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茜色の空、追憶の彼方
茜色の空、追憶の彼方
Author: はる

第1話

Author: はる
夫の初恋の人である野村美希(のむら みき)が、鈴木紗良(すずき さら)に車で轢かれたと嘘をついた。

するとその翌日、夫の鈴木英樹(すずき ひでき)と息子二人は、紗良の弟、中川海斗(なかがわ かいと)を巨大な油釜の上に吊るし上げ、生きたまま揚げてやると脅してきた。

紗良は狂ったように駆け寄ったが、ボディーガードに力強く押さえつけられた。

「間違いを認めるか?」スーツをかっちりと着こなし、傍に立つ英樹は冷たい目をしていて、その声はまるで氷のように冷たかった。「もう美希を傷つけるような真似はしないよな?」

「私は轢いてなんかない!」紗良は泣きながらもがく。「英樹!海斗を放して!海斗はまだ18歳で、大学に受かったばかりなの!」

まだ5歳の鈴木真司(すずき しんじ)も腕を組み、冷たい顔で言った。「証拠はそろってるのに、まだ言い訳するの?」

4歳の浩平(すずき こうへい)も頷き、無邪気で残酷な口調で続ける。「ママ、海斗兄ちゃんのことがそんなに大事なら、美希さんを車で轢いたりしちゃだめだよ。美希さんは、僕たちの大事な宝物なんだから」

紗良の心臓がきゅっと締め付けられた。

美希が宝物……じゃあ、自分は?自分は一体、何だというのだろうか?

紗良は英樹を見つめる。長年の夫婦の情に免じて、海斗を許してくれることを願って。

しかし、英樹の冷ややかに紗良を見つめる眼差しは、まるで他人を見るかのようだった。

紗良はふと笑ったが、その目からは涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

そうだったのか……何年経っても、英樹が愛しているのは美希だけだったなんて。

思い出がナイフのように心を抉る。

紗良、英樹、そして美希。3人は幼なじみだった。

紗良はずっと英樹が好きだったが、英樹の目には美希しか映っていなかった。だから紗良は、黙って二人を応援し、英樹の告白の計画を手伝うことさえした。

しかし、英樹が告白するまさにその前日、美希が乗った飛行機が事故に遭い、美希は帰らぬ人となってしまったのだ。

それからというもの、英樹は毎日酒に溺れ、人が変わったように荒れていった。

紗良はそんな英樹のそばに寄り添いただ見守った。英樹が泥酔して意識をなくせば酔い覚ましの薬を飲まし、血を吐いた夜には、一睡もせずに看病した。

ある晩、ひどく酔った英樹は、紗良の手首を掴み、美希の名前を呟きながら、紗良をベッドに押し倒した。

本当は、英樹を突き放すことだってできた。

でも紗良は英樹を心の底から愛していた。だから、替え玉でもいいとさえ、思ってしまったのだ。

翌朝、目が覚めた英樹はシーツの血の跡を見て、長い間黙り込んだ。そして最後に、ぽつりと一言呟く。「責任は取るよ。結婚しよう」

そうして、二人は結婚したのだった。

結婚してから、紗良は必死で英樹に尽くした。

英樹は胃が悪かったので、毎朝早く起きて胃に優しい食べ物を作ったし、英樹が仕事で忙しい時に書類整理を手伝えるよう、必死で勉強した。夜、英樹が悪夢にうなされている時は、一睡もせずに寄り添った。

すると次第に、英樹の紗良を見る目が変わっていった。

英樹も紗良を好きになり始めたようだった。紗良の好きな味を覚えてくれるようになったし、生理の時には自ら温かい飲み物を用意してくれた。眠っている紗良の額に、そっとキスをすることもあった。

やがて、二人の間には真司と浩平が生まれた。

二人の子供は紗良にべったりだった。英樹もいつも笑顔で彼女を抱きしめ、「お疲れ様、紗良」と言ってくれた。

この5年は、紗良の人生で最も幸せな時間だった。

しかし、幸せな日々はある日を境に終わりを告げる。

死んだはずの美希が、突然英樹の前に姿を現したのだ。

その瞬間、英樹の目にぱっと光が灯ったのを紗良は見逃さなかった。

そして紗良をさらに追い込んだのは、息子である真司と浩平までもが、すぐに美希に懐いてしまったことだった。

「美希さんはママよりずっと優しい!

美希さんは一緒に遊んでくれるけど、ママは僕たちのこと叱ってばっかりだもん!

パパ、美希さんが僕たちのママになってくれたらいいのにね」

子供たちがそう言う度に、英樹はただ淡々と紗良に一瞥をくれ、息子の頭を撫でながら「馬鹿なことを言うな」と諭すのだった。

しかし、決して否定はしなかった。

紗良は、まるで自分だけが部外者になった気がしていた。盗み取ったかのような5年間の幸せが、美希が戻ってきたのをきっかけに崩れ落ちていくのを、ただ見ていることしかできなかった。

そして今、彼らはこんなにも残酷な方法で、自分に濡れ衣を着せようとしてる。

「轢いてない!」現実に引き戻さた紗良は、震える声で叫んだ。「英樹!海斗を離して!」

だが、英樹の視線は冷たい。「往生際が悪いようだな。それなら、愛する者を永遠に失う苦しみでも味わえ」

英樹が手を挙げると、ボディーガードがすぐに縄を切った。

「やめてーっ!」

紗良は、縄が切れて英樹の体が熱い油の中へまっすぐに落ちていくのをただ見つめることしかできなかった。

狂ったように前に飛び出そうとしたが、ボディーガードに強く押さえつけられ、絶望の中で叫ぶことしかできない。「英樹!あなたは海斗を殺した!あなたが殺したのよ!」

胸が張り裂けるような痛みに襲われ、紗良は思わず血を吐いた。それを見た真司は、うんざりしたように口を歪める。「もうやめなよ。あれは海斗兄ちゃんじゃなくて、ただの人形。ママ、そんなに大騒ぎすることないじゃない」

