LOGINデザインコンテスト前夜、夫は私のデザイン原稿を持ち出し、特許出願してくれた。 激戦の中、私の作品が勝ち抜いて優勝した。 授賞式で、私は娘と一緒に手作りした受賞作のネックレスを身につけてステージに上がった。 すると、七歳の娘が突然ステージに駆け上がり、叫んだ。「ママ、どうして陽子おばさんのネックレスを盗んじゃったの? そんなの、泥棒だよ! 恥ずかしいよ……ママ、早く降りて帰ろうよ……」
View More蓮はもともと気性が激しい人で、それが高瀬家を支えてきた原動力でもある。彼は嘲るように言った。「どけ。海浜市で二度と仕事ができなくしてやるぞ」一樹は微動だにせず、しっかり首を振った。「たとえこの先ずっと農業で生計を立てることになっても、かおりんを再び辛い思いをさせない」ドアの内側で、私は背中を扉に預けている。胸が熱くなるのを感じた。結婚して月日が経つにつれ、特に子供が生まれてからは、二人の仲はだんだん冷めていった。その間、陽子が何度も仲を引き裂こうとしたが、蓮は私の味方になってくれなかった。それでも、子供のため、愛ゆえに、私はただ耐え続けてきた。今、これほど素直で熱い想いを聞けるとは。なぜか胸の奥が温かく、熱くなっていくのを感じた。「香織がお前と一緒に農業なんかすると思うか」蓮は言い続けた。「香織は高瀬家の夫人だ。海浜市の上流階級の夫人として生きていくのだ」「上流階級の夫人って、愛人のネックレスを盗まなきゃいけない夫人のこと?」一樹の一言が、蓮を完全に打ちのめした。「違う!」彼はあわてて叫んだ。「香織、誤解していたと分かっている」 莉々香の手を引っ張った。「早くママに謝れ」莉々香は泣いた。「ママ、ごめんなさい……嘘ついたのが悪かった」私は突然、自分の子育てが間違っていたと痛感した。莉々香はもうこんなに大きいのに、何を言っていいかまだわかっていない。私の育て方が悪く、子供をだめにしてしまったようだ。「帰って」 …… その後、蓮は陽子が特許を不正入手した事実を通報し、その資格を取り消させた。蓮の会社も不正操作で多額の罰金を科せられた。業界から締め出された陽子に代わり、授賞側は私への再授与に同意した。しかし私は既にそんなことには無関心だ。ただ、時間がこれほどまでに人を変える恐ろしいものかと痛感するばかりだ。昔、私の背中に寄りかかっていた少年は立派な大人に成長したが、あの純真な少年はすっかり計算高い商人と化した。かつての優しさは跡形もなく、今では私を田舎者と嘲笑うのだ。……結局、蓮と一緒に戻らなかった。彼が突然倒れたからだ。若い頃に山で経験したトラウマから、彼は山林に強い恐怖心を抱えている。今回は気合だけで登ってきたようなもので、あれだけ話すのが精一杯だった。莉々香は恐怖で叫んだ。「マ
一樹はしばらく黙り込んでから、ぽつりと言った。「とにかく……君が悪いわけじゃないってことは分かってる」彼は手を伸ばして私の手を握り、真剣な眼差しで言った。「かおりん、君の性格は分かってる。よほど辛い思いをしたのでなければ、実家には帰ってこないんだろ?ずっと……君が振り返って僕を見てくれるのを待ってたんだ」彼のあまりに真剣な表情に、私は鼻の奥がつんとした。もし蓮に出会わず、高瀬家の援助も受けなければ、きっと一樹と結婚していただろう。しかし、私はこれまでにあまりにも多くの荷を負ってきた。もうこの実直な男を巻き込みたくはない。「ごめんなさい……一樹の気持ちに応えることはできない」彼はうつむいた。「いいよ。いつかきっと、僕の本心を分かってもらえるから」「何をしている!」