体育の授業は2クラス合同で行われるらしいのだけど、なんと私のクラスは藍のいる芸能クラスと一緒だった。「久住くーん」「藍くん、今日もかっこいいね」藍は今日も、沢山のファンの女の子たちに囲まれている。ムスッとしていて、相変わらず彼の愛想は良くないけれど。授業は男女別で行われるものの、同じ体育館に藍がいる。それだけで、なんだかとても嬉しかった。チャイムが鳴り、体育の授業が始まる。今日は、バスケットボールをするらしい。みんなで準備体操をしたあと、男子と女子がそれぞれ別のコートに分かれて練習開始。まずはドリブルやシュートの練習に取り組み、残りの時間で試合をすることになった。芸能科のA組と、私たち普通科のB組が対戦する。男子側のコートでは現在、藍のいるチームが試合をしている。そして今休憩中の私は柚子ちゃんと一緒に、体育館の端っこに体育座りをして、藍たちの試合を見ていた。ていうか、芸能科のクラスの人たちは俳優やアイドル、歌舞伎役者など、キラキラした人ばかりで、眩しさに思わず目を閉じてしまいそうになるよ。「キャーッ。藍くん、頑張ってー!」藍のファンの子だろうか。私と同様に、休憩中の女の子たちはみんな、芸能クラスの男子たちの試合に見入っている。かくいう私の視線も、無意識に藍へと一直線。「久住!」コートではチームメイトからボールを受け取った藍が、相手チームのディフェンスをかわしながら、ドリブルでゴールへと向かって駆けていく。──シュッ。藍が放ったボールは、美しい弧を描いてゴールへと吸い込まれていった。「きゃあああ」体育館は、大歓声に包まれる。藍、すごくかっこいい。藍って、バスケも上手なんだな。そのまま藍を見ていると、藍が偶然私のほうを向いた。「えっ」不意に藍と目が合い、ドキリとする。藍、もしかして私に気づいた?私のことを、しばらくじっと見つめる藍。私もそのまま彼から目を離せずにいると、少しして藍の口がパクパクと動いた。『か・わ・い・い』……っ、ええ!?ふわっと優しく微笑んだ藍が、両手を握り拳にして自分の耳元へと持っていく。えっ、あのポーズ……もしかして藍、私のツインテールに気づいてくれたの?それで『かわいい』って、褒めてくれたの?私は、ツインテールをぎゅっと握りしめる。どうしよう、嬉しい……。「キャーッ!今、藍くんが笑っ
夜。私は今、藍と燈子さんと一緒に夕食をとっている。ちなみに今日の献立は、サーモンとほうれん草のクリームシチューに、サフランライスとサラダだ。「それにしても、さっそく萌果ちゃんが、髪をふたつに結んでくれるとは思わなかったなあ」向かいに座る藍が、クリームシチューを口にしながらニコニコと話す。「それ、俺のためにしてくれたって思ってもいいんだよね?」今もまだツインテールのままの私を、藍がじっと見つめてくる。「べ、別に、藍のためじゃなくて。気分転換に、してみただけだから」素直になれず、うつむく私。「そっか。それでも俺は、嬉しかったよ。萌果ちゃん、昔と変わらずほんと可愛い」「……っ」藍の真っ直ぐな言葉に、身体が変に熱くなってくる。「また、髪ふたつに結んでくれる?」「き、気が向いたらね……ごちそうさまでしたっ!」ちょうど夕食を食べ終えた私は立ち上がり、自分の食器をシンクへと運ぶ。「あっ、燈子さん。今日の食器洗いは、私にやらせて下さい」同じく夕食を食べ終え、シンクの前に立った燈子さんに私は声をかける。「えっ。そんな気を遣ってくれなくて良いのよ?萌果ちゃんは、ゆっくりしてて」「いえ。いつもお世話になってるので。たまには、私にも手伝わせて欲しいんです」「まあ、なんていい子なの。藍にも、少しは萌果ちゃんを見習って欲しいものだわ」燈子さんが、食卓の椅子に腰かけたままスマホをいじっている藍を軽く睨みつける。「それじゃあ、せっかくだし……お願いしようかしら」「はい。燈子さんは先にお風呂にでも入って、ゆっくりしててください」私は燈子さんに、ニコッと微笑む。よーし。やるぞー!燈子さんが部屋から出ていくのを見届けると、私は腕まくりをして、スポンジを手に食器を洗い始める。今日は転校してから初めての体育があって、身体をいつもよりもたくさん動かしたからか、少し疲れたなあ。疲労感を覚えながら、しばらく洗い物をしていると。「ふわぁ」無意識に、大きなあくびがこぼれた。──ガシャン。「あっ」ぼんやりしていたせいか、うっかりグラスを落としてしまう。その衝撃で、シンクには粉々になったグラスが散らばった。「うわ、大変……どうしよう」とりあえず片づけなくちゃと、手を伸ばしたとき。「痛っ」グラスの破片で指を切ってしまい、血がにじむ。「萌果ちゃん!?」
