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第5話

Author: チビッコ
余興の練習をひとしきり終えた一同は、食事に行く店を相談し始めた。

マンションの下まで降りたところで、穂月がふと足を止め、服の裾をきゅっと握った。

「しまった、ブレスレット、リビングのテーブルに忘れてきちゃった。大事なものなのに」

和智が上階の窓を振り返り、それから未知瑠に目を向けた。

「未知瑠、悪いけど、取ってきてくれないか。穂月は暗証番号を知らないし、お前の家だから、その方がいいだろ」

未知瑠はその場に立ち止まったまま、彼を一瞥した。

分かっていた。自分が上に行っているわずかな時間で、ふたりは抱き合うのかもしれない。式の前の慰めの言葉を交わすのかもしれない。あるいは、彼女が聞いてはいけない約束を交わすのかもしれない。

けれど未知瑠は何も言わず、ただ小さく頷いた。

ちょうど自分も、新居全体の写真を何枚か撮って仲介に送るつもりだったからだ。

未知瑠は踵を返し、エレベーターで上階へ戻った。

暗証番号を押した直後。背後から凄まじい力で腕を掴まれ、体ごと壁に叩きつけられた。

ドンッ、という鈍い衝撃音とともに、目の前に火花が散ったように視界が白く飛んだ。

「このクソ女が!」

我に返る間もなく、頬に平手が飛んできた。頭が大きく傾ぎ、口の中に生臭い血の味が広がる。

「離婚した途端に次の男を作りやがって。俺の目を盗んで浮気しやがって、恥知らずにも程があるだろうが!」

そこでようやく、目の前の男の顔が見えた。

血走った目、酒の匂いをまとわせた男。穂月の元夫だ。あの、日常的に暴力を振るっていたという男だった。

未知瑠はやっとの思いで身を起こし、口の中に鉄の味を感じながら、締めつけられた喉から声を絞り出した。

「人違いです……私は、穂月じゃないっ」

男は一瞬呆けたが、すぐに彼女の首を掴んで壁に押しつけ、歯を食いしばりながら唸った。

「まだ俺を騙す気か?お前が2日前、自分でうっかり漏らしたんだろうが。今夜このマンションに来るってな。じゃなきゃこの俺が、待ち伏せなんてできるわけないんだよ!」

締めつけられ息もできないまま、未知瑠は爪を男の手の甲に食い込ませた。男は痛みに手を離すと、すぐさま反対の手で再び平手を打ちつけてきた。

体ごと吹き飛ばされ、床に倒れ込む。後頭部がテーブルの角にぶつかり、そこから生温かい血がじわりと滲み出し、首筋を伝った。

男は足を振り上げ、彼女の体を蹴りつけてくる。

床に丸まったまま、震える指でポケットのスマホを探り当て、和智の番号にかけた。

呼び出し音もほとんど鳴らないうちに切られた。

男は荒い息を吐きながらしゃがみ込み、未知瑠の髪を掴んで半ば無理やり引き起こすと、もう片方の手でポケットから折りたたみナイフを取り出し、首筋に突きつけた。

「まだ人を呼ぶ気か?」

未知瑠は唇を動かし、絞り出すように言った。

「もう一度言う。私は穂月じゃない。妹の未知瑠だっ!」

一方、下で待っていた和智は、いつまでも降りてこない未知瑠に不安を覚え、穂月を連れて引き返してきた。

ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、息も絶え絶えに床へうずくまる未知瑠と、狂気じみた表情でナイフを構える見知らぬ男の姿だった。

和智は真っ先に飛びかかっていった。

「離せ!」

男の腕を掴んで動きを封じようとしたが、男は体格に勝り、和智を強引に振りほどく。その勢いでナイフの刃が未知瑠の首筋をかすめ、鮮やかな血の筋が瞬時に浮かび上がった。

痛みに、未知瑠の体が大きく震えた。

男は刃の向きを変え、まっすぐドアの前に立つ穂月へと突きつけた。

「なるほどな、だからさっきから人違いだって言ってたのか!本物はこっちにいたのか!」

和智はよろめきながらも体勢を立て直し、両腕を広げて穂月を自分の背後にかばった。

混乱の中、和智は背後にかばった女性を未知瑠だと思い込み、床に倒れている未知瑠を穂月だと勘違いしたまま、鋭く怒鳴りつけた。

「もういい、穂月!これ以上ふざけるのはやめろ!」

「まだ妹に罪をなすりつける気か!妹まで巻き込むつもりか!」

男は背後にかばわれた穂月と、足元で血まみれになって丸まる未知瑠を交互に見やり、口の端を歪めて不気味な笑いを漏らした。

「クソ女が、まだ俺を騙そうってのか!」

完全に激高した男は、手にしたナイフを振りかぶり、未知瑠の喉めがけて突き下ろした。

未知瑠は歯を食いしばり、残る力を振り絞って横に転がりながら、同時に男の手首を死に物狂いで掴んだ。

ふたりで床の上を転げ回りもみ合ううち、指先がテーブルの脚の近くで割れたガラスの破片に触れた。その鋭い縁を握りしめ、力の限り男の肩に突き立てた。

男が絶叫し、よろめきながら後ろに下がる。ナイフがカランと音を立てて床に落ちた。

そのとき、警察が踏み込んできた。すぐさま男を組み伏せ、うつ伏せに押さえ込むと、手首に手錠をかけた。

階下ではまだサイレンが鳴り響き、室内は散乱したガラスの破片と血痕で凄惨な有様だった。

和智の体がびくりと震え、ようやく我に返ったように、よろめきながら未知瑠のそばへ駆け寄ってしゃがみ込んだ。

そこでようやく、自分が守った相手が穂月で、床に倒れているのが未知瑠だったと気づいた。

抱き起こそうと手を伸ばしながら、彼女の名前を呼んだ。

「……未知瑠!」

声はかすれて、ほとんど聞き取れないほどだった。

「俺は……ふたり同時に傷つけたくなかったんだ。さっきの状況じゃ、俺には片方しか守れなかった……本当に、これ以上誰かが傷つくのが怖かったんだ」

未知瑠は血だまりの中で半分目を閉じたまま横たわり、彼を見ることもせず、答える力さえ残っていなかった。

救急隊員が担架を抱えて駆け込んできて、慎重に彼女を担架へ移した。

運び出される途中、壁際で居心地悪そうに立ち尽くす穂月のそばを通り過ぎる瞬間。未知瑠は血にまみれた手を必死に持ち上げ、震える指先で、穂月の袖口をそっと掴んだ。

穂月の体が、びくりと強張った。

未知瑠は残る力を振り絞り、言葉を吐き出した。

「お姉ちゃん……あの人、どうして私のこの部屋の住所を知ってたの?」

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