冷たい男声が響いた。私が訝しげに顔を上げると、山の風景にそぐわない、怒気を帯びた男が立っている。蓮だ。その横には莉々香。山道を歩いたせいか、顔色が青白く、小さな体がよりいっそう弱々しく見えた。「ママ、ママ、やっと見つけたよ」娘は泣きながら私に向かって走ってきたが、私が反応するよりも早く、一樹が警戒して一歩前に出た。「誰だ?かおりんに何の用?」「かおりん?」蓮はその呼び名を噛みしめるように繰り返し、嘲笑った。「さすが田舎者だな。香織という美しい名前を、お前たちはそんな幼稚な呼び方にする」それを聞いて、私はぱっと顔色を変えた。「随分と偉そうね、蓮。あんたがそんなに田舎者を馬鹿にしてるのに、よくもまあ来やがったね」蓮ははっと我に返り、慌てて言い訳した。「いや、香織、そういう意味じゃ……」彼には、相手を貶めるのが癖になっている。内心では私のことを彼らとは違うと思っているのだろうが、反射的に私まで巻き込んで罵ってしまった。男の瞳は暗く、声にはわずかな震えが混じっている。「香織……ずっと会いたかった」 「うん、ママ、すごく寂しかったよ」莉々香は一樹の脇をすり抜けた。「ママ、どうしてこんなところに来たの?」私はさりげなく娘を避けた。今は抱きしめるわけにはいかない。「ここはお祖父さんとお祖母さんの家よ」娘の顔に困惑の色が浮かんだ。その表情を見て、突然悲しみに襲われた。莉々香は自分の祖父母に会ったことすらないのだ。あれほど長い間、ただ意
蓮の唇が青白く変わった。もともと色白の肌がさらに際立ち、どこか虚弱に見えた。 「すべて……俺が悪かったんだ」陽子は、何かが変わってしまいそう予感がした。そっと声をかけた。「蓮さん、大丈夫ですか? そんな顔して……」 蓮はゆっきりと目を開け、メガネを外して彼女を見つめた。その眼差しは意外なほど静かだ。 「どうして香織を陥れようなんてしたの?」陽子は一瞬固まったが、すぐに頭を上げて言い訳を始めた。「だ、だって……私、特許も取ったんですし、法律的には私のものなんですよ。それに香織さんのためを思って……」蓮は彼女たちの言葉に思わず嗤いを漏らすと、次の瞬間、怒りが爆発し、ガラスのショーケースを拳で強く殴りつけた。「きゃっ!」二人とも顔色を失うほど驚いた。「何するのよ!」 「出て行け!」 蓮は二人を指でさしながら、「二人とも、出て行け!」と怒鳴った。莉々香は泣きしゃくりながら、蓮にすがりついた。「パパ……ゲッ……私、いい子にするから……追い出さないで」陽子は蓮にいつも大切にされてきた身で、こんな扱いを受けるのは初めてだ。「私たちに当たっても仕方ないでしょ?香織だってあなたのせいで流産したんだから……」 言ってはいけないことを言ってしまったと気づき、彼女は慌てて口を押さえた。蓮が暗い眼差しでじっと陽子を見つめ、歯を食いしばるようにして言った。 「そうか……最初から知ってたんだな?俺を騙して、楽しんでいたのか?」口にしてしまった以上、陽子は全てを打ち明けることにした。「そう、私、知ってたわ。だってあんた、ずっと前から私のこと欲しかったんでしょ?」 彼女は蓮の腕を掴むと、照れくさそうに笑みを浮かべて言った。「香織がいなくなった今、私たちやっと一緒になれるじゃない。それに、男の子が欲しいって言ってたじゃない?香織には産めなくても……私なら産んであげられるのよ」莉々香は二人を驚いた顔で見つめた。「男の子?パパ、私一人でいいって約束したじゃん!」そして、地面に座り込み、大声で泣き叫んだ。「ママ!ママに会いたい!」蓮は陽子を押しのけ、険しい表情で言い放った。「俺は香織のことを一度でも嫌だなんて思ったことはない。彼女は俺の妻で、最愛の女だ。お前に何がわかる。香織のことをとやかく言うな!俺には、莉