「それより、大丈夫!?手、見せて」藍が、私の手をそっと掴んだ。「血が出てるね。少し、しみるかもしれないけど……」 藍は私の手を掴んだまま、流水で傷口を洗ってくれる。「……っ」 「やっぱりしみる?」「ちょっとだけ……でも、大丈夫」「グラスで切っちゃったの?」「うん。洗い物の途中で、うっかり落としちゃって」傷口を洗い終えると、藍は患部に触れないよう、ハンカチで水を拭き取ってくれた。「今、絆創膏持ってくるから待ってて」「でも、割れたグラスが……」「それは俺が片づけるから。萌果ちゃんは、触っちゃダメだよ」言われたとおり大人しく待っていると、藍が絆創膏を手に戻ってきた。「はい、指出して」「えっ……絆創膏くらい自分で巻けるよ?」「いいから」 なんでもない、ちょっとした切り傷なのに……藍は、すごく心配してくれて。優しく丁寧に、私の指に絆創膏を巻いてくれる。藍の真剣な表情に、胸がキュンとなった。小さい頃は、転んで怪我をした藍に絆創膏を貼ってあげていたのは私だったのに。いつの間にかそれが、逆転する日が来るなんて。「藍、ありがとう」「いいって」藍が割れたグラスを拾い、袋に入れていく。そういえばまだ、洗い物の途中だったな。グラスを片づけてくれる藍の傍ら、私が洗い物の続きをしようとすると。「あとは俺がやるから。萌果は休んでて」すかさず藍に、制されてしまった。「水に濡れたりしたら、傷がしみるでしょ?」「っ……」役に立つどころか、むしろ迷惑をかけてしまった。「ごめんね?」「ううん。萌果が謝る必要なんてないよ。洗い物は、できる人がやれば良いんだから」気にするな、と言うように、藍の手が私の頭にぽんとのせられた。「とりあえず、萌果ちゃんが大事にならなくて、ほんとに良かった」「そんな……藍ったら、私が少し怪我をしたくらいで大袈裟だよ」「そんなことない。自分の好きな子がちょっとでも怪我したら、居ても立ってもいられないよ」「藍……ありがとう」藍が私のことを、大切に思ってくれてるんだってことが伝わってきて。私の口からは、自然と感謝の言葉がこぼれた。**1週間後の朝。「あれ?」私が身支度を終えてダイニングへ行くと、いつもいるはずの藍の姿がそこにはなかった。「あの、橙子さん。藍は?」「あの子なら、今日は日直だからって、さっき
「えっ?」「あの子、細身のわりによく食べるじゃない? もちろん、萌果ちゃんのお弁当を食べても良いんだけど……」橙子さんは少食の私と食べ盛りの藍で、それぞれお弁当のご飯とおかずの量を変えてくれている。ウチの高校は私立だから、学食ももちろんあるけど……。藍が学食に行くとファンの子たちに囲まれて、ジロジロ見られながら食事することになるから。それが嫌で、学食は行かないって言ってたっけ。「萌果ちゃん、お願いしてもいい?」藍とは学科は違っても、同じ学校だし。何より私は、ここに居候させてもらっている身なんだから。橙子さんのお願いを、断るなんてできない。それに、橙子さんがせっかく早起きしてお弁当を作ってくれたんだもん。「分かりました。藍のお弁当は、私が持っていきます」「ありがとう。それじゃあよろしくね」私は笑顔の橙子さんから、藍のお弁当を受け取る。今をときめく人気モデルで、ただ歩くだけで注目の的になる藍にお弁当を渡すなんて、かなり難しいだろうけど。タイミングを見て、どうにか互いのお弁当を交換しなくちゃ。「あっ、そうそう。萌果ちゃん、今日は学校が終わったら、なるべく早く家に帰ってきてね」「分かりました」橙子さん、早く帰ってきてってどうしたんだろう?疑問に思いながら、私はトーストを口に運んだ。**「……はぁ。どうしたものか」今は、3限目の授業後の休み時間。私はタイミングが掴めず、まだ藍にお弁当を渡せていない。「どうしたの?萌果ちゃん。ため息なんかついて」私の席にやって来た柚子ちゃんが、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。「何か悩み事?」「な、何でもないよ」私は柚子ちゃんに、ニッコリと微笑んでみせる。藍と一緒に住んでることは、絶対に秘密だから。いくら相手が柚子ちゃんでも、こればっかりは言えないよ……。「柚子ちゃん、私ちょっとお手洗いに行ってくるね」授業が終わって休み時間になるたびに、私は藍のお弁当を手に、芸能科のクラスまで足を運ぶのだけど。「久住くーん」ああ、まただ。芸能科の教室の前は、いつ来ても沢山の女の子でごった返している。「藍くん、こっち向いてぇ」「……」教室の扉近くのファンの子に声をかけられるも、日直で黒板を消している藍はガン無視。学校で、藍と同居していることは秘密だし。こんなにも多くのファンの子たちがいる前で
