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第4話

Author: チビッコ
スマホが震えた。不動産仲介からのメッセージだった。

【天城様、売却に出されたお部屋、お客様が立地とリフォームをとても気に入っています。

一応確認させてください。本当に急いで手放すおつもりですか?こちらは新居だと伺いましたが、こんなに綺麗にリフォームされたのに、もったいないですよ】

未知瑠は感情を交えず、短い返信を送った。

【ええ、売ります】

仲介からすぐに返信が来た。

【ではその後の手続きはこちらで進めさせていただきますね。内覧はいつから可能となりますか?】

【明後日。お客様をお連れして、直接向かっていただいて構いません】

送信ボタンを押すと同時に、彼女は抗アレルギー薬を2錠、口に放り込んだ。

このマンションは、未知瑠が一から心を込めて整えた新居だった。

けれどもう、その必要はなくなった。

タクシーでマンションに乗り付け、暗証番号を押して中に入る。ドアを開けた瞬間、思わず眉をひそめた。

リビングのソファには、穂月の服が無造作に散らばっている。

吟味して特注し、靴箱の上に綺麗に並べておいたペアのルームシューズは、リビングのラグの端へと無造作に蹴り飛ばされていた。

ローテーブルには穂月の好む菓子が散乱し、ベランダには彼女の下着が干され、浴室にはスキンケア用品が並んでいる。

未知瑠は靴を脱ぎ、冷たいフローリングをゆっくりと歩きながら、部屋を見渡した。心の底が、しんと冷え切っていくのが分かった。

家の防犯カメラの管理画面を開き、この1か月分の映像を呼び出す。

週末のたびに、そして残業だと言っていた夜のたびに、和智は決まって穂月を伴い、この部屋へ帰ってきていた。

ふたりで料理をし、ソファに寄り添って映画を観て、肩を並べて新居の飾り付けをする。その仲睦まじい様子は、まるで本物の新婚夫婦そのものだった。

なるほど。彼の言う「忙しい」とは、ここに身を潜め、姉とふたりきりで過ごすことだったのか。

未知瑠は無表情のまま、すべての映像データをコピーして保存し、それから黙々と、自分以外の痕跡を片付け始めた。

午後。玄関口から、電子錠の解錠音が鳴り響いた。

片付けの手を止め、ドアを開ける。

和智、穂月、知華、それに長年付き合いのある共通の友人たちが、廊下いっぱいに立っていた。

裸足で部屋の中に立つ未知瑠を見て、全員が一斉に固まった。顔に浮かんでいた笑みが、瞬時に凍りついた。

和智の目に一瞬動揺が走ったが、すぐに取り繕い、静かに言い訳を始めた。

「穂月はな、最近住むところがなくて、少しの間だけここに泊まってもらってるんだ。今日は友達を連れて、結婚式の段取りを確認しに来た」

知華がすぐに口を挟み、場を取り繕う。

「そうそう、今日はね、当日の余興のリハーサルに来たのよ。式当日にミスがあったら困るから」

未知瑠は目の前に立つ、長い間ずっと自分を欺き続けてきたこの人々を見つめ、ゆっくりと苦笑を浮かべた。

よかった。

もし今日、自分がここに来なかったら。この部屋を売る決心をしていなかったら……

自分は一生、この惨めな茶番に気づかないままだっただろう。

その場の全員が気まずそうに目配せを交わし、そそくさと部屋の中に入って、余興の練習を始めることになった。

そのまま、余興としていくつかのゲームを始めることになった。

ひとつ目は、手だけで花嫁を当てるゲーム。

ルールは単純。目隠しをして手だけで触り、その場にいる中から自分の花嫁を探し当てるというものだ。

和智が目隠しをされ、友人たちが順番に手を差し出す。

彼の指先はすべての手をなぞったが、迷う様子は一切なく、まっすぐに穂月の手首を掴み取った。そして低く優しい、確信に満ちた声で告げる。

「お前だ」

満面の笑顔で目隠しを外し、真っ先に視線を穂月の顔に向ける。けれど視界の端に、無表情で立つ未知瑠の姿を捉えた瞬間、その笑みが凍りついた。

和智は慌てて手を離し、気まずそうに取り繕った。

「道理で、手の感触がそっくりだと思った。さすが実の姉妹だな、一瞬分からなかったよ」

ふたつ目のゲームは、相性クイズ。

「相手のいちばん好きな料理と、苦手な食材は?」

和智はすぐさま答えた。

「甘辛い味付けの親子丼だろ。三つ葉と玉ねぎ抜きで」

未知瑠がいちばん好きなのは、あっさりした料理。甘辛い味付けの親子丼はむしろ苦手だ。

そして三つ葉と玉ねぎが苦手なのは、穂月の方だった。隣で知華がすかさず取り繕う。

「はははっ、よくあることだよ!和智、ずっと結婚式の準備で忙しかったんだから、勘違いくらい普通だって!次、次いこ!」

3つ目のゲームは、思い出エピソードクイズ。

ルールは、いくつかの思い出の品を並べ、それにまつわるふたりだけのエピソードを素早く答えるというもの。

友人が道具を並べる。当時の映画の半券、手編みのミサンガ、名前を刻んだ万年筆。

和智の視線が手編みのミサンガに落ちた。ほとんど考える間もなく、すらすらと語り出す。

「高校の学園祭の日の夜、穂月が徹夜して編んでくれたんだ。二度も失敗しながら」

言い終えた瞬間、はっと我に返り、慌てて取り繕う。

「……っ!今日は出るとき慌ててて、物を取り違えたみたいだ」

未知瑠の胸が、息もできないほど締めつけられた。

今日行ったゲームはどれも、未知瑠自身がひとつひとつ選んだものだった。彼がすぐに自分だと気づいてくれることを願って。

なのに結局、全部が彼と姉との甘い思い出話にすり替わっていく。

もう1秒たりとも、そこにいられなかった。

未知瑠は堪えきれずに踵を返し、勢いよくドアを押し開けて部屋を飛び出した。

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