は一瞬で暗く沈んだ。

すぐに自分の態度に気づいたのか、半ば強引に彼女を抱き戻し、なだめるように言う。

「あの子、まだ大学も出てない。相手にするだけ無駄だ。

こうしよう。彼女にここで土下座させる。どう?」

かれんが笑って言い返そうとした瞬間、瑛司の携帯が鳴り、勝手に動画が流れ出した。

画面の中で、真美が黒服の男二人に床へ押さえつけられ、泣き叫んでいる。「瑛司さん、助けて!誰かが!」

三秒後、動画はぶつりと切れた。

瑛司の握る指がみしりと鳴り、画面にひびが走る。

彼は顔を上げ、怒りを押し殺した声でかれんを見る。「かれん。お前が真美に手を出したのか?」

かれんは眉をひそめて彼を見た。

「何の話?私がそんなことするわけないでしょ」

「ああいうの、手を汚すのも嫌」

言い終わるや、瑛司はテーブルのキャンドルディナーを乱暴に払い落とした。

「ああいうのって何だ?彼女はまだ20歳だぞ。お前はあの子の一生を台無しにする気か?」

かれんは信じられない思いで彼を見つめた。

知り合ってから何十年、他の女のためにここまで怒鳴る彼を見るのは初めてだ。

取り乱している自分に気づいたのか、瑛司は声を落とした。

「かれん、分かってる。あの子がケーキを倒して、お前が落ちたのを恨んでるんだろ?

でも俺に任せろ。居場所を教えてくれたら、彼女にお前の前で土下座させる。いいな」

目の前の焦った男を見て、胸の奥がずきずき痛む。

かれんは自分の前のテーブルを同じように払い飛ばし、瑛司を真っ直ぐに見据えて、一語ずつ区切って言った。

「知 ら な い」

言い終えると、瑛司は瞬時に逆上した。

「かれん。俺はチャンスをやった。怒らせたのはお前だ」

彼は何かメッセージを送ると、かれんの腕を乱暴に引き、後ろのデッキへ連れていく。

手すりの外には、かれんの母、椎名美佐子(しいな みさこ)が吊り下げられていた。

足元では海が渦を巻き、サメの白い牙がちらりと見える。

かれんの瞳孔が縮み、反射的に瑛司の頬を叩き、全身が震える。「瑛司、このクズ。あれは私のお母さんよ」

瑛司はゆっくりと顔をそむけ、親指で口端の血を拭った。

「カウントは5秒。言わないなら、父親の時みたいに、母親もお前のせいで死ぬ。

5、4……」

その言葉は毒の刃みたいに、かれんのいちばん深いところに突き刺さった。

彼女は急に動きを止める。

かつて愛した人間は、どこに刃を入れれば一番痛むか、いつだって知っている。

信じられないものを見るように、かれんはかすれ声で言う。「自分で何を言ってるか、分かってるの?」

熱い涙が瑛司の腕に落ち、彼の体がびくりと震えた。ほんの少しだけ我に返る。

生まれてから今まで、彼はかれんがここまで絶望した顔を見たことがない。

胸が刺されるみたいに痛み、怒りに頭を乗っ取られていたと気づく。口を開くが、謝罪の言葉は喉でつかえた。

そのとき、携帯がまた震え、写真が一枚届いた。

そこには、服を乱され、全身に鞭のような赤い痕が残る真美の姿。

瑛司の目が一気に血走り、さっき芽生えた罪悪感は、怒りに支配された。

彼はかれんの腕を乱暴に振り払い、苛立ったまま背を向けて歩き出す。

ガン!

かれんは手すりに叩きつけられ、額に鮮血がにじみ、頬を伝って落ちた。

後ろのボディーガードが息を呑み、叫ぶ。「藤原さん、かれんさんが出血してます」

瑛司の足は一瞬だけ止まったが、振り返りもしない。「血が出たなら医者を呼べ。

それと、まだ突っ立ってるのか?

真美を見つけられないなら、お前ら全員道連れだ」
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