キーンコーン……。お弁当を渡せないまま、ついに4限目が終わってしまった。ああ……同じ学校にいるのに、相手が芸能人っていうだけでこんなに苦労するなんて。「萌果ちゃん、お昼食べよ〜」いつものように隣の席の柚子ちゃんが、私の机に自分の机をくっつけてくる。やっぱり、もう一度藍のクラスまで行ってみようかな。「柚子ちゃん、私……」私が、席から立ち上がったとき。「キャーーッ!!」教室の扉のほうから突然、女の子の黄色い歓声が聞こえた。反射的に声がしたほうに目をやると、いつの間にか教室の扉の前には人だかりができていて。その人だかりのなかから、顔を覗かせたのは……。「うそ。あれって、久住くん?!」なんと、私のお弁当を掲げた藍だった。「どうして久住くんが、わたしたちのクラスに?」驚く柚子ちゃんの隣で、私もポカンと開いた口が塞がらない。もしかして藍、私が送ったメッセージを見て……!?急いで自分のスマホを確認すると。【ごめんね。昼休みに、萌果ちゃんのクラスまで行くよ!】いつの間にか、藍からメッセージが届いていた。藍ったら、来てくれるのは良いけど、自分が芸能人だってことを少しは自覚してよ!芸能科の藍が普通科の教室に来るのが珍しいのか、教室の前には人が集まって、ちょっとした騒ぎになっている。「ごめん、柚子ちゃん。お昼、先に食べてて!」私は柚子ちゃんに声をかけると、藍のお弁当を持って教室を飛び出した。私は教室の近くにいる藍の前を素通りし、走り続ける。さすがにあの場で、藍に人目も気にせず渡すなんてできないから。しばらく走り続けて到着したのは、人気の全くない非常階段。そこは薄暗くて、しんと静まり返っている。「ちょっと萌果ちゃん!いきなり走り出すなんて……!」しばらくして、藍が私のあとを追いかけてきた。「しーっ!」私は辺りに誰もいないのを確認して、藍に近づく。「はい、これ。藍のお弁当」「間違えちゃってごめん。今日は日直で、いつもよりも早起きだったから。まだ頭が起きてなかったみたい」私たちは、それぞれのお弁当を交換する。「それにしても藍、わざわざ教室の前まで来てくれなくて良かったのに。騒ぎになってたよ?」「ごめんね。俺、今日は早く家を出て、まだ一度も萌果ちゃんと顔を合わせてなかったから。少しでも、萌果ちゃんの顔が見たくて」私の胸が、
「梶間さん、転校してきて1週間になるけど、学校には慣れた?」「うん。少しずつだけど」まだ一度も話せていないクラスメイトもいるけど、柚子ちゃんが一緒にいてくれるおかげでほんと助かってる。「あのさ、俺らこれから何人かでカラオケに行くんだけど。良かったら、梶間さんも一緒に行かない?」「カラオケ……」そういえば、今朝家を出るとき橙子さんに、『なるべく早く帰ってきて』って言われたな。「えっと、私はちょっと……」「あたし、梶間さんと話してみたいって思ってたんだよね」断ろうとした私に、今度は三上(みかみ)さんが声をかけてきた。三上さんは美人で優しくて、いつもクラスの中心にいる女の子。まさかそんな子に、話してみたいと思われていたなんて……!「まだ話してないヤツもいるんだろ?円山さんも誘って、梶間さんのために1週間遅れの親睦会やろうよ」「っ」『梶間さんのため』なんて言われたら、断るのは悪いかな?クラスメイトにこうして声をかけてもらえると、正直やっぱり嬉しい。それに、この機会に私も三上さんたちと話してみたいし……少しくらいなら、参加しても良いかな?「それじゃあ、ちょっとだけ……」「よし。じゃあ、さっそく行こうぜ」こうして私は急遽、畑野くんたちとカラオケに行くことになった。︎︎︎︎︎︎**柚子ちゃんを含めたクラスの男女何人かで、駅前のカラオケにやって来た。「それじゃあ、俺から歌いまーす!」教室で私に最初に声をかけてくれた畑野くんが、一番に曲を入れて歌い始める。彼が歌うのは、カラオケの定番のアップテンポな曲。カラオケって久しぶりに来たけど、人が歌うのをただ聴いているだけでも楽しいよね。「よっしゃ!やったぞー!」歌が上手い畑野くんは見事、96点を叩き出したらしく、ガッツポーズしている。わあ。畑野くん、すごい……!「次は、わたしの番ね!」隣に座る柚子ちゃんが、マイクを手にする。柚子ちゃんが歌うのは、彼女が小学生の頃から好きな女性アーティストの曲。柚子ちゃん、今もまだあのアーティスト好きだったんだ。私が柚子ちゃんの歌声を聴きながら、オレンジジュースを啜っていると。「梶間さん、楽しんでる?」空いていた私の隣に、ひとりの男子が座った。無造作にセットされた、金色の髪。ヘーゼル色の目をした、二重のハーフ顔。ネクタイはゆるく結ばれており、ブレ