蓮は車を飛ばして家へ急いだ。すべてが夢で、香織がまだ家で待っていてくれていると願うしかなかった。目尻を赤くしてハンドルを握りしめながら、「香織、償わせてくれ」と繰り返した。 もし香織の妊娠を知っていたら、絶対に彼女を一人で病院に置き去りにはしなかった。 家に近づいた時、アシスタントから電話がかかってきた。「社長、奥様はまだ見つかっておりません……ですが、陽子様の件、まずご報告すべきかと……」蓮はイライラして冷たい声で言った。「いつからそんなに回りくどくなった。はっきり言え」「その……陽子様が優先処理をお願いしていた特許の図面なのですが、どうやら……本当に奥様がお付けになっていたもののようです……」アシスタントも昨日の出来事を目撃しており、香織の作品数が限られている一方、陽子は蓮の資金力のバックアップで、週に一つのペースで特許を取得していた。そのため、彼も昨日は先入観で香織が正しいと思い込んでしまったのだ。「……わかった」 蓮は意外にも激怒することなく、その瞳が次第に冷静さを取り戻していった。 彼は彼女を誤解していた。必ず償う。必ず許してもらう。何しろ、香織はそれほどまでに自分を愛していたのだから。自宅に着くと、莉々香が跳ねるように駆け寄ってきた。「パパ、おかえり!」 そして、陽子の手を握り、嬉しそうに言った。「パパ見て、陽子おばさん、きれい?」 蓮が顔を上げた瞬間、視界に飛び込んだのは、照れくさそうに立っている陽子の首にある、香織のネックレスだ。 「外せ。誰が着けることを許した」蓮の鋭い声に陽子は凍りつき、莉々香はぷんぷんしながら「パパ、こわいよ」と訴えた。「パパなんかもう嫌い。陽子おばさんだけが好きなの」 莉々香は陽子の懐に飛びついた。陽子は蓮に申し訳なさそうに微笑み、「子供の言うことに気をつかわないで」と言った。蓮は自分が娘を甘やかしすぎたと痛感し、莉々香をぐいと引き離して問い詰めた。「莉々香、パパの質問に答えなさい。このネックレスは、誰が作ったものなのか、本当に知らないのか?」 莉々香はこれほど厳しい父親を見たことがなく、ただ茫然と彼を見つめるしかなかった。陽子がすぐに取り成そうとした。「蓮さん、ほら、莉々香ちゃんが怖がっていますよ」 陽子が甘えた目つきで蓮を見つめた。
蓮は理由のわからない不安に襲われ、胸が締めつけられるような、重苦しい痛みを感じた。ベンチに腰かけた若い妊婦が、慈しむようにお腹を撫でており、横では夫がせっせと扇子であおいでいる。 その姿に、蓮は香織が莉々香を産んだ日のことを思い出した。あの時は本当に怖かった。何度も寺社に詣でてようやく授かった莉々香だが、香織はその出産で難産に遭い、生死の境を彷徨うほどの危険な状態に陥った。あの日以来、子供は莉々香一人で十分だと決めている。 携帯が鳴った。蓮はアシスタントからの連絡かと思い、すぐに応答した。「確認したか?」 向こうからは娘の甘い声が響いた。「パパ、家に着いたよ。パパとママはいつ帰ってくるの?」 言いようのない失望が胸をよぎった。それでも平静を装って答えた。「もうすぐだ。シッターさんと遊んで待っててね」 電話を切り、蓮はタバコに火をつけた。久しぶりのニコチンの味に、少しだけ落ち着いた。「なぜこんなことに……」 彼は、自分がどうしてこんなに苛立っているのか、よくわからない。ただ、香織が今回は本当に怒っていることだけは感じ取れた。