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第19話

Author: 柚子ひとつ
紗夜は眉をひそめながらも、そっとうなずいた。

ただ、式をどこで挙げるかが悩みどころだった。

烈は生粋の曇市の人で、親戚や親もみんな曇市にいる。

紗夜はある事情から、曇市に行くのはどうしても避けたい気持ちがあった。

「大丈夫だ、海市で式を挙げても問題ない。みんな俺が連れてくるから」

烈が自分から提案してくれた。

紗夜はその顔に一切の無理がないことを感じ取った。

「結婚した後も、ずっと海市に住もう。君が戻りたくないなら、二度と曇市には戻らない」

烈は淡々と続けた。

紗夜は返事をしなかった。

他人には分からなくても、二人だけはよく分かっていた。

自分たちはただの「結婚パートナー」――

結婚という形だけの関係で、それ以外は特別に親しいわけではない。

烈がなぜここまで譲歩するのか分からなかったが、ここまで言われて断る理由もない。

結婚式は十二月の初めに決まった。

その日は海市で雪が降ると聞いていた。

今年最初の雪――

曇市ではほとんど雪が降らないから、紗夜にはそれがとても新鮮で、少し楽しみにもなっていた。

結婚式当日。

晴人は出張で海市を訪れており、整形で紗夜そっくりになった夕凪も一緒だった。

整形してからというもの、晴人はどこへ行くにも夕凪を連れて歩いていた。

けれど、どれだけ一緒にいても、彼は夕凪に一度も手を出したことがない。

ただ、従順なペットのように扱い、最大の役目は晴人自身のためでなく、紗夜の骨壷の世話をすることだった。

朝晩きちんと磨き、定期的に日に当てる。

夜になると、晴人は骨壷を抱いて寝て、夕凪はベッドの脇で骨壷を見守るだけ。

そんな日々が何ヶ月も続き、夕凪はもう骨と皮だけの姿になっていた。

「晴人、今夜は少しだけ外出したいんだけど」

ホテルに着くとすぐ、夕凪がそっと切り出した。

晴人はじっと夕凪の顔を見つめる。

もう、外見は紗夜そのものだった。

でも、どうしても紗夜じゃなかった。

本当の紗夜は、どれだけ辛いことがあっても明るくて、よく笑い、晴人の腕に抱きついて甘えてきた。

夕凪は顔が紗夜そっくりでも、中身まで変わることはなかった。

「外出して何をするつもり?」

晴人は気だるげに聞く。

「ちょっと私用があって」

「いい
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