「もう。さっき、まだ話してる途中だったのに。なんで出て行ったのさ〜」陣内くんがこちらに近づいたので、反射的に彼から距離を取る。「そんな警戒しなくても、何も取って食ったりしないよーっ」だったら、私にいちいち近づかないで欲しい……!陣内くんの手がこちらに伸びてきたため、また何かされるのかと思っていたら。「はい、これ」陣内くんが私に差し出した大きな手のひらには、星の髪飾りが。「それ……」自分の頭の右側に手をやると、今朝つけてきたはずの髪飾りがなかった。「これ、梶間さんのでしょ?さっき部屋を出て行くときに、落ちたのが見えたから」もしかして陣内くん、髪飾りを拾って届けるために、私を追いかけてきてくれたの?「あ、ありがとう」「俺、母親がアメリカ人で、小学生まではアメリカに住んでたんだけど。そのせいか、ボディタッチが激しいとか、距離が近いってよく言われるんだよね」そうだったんだ。「だから、もし梶間さんに嫌な思いをさせちゃってたら、ごめんね?」「ううん」「でも、梶間さんのことを可愛いって思ってるのは本当だよ」陣内くんが、パチンと片目を閉じる。私のことを可愛いだなんて。陣内くんって、目が悪いんじゃ?!「そうだ。さっきの非礼のお詫びに、その髪飾りは俺がつけてあげるよ」「え?いや、私、自分でつけられるから」「いいのいいの。遠慮しないで」私が持っていた星の髪飾りを、陣内くんに取られてしまった。「さあさあ、梶間さん前向いて!」陣内くんに両肩を掴まれ、私は半ば強引にくるっと前を向かされた。そして、私の髪に陣内くんの手が触れ、すうっと指で髪の毛を梳かれる。「梶間さんの髪ってきれいだね~。めっちゃサラサラじゃん」ちょっ、触られるなんて嫌だ。ただ、髪飾りをつけるだけなのに。わざわざ髪の毛を、手櫛でとく必要ある!?陣内くん。さっきは落とし物を届けてくれて、少しは良いところもあるのかもって思ったのに。やっぱりこの人のことは、苦手かもしれない。私がこの場から逃げ出したいと思い、目をきつく閉じたそのとき……突然、腕をガシッと誰かに掴まれた。「はぁ……萌果ちゃん、探したよ。ここにいたんだ」私の左腕を掴み、私たちの間に入ってきたのは……藍だった。えっ、どうして藍がここに!?高校の制服姿の藍は、前髪が少し乱れていて。変装のつもりなのかメガネをかけ、
「ちょっと、藍……!」あれから私は、藍に腕を引かれたままカラオケ店を出て、家に帰ってきた。そのまま2階の藍の部屋まで連れて行かれ、私は二人掛けの黒のソファに座らされる。そこでようやく私は、藍に掴まれていた腕を解放された。「ねえ、さっきの何!?どうして藍があそこにいたの!?」「たまたま学校で萌果ちゃんの教室の前を通ったとき、カラオケに誘われてるのが聞こえて。なんとなく気になって、来てみたんだよ。そしたら、萌果がアイツに迫られてて。思わず声をかけたんだ」藍が、私の隣に腰をおろす。「だとしても、陣内くんの前であんなことをして……もし相手が藍だってバレたら、まずいんじゃない!?」「でも……萌果があいつに触られて、嫌な顔してるのに。ただ黙って見てるなんて、そんなの俺にはできないよ」伸びてきた指がすっと私の髪に触れ、ドキリとする。「萌果。俺に触れられるの……イヤ?」「い、嫌じゃない……」私は、首をフルフルと横に振る。「そっか。それなら良かった」藍は安心したように微笑むと、彼の長い指が私の髪を梳いていく。藍に髪を何度か梳かれた後、今度は髪の毛をひと束掬われ、藍の唇がそこに落ちた。「ら、藍?!」「アイツに触られたところ、消毒しないと」──チュッ。リップ音を立てながら、藍に繰り返し髪に口づけられる。陣内くんに触れられたときは、あんなに嫌だったのに。相手が藍だと、なぜか不思議と嫌じゃない。それは藍が幼なじみで、私にとっては弟みたいな存在だから?それとも……。「ねぇ、萌果ちゃん。そもそも今日は、学校が終わったら早く帰ってきてって、母さんに言われてたよね?それなのに、カラオケで男と遊んでたんだ?」「ち、違うの。あれは、私の親睦会をしようってクラスの子たちに誘われて、断れなくて……っ」髪に触れていた手がすぅっと背中を撫で、腕を滑り、唇に触れる。「そもそも、萌果が今日カラオケに行かなきゃ、陣内ってヤツに、ああいうことをされることもなかったんじゃないの?」「きゃ!」私はソファの座面に、ぽすんと押し倒されてしまう。「人に言われたことを守れない悪い子には、お仕置きしなくちゃね」お、お仕置きって……!藍の言葉に、ゴクリと唾を飲みこむ。お仕置きって、私一体なにをされるの!?