浩平もふんと鼻を鳴らした。「そうだよ、ちょっと脅かしただけ。ママが美希さんを傷つけたりするからだよ」

全身の力が抜けた紗良は、地面にどさりと座り込む。心臓が止まるかと思った。

英樹が紗良を見下ろしながら言う。「この感覚を覚えておけ。美希は一度死んだんだ。二度と失うわけにはいかない」

そして、英樹は一息つくと、口調を和らげた。「お前が何を心配しているかは分かっている。だが、お前と結婚した以上、夫として、父親としての責任は果たすから、離婚はしない。だから、これ以上美希を追い出そうとするのはやめろよな」

紗良は震えながら顔を上げる。

もう離婚の準備は進めているのに……

だって、こんなにも美希贔屓の夫も息子も、もういらないから。

そう口を開こうとした時、英樹のスマホが鳴った。

「美希か?」電話に出た英樹の声が途端に優しくなる。「まだ痛むか?分かった、すぐに行くから」

電話を切ると、英樹は紗良に目もくれず、真司と浩平を連れて足早に去っていった。

工場の中に一瞬にして静寂が訪れる。紗良はぽつんと地べたにしゃがみ込み、涙を落とした。

涙を拭い、立ち上がろうとしたその時、スマホが突然震える。

美希からのメッセージだった。

【紗良。実は、あの人形すり替えておいたの。だから今、油釜で揚がっているのは、あなたの本当の弟さんだよ】

紗良は全身の血が凍りつくのを感じた。

油釜によろめきながら近くと、熱気が顔に吹きつけ、目がひりひりと痛む。

油釜の中で揚げられている海斗の体が、肉は焼けただれ、皮膚は黒焦げになり、手足はありえない方向に曲がっていた。ただその両目だけが、紗良をじっと見つめて、固く見開かれている。

「海斗……海斗!」

紗良が夢中で手を伸ばすと、跳ねた熱い油が手に降りかかり、一瞬で水ぶくれができた。

痛みに震えながらも、必死で海斗の手を掴もうとする。しかし海斗はもう声も出せず、ただ唇をかすかに震わせ、「姉さん」と呼ぼうとしているようだった。

絶対に助けるんだ!

ほんのわずかでも望みがあるなら!

紗良は狂ったように海斗を抱き抱え急いでその場を離れると、すぐに震える手で救急車を呼んだ。

全身が震え、涙で視界がにじむ。それでも海斗を必死に抱きしめ、ふらつきながらタクシーを止めた。

「病院まで!急いで、お願いです!」紗良の声はかすれ、もう頭の中は混乱していた。

運転手は血まみれの紗良の姿にぎょっとしたが、アクセルを思い切り踏み込む。

病院の廊下で、紗良は虫の息の海斗を抱いて救急処置室に駆け込んだが、看護師は困った顔で彼女を見つめた。「奥様、先ほど鈴木社長からご命令がありまして……医師は全員、野村さんの治療にあたれと言われました。なので今、弟さんの手術をできる者は誰もいないんです……」

紗良は全身を震わせ、すぐに英樹に電話をかける。

「英樹!お願い……お願いだから、医者を呼んで海斗を助けて!海斗は油釜に落ちたの!もう死んじゃう!」

しかし、電話の向こうの英樹の声は、氷のように冷たかった。「紗良、あれはただの人形だ。なのに、いつまで騒いでるんだよ?」

電話の奥からは、真司と浩平の不満そうな声も聞こえてくる。

「ママって、いつもこうやって我が儘言うよね。

パパ、もう放っておこうよ。美希さんが待ってる」

すると英樹は一方的に電話を切った。

紗良は床に崩れ落ち、絶望的な気持ちで周りの人に助けを求めたが、誰もが彼女を避けていくのだった。

ようやく協力してくれる医師を見つけた時には、海斗の体はすでに冷たくなっていた。

「海斗……海斗!」

紗良は海斗の黒焦げの亡骸をきつく抱きしめ、泣き叫んだ。しかし腕の中の少年が、もう応えることはなかった。

海斗が死んだ。

それも、自分が最も愛した男のその手によって。

……

3日後、墓地にて。

血の気の失せた顔をした紗良は、海斗の墓石の前に立っていた。

この3日間、紗良はまるで抜け殻のように、死亡届を出した後、海斗を火葬し自分の手でその骨を納めた。

その間、英樹と二人の息子は、一度も姿を見せなかった。

紗良は美希のインスタを開く。最新の投稿は、英樹が美希にうどんを食べさせている写真で、こう添えられていた。【どうしても自分で看病するって聞かなくて。本当に、困っちゃう】

その下には、真司と浩平からのコメントがあった。

【美希さん、早く良くなってね!治ったら、一緒に遊園地に行きたいな!】

【美希さんはママよりずっと優しいから、大好きだよ!】

スマホを閉じた紗良の目から、完全に感情が消え失せる。

紗良は墓地を出ると、まず二つのことをした。

一つ目は法律事務所へ行き、離婚に関する書類を作成。

そして二つ目は警察署へ行き、当直の警察を探した。

「こんにちは。この野村美希っていう人を、殺人罪で告訴したいのですが」
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