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第4話

Auteur: 五八萬
唇を噛みすぎて、ほとんど血がにじみそうだった。花咲は笑顔を作ろうとしたが、それは泣き顔よりもずっと歪んで見えた。

「わかったよ、おじいちゃん。すぐに電話する」

花咲はすぐさま、遼に電話を掛けた。

彼の口からあの偽りの約束を聞きたいわけじゃない。

ただ、祖父に未練を残したまま逝ってほしくないだけだった。

けど、続けて三度電話をかけたが、応答はなく、あるいはすぐに切られた。

こんなことは今まで一度もなかった。

花咲は何かに気づいたようで、怒りに震えが全身へと広がっていった。

彼女は必死に感情を押し殺し、込み上げる苛立ちを呑み込みながら、四度目の発信ボタンを押した。

今度で、ようやく繋がった。花咲の目がぱっと輝き、すぐに口を開いた。

「りょ……」

しかし、その先の言葉は口に出る前に、電話の向こうから次々と響く甘ったるい声に遮られた。

花咲はいち早くも反応し、ほとんど反射的に音量を最小にし、スマホを握りしめて一歩後ずさった。

それでも、漏れ聞こえた耐えがたい声は、はっきりと耳に届く。

あまりにも鮮明で、遼の息の乱れた声まで聞き取れてしまうほどだ。

心地よい低い声に、今はあからさまな情欲の色が混じっていた。

「……由奈、お前は本当に小悪魔だな」

由奈は艶めいた声で小さく甘く鼻を鳴らし、「じゃ、遼……教えてよ。私と、月岡花咲、どっちが好き?」

遼はまさに昂ぶりの最中にあり、由奈を叱ることもせず、少し苛立った声で言った。

「……花咲のことを言うな」

由奈は吐息まじりの甘い声で、遼をさらに欲望の深みへと引きずり込む。

そして、わざと花咲に聞かせるように声を張り上げた。

「だって遼、あなたが言ったんじゃない?彼女、全然色気がないって」

「……花咲」

祖父の弱々しい声が、花咲を取り乱しそうな淵から引き戻した。

容体はすでに極限まで悪化しているはずなのに、花咲の顔色を気にして、無理を押して病床から身を起こそうとした。

「まさか遼のやつ、出ないのか。

電話よこせ。私が説教してやる」

花咲は胸を切り裂かれるような痛みを押し込み、素早く通話を切った。そして、笑顔を作った。

「大丈夫だよ、おじいちゃん。遼は忙しいだけ。一生、私を守るって言ってくれたから」

ようやく安心したように、祖父は再び身を横たえた。

最期の時が近づいてもなお、花咲の手を離そうとせず、かすかな声で言葉を繰り返し続けた。

「花咲、幸せになれ」

「じゃないと、安心して目を閉じられん」

「泣くな。会いたくなったら、夜に星を見ろ。空から見守ってる」

その声はだんだんと薄れていく。

花咲はただ、祖父の胸がもう二度と上下しないのを呆然と見つめた。

涙は、もうほとんど尽き果てていた。

花咲は冷たくなった祖父の年老いた手に頬をそっと押し当て、小さくささやく。

「ごめんなさい、おじいちゃん。わたし、嘘をついてたの。

遼が一生、私を守ることなんてない。

でも大丈夫。これからは、彼のいない人生でも幸せに生きるから」

ヨーロッパ行きの日が、もう目の前に迫っていた。

祖父の葬儀は、花咲は最も早い段取りで終わらせるしかなかった。

押し寄せる深い悲しみを抱えたまま、二日二晩を費やして全てを終えた。

疲れきった体を引きずって家に戻ったものの、そこに遼の姿はやはりなかった。

それは、もう珍しいことではなかった。

年が明けてから、花咲の勤める病院は一層忙しくなり、二人で過ごす時間は目に見えて減っていった。

そのうち遼は、会社の仕事が立て込んでいると理由をつけ、一週間まるごと家に戻らないことも珍しくなくなった。

それでも、以前の遼はあまりにも彼女に優しすぎた。

その優しさを疑うことなどなく、花咲はむしろ、自分が忙しさにかまけて遼のそばにいられないことを申し訳なく感じていた。

まさか。

彼が本当に忙しかったのは確かだが、その場所がほかの女のベッドの上だったとは。

スマホを取り出して時間を確認したとき、花咲は何気なく遼とのチャット画面を開いた。そこで気づいた。二人が最後に会話をしたのは、もう四日前のことだった。

乾いてひび割れた唇の内側を、花咲はそっと噛んだ。その鋭い痛みで、胸の奥に広がる痛みを紛らわせようとする。

長いまつ毛がかすかに震え、彼女は遼の連絡先をブロックした。

もう、未練に値するものなんて、何ひとつ残ってはいなかった。

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