『ここ』と言って、藍がぽんぽんと叩いたのは、自分の足の間。︎︎︎︎︎︎ 「そっ、そんな!恥ずかしいよ!」 「なんで?今日は母さんもいないから、家には俺と萌果の二人だけだよ?」 「そうだけど……」 「久しぶりの、ふたりきりだから。俺、萌果とくっつきたいなぁ」 くっつきたいって、そんなにハッキリと言われたら……断れない。 ふたりきりの空間で、藍と見つめ合うこと数秒。 「おっ、お邪魔します」 私が何とか勇気を出して自分から藍の足の間に座ると、後ろからぎゅっと抱きしめられた。 「お邪魔って、全然邪魔なんかじゃないよ」 耳元で囁かれて、どきっと心臓が跳ねる。 ピタリと密着する体。背後から、藍の熱が伝わってきて……やばい。 藍との距離がいつも以上に近く感じて、ドキドキする。 あまりの近さに、私は耐えられず……。 「あっ。あの俳優さん!私、最近好きなんだよねぇ」 「は?」 私が咄嗟に指さしたのは、今たまたまテレビに映った、最近女子高生の間で人気の若手俳優。 塩顔イケメンの彼はテレビのバラエティー番組で、爽やかな笑顔を振りまいている。 「……萌果ちゃん、あの俳優が好きなの?」 「う、うん。柚子ちゃんもかっこいいって言ってたし。最近活躍してる人のなかでは、私も好きだよ」 「へー」 藍が、鋭い目つきでテレビを睨みつける。 「俺とこの俳優、どっちがかっこいい?」 「えっ」 「ねぇ、どっち?」 「……ひゃっ」 藍に後ろから抱きつかれながら、耳たぶに吸いつくようなキスをされて、思わずビクッと体が跳ねた。︎︎︎︎︎︎ 「萌果ちゃん、早く答えてよ」 「……あっ」 耳たぶを藍の舌が繰り返し這い、くすぐったさに震える。 「ら……待って」 体をよじりながら抵抗するも、後ろから抱きしめられているため身動きがとれない。 「萌果がちゃんと答えるまで、やめないから」 熱を帯びた唇が首筋をゆっくりと下っていき、パジャマの下に彼の手が滑り込む。 「ねえ、どっちが好きなの?」 「……っ、ら……んっ」 「なに?聞こえないよ」 藍ってば、ほんとイジワル! 「藍……だよ。私は、藍が一番好き」 「はい。よくできました」 ようやく藍の唇が離れ、ニコッと満足げに微笑まれる。 「これからは、他の男に好きって言うの禁止。萌果が好きって言っていいのは
藍と恋人同士になって、早いもので2週間が経った。 私の両親が福岡から東京に戻ってくるのが延期になったため、当初の予定の1ヶ月を過ぎた今も久住家で居候させてもらっている。 土曜日の今日は、燈子さんが朝からお友達と1泊2日の旅行に出かけていて家にいない。 夕食と後片づけを終え、私はリビングでまったりと過ごしていた。 そういえば、夜に家で藍とふたりきりなのは久しぶりかも。 単身赴任中の藍のお父さんが過労で倒れて、橙子さんが様子を見に行ったあの日以来かな? ふと、そんなことを考えていると。 「萌果ちゃん、お先ーっ」 お風呂上がりでスウェット姿の藍が、首から下げたタオルで濡れた髪を拭きながら現れた。 うわ。藍ったら、濡れた髪がやけに色っぽい。 「藍。髪乾かさないと、風邪引くよ?」 タオルで拭いただけの藍の濡れた髪を見て、思わず声をかける。 「大丈夫だよ。すぐに乾くから平気だって」 もう。またそんなこと言っちゃって。藍って、昔から面倒くさがり屋なんだから。 小学生の頃だって、髪をちゃんと乾かさずに寝ちゃって、何回風邪を引いたことか。 「私が乾かしてあげるから。こっち来て」 「えっ。萌果ちゃんが、乾かしてくれるの?」 藍の目が、キラキラと輝く。 う。私ったら、つい昔からのクセで……。 「それじゃあ、萌果にお願いしようかなー」 藍がニコニコと、私の前に腰をおろした。 ……仕方ない。久しぶりに、藍の髪を乾かしてあげよう。 私はドライヤーを手に、藍の髪を乾かし始める。 藍の柔らかい髪に指を通すと、ふわっとシャンプーの甘い香りがした。 「萌果ちゃんにこうして髪を乾かしてもらうの、久しぶりだね」 「そうだね。私が福岡に行く前だから、小学生以来かな?」 「懐かしいなぁ」 藍の髪は、あの頃と変わらず綺麗で。彼の髪を乾かしながら、私は目を細める。 「そうだ。萌果ちゃん、お風呂これからでしょ?お風呂から上がったら、次は俺が萌果ちゃんの髪を乾かすよ」 「えっ、いいよ」 「遠慮しないで。自分の彼女の髪、一度乾かしてみたかったんだ」 『彼女』 藍と付き合って2週間が経ったけど、その言葉を聞くと胸の奥のほうがくすぐったくなるんだよね。 「ねっ?だから、あとで俺にやらせてよね