ふと、彼は眉をひそめた。金縁メガネの奥の深い瞳が、一瞬曇ったように見えた。「ここでの喫煙は困ります!」男の問い詰める声で、蓮はようやく我に返った。すると、さっきの妊婦が夫の背後に立ち、彼の煙を避けようとしているのが目に入った。「悪かった」タバコを長らく控えていたせいか、蓮の声はかすれている。「来ているのに気づかなくて」男は不快そうに言い返した。「私たちが来ようと来まいと、ここで吸うのはありえないですよ!」 興奮して標識を指さしながら、「ここは産科病棟です!中は妊婦さんばかりなんですよ!ここで吸うなんて、常識はありますか」次の瞬間、蓮は男の襟首をつかむと、鋭い目つきでじっと睨みつけながら問いかけた。 「この中は……みんな妊婦なのか?」 男はその眼光に圧倒され、思わず唾を飲み込んだ。妊婦は恐怖でお腹を押さえ、鋭い悲鳴をあげた。蓮は手を離し、茫然と呟いた。「ありえない……絶対にありえない!」 もしこれが本当なら、昨日、香織は……男はすぐに妊婦を守るように立ち、医師は物音を聞きつけて駆け寄った。まず妊婦を落ち着かせると、蓮を見た。その目には非難の色が満ちてい
蓮が一歩下がった。「明日、また様子を見に来る。お前も一旦落ち着け」 三人は慌ただしく去って行った。私は、何かが自分の体から少しずつ失われていくのを感じた。たまたま通りかかった医師が私を発見したが、もう遅すぎた。小さな命が私の体から消えていく。そして、蓮への愛も、それと共に静かに消えていった。莉々香のことは思うと胸が痛むが、もう私とは関わりのないことだ。彼らに心を捧げるのは、ここで終わりにした。翌朝、私は疲れ切った体を引きずって家に戻った。 案の定、誰もいなかった。私は黙って血で濡れたドレスを脱ぎ、付けていたネックレスをリビングのテーブルに置いた。 切ない思いで涙がこぼれそうになり、天井を見上げてこらえた。田舎で育った女は、血を流しても涙は流さない。 あの日、蓮の家族が彼を迎えに来た時、私にも一緒に来ないかと誘ってくれた。私は蓮の瞳を見つめ、覚悟を決めて田舎を出ることを選んだ。 高校時代から大学を卒業してデザイナーになるまで、ずっと高瀬家に面倒を見てもらっていた縁で、私たちの結婚はごく自然な成り行きだった。結婚して三年目、ようやく莉々香を授かった。いくつもの困難を乗り越えて、やっと娘を産んだあの日、世界中の幸せが私のものになったと思っていた。それなのに、陽子が現れてから、すべてが変わってしまった。あんなに「ママ」と甘えてくれた娘が、いつからか「陽子おばさん」と陽子にべったりするようになった。私を愛してくれた夫でさえ、陽子からの一本の電話で、私たちの記念日をないがしろにするようになった。今頃、彼らはまだ陽子のそばにいるのだろう。私は自嘲気味に笑い、荷物をまとめて故郷に帰る準備を始めた。父と母が待っている。新幹線に乗る直前に、蓮から電話がかかってきた。「どこにいる?」 彼の声には疲れがにじんでいる。「陽子はもう責任を問わないことに同意してくれた。そして、お前が仮病を使ったことも、今は大目に見てやる」傷つくかと思っていたが、今の私の心は驚くほど静かだ。列車がゆっくりと動き出し、窓の外の街並みが速いテンポで流れていく。「蓮、もうあなたはいらない」電話の向こうで、息づかいが一瞬止まった。そして、怒りを押さえた声が返ってきた。「香織、もう大人だろ。そんな子供じみた真似はよせ」 蓮はがらんとした病室
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