【藍side】これは、俺たちが両想いになった日のお話。「あのね。私、藍に大事な話があるの」「大事な話?」「うん……」屋上で陣内が去ったあと、俺は萌果に大事な話があると言われた。「えっと、わ、私ね……」萌果は、今まで見たことがないくらいに真剣な面持ちで。まさか大事な話って、告白の返事でもされるのか!?萌果が福岡から引っ越してきた日。『俺は、今も萌果のことが好きだから』って伝えてから、特に萌果から返事とかはもらっていなかったから。やっべー。そう思ったら、急に緊張してきた。口の中が乾いて、胸の鼓動がバクバクと速くなる。思い返してみれば、先に萌果に告白していたとはいえ、付き合ってもいないのにキスしたり。抱きしめたり、キスマークをつけたりもしていたから。何より、お仕置きと言って萌果の弱い耳をわざと攻めたり、意地悪とかもしてしまっていたから。たぶん……俺とは付き合えないって言われるんだろうな。好きな子に、二度も振られるのは正直かなりキツいけど。萌果。振るなら優しい言葉じゃなく、潔くバッサリと振ってくれ──!「あの、私……藍のことが好き……!」……は?「まじで?萌果ちゃんが……俺のことを好き?」「うん」嘘だろ!?てっきり、振られるとばかり思っていたのに。萌果の口から飛び出した言葉は、まさかの『好き』で。俺は目を何度も瞬かせながら、ぽかんとしてしまう。「何それ。ドッキリとかじゃなくて?」「うん。私は藍のことが、弟でも幼なじみでもなく……ひとりの男の子として好きだよ」……嬉しい。俺は、萌果をぎゅっと抱きしめた。「やべぇ。萌果が、俺のことを好きだなんて……!夢じゃないよね?」「夢じゃないよ。ちゃんと現実だから」俺が彼女を抱きしめる腕に力を込めると、萌果も抱きしめ返してくれた。「それじゃあ……萌果はもう、俺のものだね」俺は、萌果の唇を塞いだ。「んっ……」俺は、萌果の唇に自分の唇を繰り返し重ねる。「まさか、萌果ちゃんと両想いになれる日が本当に来るなんて、思ってなかったから……すっげー嬉しい」ずっとずっと、こんな日が来ることを待ち望んでいた。だけど、俺は小学生の頃に萌果に振られているから。萌果と両想いになるのは、叶わない夢で終わるのかもしれないと思っていたんだ。「大好きな萌果ちゃんと、両想いになれて……俺、今
藍の今後の芸能人生を考えると、絶対に別れたほうが良いのは分かっているけれど。 私は、藍と……別れたくない。離れたくないよ。 社長さんの話の続きを聞くのが怖くて、私は目をギュッと閉じる。 「だが……」 ふぅと一息つくと、社長さんは話を再開する。 「藍も来年で18歳になるんだ。大人になる二人に、交際するなとも強く言えないだろう」 ……え? てっきり、もっと反対されるのかと思いきや。社長さんの口から出た言葉は、予想外のものだった。 「3年前。デビュー当時の藍は、自分のことを見て欲しい人がいると言っていた。自分はその子のことがずっと好きで、遠くにいる彼女のためにモデルを頑張ってみたいと。その人が、萌果さんだったんだな」 「はい。社長の言うとおりです」 社長さんのほうを見ると、先ほどと違ってとても穏やかな顔をしていた。 「萌果さんのおかげで今のモデルとしての藍があると思ったら、強く反対もできない。それに……私の経験上、恋愛をするのもマイナスなことばかりではないと思うからな。最近の藍は、前よりもいい顔をしているし」 「社長、それじゃあ……」 「ああ。君たちの交際を認めよう」 やった……!私と藍は、ふたりで手を取り合う。 「ただし、世間には絶対に秘密にして欲しい。当分の間、交際してることはバレないように。藍、羽目を外すんじゃないぞ?」 「はい。ありがとうございます」 「ありがとうございます!」 藍と一緒に、私も社長さんに深く頭を下げた。 ** 事務所を出ると、外は薄暗くなっていた。 「萌果ちゃん。帰る前に、寄りたいところがあるんだけど……いいかな?」 「うん。いいよ?」 「ちょっと歩くけど……大丈夫?疲れてない?」 「大丈夫だよ」 私は、藍に微笑む。 今日は、藍の仕事が久しぶりに休みだから。最初から、今日は彼の行きたいところに付き合おうって思ってた。 それに、藍から『萌果の1日を俺にちょうだい』って言われていたし。 私は藍と一緒にいられれば、どこだって楽しいから。 「ありがとう。そこは、俺がずっと萌果と一緒に行きたかった場所なんだ」 「私と……行きたかった場所?」 ** 藍とふたりで、事務所から歩いて向かった場所。 それは、街を一望できる見晴らしのいい小高い丘の上だった。 「う
──『萌果のことを、紹介したい人がいるんだ』藍にそう言われ、電車に乗ってやって来たのはオフィス街にある高層ビルだった。「えっ。ここって……」ビルを見上げて、ぽかんとする私。「俺の所属する、芸能事務所があるビルだよ」「げ、芸能事務所!?」「うん。萌果ちゃんのこと、社長とマネジャーに紹介しようと思って」「ええ!?」思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。「しゃ、社長さんに紹介って!」そんなことを突然言われても、心の準備が……!「ごめんね。予告もなく、いきなり連れてきてしまって」「ううん」「萌果との交際は、しばらく社長たちには黙っておこうと思ってたんだけど……」藍が、ビルを見上げる。「今日萌果とデートして。俺は、改めて萌果のことが大好きで大切だって思ったから。隠れて付き合わず、ちゃんと報告したいと思ったんだ」藍……。そんなふうに言ってくれるなんて、嬉しいな。「私も、藍がお世話になってる社長さんたちにご挨拶したい」「ありがとう。それじゃあ、行こうか」私たちは、芸能事務所のオフィスへと向かった。**芸能事務所は、ビルの上階にあるらしい。乗り込んだエレベーターが上がっていくにつれ、私の緊張感もどんどん増していくようだった。「ここだよ。おはようございます」「お、おはようございます……」藍に続いて挨拶をし、おずおずと事務所に足を踏み入れる。うわあ、広い!大手だからかな?芸能事務所なんて初めて来たけど、現代的で清潔感のあるきれいなオフィスだ。応接室に通され、ソファに座って待機。しばらくして、50代くらいのダンディーな男性とメガネの美女が部屋に入ってきた。「社長、お疲れ様です」緊張で肩が上がるのを感じながら、藍に続いて私もソファから立ち上がる。「藍。今日は久しぶりの休みだというのに、どうした?」「お時間を頂いてすみません。今日は、社長に報告したいことがありまして」「報告?」社長の視線が藍から私に移り、肩が跳ねた。「藍、こちらの女性は?」「はい。この子は、俺の彼女です。俺は彼女……萌果と、少し前からお付き合いしています」「お付き合い……」社長さんの眉が、ピクリと動いた。「はっ、初めまして。藍の幼なじみの、梶間萌果といいます」私は、社長さんにペコッと頭を下げる。「そう。君が、藍の幼なじみの……とりあえず、ふたり
私がヒヤヒヤしていると。「ねぇ。あの男の子、すごいイケメンじゃない?」 「本当だ。モデルさんかな?」そんな声が聞こえてきて、とりあえずバレてなさそうだとホッとする。「ねえ、藍。今日はどこに行くの?」「着くまで、ナイショ」それからしばらく歩き続け、藍が連れてきてくれたのは映画館だった。「映画のチケットは、もう先に買ってあるんだ」「そうなの!?ありがとう」藍、用意がいいなぁ。「ちなみに、何の映画を観るの?」「これなんだけど……」藍が見せてくれたチケットに書かれたタイトルを見て、ハッとする。うそ。これ、前に私がテレビのCMで見て面白そうって話していた、少女漫画が原作の恋愛映画だ。「萌果ちゃん、この映画観たいって言ってたでしょう?」まさか、藍が覚えてくれていたなんて……。じんわりと、胸の奥のほうが温かくなった。それから、売店で飲み物とポップコーンを購入。「足元、気をつけて。俺たちの席は……ここだな」藍と一緒に劇場内の予約してくれた席へと向かうと、そこはカップル用のペアシートだった。寝転べそうなほど広いソファには、ふかふかのクッションとミニテーブルが置かれていて、簡易的な個室のようだ。ここは少し高い仕切りで仕切られているからか、他の観客も見えなくて。まるで、藍とふたりきりのような感じ。なるほど。映画が始まれば、辺りは暗くなるし。ここなら、芸能人の藍と一緒でも周りを気にせずに楽しめそう。私は、藍と並んでソファ席に座った。ていうかこの席……カップル用の席で肘掛けがないからか、隣との距離がかなり近い。藍と、肩が今にも触れ合いそう。そうこうしているうちに映画館の照明が落ち、映画が始まった。私は、ポップコーンを食べようと手を伸ばす。すると藍も同時に取ろうとしたらしく、指と指が触れてしまった。「あっ。ご、ごめ……っ!」私が触れた指を引っ込めようとすると、藍にその手を取られてしまった。藍は指先を1本1本絡め、恋人繋ぎをしてくる。「ちょ、ちょっと藍……手!」「しーっ」藍が繋いでいないほうの人差し指を自分の唇に当てると、続けて私の耳元に唇を寄せた。「上映中はお静かに」「っ!」藍に耳元で囁かれ、肩がピクっと揺れる。「今日待ち合わせ場所で会ったときから、本当はずっと萌果と手を繋ぎたかったんだ。でも、我慢してた」耳元に藍の唇が
藍と、両想いになってから1週間。 少し前に陣内くんによって掲示板に貼られた例の写真は、女嫌いの藍が雑誌で女性と撮影をすることになり、事前に抱き合う練習をしていた……ということで話が落ち着いた。 そして、今日は藍と付き合って初めてのデートの日。 ──『近いうちに、仕事で1日休みがもらえそうなんだけど……良かったら、ふたりでどこか出かけない?』 私たちが両想いになる少し前に藍が話していた、久しぶりの休日がついにやって来た。 いつも藍の家で、お互いの私服姿は何度も見ているけれど。 今日は彼と付き合って初めてのデートだと思ったら、どんな服を着ていけばいいのか分からなくなってしまって。 昨日はひとりで、随分と頭を悩ませたものだ。 「……変じゃないかな?」 家を出る直前、私は玄関の鏡の前に立った。 ミントカラーの花柄ワンピース。 胸の辺りまで伸ばしたストレートの黒髪を、今日は少し巻いて。 私の誕生日に橙子さんからプレゼントしてもらった化粧品セットを使って、メイクもしてみたんだけど……。 「あら。萌果ちゃん、出かけるの?」 私が鏡に映る自分とにらめっこしていると、燈子さんが声をかけてきた。 「あっ、はい。今からちょっと出かけます」 「そう〜。藍もさっき出て行ったけど。萌果ちゃんも、今日は可愛くオシャレしちゃって……もしかして、二人でデート?」 燈子さんに尋ねられ、私の肩がピクッと揺れる。 「ら、藍とデートだなんて!ち、違いますよっ!」 私は思わず否定。 「あらあら。萌果ちゃんったら、そんなに顔を赤くしちゃってぇ」 私を見て、ニヤニヤ顔の燈子さん。 実は藍と付き合い始めたことは、燈子さんにも私の親にも、誰にもまだ話していない。 近いうちに、お互いの親にはもちろん話すつもりでいるけど。 藍と二人で話して、久住家で同居している間は、変にイチャイチャし過ぎないように節度を守るためにも、しばらくは黙っておこうということになった。 「そのワンピース、萌果ちゃんによく似合ってるわ。楽しんできてね?」 「ありがとうございます。行ってきます」 燈子さんに微笑むと、私はパンプスを履いて家を出た。 ** 藍とは、近くの駅で待ち合わせをしている。 黒のジャケットに白Tシャツ、黒のスキニーパンツ。至ってシンプルな格好で、藍は壁に背を預
「萌果ちゃん?」藍と互いの肩がくっつきそうなくらいの位置まで、移動した私。思えば、藍は私に好きだと伝えてくれていたけれど。私は、その言葉にちゃんと答えられていなかった。私も、藍に好きだと伝えたい。だから……。「あのね。私、藍に大事な話があるの」︎︎︎︎︎︎「大事な話?」「うん……」これから藍に告白するとなると、一気に緊張が押し寄せてきた。バクバク、バクバク。「えっと、わ、私ね……」無意識に声が震えてしまう。だけど、ちゃんと伝えなくちゃ。かっこ悪くたって良いから。藍に、想いを伝えるんだ。一度深呼吸すると、私は藍の瞳を真っ直ぐ見つめる。「あの、私……藍のことが好き……!」なんとか言い切った私は、藍の顔を見るのが怖くて。すぐに目線を下にやった。人生初の告白は、これまで感じたことがないくらいにドキドキして。心臓が今にも破裂しそうだ……。だけど、告白したからにはちゃんと目を合わせなくちゃと、私は前を向いた。すると、信じられないといった様子で目を見張る藍が視界に入ってきた。「まじで?萌果ちゃんが……俺のことを好き?」「うん」「何それ。ドッキリとかじゃなくて?」「うん。私は藍のことが、弟でも幼なじみでもなく……ひとりの男の子として好きだよ」もう一度伝えると、藍は私をぎゅっと抱きしめた。「やべぇ。萌果が、俺のことを好きだなんて……!夢じゃないよね?」確かめるかのように、藍が私を更にきつく抱きしめる。「夢じゃないよ。ちゃんと現実だから」私も藍の背中に腕をまわし、抱きしめ返す。「それじゃあ……萌果はもう、俺のものだね」「え!?」藍にニコッと微笑まれたと思ったら、私は藍に唇を塞がれてしまった。「んっ……」唇同士が、繰り返し合わさる。柔らかく触れて、かすかに浮くと、また角度を変えて重ねられる。「まさか、萌果ちゃんと両想いになれる日が本当に来るなんて、思ってなかったから……すっげー嬉しい」藍が、キスの合間に想いを伝えてくれる。「俺、小学生の頃に萌果ちゃんに振られても、今日まで諦めなくて良かった」「うん」「大好きな萌果ちゃんと、両想いになれて……俺、今すごく幸せだよ」「私も。すっごく幸せ」藍からの甘いキスを受けながら、気持ちがいっぱいに満たされていく。好きな人と、想いが通じ合った今。たぶん、世界中の誰よりも自分
「反省してるのなら、盗撮した私たちの写真……消してくれる?スマホのゴミ箱にあるのも全部」 「ああ」 私が言うと、陣内くんは素直に私と藍の写真を全て消してくれた。 「梶間さんと久住は……小学生の頃からもずっと、仲が良かったもんな。俺なんかが、全く立ち入られないくらいに」 「そんなの当たり前だろ?俺と萌果は、幼なじみという特別な関係なんだから」 藍が、私を陣内くんから隠すように私の前に立つ。︎︎︎︎︎︎ 「梶間さんが引っ越して、久住が芸能人になってからも、まさか二人の関係は今も変わらず続いていたなんて……羨ましいな」 陣内くんの顔は笑っているけど、なんだか少し泣きそうにも見える。 「陣内、分かってると思うけど……萌果に、もう二度とこんなことするなよ?」 藍が、陣内くんに釘を刺す。 「もちろんしないよ。ふたりとも……秘密の関係頑張って?お幸せにね」 陣内くんは立ち上がると、ひらひらと私たちに手を振って、屋上から出ていった。︎︎︎︎︎︎ 「陣内のヤツ、本当に分かったのか?」 陣内くんが歩いて行ったほうを、藍が軽く睨む。 「たぶん、陣内くんはもう大丈夫だと思うよ」 陣内くんが『お幸せに』と言ったとき、今まで見たなかで一番優しい顔をしていたから。 それに藍が屋上に来る直前、陣内くんは涙を流す私を見て『ごめん』と先に一度謝ってくれていた。 私が陣内くんの想いに応えられなかったからといって、彼が私たちを盗撮して脅すという行動に出たのは、簡単に許せることではないけれど。 いつか陣内くんと、クラスメイトとして普通に接することができたら良いなって思う。 「陣内のことを、信じてあげられるなんて。ほんとすごいなぁ、萌果ちゃんは」 藍が両腕を広げて抱きしめてこようとしたので、私は慌てて藍から逃げた。 「えっ、萌果ちゃん?」 藍が、目を大きく見開く。 「ご、ごめん……ほら、あんなことがあったあとだから。外では、周りにもっと警戒しないと」 もちろん、それもあるけれど。逃げた一番の理由は、藍のことが好きだと自覚して、多少の照れくささもあったから。 「そうだよね。俺、軽率だったよね。ごめん」 しゅんとした様子の藍が私から少し距離をとって、コンクリートの上に腰をおろす。 「元はと言えば、こんなことになったのも俺のせいだし。数学の補習のとき、俺が萌果